1,004 / 1,320
1003 見送る背中
しおりを挟む
アラルコン商会の事務所では、二人の女性がテーブルを挟んで向かい合い座っていた。
秋晴れの気持ちの良い日だが、まだまだ夏の名残りで汗は出る。
向かい合う二人のうち、黒髪の女性シャノン・アラルコンは、氷が浮かぶ薄茶色の液体が入ったグラスに口を付けると、正面に座る赤い髪の女性に顔を向けた。
「・・・・・マジかぁ・・・レイチェル、あんたって本当に大変だよね?体大丈夫?いっつも面倒事引き受けてない?」
大きく息を吐き出し、ありえないと言うように首を横に振った。
カシレロとの戦いで死にかけた事を知っているだけに、苦労の絶えないレイチェルが心配でならなかった。
今日はロンズデールから来ると言う、リンジー達の話しをするために来てもらったはずが一転した。帝国との国境にある山岳地帯パウンド・フォー。
そこで窮地に陥っている騎士達を救出に行く事になったと言うのだ。
「まぁ、体は大丈夫だ。この前まとまった休養をとったからな。店長とも毎日のように訓練ができているから、どこも悪くないし健康そのものだぞ。それに、レイマートを見捨てるわけにはいかないだろ?私達レイジェスに助ける力があるのなら、行かなければならない」
「そりゃ。そうなんだろうけど・・・私達ロンズデールも助けてもらったしね。でもさ、私はあんたが無理してないかって思ってね・・・」
テーブルの上に両手を重ねて、シャノンはレイチェルの瞳をじっと見つめた。
ロンズデールの戦いからまだ一年も経っていない。
そしてほんの数か月前には、クインズベリーに攻め入って来た帝国の師団長、ジェリメール・カシレロとの一戦で死にかけたのだ。
レイチェル本人は大丈夫だと言うが、またも危険な場所に赴(おもむ)く友人の身を、シャノンは心から案じていた。
「・・・心配してくれてありがとう。私は良い友人を持ったな」
「はぁ~・・・まったく、あんた頑張り過ぎだよ。他に任せられる人はいないの?」
「闇蛇には魔法を含め、剣や打撃、普通の攻撃がほとんど効かないという話しだ。しかも体長は10メートルにも及ぶという。そんな危険な蛇を相手にするんだから、この任務を引き受けた私が行くのが筋だろう?」
「そりゃ、そうかもしれないけど・・・はぁ、しかたないね。レイチェルはこうだって決めると曲げないからね・・・分かったよ、それで帰りはいつくらいになりそう?」
レイチェルの決意の固さを見て取ると、シャノンは説得を諦めたように小さく息をついた。
できれば行かせたくない。だが事情が事情なだけに、行くしかないのだろう。そう納得するしかないのだ。
「今回は救出が目的であって、蛇を殲滅(せんめつ)する必要は無い。逃げる事だけを考えるなら、そうだな・・・12~13日、まぁ二週間もあれば帰って来れるとは思う」
レイマート達を見つけ次第撤退する。逃げに徹するのであれば、往復で二週間もあれば帰って来れるだろう。これがレイチェルの見積もりだった。
「分かった。じゃあ、リンジー達にはそう伝えておくよ。彼女達も使者として来るわけだから、日程を合わせるは難しいかもしれないけど、できれば会いたいよね?9月下旬、二十日過ぎくらいなら帰ってるって事かな?それで連絡しておくよ」
「悪いな、そうしてくれると嬉しいよ」
「いいって、私は日程を調整するだけだからさ。でも、約束した日にレイチェル達がいなかったら、きっとリンジー達もガッカリすると思うんだよね。だから絶対に二十日までには帰って来るんだよ?分かった?」
シャノンが自分に向ける視線の意味、絶対に生きて帰って来て約束を守れ。
本気で自分の身を案じてくれている。その気持ちが嬉しくて、つい表情が緩んでしまう。
「・・・フッ、それじゃあ絶対に遅れる事はできないな。分かった。二週間でキッチリ帰って来る。リンジー達にそう伝えてくれ」
そう言葉を返すレイチェルからは、虚勢ではない確固とした自信が感じられた。
大丈夫・・・レイチェルは強い。これまでだって生き残った。
だから今度も絶対に帰って来る。
そう信じられたからこそ、シャノンはこれ以上引き留める事はせず、快く送り出す事に決めた。
「・・・よし!じゃあせっかくだから、化け物蛇の牙でもお土産に取って来てよ!」
「ははは、なんだよそれ?ピクニックに行くんじゃないんだぞ?」
「いいじゃん、商人は珍しい物に目が無いんだよ。ま、取れたらでいいからさ」
「フッ、分かった分かった。期待しないでまっててくれ」
それから二人は少しの間、他愛の無い会話を楽しんだ。
二人の話しは尽きる事はなかった。
まるで二人とも、この時間を終わらせたくないかのように、話しはいつまでも、いつまでも続いた。
やがて陽が傾いてきた頃、壁にかかった時計の針に目を向けて、レイチェルは静かに席を立った。
そろそろ出ないと暗くなってしまう。
・・・じゃあ行って来る。
そう言い残して、レイチェルは事務所を出た。
シャノンは何も言葉を口にしなかった。
ただゆっくりと頷いただけで、部屋を出るレイチェルの背中を黙って見送った。
レイチェル・・・・・絶対に生きて帰って来い
ただシャノンは心の中で祈った。
危険地帯へと発つ友人が、無事に帰って来れるようにと・・・
いつまでもずっと・・・祈り続けた。
秋晴れの気持ちの良い日だが、まだまだ夏の名残りで汗は出る。
向かい合う二人のうち、黒髪の女性シャノン・アラルコンは、氷が浮かぶ薄茶色の液体が入ったグラスに口を付けると、正面に座る赤い髪の女性に顔を向けた。
「・・・・・マジかぁ・・・レイチェル、あんたって本当に大変だよね?体大丈夫?いっつも面倒事引き受けてない?」
大きく息を吐き出し、ありえないと言うように首を横に振った。
カシレロとの戦いで死にかけた事を知っているだけに、苦労の絶えないレイチェルが心配でならなかった。
今日はロンズデールから来ると言う、リンジー達の話しをするために来てもらったはずが一転した。帝国との国境にある山岳地帯パウンド・フォー。
そこで窮地に陥っている騎士達を救出に行く事になったと言うのだ。
「まぁ、体は大丈夫だ。この前まとまった休養をとったからな。店長とも毎日のように訓練ができているから、どこも悪くないし健康そのものだぞ。それに、レイマートを見捨てるわけにはいかないだろ?私達レイジェスに助ける力があるのなら、行かなければならない」
「そりゃ。そうなんだろうけど・・・私達ロンズデールも助けてもらったしね。でもさ、私はあんたが無理してないかって思ってね・・・」
テーブルの上に両手を重ねて、シャノンはレイチェルの瞳をじっと見つめた。
ロンズデールの戦いからまだ一年も経っていない。
そしてほんの数か月前には、クインズベリーに攻め入って来た帝国の師団長、ジェリメール・カシレロとの一戦で死にかけたのだ。
レイチェル本人は大丈夫だと言うが、またも危険な場所に赴(おもむ)く友人の身を、シャノンは心から案じていた。
「・・・心配してくれてありがとう。私は良い友人を持ったな」
「はぁ~・・・まったく、あんた頑張り過ぎだよ。他に任せられる人はいないの?」
「闇蛇には魔法を含め、剣や打撃、普通の攻撃がほとんど効かないという話しだ。しかも体長は10メートルにも及ぶという。そんな危険な蛇を相手にするんだから、この任務を引き受けた私が行くのが筋だろう?」
「そりゃ、そうかもしれないけど・・・はぁ、しかたないね。レイチェルはこうだって決めると曲げないからね・・・分かったよ、それで帰りはいつくらいになりそう?」
レイチェルの決意の固さを見て取ると、シャノンは説得を諦めたように小さく息をついた。
できれば行かせたくない。だが事情が事情なだけに、行くしかないのだろう。そう納得するしかないのだ。
「今回は救出が目的であって、蛇を殲滅(せんめつ)する必要は無い。逃げる事だけを考えるなら、そうだな・・・12~13日、まぁ二週間もあれば帰って来れるとは思う」
レイマート達を見つけ次第撤退する。逃げに徹するのであれば、往復で二週間もあれば帰って来れるだろう。これがレイチェルの見積もりだった。
「分かった。じゃあ、リンジー達にはそう伝えておくよ。彼女達も使者として来るわけだから、日程を合わせるは難しいかもしれないけど、できれば会いたいよね?9月下旬、二十日過ぎくらいなら帰ってるって事かな?それで連絡しておくよ」
「悪いな、そうしてくれると嬉しいよ」
「いいって、私は日程を調整するだけだからさ。でも、約束した日にレイチェル達がいなかったら、きっとリンジー達もガッカリすると思うんだよね。だから絶対に二十日までには帰って来るんだよ?分かった?」
シャノンが自分に向ける視線の意味、絶対に生きて帰って来て約束を守れ。
本気で自分の身を案じてくれている。その気持ちが嬉しくて、つい表情が緩んでしまう。
「・・・フッ、それじゃあ絶対に遅れる事はできないな。分かった。二週間でキッチリ帰って来る。リンジー達にそう伝えてくれ」
そう言葉を返すレイチェルからは、虚勢ではない確固とした自信が感じられた。
大丈夫・・・レイチェルは強い。これまでだって生き残った。
だから今度も絶対に帰って来る。
そう信じられたからこそ、シャノンはこれ以上引き留める事はせず、快く送り出す事に決めた。
「・・・よし!じゃあせっかくだから、化け物蛇の牙でもお土産に取って来てよ!」
「ははは、なんだよそれ?ピクニックに行くんじゃないんだぞ?」
「いいじゃん、商人は珍しい物に目が無いんだよ。ま、取れたらでいいからさ」
「フッ、分かった分かった。期待しないでまっててくれ」
それから二人は少しの間、他愛の無い会話を楽しんだ。
二人の話しは尽きる事はなかった。
まるで二人とも、この時間を終わらせたくないかのように、話しはいつまでも、いつまでも続いた。
やがて陽が傾いてきた頃、壁にかかった時計の針に目を向けて、レイチェルは静かに席を立った。
そろそろ出ないと暗くなってしまう。
・・・じゃあ行って来る。
そう言い残して、レイチェルは事務所を出た。
シャノンは何も言葉を口にしなかった。
ただゆっくりと頷いただけで、部屋を出るレイチェルの背中を黙って見送った。
レイチェル・・・・・絶対に生きて帰って来い
ただシャノンは心の中で祈った。
危険地帯へと発つ友人が、無事に帰って来れるようにと・・・
いつまでもずっと・・・祈り続けた。
0
お気に入りに追加
170
あなたにおすすめの小説
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
転生したのに何も出来ないから、、喫茶店を開いてみた(年始期間限定)
k
ファンタジー
新島 仁 30歳
俺には昔から小さな夢がある
まずはお金を貯めないと何も出来ないので高校を出て就職をした
グレーな企業で気付けば10年越え、ベテランサラリーマンだ
そりゃあ何度も、何度だって辞めようと思ったさ
けど、ここまでいると慣れるし多少役職が付く
それに世論や社会の中身だって分かって来るモノであって、そう簡単にもいかない訳で、、
久しぶりの連休前に友人達と居酒屋でバカ騒ぎをしていた
ハズ、だったのだが 記憶が無い
見た事の無い物体に襲われ
鬼に救われ
所謂異世界転生の中、まずはチート能力を探す一般人の物語である。
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
クラス召喚に巻き込まれてしまいました…… ~隣のクラスがクラス召喚されたけど俺は別のクラスなのでお呼びじゃないみたいです~
はなとすず
ファンタジー
俺は佐藤 響(さとう ひびき)だ。今年、高校一年になって高校生活を楽しんでいる。
俺が通う高校はクラスが4クラスある。俺はその中で2組だ。高校には仲のいい友達もいないしもしかしたらこのままボッチかもしれない……コミュニケーション能力ゼロだからな。
ある日の昼休み……高校で事は起こった。
俺はたまたま、隣のクラス…1組に行くと突然教室の床に白く光る模様が現れ、その場にいた1組の生徒とたまたま教室にいた俺は異世界に召喚されてしまった。
しかも、召喚した人のは1組だけで違うクラスの俺はお呼びじゃないらしい。だから俺は、一人で異世界を旅することにした。
……この物語は一人旅を楽しむ俺の物語……のはずなんだけどなぁ……色々、トラブルに巻き込まれながら俺は異世界生活を謳歌します!
異世界に転生した俺は元の世界に帰りたい……て思ってたけど気が付いたら世界最強になってました
ゆーき@書籍発売中
ファンタジー
ゲームが好きな俺、荒木優斗はある日、元クラスメイトの桜井幸太によって殺されてしまう。しかし、神のおかげで世界最高の力を持って別世界に転生することになる。ただ、神の未来視でも逮捕されないとでている桜井を逮捕させてあげるために元の世界に戻ることを決意する。元の世界に戻るため、〈転移〉の魔法を求めて異世界を無双する。ただ案外異世界ライフが楽しくてちょくちょくそのことを忘れてしまうが……
なろう、カクヨムでも投稿しています。
異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~
モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎
飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。
保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。
そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。
召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。
強制的に放り込まれた異世界。
知らない土地、知らない人、知らない世界。
不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。
そんなほのぼのとした物語。
幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜
霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……?
生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。
これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。
(小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる