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1003 見送る背中
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アラルコン商会の事務所では、二人の女性がテーブルを挟んで向かい合い座っていた。
秋晴れの気持ちの良い日だが、まだまだ夏の名残りで汗は出る。
向かい合う二人のうち、黒髪の女性シャノン・アラルコンは、氷が浮かぶ薄茶色の液体が入ったグラスに口を付けると、正面に座る赤い髪の女性に顔を向けた。
「・・・・・マジかぁ・・・レイチェル、あんたって本当に大変だよね?体大丈夫?いっつも面倒事引き受けてない?」
大きく息を吐き出し、ありえないと言うように首を横に振った。
カシレロとの戦いで死にかけた事を知っているだけに、苦労の絶えないレイチェルが心配でならなかった。
今日はロンズデールから来ると言う、リンジー達の話しをするために来てもらったはずが一転した。帝国との国境にある山岳地帯パウンド・フォー。
そこで窮地に陥っている騎士達を救出に行く事になったと言うのだ。
「まぁ、体は大丈夫だ。この前まとまった休養をとったからな。店長とも毎日のように訓練ができているから、どこも悪くないし健康そのものだぞ。それに、レイマートを見捨てるわけにはいかないだろ?私達レイジェスに助ける力があるのなら、行かなければならない」
「そりゃ。そうなんだろうけど・・・私達ロンズデールも助けてもらったしね。でもさ、私はあんたが無理してないかって思ってね・・・」
テーブルの上に両手を重ねて、シャノンはレイチェルの瞳をじっと見つめた。
ロンズデールの戦いからまだ一年も経っていない。
そしてほんの数か月前には、クインズベリーに攻め入って来た帝国の師団長、ジェリメール・カシレロとの一戦で死にかけたのだ。
レイチェル本人は大丈夫だと言うが、またも危険な場所に赴(おもむ)く友人の身を、シャノンは心から案じていた。
「・・・心配してくれてありがとう。私は良い友人を持ったな」
「はぁ~・・・まったく、あんた頑張り過ぎだよ。他に任せられる人はいないの?」
「闇蛇には魔法を含め、剣や打撃、普通の攻撃がほとんど効かないという話しだ。しかも体長は10メートルにも及ぶという。そんな危険な蛇を相手にするんだから、この任務を引き受けた私が行くのが筋だろう?」
「そりゃ、そうかもしれないけど・・・はぁ、しかたないね。レイチェルはこうだって決めると曲げないからね・・・分かったよ、それで帰りはいつくらいになりそう?」
レイチェルの決意の固さを見て取ると、シャノンは説得を諦めたように小さく息をついた。
できれば行かせたくない。だが事情が事情なだけに、行くしかないのだろう。そう納得するしかないのだ。
「今回は救出が目的であって、蛇を殲滅(せんめつ)する必要は無い。逃げる事だけを考えるなら、そうだな・・・12~13日、まぁ二週間もあれば帰って来れるとは思う」
レイマート達を見つけ次第撤退する。逃げに徹するのであれば、往復で二週間もあれば帰って来れるだろう。これがレイチェルの見積もりだった。
「分かった。じゃあ、リンジー達にはそう伝えておくよ。彼女達も使者として来るわけだから、日程を合わせるは難しいかもしれないけど、できれば会いたいよね?9月下旬、二十日過ぎくらいなら帰ってるって事かな?それで連絡しておくよ」
「悪いな、そうしてくれると嬉しいよ」
「いいって、私は日程を調整するだけだからさ。でも、約束した日にレイチェル達がいなかったら、きっとリンジー達もガッカリすると思うんだよね。だから絶対に二十日までには帰って来るんだよ?分かった?」
シャノンが自分に向ける視線の意味、絶対に生きて帰って来て約束を守れ。
本気で自分の身を案じてくれている。その気持ちが嬉しくて、つい表情が緩んでしまう。
「・・・フッ、それじゃあ絶対に遅れる事はできないな。分かった。二週間でキッチリ帰って来る。リンジー達にそう伝えてくれ」
そう言葉を返すレイチェルからは、虚勢ではない確固とした自信が感じられた。
大丈夫・・・レイチェルは強い。これまでだって生き残った。
だから今度も絶対に帰って来る。
そう信じられたからこそ、シャノンはこれ以上引き留める事はせず、快く送り出す事に決めた。
「・・・よし!じゃあせっかくだから、化け物蛇の牙でもお土産に取って来てよ!」
「ははは、なんだよそれ?ピクニックに行くんじゃないんだぞ?」
「いいじゃん、商人は珍しい物に目が無いんだよ。ま、取れたらでいいからさ」
「フッ、分かった分かった。期待しないでまっててくれ」
それから二人は少しの間、他愛の無い会話を楽しんだ。
二人の話しは尽きる事はなかった。
まるで二人とも、この時間を終わらせたくないかのように、話しはいつまでも、いつまでも続いた。
やがて陽が傾いてきた頃、壁にかかった時計の針に目を向けて、レイチェルは静かに席を立った。
そろそろ出ないと暗くなってしまう。
・・・じゃあ行って来る。
そう言い残して、レイチェルは事務所を出た。
シャノンは何も言葉を口にしなかった。
ただゆっくりと頷いただけで、部屋を出るレイチェルの背中を黙って見送った。
レイチェル・・・・・絶対に生きて帰って来い
ただシャノンは心の中で祈った。
危険地帯へと発つ友人が、無事に帰って来れるようにと・・・
いつまでもずっと・・・祈り続けた。
秋晴れの気持ちの良い日だが、まだまだ夏の名残りで汗は出る。
向かい合う二人のうち、黒髪の女性シャノン・アラルコンは、氷が浮かぶ薄茶色の液体が入ったグラスに口を付けると、正面に座る赤い髪の女性に顔を向けた。
「・・・・・マジかぁ・・・レイチェル、あんたって本当に大変だよね?体大丈夫?いっつも面倒事引き受けてない?」
大きく息を吐き出し、ありえないと言うように首を横に振った。
カシレロとの戦いで死にかけた事を知っているだけに、苦労の絶えないレイチェルが心配でならなかった。
今日はロンズデールから来ると言う、リンジー達の話しをするために来てもらったはずが一転した。帝国との国境にある山岳地帯パウンド・フォー。
そこで窮地に陥っている騎士達を救出に行く事になったと言うのだ。
「まぁ、体は大丈夫だ。この前まとまった休養をとったからな。店長とも毎日のように訓練ができているから、どこも悪くないし健康そのものだぞ。それに、レイマートを見捨てるわけにはいかないだろ?私達レイジェスに助ける力があるのなら、行かなければならない」
「そりゃ。そうなんだろうけど・・・私達ロンズデールも助けてもらったしね。でもさ、私はあんたが無理してないかって思ってね・・・」
テーブルの上に両手を重ねて、シャノンはレイチェルの瞳をじっと見つめた。
ロンズデールの戦いからまだ一年も経っていない。
そしてほんの数か月前には、クインズベリーに攻め入って来た帝国の師団長、ジェリメール・カシレロとの一戦で死にかけたのだ。
レイチェル本人は大丈夫だと言うが、またも危険な場所に赴(おもむ)く友人の身を、シャノンは心から案じていた。
「・・・心配してくれてありがとう。私は良い友人を持ったな」
「はぁ~・・・まったく、あんた頑張り過ぎだよ。他に任せられる人はいないの?」
「闇蛇には魔法を含め、剣や打撃、普通の攻撃がほとんど効かないという話しだ。しかも体長は10メートルにも及ぶという。そんな危険な蛇を相手にするんだから、この任務を引き受けた私が行くのが筋だろう?」
「そりゃ、そうかもしれないけど・・・はぁ、しかたないね。レイチェルはこうだって決めると曲げないからね・・・分かったよ、それで帰りはいつくらいになりそう?」
レイチェルの決意の固さを見て取ると、シャノンは説得を諦めたように小さく息をついた。
できれば行かせたくない。だが事情が事情なだけに、行くしかないのだろう。そう納得するしかないのだ。
「今回は救出が目的であって、蛇を殲滅(せんめつ)する必要は無い。逃げる事だけを考えるなら、そうだな・・・12~13日、まぁ二週間もあれば帰って来れるとは思う」
レイマート達を見つけ次第撤退する。逃げに徹するのであれば、往復で二週間もあれば帰って来れるだろう。これがレイチェルの見積もりだった。
「分かった。じゃあ、リンジー達にはそう伝えておくよ。彼女達も使者として来るわけだから、日程を合わせるは難しいかもしれないけど、できれば会いたいよね?9月下旬、二十日過ぎくらいなら帰ってるって事かな?それで連絡しておくよ」
「悪いな、そうしてくれると嬉しいよ」
「いいって、私は日程を調整するだけだからさ。でも、約束した日にレイチェル達がいなかったら、きっとリンジー達もガッカリすると思うんだよね。だから絶対に二十日までには帰って来るんだよ?分かった?」
シャノンが自分に向ける視線の意味、絶対に生きて帰って来て約束を守れ。
本気で自分の身を案じてくれている。その気持ちが嬉しくて、つい表情が緩んでしまう。
「・・・フッ、それじゃあ絶対に遅れる事はできないな。分かった。二週間でキッチリ帰って来る。リンジー達にそう伝えてくれ」
そう言葉を返すレイチェルからは、虚勢ではない確固とした自信が感じられた。
大丈夫・・・レイチェルは強い。これまでだって生き残った。
だから今度も絶対に帰って来る。
そう信じられたからこそ、シャノンはこれ以上引き留める事はせず、快く送り出す事に決めた。
「・・・よし!じゃあせっかくだから、化け物蛇の牙でもお土産に取って来てよ!」
「ははは、なんだよそれ?ピクニックに行くんじゃないんだぞ?」
「いいじゃん、商人は珍しい物に目が無いんだよ。ま、取れたらでいいからさ」
「フッ、分かった分かった。期待しないでまっててくれ」
それから二人は少しの間、他愛の無い会話を楽しんだ。
二人の話しは尽きる事はなかった。
まるで二人とも、この時間を終わらせたくないかのように、話しはいつまでも、いつまでも続いた。
やがて陽が傾いてきた頃、壁にかかった時計の針に目を向けて、レイチェルは静かに席を立った。
そろそろ出ないと暗くなってしまう。
・・・じゃあ行って来る。
そう言い残して、レイチェルは事務所を出た。
シャノンは何も言葉を口にしなかった。
ただゆっくりと頷いただけで、部屋を出るレイチェルの背中を黙って見送った。
レイチェル・・・・・絶対に生きて帰って来い
ただシャノンは心の中で祈った。
危険地帯へと発つ友人が、無事に帰って来れるようにと・・・
いつまでもずっと・・・祈り続けた。
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