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【986 悠久の旅の果てに】

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二人はきっとどこかで生きていると、わずかに希望を持っていた。
だけどもう受け入れるしかなかった。

あの夢はメアリーとティナが、俺に別れを伝えに来たんだ。
一人残された俺が苦しまないように・・・・・少しでも心が軽くなるようにって、そう俺を想ってくれたんだと思う。

二人の最後の笑顔は目に焼き付いて離れなかった。

とても悲しかったけれど・・・でも、二人は俺に言ってくれた。
いつまでもずっと一緒にいると・・・・・

だから俺は生きなければならないだろう。
正直、何もかもどうでもよくなりそうだった。自分の命も・・・・・
だけどメアリーもティナも、俺が自暴自棄になる事は望んでいない。
もし俺が、自分の命を自分で断ったら、二人は気持ちを裏切る事になる。
だから俺は、どんなに辛くても生きなくてはならない。

それに、ジョルジュにも背中を叩かれたからな・・・・・
頑張れって、あいつが俺の背中を叩いてくれたんだ。だから、頑張らないとな・・・・・



カエストゥス首都バンテージに戻った俺が目にしたものは、変わり果てた故郷の姿だった。
自然豊かな緑の樹々は、焼き払われて真っ黒な炭と化し、赤や黄色、水玉模様など、個性豊かで美しかった建物は、見る影もなく崩れ落ちていた。
さらに町を焼いた火はまだ完全には消えておらず、あちこちでくすぶっている残り火が、灰色の煙を上げていた。

そして、あれだけの戦いの後なのに、死体が一つも無かった。
なぜ?と疑問を感じたのはほんの短い時間で、原因はすぐに分かった。

黒渦だ。あれが呑み込んだんだ。

見上げた空は青々と澄み渡っている。とてもあの禍々しい闇が覆っていたとは考えられない。
なぜ今あの闇が消えているのかは分からないが、黒渦が死体を呑み込んだんだ。
カエストゥス軍と帝国軍、合わせていったい何万の死体だっただろう。

それをあの黒渦が吞み込んだんだ・・・・・



ふと頭をよぎった可能性に、ゾクリと背筋に冷たいものが走った。

黒渦は六年前に数百億のバッタを呑み込んだ。そして今回は数万の人間の死体を・・・・・

俺の推測では、黒渦は間違いなく意思を持っている。
しかしそれは、動物としての本能のようなものだ。腹が減れば肉を食う、そういう欲求に対する行動だ。
虫であるバッタを吸収した事で、黒渦は生きる事を学んだ。貪欲だが純粋な生存本能だ。


しかし人を・・・人間を吸収すればどうなる?


虫とは違い知恵を持つ人間を吸収した時、黒渦はいったいどう変化する?
しかもあの黒渦は、王子とマルコ様も吸収している。
王子の魔力まで取り込んだとしたら、もはや黒渦は人がどうこうできる存在ではないのかもしれない。


・・・いや、駄目だ。弱気になるな、黒渦をこのままにしてはいけない。
今は姿を隠しているようだが、ほうっておけば、いずれ黒渦はカエストゥスのみならず、この大陸全土を覆ってしまうだろう。


俺が黒渦を消す。

俺がやらなければならないんだ。
王子・・・あなたの魂は、俺が・・・・・俺が必ず救ってみせます。




そして俺の旅が始まった。

行く当てなどないが、黒渦を消すためには光魔法が必要だった。
だから魔法の完成の手がかりを探した。今の俺は師匠から譲り受けた青魔法。ジャニスから託された白魔法を使う事ができる。しかし元々が黒魔法使いの俺には、青と白の知識が足りない。

だから俺に必要な知識を得るため、そして光魔法の研究ができる場所を探して歩いた。


数多の夜を越えていくうちに、黒渦が夜にだけ現れる事を確信した。
理由は分からない。だが推測は立てられた。

黒渦はやはり、闇そのものになったんだ。だから陽の光があるところには出て来られない。
その代わり、夜の闇の中ではどこでも自由に出現できる。そして獲物を見つけては喰らっていくんだ。

もはや人は、夜を避けて生きるしかないだろう。



そして旅をしていく中で、俺は俺の中に宿る風の精霊の力が、少しづつ弱まっていく事を感じていた。

原因はやはり黒渦だった。
黒渦はカエストゥスの風の精霊さえも食らっていたんだ。

風の精霊も抵抗しているが、闇がある限り無限に湧き出る黒渦を相手に、少しづつ数を減らしていっていた。

それでも精霊は俺と一緒にいてくれた。
精霊達も存続を脅かされているのに、俺を護ってくれていた。

俺は最初、闇に対抗できるのは光と精霊の二つだと思っていた。
だが弱っていく精霊達を見て、俺は一刻も早く光魔法を完成させなければならないと思った。


人と精霊達の存続のために。
黒渦を消すために。

メアリー、ティナ・・・みんな・・・・・
俺は必ずあの黒渦を消してみせる。

何年かかろうとも絶対だ。俺の人生を全て懸けて成し遂げて見せる。


そう固く心に誓った。



だが、人の・・・いや俺の心は弱かった。

家族と仲間を失った悲しみ、そして何が何でも自分がやりとげるという責任から、俺は光魔法の研究に没頭した。

時には飲まず食わず、睡眠もろくにとらず、まるで何かにとりつかれたかのように、一心不乱に打ち込む姿は、さぞ気味の悪いものだっただろう。

今思えばこの時の俺は、前を向いて歩いているように見えても、心は危うい状態だったんだと思う。

各地を旅しながら光魔法の研究だけをする日々、食事や睡眠はおろか、身なりにも無頓着となれば、さぞ薄汚い男にしか見えなかったはずだ。



カエストゥスの敗戦から一年、俺はクインズベリーのとある村に流れ着いた。



そこで出会った村娘レイラとの温かい同居生活・・・・・そして悲しい別れ。
心の傷が癒えかけていた俺にとって、そのショックはあまりにも大き過ぎた。

再び失意のどん底に落とされた俺は、もう何をする気にもならなくなってしまった。

なぜ俺だけがこんなに辛い思いをしなければならないのか?
どうして俺の大切な人はみんな先に死んでしまうのか?

黒渦も光魔法も、もうなにもかもどうでもいい。
みんなの想いを背負って、俺が成し遂げると誓ったが、もう心は折れていた。

いっそ俺も死ねば楽になれるのかな・・・・・



そこまで思い詰めたある日の夜、眠っている俺の意識の深層に、精霊が語り掛けて来た。


不思議な感覚だった。
目の前に緑色の炎が現れ、精霊の声と言うのか、意思のようなものが伝わって来るのだ。

精霊の意思は俺にこう告げた。


この世界に平和を取り戻すにはお前の力が必要だ。
だが残念ながら光魔法を完成させたとしても、今のお前の力では黒渦を消す事はできないだろう。
黒渦を消すにはタジーム・ハメイドを超える力を身に付けなければならない。
そのためには、人間としての時間ではとうてい足りるものではない。

多大な犠牲を払うが、お前の人としての時間を止める事は可能だ。

ウィッカーよ、覚悟を決めろ。お前がやるのだ。



「・・・突然何を言っている?時間を止める?覚悟?・・・・・俺はもう疲れたよ・・・もう放っておいてくれ」


立ち上がる気力も無く、投げやりな言葉を出す俺に、精霊の炎は大きく揺らめいた。


妻と子、仲間達の心を受け取ったのだろう?
それを捨てる事がお前にできるのか?

ウィッカーよ、傷つき、疲れ、倒れ、それでもお前がまだその手に残る心を離さない・・・離せないのであれば、我々の力を受け入れろ。

そうすればいつの日か、お前が役目を果たし終えたその時、我々が必ずやお前を・・・・・・・



しばらく考えた末に、俺は俺の時を止めるという精霊の提案を受け入れた。
色々思う事はあった。
だけど、そうだな・・・やはり俺はもう一度メアリーとティナに・・・みんなに会いたい。
だから、そのためなら・・・何百年かかってもやり遂げようと思った。


時間が止まった事で一点、なにかが変わったという感覚はあった。

そしてそれは普通に生活している分には、感じる事のなかったものだ。
なぜなら普通の人間は、自分の時が止まるなんて経験をする事はないのだから。

しかし、だからだろう。具体的にどこがとは言えないが、なにかが違うという事だけは分かる。
これが時が止まったという感覚なのだろう。

俺はこれから王子を超えて、黒渦を消せるその日まで、己を鍛えていかなければならない。
本来であれば、俺が一生をかけて鍛錬を積んだとしても、王子には追いつけるものではなかっただろう。

だが、人の理から離れた今ならば可能だろう。
老いる事はなく、時間は無限にあるのだ。いつかは追いつき追い越せるはずだ。

精霊の言う通り、俺は多大な犠牲を払う事になった。
俺は人の身でありながら、人ではない存在になった。それゆえに自らその素性を明かしてはならないのだ。

そのためウィッカー・バリオスとしての未来を、捨てなくてはならなくなった。

いくつかの抜け道はあったが、それが通用するのは最初のうちだけだ。
いずれは全ての人が俺という存在を忘れていくだろう。



そして一人寂しく消えていくだろう


だが、今の俺にはどうでもいい事だ



妻と子と仲間達・・・全てを失った俺にとっては、今更寂しさも悲しみも何もない


一人だけ生き残った俺には、案外こういう道が相応しいのかもしれない


いいぜ・・・カエストゥス最後の魔法使いとして戦おう



いつ終わるともしれない悠久の旅の果てに・・・・・一筋の光を求めて
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