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【968 母と子と ①】

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クインズベリーでの生活を始めて六年が経った。

私は弟とジャニスちゃんの一人息子、ジョセフを引き取って育てている。
始めての子育ては分からない事だらけで、毎日が本当に大変だ。

特にジョセフが赤ちゃんだった時は、母親がいない寂しさからか、とにかく毎日泣かれてばかりだった。やっと寝かしつけたと思っても、一時間も経たずに起きて泣き出される事も珍しくない。
ジョセフと暮らし始めて最初の一年は、睡眠不足で私は毎日ひどい顔をしていたと思う。

母ナタリーからの私に対する、教育的小言も多かった。
ミルクを飲ませた後にはゲップをさせるとか、お風呂上りには水が入っていないか耳の穴に綿棒を入れて確認だとか、なんでも口に入れるから小さい物を回りにおくなとか・・・・・

同居しているから、手伝える時は手伝ってくれるけど、両親は弓の腕を買われてクインズベリーの兵の訓練役になった。共働きで夜しか家にいないため、そういつでも頼れるわけではなかった。


だけど今はジョセフも六歳になって、大抵の事は一人でできる。
ご飯を食べさせて、着替えを手伝って、おねしょの布団を干していた時が懐かしいくらいだ。
正直ずいぶん楽になったけれど、今度は違う悩みが出て来た。





「また喧嘩しちゃったの?」

外で遊んでくると言って出て行ったジョセフが、服をボロボロにして帰って来た。
ズボンの膝は破れて血も付いているし、叩かれたのか頬も赤い。

「・・・・・・・」

ジョセフは俯いて、悔しそうにムスっとしている。
私はジョセフの前に腰を下ろして、視線を合わせて、できるだけ優しく話しかけた。


「ジョセフ、とりあえずお家に入ろっか?着替えて、傷の手当もしなきゃ・・・」

「・・・・・うん」

頭を撫でると、ジョセフはやっと小さく頷いて家の中に入った。




ここ一年くらい、何度かこういう事があった。
原因は分かっている。近所の子が、ジョセフの境遇をからかっているのだ。

カエストゥスから逃げて来た事、そしてどこで知ったのか、私がジョセフの本当の母親ではない事まで知っていて、それをネタにからかってくるのだ。

ジョセフはそれで怒って手を出して、相手もやり返してくる。
けれどジョセフは白魔法使いだし、相手の子は体力型な上にジョセフより3つも年上なのだ。
適うわけがない。

「・・・お母さん・・・僕、悔しい」

「うん、またひどい事言われたんだね・・・ジョセフ、膝の怪我・・・もしかしてヒールかけたの?」

汚れを拭いて、膝の傷に傷薬を塗ってあげようとしたら、どうも傷の程度が軽い。
ズボンの破れ具合や、膝の周りに血の跡がある事を考えると、もっと大きな怪我のはずだ。

「うん。フローラ姉ちゃんに教えてもらったようにやったらできた」

「へぇ、すごいね」

ジョセフが白魔法使いと分かってから、フローラちゃんがジョセフに魔法を教えるようになった。
史上最高の白魔法使いと言われたジャニスちゃんの息子だけあって、高い魔力を秘めているとフローラちゃんは言っていた。

「もう一回ヒールかけたら、傷薬いらないんじゃない?」

「・・・やだ、お母さん傷薬塗ってよ」

首を振って、怪我をした足を向けて来る。
まったく・・・喧嘩を覚えても、やっぱりまだまだ子供だね。

「はいはい、しかたない子だね」

指先で軟膏をすくって塗り付けると、やっぱり塞がりきっていない傷には、少ししみるようだ。
唇を曲げて、痛そうに顔をしかめている。


「・・・本当のお母さんはね、とってもすごい白魔法使いだったんだよ。カエストゥスの宝ってくらいに言われてた。ジョセフもジャニスちゃんの血を引いてるんだから、大人になったらすごい白魔法使いに・・・」
「やだ!聞きたくない!」

私の言葉を遮って、ジョセフは自分の部屋に走って行った。

「あ~・・・やっちゃった」

こうなる事は分かっていたんだけど、ジョセフが初めてヒールを使って、自分の怪我を治した事に感心して、ついジャニスちゃんの事を口にしてしまった。



本当は、ジョセフが大人になるまで黙っているつもりだった。
だけどジョセフが知ってしまった以上、隠し続ける事はできなかった。


・・・お母さんは、僕のお母さんじゃないの?


涙目でそう聞かれた時の事を思い出すと、今も胸が痛む。

・・・ジョセフ、お母さんはね、本当のお母さんじゃないけど、ジョセフの事は本当子供だと思って育ててるよ。

こう伝えると、ジョセフは俯いて黙ってしまった。
あまりに突然の事で、なんと答えればいいのか分からなかった。
伝えた言葉は嘘偽りの無い本心だ。私はジョセフの事を本当の息子と思って育てている。
だけど、ジョセフの心には届かなかったのかもしれない。


その翌日、ジョセフが初めて喧嘩をして帰って来た。

遊びに行ったジョセフが、痣を作って帰ってきたのだ。私は心臓が止まるかと思うくらい驚いた。
怪我の手当をして話しを聞いてみると、どうやら父親もおらず、私が本当の母親ではない事でからかわれたらしい。

頭に来て文句を言いに行こうかと思った矢先、相手の母親が息巻いて突撃して来た。

「うちの子がお宅の子にいきなり殴られたって言ってるんです!いったいどういう教育してるんですか!?」

「ジョセフは胸を押したと言ってます。それもいけない事ではありますが、殴ったというのは表現が違うでしょう?それに、先に手を出したのはジョセフのようですが、その原因となった発言はどうお考えですか?それにそちらのお子さんは三つも年上でしょう?うちの子の怪我を見れば、やり過ぎだと思わないんですか?」

「なによ!そんなの屁理屈じゃない!先に手を出した方が絶対に悪いのよ!」

「手を出される原因になったのは、そちらのお子さんの言葉ですよ?ジョセフは泣いていました。怪我が痛くてじゃない。心の痛みで泣いてたんです。ご自分のお子さんに、言葉の刃について教えるべきかと思います」

「偉そうに言ってんじゃないわよ!お腹痛めて産んだ子でもないくせに母親気どり!?育児をなめんじゃないわよ!」


情けないが、この言葉を浴びせられた時、私は絶句してしまった。

確かに私は出産を経験していない。でも、ジョセフの事は自分の子供と思って育ててきた。
だけどそれではダメなのだろうか?お腹を痛めて産んでいない私は、やはり母親とは言えないのだろうか?

自分自身、本当の母親ではないという事に、どこかで引け目を感じていたのかもしれない。
そしてそこを指摘されて、言葉に詰まってしまった。


喧嘩相手の母親は、言いたいだけ言って帰って行った。

そしてその日からご近所にいい加減な噂を流された。
元々余所者だった事もあり、私達は居心地の悪い思いをする事になった。





「ジョセフ・・・」

本当母親、ジャニスちゃんの話しは聞きたくない。そう言って部屋に走っていた息子の背中を、私はただ見ている事しかできなかった。

ジョセフが私との親子関係を知ってしまった以上、本当の両親の事も知っておくべきだ。
ジョルジュが・・・ジャニスちゃんが・・・どれだけ深くジョセフを愛していたかを。

だけど、ジャニスちゃんの話しをしようとすると、ジョセフは怒りだすのだ。

外に飛び出したり、部屋に閉じこもったり、これではまともに会話ができない。

・・・・・ジャニスちゃんの話しは、ジョセフがもっと大人になるまで待った方がいいのかもしれない。


ジョセフの気持ちも、理解できないわけではない。
母親だと思っていた人が、実は本当の母親ではなかったなんて、六歳の子供に受け入れられるはずもないだろう。

ダメだなぁ私・・・ジョセフはあんなに小さいのに、こんなに傷つけてる。

私がジョルジュとジャニスちゃんの事を知って欲しいと思う前に、ジョセフの気持ちをもっと考えるべきだった・・・


「やっぱり・・・私じゃ母親にはなれないのかな・・・・・」


子供との接し方が分からない。
これが血のつながった本当の親であれば、もっと違ったのだろうか・・・・・

でも私はジョセフの本当の親ではない。


結局この日は、夕飯の時になってもうまく会話ができなかった。
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