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【978 黒い声】

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タジームよ、その心の全てを闇に染めろ。
お前が生み出した闇に全てを委ねるのだ。

お前の生まれ育った故郷は焼け落ち、最も大切にしていた弟も死んだ。

もうお前には何も無い。

この地を護る理由は無くなったのだ。
だから何も気にする必要はない。その膨大な魔力の全てを解き放て。


この闇の渦で全てを食らいつくせ・・・・・




頭に直接聞こえて来る声は、不快なものではなかった。

それどころかこの声を聞いていると、俺の心の苦しみが不思議とやわらいだ。
そして声は、俺がどうすべきなのかを教えてくれた。

もう戦争は終わりだ。

勝敗をつけろというのならば、国王を失ったカエストゥスの敗北だ。
民もいなくなり町も燃えた、この国はもうお終いだ。

だが・・・だからと言ってこの地を、帝国の好きにさせるわけにはいかない。
させていいはずがない。

皇帝、ベン、そしてこの地に来た帝国兵ども、貴様らを生かして帰しはしない。

皆殺しだ。

闇の渦に呑まれ、その身を食らいつくされるがいい。

死して安息があると思うな。
貴様らは闇の一部となり、未来永劫その魂を捕らわれるのだ。


「黒渦よ、全てを呑み込め」



空一面を埋め尽くす渦巻く闇の渦は、まるで俺の意思を汲み取るかのように、その力を強めた。

吹きすさぶ風は空へと昇って行き、渦の中心に吸い込まれていく。
樹々は根本から引き抜かれそうなほどに曲がり、崩れた城の瓦礫も空へと吸い寄せられ、立ち昇っている炎も呑み込まれていった。


必死に城壁にしがみつくベンと、魔力を放出して抵抗する皇帝の姿が目に入ったが、俺の黒渦は耐えていれば凌げるものではない。呑み込まれるのは時間の問題だ。

渦の力はまだまだ強くなる。それこそ限界がないくらいにだ。その気になれば、城を丸ごと呑み込む事も可能だろう。六年前、数百億と言われたバッタを、ほとんど全て喰らいつくしたのがこの黒渦なんだ。人の力で抗えるものではない。


「無駄な抵抗はやめて、貴様らも闇に・・・ん?」
「王子ィィィィィィィィィィーーーーーーーー------ッツ!」


右手を挙げて黒渦に魔力を送り、その力を更に上げる。
皇帝達を一気に呑み込んでやろうとしたその時、俺を呼ぶ何かが猛スピードで飛んで来た。



「・・・・・ウィッカー・・・・・」

数メートル程の距離を開けて、俺の前に立った男はウィッカーだった。
大きく息を切らせて、険しい顔で俺を見ている。

生きていたのか・・・・・

帝国へ行った者達は、みんな死んだと思っていた。


「ハァッ・・・ハァッ・・・お、王子・・・」

「ウィッカー・・・大丈夫か?ボロボロじゃないか」

だいぶ痩せたようだ・・・帝国で敗戦し、ここまでどうやって戻ってきたのか分からないが、そうとう体を酷使して来たんだろう。髪もボサボサだし、その顔には色濃い疲労が見える。

「俺の事はどうでもいいんです!くっ・・・こ、これはもうあの時の比じゃない・・・王子、なぜ黒渦を使ったんですか?今すぐ止めてください!取り返しのつかない事になります!」

ウィッカーは一度空を見上げると、険しい顔で俺に向き直った。
焦りの見えるその表情は、黒渦の圧に恐れを感じているように見える。

確かにウィッカーの言う通りだ。六年前の黒渦は城の上空を覆い隠す程度だった。
だが今回の黒渦は、目に見える全ての空を闇で覆っている。それこそカエストゥス全土まで達しているかもしれない。六年前とは比べ物にならない程巨大だ。


「・・・・・」

「王子、黒渦は危険なんです!カエストゥスそのものが消えてしまうかもしれない!あれは魔法じゃない!この地に生きる生命全てを食らう邪悪なものです!」

強い口調で叫びながら、ウィッカーは上空の黒渦を指差した。


俺はゆっくりと顔を上げて、空に広がる大きな渦をながめた。

黒渦は俺の魔法だ。発動も停止も俺の意思でできる・・・できるはず、だった・・・・・


六年前は数百億のバッタを食らいつくした。
あの時の俺は、ただバッタを殲滅させる事だけを考えていた。
目的さえ遂げればそれでいい。そう考えていたから、周囲が黒渦の危険性を解いても聞く耳を持たなかった。

だが、心のどこかで分かっていた・・・・・


ああ・・・そうだな、ウィッカー・・・お前の言う通りだ。
この魔法は使ってはいけない魔法なんだろう。


さっき聞こえた声、あれはおそらく黒渦の声だ。
魔法である黒渦の声というのもおかしな表現だが、俺はそう感じている。

黒渦は意思を持つ魔法・・・つまり、生きている魔法なのかもしれない。

六年前のあの日、黒渦は喰らった数百億のバッタの命を取り込んだんだ。
そして、擦りつぶされ、細切れにされたバッタの怨念をも宿したがゆえに、六年前よりも邪悪な闇の渦へと変貌を遂げたのだろう。



「・・・ウィッカー・・・弟が・・・・・マルコが死んだんだ」

正面に立つウィッカーの目を見て、俺は静かに告げた。

「えッ!?マ、マルコ様、が?・・・そんな・・・」

動揺するウィッカーは、歯を噛み締め、悲痛な面持ちで地上に目を向けた。
黒渦の引き寄せる風に抵抗し耐えている、皇帝とベンを視界に収め睨み付ける。
あの二人がやったと思っているのだろう。

「くっ・・・帝国め!マルコ様まで・・・」


「俺が殺したんだ」


ウィッカーは顔を上げて、俺を凝視した。
信じられない言葉を聞いたというように、瞬きすらせずにただ俺の顔をじっと見ている。


「ウィッカー・・・俺がマルコを殺したんだ」
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