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992 アゲハとウィッカーの手合わせ

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店長は魔法使いだが体術もできる。その実力は、アラタやレイチェルでさえ圧倒する程だ。
初めて見た時は正直目を疑った。

アラタはボクシングとかいう、拳だけで攻撃する変わった戦い方をするが、下半身はフットワークに特化しており、視点を変えれば合理的と言える戦法なのかもしれない。
しかし店長にはまるで通用しなかった。矢継ぎ早に繰り出すアラタの連打を全て見切り、軽々と足を払って倒してのけるのだ。

そしてレイチェル。
店長との訓練の時は、ナイフを使う事はしていなかったが、あのスピードで撹乱してもまったく通用しなかった。アラタ同様に足を払われ一蹴されてしまう。

それを見た時、戦うまでもなく悟った。
店長は私より強い。

じゃあなんで戦うのか?

そんなの決まってんじゃん。
確かに私より強い。でも実力で負けていても、戦い方ってのがある。
やり方次第で格上に勝つ事はできる。

勝負ってのは・・・・・

「やってみなきゃ分からないからねぇーーーーーーッツ!」

薙刀を脇に構えながら、私はウィッカー・バリオスに向かって突っ込んだ!

胴ではなく更に下、狙いは左の腿!
腕を伸ばし刃先を突き出す!切っ先がかするだけでもいい、まずは機動力を奪う!

スピードには自信があった。
一歩で詰めれるこの距離、加えて射程のある長物、さらに真っすぐに突き出す最短の技、突き。

普通なら回避できるはずがない。
だが目の前の男ウィッカー・バリオスは、まるで読んでいたかのように左半身を引いて、私の突きを回避した。

いや、読んでいたかのようにじゃない。読んでいたんだ。私が地面を蹴った時にはすでに回避の動きを見せていた。私の狙いを知っていたんだ。でなければ躱せるはずがない。

「フッ!」

右足を前に出し、勢いのついた体を踏み止める。
短く息を吐いて右手を返すと、上半身を左に捻りながら、薙刀を振り抜く!

突きを躱されたくらいで動揺はしない。驚きはしたが、この男ならその程度できる事は想定している。だからこそ迷いなく二の太刀を放つ事ができる。

だがウィッカーは上半身を後ろに反らし、胸に差し迫る刃を紙一重で躱して見せた。


これも読んでいたってわけか?
タイミング的にまず躱せるものじゃない。この男、やはり私の攻撃を完全に読んでいる。
だがどうやって?その時の体勢から、次に可能な攻撃を予想しているのか?

少なくとも視線ではない。今の攻撃は私の顔は見えなかったはずだ。
分からない。だが、攻撃は二の太刀では終わらない。店長、アラタやレイチェルをあっさり倒してのけるあんたが、これで倒せるなんて私だって思っちゃいないんだ。

当然次も手も、その次もの手も用意してある。私の息が続く限り攻撃の手が止まる事はない!


「ダラァァァァァァーーーーーーーーッツ!」

薙刀を大きく左に振り抜いた勢いをそのままに、右足で地面を蹴って飛び上がり、体を横に回転させて、ウィッカーの顔面を狙って右の蹴りを繰り出した!

ウィッカーは一歩後ろに飛び退いてこれを躱すが、同時にアゲハも地面を蹴って追いすがった。

「簡単に当たるなんて思っちゃいない!当たるまでやってやるさ!」

身体能力では体力型の私が上だ!いくら私の攻撃が読めても、体が付いてこなけりゃ当たるのが道理!あんたがへばるまでやってやるよ!


右膝を狙い左の下段蹴りを放つが、後方に飛んで躱される。
着地の瞬間を狙い、的の大きい腹に石突きを真っすぐに打つが、右手で払うように石突きの側面を押され、力の方向を変えられてしまった。

バランスを崩して前のめりになる。これも想定の範囲内だ。
受け流された刃をそのまま地面に突き刺し、力の流れに従い地面を蹴って体を浮かすと、ウィッカーの顔面を貫くように右足を叩き込んだ!

「よしっ・・・!?」

手応えあり!そう思ったのも一瞬だった。

「・・・やるな。薙刀を武器として振るうだけじゃない、体術を生かすために、状況に応じて足場に使う。しばらく回避に専念するつもりだったが、こんなに早く手を使わされるとは思わなかった」


左手一本でアゲハの蹴りを受け止めながら、ウィッカーは感心した口調で、アゲハの戦術を分析して伝える。

「・・・なめてんじゃ・・・」

アゲハの表情が険しくなる。

「ん?」

今の蹴りは完全に決まったと思った一撃である。
それを魔法使いに軽々と片手で止められた上、戦いの最中に褒められるなど、なめられているとしか思えず、アゲハの神経を逆撫でした。

「ねぇぞッツ!」

残った左足で地面を蹴って飛び上がると、そのまま左足でウィッカーの首を刈り取るように、しならせた蹴りを放った。


ウィッカーの右手は空いている。この蹴りを止める事は可能である。

右足を掴まれたままで放つ左の飛び蹴りに、何か他の狙いがあるのではと睨んだ。
だが攻撃の軌道は自分の首に狙いを付けており、この体勢で他になにかできるとは思えなかった。

右手を伸ばし、首にぶつかる寸前で、アゲハの蹴りを受け止めようとしたその時、アゲハの足が目の前から消えた。

「っ!?」

眼前で足を見失い、ウィッカーに一瞬の硬直が起こる。
次の瞬間、右肩に何かが乗った衝撃と重みに目を向けると、アゲハの左足首が肩にかかっていた。

あれだけ勢いのついていた蹴りを、当たる寸前で止めて軌道を変えたのか!?

そう思った瞬間、肩にかかったアゲハの左足が、ぐいっと強くウィッカーの体を引き寄せた。

「なにっ!?」

右足は掴まれていて、左足は肩にひっかけている。上半身だけ浮かせていた状態のアゲハは、ウィッカーが自分の方に倒れてくると、掴まれていた右足を振りほどき、両足でウィッカーの胸を挟みこんだ。

「ダラァァァァァーーーーーッツ!」

そのまま体を横に捻り、自分が上へ、ウィッカーを下へと体勢を入れ替えると、馬乗りになってウィッカーを地面へと叩きつけた。


「もらったぁーーーーーッツ!」

このまま右拳をウィッカーの顔面に打ち込めば勝ちだ!
勝利を確信し、拳を振り下ろす!

「なっ!?くっ・・・!」

しかし、あと拳一つ分で届くというところで、ウィッカーの左手がアゲハの右手首を掴んで止めた。
この体勢で、まさか片手で拳を掴まれるとは思わなかった。想定以上の反応と腕力に、アゲハは大きく目を開いた。

「すごいな。こんな変則的な攻撃は初めて受けた」

だが、元より格上と見ていた相手である。
すぐに気を取り直し、腕を掴まれたまま拳を押し込もうと体重を乗せる。

「あと一押しで私の勝ちだ!この体勢で魔法使いが脱出なんてっ・・・痛ッツ!?」

突如、ウィッカーに掴まれた右腕に激痛が走る。
外側に手首を捻られ、捻じれた筋肉が肘、そして肩へ痛みを伝達する。驚きと痛みで瞬間的にアゲハの体が硬直すると、ウィッカーはアゲハの手首を捻ったまま体を起こした。

「ウッ、痛ッ・・・くそっ!は、離せ!」

ヘタに振りほどこうとすれば、骨が外されるか、筋を傷める。それが分かっているから、アゲハはウィッカーにされるがまま体をどかすしかなかった。

これが本当の戦いであれば別だ。アゲハは腕一本失おうと戦うだろう。
だが今回は、あくまで実力を確かめるための手合わせである。この時点で勝負はついた。

「どうだ?これで気はすんだか?」

「分かった!分かったよ!・・・はぁ、参った。私の負けだ」


アゲハが降参すると、ウィッカーはニコリと笑って手を離した。
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