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【985 いつまでも】

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「パパ・・・ごめんなさい」

下を向いて震える声で謝るティナに、俺はただ茫然としているだけだった。

「ティナ・・・な、なにを言ってるんだ?ここにはいられないって・・・・・」

ティナの言葉を聞かないように、その意味を理解しないように、あえて考えないようにしてしまうけど・・・本当はもう分かっている。だけど認めたくなかった。認められるわけがない。

でも、動揺は隠せない。俺は落ち着きなくティナに言葉をかけたが、ティナは両手で顔を覆うと、しゃがみこんで声を押し殺して泣いてしまった。


「・・・ウィッカー様」

「メアリー・・・」


背中にかけられた声に振り返ると、メアリーが両手を腰の前で重ねて、小さく微笑んで立っていた。

ずっと泣いていたからか目元は薄っすら赤くなり、眉を下げて、何かを諦めたような・・・
とても寂し気に・・・悲し気に微笑んでいた。

「メアリー・・・・・その・・・俺・・・・・」

言葉が出て来ない。話さなきゃならない事は沢山あるのに、どう話せばいいのか分からない。

もう分かってる、分かってるんだ。二人を止める事はできない。だけど・・・・・

悔しさに両の拳を強く握りしめると、メアリーが俺の手を取って、そっと包み込んだ。

小さいけれど温かくて、とても優しい手だった。

「メアリー・・・」

「ウィッカー様・・・・・私は幸せでした。幼い頃から大好きだったウィッカー様の妻になれて、こんなに可愛い娘も授かって・・・三人で家族になれました。本当に・・・・・本当に幸せでした」

「メ、メア、リー・・・・・」

なに言ってんだよ?そんな言い方じゃ、まるで・・・もう・・・・・

唇が震えてうまく話せない。
目頭が熱くなって、溢れてきたものを止める事はできなかった。


「私とティナは、もう行かなくてはいけません・・・・・ウィッカー様、最後にお願いがあるんです」

「な、なに・・・言ってん、だよ・・・さい、最後なんて・・・・・メアリー・・・」

ボロボロとこぼれる俺の涙を、メアリーがそっと指先で拭って、頬に手を当てる。

「ウィッカー様・・・・・」

メアリーもまた、目に一杯の涙を溜めていた。

だけどメアリーは笑っていた。悲しい最後にならないように、辛い別れにならないように、そして両手を広げて精一杯の笑顔を見せてくれた。


「私を・・・抱きしめてください」


俺はメアリーの肩にそっと手をかけて抱き寄せた。

「メアリー・・・・・」

「ウィッカー様・・・・・」

メアリーも俺の背中に手を回して、強く・・・決して離れないというように、強く俺を抱きしめた。

「メアリー・・・愛してる」

この温もりが離れないように、腕の中の大切な人が消えてしまわないように、俺も強く・・・決して離さないように抱きしめた。

「嬉しいです・・・ウィッカー様、私も愛してます・・・もう、これで思い残す事はありません」

そう言ってメアリーは俺からゆっくり体を離すと、隣に立つ娘に顔を向けた。
ティナはまだ涙が止まらず、俯いて体を震わせながら、ワンピースの裾を握り締めている。

「ティナ・・・」

メアリーに声をかけられると、ティナはゴシゴシと目元を拭って、俺の胸に飛び込んで来た。

「パパぁぁぁーーーー!」

娘の体をしっかりと受け止めて、俺はティナをぎゅっと抱きしめた。

「パパ!パパ!パパぁぁぁーーーーー!」

「ティナ・・・ティナ!」

小さな体で、力いっぱいに俺に抱き着くティナ。
俺の・・・俺とメアリーの宝物、愛しい我が子ティナ・・・・・・


「ティナ・・・・・ごめん、ごめんよ・・・・・俺は、俺はァァァッ・・・・・・!」

もう駄目だ。
考えないように、無理やり記憶を押さえていたが、もう無理だ。
俺は全てを思い出した。

メアリーもティナも、やはりあの光源爆裂弾で・・・・・・・

なぜ今ここにで二人に会えたのか分からない。
だが、このカフェを出れば、二人にはもう二度と会えないだろう。
そして別れの瞬間はもうすぐそこまで迫っている。

「すまない!・・・すまない、俺が・・・俺がもっと強ければ!お前達を護れたのに・・・俺が・・・俺のせいで!」

涙が溢れて止まらない。
幸せにするって誓ったのに・・・・・メアリーとティナを護ると誓ったのに・・・・・・

俺は・・・・・俺は夫としても、父親としてもその責任を果たせなかった。

なぜ、なぜ俺だけ生き残った・・・・・

「パパ、大好きだよ・・・・・」

「ティ、ティナ・・・・・」

顔を上げたティナは、涙でぐしゃぐしゃだったけれど、ニッコリと笑ってくれた。

「ママと一緒に、パパの事見守ってるからね。だからパパ、私達の事・・・・・忘れないで」

「ティナ・・・・・」

ふいにティナの体が俺から離れた・・・いや、俺の腕がティナの体をすり抜けた・・・・

「えっ?ティ、ティナ・・・メアリー・・・」

俺の前に立つ、二人の体が淡い光に包まれていく。

周囲の景色も、まるで白い光に溶けていくように、少しづつ消え始めている。


「メアリー・・・ティナ・・・・・」

お別れ・・・なのか?
もう会えない、のか・・・・・?


二人の体が足元から光の粒子となって消え始めた。
両の瞳から透明な雫を零しながら、メアリーとティナは俺に微笑みを見せてくれる。



ウィッカー様・・・・・

パパ・・・・・

「い、嫌だ・・・い、行かないでくれ・・・・・お願いだ!俺を・・・俺を一人にしないでくれ!一緒にいてくれよ!お願いだぁぁぁーーーーーッツ!」


伸ばした手は届かなかった。
だけど、二人の最後の言葉は、俺の心に届いた。


・・・・・私達はいつまでも、ずっと一緒にいるからね・・・・・・


「あ・・・・・あぁ・・・・・うぅ・・・・・ぐ、うぅぅぅぅぅ・・・・・・・」


膝を着いて泣き崩れる俺の背中に、誰かがポンと手を置いた。

見覚えのある黒いブーツが目に入り、顔を上げると・・・・・

「・・・お、お前・・・ジ・・・・・」


弓を背負ったアイスブルーの髪をした男は、髪と同じアイスブルーの瞳で俺を見つめ、フッと小さく笑った。

「ジョル、ジュ・・・お、お前・・・」


まるで俺を励ますように、もう一度だけ俺の背中をポンと叩くと、ジョルジュも光の粒子となって消えてしまった。




「うぁぁ・・・・・あ、あああぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・・・・・・」







なぜ俺だけ生き残った

どうして俺だけ・・・・・・・・



「・・・・・メアリー・・・・・ティナ・・・・・・・みん、な・・・・・・」



朝露が頬にあたり目を覚ますと、陽が登り始め、空が青く染まる頃だった


「・・・・・・夢・・・だったのか・・・・・」


夢だったのだろう・・・

だけど、目元の涙が拭われていた事に気が付き、俺は込み上げてくるものを押さえられなかった
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