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【969 母と子と ②】

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翌日になると、ジョセフは一見普通に見えた。

朝はおはようと挨拶もできたし、朝食もきちんととった。
正直ホっとした。ずっと引きずっていたらどうしようと思ってたから。

「お母さん、外で遊んできていい?」

外が晴れていたから、ジョセフはいつものように外に行こうとした。

・・・止めようかと思った。
昨日嫌な思いをしたばかりだし、家に居させた方がいいと思った。

だけど、私達は何も悪い事をしていない。ジョセフを家に閉じ込める理由はない。
そう考えて遊びに行かせる事にした。

「いいよ、お昼には帰ってくるんだよ」

そう言ってジョセフを外に行かせた。





「・・・遅い」

昼食の時間を過ぎてもジョセフは帰って来なかった。
いつもご飯の時間には必ず帰って来るのに、一時間待っても二時間待っても帰って来なかった。

テーブルの上で、すっかり冷めたスープを見つめながら、私は胸に広がるざわめきを消せないでいた。

ジョセフは真面目な子だ、私が昼食を用意して待っている事は分かっているのに、遊びに夢中で帰ってこないなんてあるはずがない。

昨日の傷だらけで帰ってきた姿が脳裏に浮かび、私はじっとしている事ができずに家を飛び出した。




ジョセフ・・・・・

この辺りは町の中心部から離れていて、隣近所との家の間隔も広い。
公園もあるけど、こうした家並みを利用して、かくれんぼや鬼ごっこをしている子供も多い。
最初の頃はジョセフも歳の近い子に混ざって遊んでいたけれど、親子関係でからかわれるようになってからは、一人で遊ぶようになった。

いつも公園で砂山を作ったり、滑り台で遊んでいると聞いていたから、私はまず公園に行ってみた。


「・・・いない・・・どこ!?」

小さい子とその母親が何組かいたけれど、そこにジョセフの姿は無かった。

公園で無ければどこに行ったのだろう?
子供の足だからそう遠くへは行ってないと思うけど・・・まさか誘拐なんて!?

背中を冷たい汗が伝い落ちる。
嫌な想像をしてしまい、心臓が跳ね上がる。頭を振って打ち消そうとしても、一度考えてしまうとそれは悪いイメージとなって、どんどん広がっていった。


「ジョセフ、どこ!?どこに行ったの!?」

私は走った。ただただ子供の無事だけを祈り、町中を走りまわった。
途中ですれ違った人達みんなに声をかけて、ジョセフがいなくなった事を説明すると、誰もが真剣な表情で話しを聞いてくれて、一緒にジョセフを探して回ってくれた。


意外だった・・・

探してもらっておいてこう言うのは失礼だと思うけど、あの母親に悪い噂を流されてから、それまで仲の良かったご近所さんとも、どこかよそよそしくなってしまったように感じていた。
だからみんなが、こんなに一生懸命ジョセフを呼びながら探してくれるなんて、思いもしなかった。

私・・・嫌われてなかったのかな・・・・・

みんなが一生懸命探してくれる事が嬉しくて、きっと見つかるよと励ましてくれる事が嬉しくて・・・涙が込み上げてきた・・・


「シャーロットさー--ん!いた!ジョセフ君見つけましたよ!」

陽が暮れかけてきた頃、お隣のご主人が手を振りながら走って来て、ジョセフを見つけたと教えてくれた。今は奥さんが見つけた場所で保護しているから、一緒に来てくれと言う。

「その、あの子、ほらジョセフ君によくちょっかい出す子と、その親がいてさ・・・うちの妻と言い合いになってて・・・」




お隣のご主人に付いて行くと、町外れの空き地でジョセフの姿を見つけた。
しかしかなり険悪な雰囲気だった。

ジョセフを庇うようにして前に立つ女性はお隣の奥さん。
そして向かい合って言い合いをしているのは、あの日私に好き勝手言ったあの女性だった。

「だから!もういい加減にしたらどうなんです!?ジョセフ君がなにをしたって言うんですか!?」

「ふん!その子がいると空気が悪くなるのよ!どうせ一人で遊ぶんなら、家で大人しくしてればいいじゃない!目障りよ!」

なにがあったのかは分からないけど、どうやらお隣の奥さんはジョセフを護っているようだ。

もう一人のあの女性は、言いがかりとしか言えない言葉で、ジョセフに暴言を浴びせている。
そしてその横には、いつもジョセフにちょっかいを出してくる男の子が、ニヤニヤしながらジョセフを見ている。

人を見下した嫌な目つきだ。ジョセフより三つ年上だから今9歳か、このまま成長したらロクな大人にならないぞ。

お隣の奥さんの後ろでは、好き勝手言われたジョセフが、悔しそうに目に涙を溜めている。
その涙を見て私は覚悟を決めた。

私は余所者だし、自分が我慢してすむ事であれば、できるだけ波風立てないようにするつもりだった。
だけどそれではダメみたいだ。悪い噂を流された時だって、しかたないで済ませるんじゃなかった。周りの人とももっと話しておくべきだった。

私が母親として自信を持って、もっと強い背中を見せていたら、ジョセフだってこんなに辛い思いをしないですんだんだ。


「ちょっと、そこのあんた・・・うちのジョセフがなんだって?」

真っすぐに相手の親の元に歩いて行った。
私からただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、お隣の奥さんは何か言おうとして口をつぐみ、ジョセフと一緒に少し後ろに下がった。


あの日、カエストゥスを出て以来、私は弓を握っていない。
戦闘もあの時が最後だ。

ずいぶん丸くなってしまったなと自分でも思う。

だけど・・・・・

「は?ああ、ま~たあんた?本当の母親じゃないくせに横から口を・・・」
「黙りなさい!」

馬鹿にするように薄ら笑いをうかべる女に、私は鋭く言葉を発した。

「ジョセフは私の子供よ。子供をいじらめられて黙ってられるわけないでしょ!」
「ッ!な、なに!?なによ、ぼ、暴力振るう気!?最低!」

ずいぶん丸くなってしまったと思うけど、私はこれでもバリバリの武闘派だ。
自分の事だけならいい・・・だけど自分の子供をここまで傷つけられて、黙っていられるわけがない。

「あ?なに寝ぼけた事言ってんの?前にも言ったよね?暴力って言うなら、あんたの言葉の暴力についてはどうなのさ?最低?あんた自分の言ってる言葉は最低だと思わないの?思ってないから言えてんだろうけど、ハッキリ言ってあんた頭おかしいよ。子供の前でよくそんな汚い言葉がつかえるもんだ。白魔法使いに看てもらったら?あ、でもキュアでも馬鹿は治せないだろうから、もう手遅れか」

「なっ・・・!なんて失礼なの!あんたみたいな出産の経験もない女が偉そうに語るんじゃ・・・」

「黙りな」

ヒステリックに叫ぶ女の前に、私は少しだけ殺気を飛ばして、睨みつけてやった。
脅す程度の軽いヤツだったが、それでもこの女には十分だったようだ。
青ざめた顔で足をガクガク震わせている。言葉が出てこないのか、口をパクパクさせている姿は笑いが出そうになった。

「いいかい?確かに私は出産の経験はない。だけど私はジョセフが赤ん坊の時から育ててきたんだ。熱を出せば寝ないで看病したし、料理だって栄養バランスってのを一から勉強して作ってる。文字の読み書きだって教えてるし、この子が立派な大人になれるように、私は私なりに頑張ってるつもりだ。血がつながってなくても私はジョセフの母親だ。あんたも親なら子供に恥ずかしくない親になりな。善悪の区別もできない人間が親を語るんじゃない!」

「ヒッ・・・!」

次に母親の隣の男の子に顔を向けた。
普段からよほどあまやかされてきたのだろう。母親が怯えをみせると、男の子はどうしていいのかわからないようで、不安そうに目を泳がせている。

「ねぇ、キミだって馬鹿にされたら悔しいし頭にくるよね?」

腰を落として目を合わせて静かに語り掛けると、男の子は何も言わずにうつむいてしまった。

「うちのジョセフだけじゃない。もう他の誰かを馬鹿にしちゃ駄目だよ?」

「・・・・・はい」

顔は上げなかったけど、男の子は小さく返事だけを返した。
この母親の隣にいたから、少しばかり私の殺気を感じてしまったのだろう。
体が震えている。ちょっとやり過ぎたかな。

まぁ、ここまで増長した子には、一度くらい怖い思いをしてもらった方が薬になるだろう。
これで変わってくれると信じたい。



それからその親子が逃げるように去って行くと、私はお隣の奥さんと旦那さんにあらためてお礼の言葉を伝えた。


「ジョセフを護ってくださって、本当にありがとうございました」

「いえいえ、当然の事をしただけですよ・・・ジョセフ君、最初は公園で遊んでたみたいなんです。でも、あの子が来たから公園を出ようとしたら追いかけられたらしくて、それでここまで逃げてきたんですって。そしたらあのお母さんも騒ぎを聞きつけて来たみたいなんです」

「そうだったんですね・・・お昼になっても帰ってこなかったから、本当に・・・本当に心配で・・・・・」

お隣の奥さんの話しを聞いてるうちに、いつの間にか涙が出てきた。

「ジョセフ・・・怖かったよね・・・ごめんね、お母さんがもっとしっかりしてれば・・・ごめん」

涙が次から次に溢れてきた。
ジョルジュがいなくても・・・ジャニスちゃんの代わりになれなくても・・・この子は私がしっかり育ててみせるって誓ったのに・・・・・


「お母さん!」

大きな声で叫んで、私の胸にジョセフが飛び込んで来た。

「お母さん!泣かないで!僕がもっと強くなるから!イジワルされても負けないくらい強くなるから!大きくなったら僕がお母さんを護るから!だから泣かないで!」

「ジョ、セフ・・・」

「お母さん!お母さん!」

力いっぱいにしがみついて、力強い言葉で私を慰めてくれるジョセフを、私はぎゅっと抱きしめた。

こんなに・・・こんなに良い子に育って・・・・・


「シャーロットさん、ジョセフ君は本当に優しいお子さんですね」

お隣の奥さんが、私にハンカチを差し出してくれた。

「はい・・・私の、自慢の息子ですから」


それからお隣のご夫婦は、私に謝ってきた。
あのいい加減な噂を信じていたわけではないが、なんだか変な気を使って話しかけ辛くなってしまったと。これからはまた仲良くしてほしいと言ってくれた。

私はそんな事は気にしていないし、今日ジョセフをかばってくれた事を心から感謝している。
そう伝えると、明日にでもお茶をしないかと誘われた。

今日一緒に、ジョセフを探してくれた人達も誘おうという話しになって、明日はなんだか賑やかになりそうだ・・・・・






そして夕日の沈む坂道を、二人で手を繋いで歩いて帰った


「ねぇジョセフ、お昼食べ損ねたから、お腹空いてるでしょ?今日の夕飯は何がいい?」

「お母さんのハンバーグがいい!」


ニコニコしながら私を見上げる息子が可愛くて、私も笑顔になる


ありがとうジョセフ

血の繋がりの無い私でも、お母さんと呼んでくれて

私もあなたを本当の息子だと思ってる


ジョルジュ、ジャニスちゃん・・・・・ジョセフはとっても強くて優しいよ


私が立派に育ててみせるから


見守っててね・・・・・

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