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991 アゲハとウィッカーの対峙

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18時30分、夏の陽は長い。
この時間になってもまだ、オレンジ色の夕焼けが地上を照らしている。
日中の熱気も治まってはきたが、まだ汗が滲む程度には熱が残っている。

シャッターを下ろしたレイジェスの前では、長身で長い黒髪の女性と、金の長髪の男性が向かい合って立っていた。

アゲハとウィッカーである。


そして二人から距離を取り、木陰で様子を見つめているのは、レイジェスのメンバー達だった。

「しっかしよぉ、アゲハも店長に挑むとはな。まぁ店長の力を知らないんじゃ、しかたないかもしれねぇけど」

ジャレットは樹にもたれかかりながら、腕を組んで独り言のように語る。

「俺もまったく手も足も出ませんでした。今も毎日トレーニングしてますけど、店長には指一本触れませんよ。アゲハも強いのは分かるんですけど、それでも勝てるとは思えないです」

地面に腰を下ろしていたアラタは、隣に立つジャレットを見上げてそう話した。

最初にウィッカーと手合わせした時、光の力まで使ったが完全に受け流されたのだ。
言い訳のできない完敗である。
今も稽古をつけてもらっているが、魔法使いのウィッカーを相手に、毎日体術で倒されると言うありさまである。

「昨夜、アゲハが言ってたわ。自分も稽古をつけてもらおうかなって。私達が店長に稽古してもらってるのを見てるんだから、多分アゲハも力の差は分かってると思うわよ?」

二人の話しに、シルヴィアが口を挟んできた。

「え?そうなのか?んじゃなんでわざわざ戦う必要があるんだよ?素直に稽古をつけて欲しいって言えばいいんじゃないか?」

ジャレットは少し驚いたようにシルヴィアの顔を見た。

ジャレットの言う通り、稽古をつけてほしいのならば、そう申し出ればいいだけである。
しかし営業終了後、アゲハはウィッカーに、本気で戦ってほしい。そう告げたのである。

「多分、店長の力を肌で感じたいんだろう。その上で自分が敗北を認められたなら、素直に従える。そういう事じゃないか?アゲハは帝国で第二師団長だったらしいからな。実力主義の帝国でそこまで上り詰めたんだ。自分が従うべき相手かどうか、それを見極めたいんだろうな」

シルヴィアに代わってレイチェルが答えた。
同じ体力型として、アゲハの気持ちは理解できる。力と力でぶつかる事の多い体力型は、自分より弱い相手にはなかなか素直に従えない。レイチェルにも少なからずそういう面はあるからだ。


「たくよぉ~、仕事上がりにやんじゃねぇよ。俺はさっさと帰って飯食いたいのによぉ~、カチュアが見てくって言うから残るはめになってんだぜぇ~」

頭の後ろで手を組んで、不機嫌そうに口を曲げるリカルド。
ゴロリと寝そべって、もう帰ろうぜ~と愚痴をこぼす。

「リカルド君、そんな事言っちゃ駄目だよ。アゲハさんにとって大事な事なんだからね」

優しい口調だがカチュアに注意されると、リカルドは口を尖らせて抗議した。

「んだよ、俺は腹が減ってんだよ、カチュアが見てくって言うから残るはめになってんだろ?被害者は俺だぜ?」

「おいおいリカルド、被害者ってなんだよ?そんなに腹減ってんなら、さっさと自分の家に帰ってご飯食べればいいだろ?なんで毎日毎日俺の家にご飯食べに来んだよ?」

リカルドの言い分に、アラタは顔をしかめた。
ここ最近ずっとリカルドが家に来るからである。夏とはいえ、夕飯を食べれば必然的に外は真っ暗になる。そのため帰る事はできず、泊まっていくしかない。

新婚のアラタとカチュアの間に、リカルドがほぼ同居人状態なのだ。

「あ?そんなのカチュアの飯がうまいからに決まってんだろ?んだよ、兄ちゃん?前にも言っただろ?カチュアは兄ちゃんが一人占めにしていいけど、カチュアの飯はみんなのものだって。俺言ったよな?」

何を今さら?そう言わんばかりのリカルド。

「お前っ!お前なぁ!」

「あ!もしかしてあれか?兄ちゃん、カチュアと二人っきりになれないから、そんで俺を追い出したいのか?」

ガバっと体を起こして、リカルドはアラタに右手人差し指を突きつけた。
ニヤリと笑い、確証を持った目で見る。

「くっ、お、お前何を・・・」

図星である。
確信を突かれ、アラタは思い切り動揺してしまった。

「照れんじゃねぇって兄ちゃん、そっか~、悪ぃ悪ぃ、いやぁ~それならもっと早く言ってくれよな?そうすりゃ俺だって空気読んでやんのによぉ」

「な、なんだよ?じゃあこれからはうちに来ないのか?」

まるでアラタとカチュアの時間を考えると言うようなリカルドの言葉に、アラタが前のめりになる。
こいつも意外と気を遣うんだな。そう思った。

「しょうがねぇからよ、俺だけ隣の部屋で飯食ってやんよ。兄ちゃんとカチュアは二人で食えばいいだろ?どうよ?俺って紳士じゃね?」

ニカっと歯を見せて笑い、親指を立てるリカルド。
全く悪意の無いその笑顔に、アラタは頷くしかなかった。

「・・・・・お、おう・・・・・」


「アラタ、もう諦めろ。今度俺とジャレットで、リカルドを飲みにでも連れてくからよ。そん時にでもカチュアと夫婦水入らずで過ごせよ」

同情するようにミゼルがアラタの肩を叩く。

「ミ、ミゼルさん!」

「あ!始まるよ!」

アラタが感動したところで、ケイトが声を上げた。





アゲハとウィッカー、対峙する二人の距離は4~5メートル程度である。
体力型で身軽さにも自信のあるアゲハには、一歩で詰められる距離だった。

二人とも仕事が終わってそのまま外に出て来たため、戦闘用の着替えは行っていない。

アゲハは黒の半袖Tシャツに、ダメージ加工のデニムのホットパンツ。
ウィッカーも今日は一日店にいたため、白い半袖シャツに、黒のスラックスという装いだった。


ただしアゲハの右手には、己の身長よりも長い得物が握られている。
穂先には鋭く反った鉄の刃、その反対側には同じく鉄の石突。全長250cmのその長物の名は薙刀である。
全力をぶつけるため、愛用の武器だけは持って来たのだ。

薙刀を地面に立てると、倒れないように肩と首を支えにして掛ける。
腰まである長い髪を頭の後ろで束ねてヘアゴムで一本に結ぶと、感触を確かめるように薙刀を掴み、頭上で二度三度と回した。

「・・・よし、私は準備OKだ。そっちはどうだい?」

体は半身にし、得物を地面と平行にする。
左手で得物の端を上から持ち、右手は腰の辺りで得物を下から持った。

「脇構えか・・・ヤヨイさんも得意とした構えだな」

少し目を細めて、懐かしそうにアゲハの構えを見つめる。
これから手合わせするわけだが、ウィッカーは構えらしい構えは取らず、その場に立つだけだった。

「いつでもいいぞ」

「・・・あのさぁ、それって私をなめてんの?」

「そんなつもりはないが、俺がなめているというのなら、それで分からせてみたらどうだ?」

そう言ってアゲハの握る薙刀を指差すと、アゲハは口元に冷笑を浮かべてウィッカーを睨みつけた。


「言ってくれんじゃん」


そう言うなり地面が抉れる程強く蹴って、アゲハはウィッカーへと迫った。
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