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【984 三人で】
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穏やかな風に乗って、白い雲が空をゆっくりと流れて行く。
樹々の葉が届けてくれる緑の香りと、暖かい日差しが心地よく、つい眠気を誘われそうになる。
「良い天気だな・・・・・」
白い丸テーブルで一人、コーヒーカップを片手に、俺は通りの道行く人々を眺めていた。
「あれ、そういえば俺、コーヒーなんて頼んだっけ?」
ふと自分が手にしている白いカップに疑問を感じて目を落とした。
淹れたての黒い液体からは、ほのかな湯気とともにナッツのような香ばしい香りが立ち込める。
当たり前の事だが、俺が頼んだから、今こうして俺がカップを手にしていると考えるのが普通だ。
何もおかしくない。だがいったいいつ俺が注文したんだ?注文をした記憶がない。
そもそもここはどこだ?
ここがカフェのテラスだという事は分かる。だが俺はいつからここにいるんだ?
当たり前のように座ってコーヒーを飲んでいたが、冷静になって状況を考えるとおかしい事だらけだ。
カップを置いて立ち上がると、俺は辺りを見回した。
俺の他にも客は入っている。みんな同じ白くて丸いテーブル席に座り、コーヒーや紅茶を口にしている。
だがなにか変だ。どこか違和感を感じる・・・・・おかしい・・・・・
「・・・こんなに静かなものか?」
そうだ。誰も話していないんだ。ざっと見たところ、7~8台のテーブルに、十数人はいるだろう。
相手がいるのなら会話の一つや二つするはずだ。それなのに、ここは誰も一言も口をきいていない。
同じ席の相手と顔を合わせもしない。
よく見ると、通りを歩く人達もおかしい。
老若男女、様々な人達が道を歩いているが、彼らもただ歩いているだけなのだ。
歩いていれば、何気なく回りに目を向ける事はあるだろう?だが、誰一人としてそんな動きを見せない。
会話どころか、どこにも目を向けずに、ただ黙って前に足を動かしているだけなのだ。
「いったい・・・」
そしてなにより一番気になった事は・・・・・
「ここはどこだ?」
当たり前のように座っているが、俺はこの場所を知らない。
空には青空が広がり、陽は温かく風はは心地よい。
休日にコーヒーを飲むには最高の日であり、最高の場所だろう。
だが俺はここを知らない。
誰も話さず、誰も顔を見ない。どこか異様な空間だった。
「ウィッカー様、どうかされましたか?」
「パパ、座ったら?」
茫然と立ち尽くしていた俺に、決して忘れる事のない声がかけられる。
視線を向けた先、俺の正面、白い丸テーブルには・・・・・
肩口で揃えた絹のように細く柔らかそうな金色の髪、透き通った青空のように穏やかで綺麗な青い瞳。
優し気に微笑みながら、俺を見つめるメアリー。
その隣には、メアリーと同じ髪型、メアリーと同じ青い瞳、ニコニコした可愛い笑顔を見せてくれるティナ。
最愛の妻と娘が、いつの間にかイスに座って俺を見つめていた。
二人とも白いワンピース姿で、とても綺麗だけど・・・どこか儚げに見えた。
「・・・・・メアリー、ティナ・・・・・あれ、えっと・・・・・」
二人を見て、俺はなにか大事な事を忘れているような気がして、胸がざわめいた。
「ねぇパパ、なんで立ってるの?お行儀悪いよ」
「え、ああ・・・そうだな、ごめん」
ティナに諭されて、俺はイスに腰を下ろして座り直した。
ティナは五歳だけど、とてもしっかりしている。メアリーの教育が良いのだろう。
それにキャロルやジャニスもいる。あの二人もキッチリしてるから、周りの大人達の良いところをちゃんと見ているんだなと思う。今から将来が楽しみだ。
「ウィッカー様、レイジェスの前にこんな素敵なカフェができて良かったですね。ティナも行きたいってずっと言ってたから、今日家族みんなで来れてとっても嬉しいです」
「あ、そう言えばそうだったよな、そうだそうだ、レイジェスの前に新しくできたんだった。ティナも行きたいって言ってたよな」
「も~パパ、今日はなんだか変だよ?ぼんやりしてて。疲れてるの?」
ティナが少し首を傾げて、不思議そうに俺を見る。
そうだな、そうだ・・・ここはこの前オープンしたカフェで、俺は今日家族三人でお茶をしに来たんだ。
ぼんやりして、大丈夫か俺?
「ごめんごめん。パパ、ちょっと変だったね。もう大丈夫だよティナ」
コーヒーを一口飲んで、笑いかけると、ティナはそれで安心したのか、笑顔を返してくれた。
それから俺達はしばらくの間、色々な事を話した。
最近レイジェスであった面白い事とか、孤児院でティナが誰と仲が良いとか、メアリーが新しく覚えた料理とか・・・・・色々だ。
俺とメアリーの馴れ初めの話しもした。
ティナが聞きたがったからだ。照れ臭かったけれど、どうしても聞きたいと言うので話した。
最初はメアリーのアプローチがすごかったけど、最終的には俺がメアリーに交際を申し込んで、プロポーズをしたと言うと、ティナは何度もいいなぁと羨ましがった。
ティナだって、いつか良い男性と巡り合えるよ。そう伝えると、なぜか少し悲しそうに眉を下げて、そうだね・・・、と小さく笑った。
なぜそんな悲しそうに笑うんだろう?そう疑問を感じると、メアリーが唐突に話題を変えて話し始めた。
少しひっかかりはあったけれど、ティナもあまり追求されたくなさそうに見えるから、そのままメアリーの話しを聞く事にした。
俺達は時間も忘れて沢山の話しをした。
メアリーもティナも、いつも以上に沢山話してくれたから、会話が途切れる事はなかった。
本当に楽しい時間だった。
だけど、どことなく不自然な感じはあった。
一つの話題が終わり、そろそろ帰ろうかという雰囲気になると、二人は慌てたように新しい話しを出してきて、無理に場を繋いでいるように見えるのだ。
まるでこのカフェから出たくないかのように・・・・・
「そう言えばメアリー、前にさ、ティナがもう少し大きくなったら旅行に行きたいって言ってたよな?ティナももう五歳だし、自分の事は自分でできるようになったし、そろそろいいんじゃないかな?まとまった休みとって行こうよ、ロンズデールの温泉とか」
まだティナが2歳か3歳だった頃だ。
スプーンやフォークを上手に使えるようになってきて、だんだん一人でできる事が増えてきた。
日々成長していく娘を見て、メアリーが何気ないふうに口にしたんだ。
ティナがもう少し大きくなったら、家族三人で旅行に行きたいですね・・・と。
「・・・・・」
俺も三人で旅行けたら楽しいだろうなって、ずっと思っていた。ティナも年齢以上にしっかりしてるし、今ならいけるだろうなって思って、いつものように喜んでくれるだろうなって思って話したのに・・・・・
「メアリー・・・・・どうして泣いてるの?」
目の前に座っているメアリーは、口元に笑みを作っているけれど、その青い瞳からは透明な雫が頬を伝い落ちている。
「・・・す、すみま、せん・・・ウィッカー様、すみません・・・・・」
「え、メ、メアリー、な、なんで泣いて・・・・・」
俯いて声を震わせて涙するメアリー。
なぜメアリーが突然泣き出したのか分からなかった。だけど泣きながら俺に謝るメアリーがとても辛そうに見えて、俺は椅子から腰を上げるとメアリの傍に行って、そっと背中を撫でた。
「・・・メアリー、なにかあった?」
「う・・・うぅ・・・すみま、せん・・・すみません・・・わたし・・・わたし・・・・」
両手で顔を覆って、声を絞り出すようにして、謝罪の言葉を繰り返す。
いったいメアリーはどうしたというんだ?なんで急に泣き出したんだ?
ただ、旅行の話しをしただけで、なにも泣くような話しなんてしてないはずだ。
それがこんなに辛そうに、悲しそうに・・・・・
「パパ・・・」
メアリーの背中を撫でていると、ティナが俺の傍に来て、ぎゅっと俺の服の袖を摘まんだ。
「ティナ・・・どうした?」
「あのね・・・私達・・・・・・行けないの」
俺と目を合わせず、下を向いたまま小さく呟いた。
何を言われているのか分からなかった。だけどティナも、五歳のティナまでも涙で肩を震わせている。
いったい何が・・・・・
「・・・ティナ、行けないって・・・えっと、なにが?」
言われた言葉をそのまま聞き返した。
声が震えてしまう。
ティナの口から何を聞かされるのか・・・聞かない方がいい、やめろ、聞くなと、もう一人の自分が脳裏で警告を発している。
「行けないの・・・ママも私も・・・パパと一緒に行けないの・・・だって・・・だって、私達は・・・・・」
「ティ、ティナ・・・・・」
なんだ?ティナは何を言おうとしているんだ?俺は何を聞かされるんだ?やめろ、やめてくれ、これは聞いては駄目だ。言わないでくれ、だって俺は・・・俺は・・・・・俺にはメアリーとティナが・・・・・
「だって私達はもう・・・・・ここにはいられないから・・・・・・・・」
樹々の葉が届けてくれる緑の香りと、暖かい日差しが心地よく、つい眠気を誘われそうになる。
「良い天気だな・・・・・」
白い丸テーブルで一人、コーヒーカップを片手に、俺は通りの道行く人々を眺めていた。
「あれ、そういえば俺、コーヒーなんて頼んだっけ?」
ふと自分が手にしている白いカップに疑問を感じて目を落とした。
淹れたての黒い液体からは、ほのかな湯気とともにナッツのような香ばしい香りが立ち込める。
当たり前の事だが、俺が頼んだから、今こうして俺がカップを手にしていると考えるのが普通だ。
何もおかしくない。だがいったいいつ俺が注文したんだ?注文をした記憶がない。
そもそもここはどこだ?
ここがカフェのテラスだという事は分かる。だが俺はいつからここにいるんだ?
当たり前のように座ってコーヒーを飲んでいたが、冷静になって状況を考えるとおかしい事だらけだ。
カップを置いて立ち上がると、俺は辺りを見回した。
俺の他にも客は入っている。みんな同じ白くて丸いテーブル席に座り、コーヒーや紅茶を口にしている。
だがなにか変だ。どこか違和感を感じる・・・・・おかしい・・・・・
「・・・こんなに静かなものか?」
そうだ。誰も話していないんだ。ざっと見たところ、7~8台のテーブルに、十数人はいるだろう。
相手がいるのなら会話の一つや二つするはずだ。それなのに、ここは誰も一言も口をきいていない。
同じ席の相手と顔を合わせもしない。
よく見ると、通りを歩く人達もおかしい。
老若男女、様々な人達が道を歩いているが、彼らもただ歩いているだけなのだ。
歩いていれば、何気なく回りに目を向ける事はあるだろう?だが、誰一人としてそんな動きを見せない。
会話どころか、どこにも目を向けずに、ただ黙って前に足を動かしているだけなのだ。
「いったい・・・」
そしてなにより一番気になった事は・・・・・
「ここはどこだ?」
当たり前のように座っているが、俺はこの場所を知らない。
空には青空が広がり、陽は温かく風はは心地よい。
休日にコーヒーを飲むには最高の日であり、最高の場所だろう。
だが俺はここを知らない。
誰も話さず、誰も顔を見ない。どこか異様な空間だった。
「ウィッカー様、どうかされましたか?」
「パパ、座ったら?」
茫然と立ち尽くしていた俺に、決して忘れる事のない声がかけられる。
視線を向けた先、俺の正面、白い丸テーブルには・・・・・
肩口で揃えた絹のように細く柔らかそうな金色の髪、透き通った青空のように穏やかで綺麗な青い瞳。
優し気に微笑みながら、俺を見つめるメアリー。
その隣には、メアリーと同じ髪型、メアリーと同じ青い瞳、ニコニコした可愛い笑顔を見せてくれるティナ。
最愛の妻と娘が、いつの間にかイスに座って俺を見つめていた。
二人とも白いワンピース姿で、とても綺麗だけど・・・どこか儚げに見えた。
「・・・・・メアリー、ティナ・・・・・あれ、えっと・・・・・」
二人を見て、俺はなにか大事な事を忘れているような気がして、胸がざわめいた。
「ねぇパパ、なんで立ってるの?お行儀悪いよ」
「え、ああ・・・そうだな、ごめん」
ティナに諭されて、俺はイスに腰を下ろして座り直した。
ティナは五歳だけど、とてもしっかりしている。メアリーの教育が良いのだろう。
それにキャロルやジャニスもいる。あの二人もキッチリしてるから、周りの大人達の良いところをちゃんと見ているんだなと思う。今から将来が楽しみだ。
「ウィッカー様、レイジェスの前にこんな素敵なカフェができて良かったですね。ティナも行きたいってずっと言ってたから、今日家族みんなで来れてとっても嬉しいです」
「あ、そう言えばそうだったよな、そうだそうだ、レイジェスの前に新しくできたんだった。ティナも行きたいって言ってたよな」
「も~パパ、今日はなんだか変だよ?ぼんやりしてて。疲れてるの?」
ティナが少し首を傾げて、不思議そうに俺を見る。
そうだな、そうだ・・・ここはこの前オープンしたカフェで、俺は今日家族三人でお茶をしに来たんだ。
ぼんやりして、大丈夫か俺?
「ごめんごめん。パパ、ちょっと変だったね。もう大丈夫だよティナ」
コーヒーを一口飲んで、笑いかけると、ティナはそれで安心したのか、笑顔を返してくれた。
それから俺達はしばらくの間、色々な事を話した。
最近レイジェスであった面白い事とか、孤児院でティナが誰と仲が良いとか、メアリーが新しく覚えた料理とか・・・・・色々だ。
俺とメアリーの馴れ初めの話しもした。
ティナが聞きたがったからだ。照れ臭かったけれど、どうしても聞きたいと言うので話した。
最初はメアリーのアプローチがすごかったけど、最終的には俺がメアリーに交際を申し込んで、プロポーズをしたと言うと、ティナは何度もいいなぁと羨ましがった。
ティナだって、いつか良い男性と巡り合えるよ。そう伝えると、なぜか少し悲しそうに眉を下げて、そうだね・・・、と小さく笑った。
なぜそんな悲しそうに笑うんだろう?そう疑問を感じると、メアリーが唐突に話題を変えて話し始めた。
少しひっかかりはあったけれど、ティナもあまり追求されたくなさそうに見えるから、そのままメアリーの話しを聞く事にした。
俺達は時間も忘れて沢山の話しをした。
メアリーもティナも、いつも以上に沢山話してくれたから、会話が途切れる事はなかった。
本当に楽しい時間だった。
だけど、どことなく不自然な感じはあった。
一つの話題が終わり、そろそろ帰ろうかという雰囲気になると、二人は慌てたように新しい話しを出してきて、無理に場を繋いでいるように見えるのだ。
まるでこのカフェから出たくないかのように・・・・・
「そう言えばメアリー、前にさ、ティナがもう少し大きくなったら旅行に行きたいって言ってたよな?ティナももう五歳だし、自分の事は自分でできるようになったし、そろそろいいんじゃないかな?まとまった休みとって行こうよ、ロンズデールの温泉とか」
まだティナが2歳か3歳だった頃だ。
スプーンやフォークを上手に使えるようになってきて、だんだん一人でできる事が増えてきた。
日々成長していく娘を見て、メアリーが何気ないふうに口にしたんだ。
ティナがもう少し大きくなったら、家族三人で旅行に行きたいですね・・・と。
「・・・・・」
俺も三人で旅行けたら楽しいだろうなって、ずっと思っていた。ティナも年齢以上にしっかりしてるし、今ならいけるだろうなって思って、いつものように喜んでくれるだろうなって思って話したのに・・・・・
「メアリー・・・・・どうして泣いてるの?」
目の前に座っているメアリーは、口元に笑みを作っているけれど、その青い瞳からは透明な雫が頬を伝い落ちている。
「・・・す、すみま、せん・・・ウィッカー様、すみません・・・・・」
「え、メ、メアリー、な、なんで泣いて・・・・・」
俯いて声を震わせて涙するメアリー。
なぜメアリーが突然泣き出したのか分からなかった。だけど泣きながら俺に謝るメアリーがとても辛そうに見えて、俺は椅子から腰を上げるとメアリの傍に行って、そっと背中を撫でた。
「・・・メアリー、なにかあった?」
「う・・・うぅ・・・すみま、せん・・・すみません・・・わたし・・・わたし・・・・」
両手で顔を覆って、声を絞り出すようにして、謝罪の言葉を繰り返す。
いったいメアリーはどうしたというんだ?なんで急に泣き出したんだ?
ただ、旅行の話しをしただけで、なにも泣くような話しなんてしてないはずだ。
それがこんなに辛そうに、悲しそうに・・・・・
「パパ・・・」
メアリーの背中を撫でていると、ティナが俺の傍に来て、ぎゅっと俺の服の袖を摘まんだ。
「ティナ・・・どうした?」
「あのね・・・私達・・・・・・行けないの」
俺と目を合わせず、下を向いたまま小さく呟いた。
何を言われているのか分からなかった。だけどティナも、五歳のティナまでも涙で肩を震わせている。
いったい何が・・・・・
「・・・ティナ、行けないって・・・えっと、なにが?」
言われた言葉をそのまま聞き返した。
声が震えてしまう。
ティナの口から何を聞かされるのか・・・聞かない方がいい、やめろ、聞くなと、もう一人の自分が脳裏で警告を発している。
「行けないの・・・ママも私も・・・パパと一緒に行けないの・・・だって・・・だって、私達は・・・・・」
「ティ、ティナ・・・・・」
なんだ?ティナは何を言おうとしているんだ?俺は何を聞かされるんだ?やめろ、やめてくれ、これは聞いては駄目だ。言わないでくれ、だって俺は・・・俺は・・・・・俺にはメアリーとティナが・・・・・
「だって私達はもう・・・・・ここにはいられないから・・・・・・・・」
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