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989 夜は更けて

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「男どもがうるさい。ちょっと・・・いや、永遠に黙らせて来る」

レイジェス店内の奥、男性達とはだいぶ離れた場所で女性達は横になっていた。
しかし静まり返った店内には少しの声でも響きやすく、アラタとリカルドの大声に続いて、ジャレットの怒鳴り声。これはもはや、うるさいどろこではなかった。

ユーリは布団から体を起こすと、枕元に置いた着替えの中から、魔力を筋力に変換する魔道具、膂力のベルトを手に取った。

先刻までぐっすり寝ていたのだが、無理やり起こされた感があり当然機嫌は悪い。
ラベンダー色のパジャマの腰に、慣れた手つきでベルトを巻くと、いきなり魔力を全開にして拳を握りしめた。

「ちょ、ちょっとちょっとユーリ、落ち着きなって!ね、ほら一回深呼吸して」

殺人が起きるかもしれないと焦ったケイトが、慌てて跳び起きた。
ユーリの肩を押さえると、なんとか落ち着くように背中を撫でて、優しく声をかける。

「今日も朝から仕事なのに、睡眠を遮断された。今から寝直しても半端な時間に眠くなる。責任を取らせないと示しがつかない」

「示しって誰に!?いや、怒るのは分かる!分かるよ!うん、ユーリの気持ちは分かるよ。でもさ、ほら、今は静かになったじゃん?ジャレットが怒ったの聞こえたでしょ?ここはジャレットの顔を立てて、さっさと寝たほうがいいって!どんどん遅くなるだけだよ?」

「・・・・・一理ある。ケイトがそこまで言うなら、ジャレットの顔を立ててもいい。でも次また大声が聞こえたら、今度は止めても抉ってくるから」

ケイトの必死なまでの説得に、ユーリは少し考えて拳を下ろした。
確かにこうしている間にも、睡眠時間はどんどん減っていくのだ。今はもう声は聞こえないし、このまま寝た方が自分のためになる。

「あ~・・・うん、そうだね、まぁそれはしかたないか」

拳は治めたが、それでも次は無いと釘を刺され、ケイトは苦笑いを浮かべつつも、了承するしかなかった。
話しがまとまったところでユーリはベルトを外すと、何事もなかったかのように布団に入り、ものの一分足らずで寝息を立て始めた。

「まったく、寝つきの良い事・・・」

ユーリが寝た事を確認すると、ケイトは肩をすくめて自分の布団に入った。
ついさっきまで殺気を振りまいていたとは思えない、ユーリの可愛らしい寝顔に拍子抜けした気分だった。

「あの、ケイトさん、ありがとうございます」

「ん?急にどうしたのカチュア?てか、起きてたんだ?」

隣の布団で横になっているカチュアに、ケイトが顔を向けた。

「はい、私もあの大声で目が覚めちゃって・・・ケイトさんがユーリを止めなかったら、アラタ君が危なかったかもなので」

眉根を寄せて困ったように笑うカチュアに、ケイトもクスクスと小さく笑った。

「あはは、なんだそういう事?まったくアラタは幸せ者だね、こんなに大事に思ってくれる奥さんがいて」

「ふふ、ケイトさんだって、ジーンが巻き添えをくわないために止めたんでしょ?」

「あはは、鋭いなぁカチュアは・・・だってこう暗い中、ユーリが暴れたら危ないでしょ?そりゃ止めるよ。カチュアだって、私が行かなかったら自分で止めてたでしょ?」

はい、とカチュアが返事をすると、ケイトは頭の後ろで手を組んで目を閉じた。

「だよね・・・さて、そろそろアタシらもそろそろ寝よっか?朝起きれなくなっちゃうよ」

「はい、おやすみなさいケイトさん・・・」




カチュアとケイトとユーリ、三人は寝静まったが、まだ眠れずにいた他の女性達は、暗闇の中で天井を見つめていた。

「・・・レイチェル、まだ起きてるんでしょ?」

シルヴィアは顔を向ける事はせず、隣で横になっているレイチェルに声をかけた。
ささやく様な声だったが、夜の静寂の中ではそれでも十分に耳に届いた。

「・・・ああ、起きてるよ。どうした?」

布団に入って一時間は経っているが、レイチェルもまだシルヴィアが起きていた事に驚きはしなかった。
本当に寝ているのかいないのか、そのくらいの気配は、目を閉じていても感じ取れるからである。

「やっぱり起きてた・・・ねぇ、店長の事考えてるんでしょ?」

「・・・よく分かるな」

シルヴィアは寝返りを打つと、両肘を立てて顔を起こした。

「そりゃ分かるわよ。何年の付き合いだと思ってるの?・・・ねぇレイチェル、あなたの店長への気持ちは分かるわ。でも、一人で背負い過ぎちゃダメよ。もうあんな無茶しないでね?あなたになにかあったら、私達みんなが悲しむ事を忘れないで」

じっと自分を見つめるシルヴィア、その瞳を見つめ返すレイチェル。
レイチェルも右肘を着いて体を起こし、シルヴィアに顔を向けた。

シルヴィアは、帝国の青魔法兵団団長、カシレロとの戦いの事を言っているのだ。
戦い自体はレイチェルの勝利と言えるだろうが、結果として見れば相打ちのようなものである。
事実レイチェルはあの戦いで死にかけたのだ。今こうして回復した事は奇跡と言っても大げさではないだろう。

「・・・分かってる。だけど、あそこで私が・・・いや、すまない。シルヴィアの言う通りだな。今後は気をつける」

この町を護るためだったんだと言おうとして、レイチェルは言葉を下げた。
自分を見るシルヴィアの表情が、真剣そのものだったからだ。

そしてレイチェル自身、命を大切にしろとは何度もアラタに言っていた言葉でもある。
同じ言葉が返ってきた事に気が付き、レイチェルは何も言い返す事ができなかった。

「分かってくれてよかったわ。はい、じゃあこの話しはお終いね。あとはアゲハ、あなたも起きてるんでしょ?」

レイチェルを挟んで向こう側に寝ているアゲハに、シルヴィアが声をかけた。
するとパチリと目を開けて、アゲハも後ろ手に体を支えながら、上半身を起こした。

「・・・なんだ、気付いてたの?」

腰まである長く艶やかな髪を手櫛ですくい、アゲハはいたずらがバレた子供ように笑った。

「盗み聞きするつもじゃなかったんだけどね、私もなかなか寝付けなくてさ」

「分かってるわ。あなたにとっても、店長の話しは衝撃だったでしょうから。シンジョウ・ヤヨイの血を継いだあなただからこそ、感じるものがあったのでしょう?」

「・・・そうだね、かつての戦争の話しもある程度は調べて分かってたつもりだったけど、当事者から聞くと全然違うもんだよね。なんかさ、今は抜けたって言っても、私も一度は帝国に仕えてた身だからさ・・・なんだか悪い気がして・・・」

「アゲハ、それは違うぞ」

頭に手を当て力無く笑うアゲハに、レイチェルが体を起こしてキッパリと言い切った。

「え?・・・でも」

「店長はアゲハに好きなだけここにいていいと言った。アンリーエル様にも、アゲハがこの国で生きやすいようにとお願いしていたんだぞ?アゲハが元帝国軍という事なんて、店長はなんら気にしていない。店長はシンジョウ・ヤヨイの子孫である、アゲハという人間を見ているんだ。申し訳ないと思う必要はないが、恩義を感じるなら、レイジェスのために頑張ればいいだけだ。この店は店長の宝物だからな」

「・・・レイチェル、あんたって本当に店長が好きなんだね?」

「え!?な、なにをいきなり・・・」

アゲハが顎に指先を当てて、意味深な目をレイチェルに向けると、レイチェルは意表を突かれて視線を泳がせた。

「あははは、隠さなくてもいいって、見てれば分かるから」

「む・・・そ、そうか?」

「そうだよ。ね?シルヴィア」

レイチェルの肩越しに顔を向けると、シルヴィアは、うんうんと頷いた。

「ええ、そうね。レイチェル、あなた恋愛に関してはけっこう分かりやすいわよ?」

「そ、そうか・・・う、うぅん・・・」

シルヴィアにも指摘されると、レイチェルは言葉に詰まって視線を落とした。

「そう照れる事ないって、まぁ頑張りなよ」

アゲハがレイチェルの肩をポンと叩くと、レイチェルは黙って小さく頷いた。
暗かったためアゲハにはレイチェルの顔は見えなかったが、自分の気持ちが叶う事はないだろうと思っているレイチェルの表情は、少し寂しそうだった。


「ところで店長って言えば、本当に外にいるの?大丈夫なのか?」

思い出したように話すアゲハに、シルヴィアも、そうね、と一言返した。

「もちろん私も心配よ。でも、店長の光魔法を見たでしょ?あれで今までもトバリを消してきたと言うのだから、信じるしかないわ。それに店長は絶対に嘘をつかないの。だから店長が大丈夫と言うのならきっと大丈夫なのよ」

シルヴィアからは、ウィッカーへの疑う事のない信頼。それが言葉の端々から感じられた。
レイジェスの店長ウィッカーの評判の高さは、ここい来てからずっと感じていた。なにせ女王アンリエールでさえ敬意を払っているのだから。

最初はなぜここまで?と疑問ではあったが、今回聞いた過去の話しふまえると、納得がいくものであった。

「本当にすごい人なんだな・・・・・あのさ、みんな店長に稽古つけてもらってるって言ってたよね?私も頼んでみようかな」

「お、やる気だな?店長は快諾してくれるだろうから、明日にでも話してみたらどうだ?」

レイチェルに勧められると、アゲハは軽く頷いた。

「ああ、そうしてみるよ。さてと、それじゃ今度こそ寝ようかな。すっかり遅くなったよ」

そう言って後ろに倒れ込むようにして体を投げ出すと、アゲハは頭の後ろに手を組んで目を閉じた。


「じゃあレイチェル、私達ももう寝ましょう。これ以上は朝辛いわよ?」

「・・・ああ、分かってる」

いつまでも気にしていても、どうしようもない。それは分かっている。
だがレイチェルは、今この時も外で一人、夜の風に身を任せているウィッカーを思い、もどかしい気持ちのやりどころを見つけられずにいた。

「・・・店長なら大丈夫よ。それに、今は一人になりたいんだと思うわ。だって、きっと口にするのも辛い話しだったと思うから・・・・・」

そう、大切な人を失った事を話す。それは心に大きな負担をかけただろう。
話しが終わった後、夜の風を感じたいと言って、外に出て行った事は無理からぬ事だった。


「・・・そうだな。すまない、もう寝るよ。じゃあ、シルヴィア、おやすみ」


そう言ってレイチェルが布団に入ったところを見届けて、シルヴィアも枕に頭を横たえた。

そして夜は更けていった。
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