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【959 あの時】

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私が目を覚ました時、最初に目に入ったのは古びた板張りの天井だった。

顔を左右に向けて見ると、小さなテーブルが一つ。
そして部屋の中央には火を起こした跡と、焼いた魚の頭と骨があった。どうやらここは小屋のようだ。ずいぶん殺風景だが、見るからに誰かが住んでいるようだ。

それにしても頭がぼんやりしている。寝起きを抜きにしても、なんだか頭が重い。

とにかく状況を整理しよう。
まずここはどこだ?私はなぜここにいる?
そして頭も腕も背中も、体中が痛い。いったいどうなっているんだ?

痛む体を起こすと、肩までかかっていた毛布がずり落ちて、包帯でグルグル巻きにされた上半身があらわになった。

「えっ・・・?」

どうやら私はベットに寝ていたようだ。そしてこの体の痛みと包帯を見る限り、かなりの怪我をしているように思う。なんとなく頭や頬も触ってみると、額と頬にはガーゼが張ってある。

怪我?なんで?・・・いや、まてよ・・・・・

色々考えだすと少しづつ頭がハッキリしてきて、私はゆっくりと記憶をたどってみた。




・・・そうだ、私は孤児院にいたんだ。
クラレッサを見送って数時間後、帝国兵が襲撃してきて、私達は応戦しながら外へ逃げ出した。

私も久しぶりに剣を取り戦ったけど、やはり妊娠中だし、しばらく剣を握っていなかったから、かなり苦戦した。だけどニコラが結界でフォローしてくれて、メアリーちゃんも黒魔法で応戦してくれたから、なんとか犠牲を出さずに逃げ出せた。

だけど小さな子供達も沢山いて、護りながらの脱出だったから全員には目が向けられなかった。
トロワとキャロルとスージーとチコリ、この四人とは分断されてしまった。

なにせ窓もドアも破られて、大勢の敵が攻めて来たんだ。バラバラになってしまうのは、しかたないかもしれない。

心配ではあった。だけど私は焦らなかった。
トロワとキャロルの戦闘力は知っている。特にトロワは私とジョルジュが鍛えたんだ。
並みの兵士じゃ、例え10人がかりでも勝てないだろう。

そしてキャロルもウィッカーが魔法を教えていたんだ。
あの二人なら、そうそう敵に遅れをとる事はないだろう。スージーとチコリもきっと二人が護っているはずだ。


追いかけて来る帝国兵を倒し、町はずれの人気の無い場所までたどりついた私達は、お互いの無事を喜び合った。
泣いている子供達も多かったけれど、メアリーが抱きしめると不思議とみんな泣き止むんだ。

きっとメアリーが持っている、母性によるものだと思う。子供達はみんな、メアリーに母親を感じているんだ。だからみんなメアリーを慕うし、安心するんだ。

いつも思うけど、本当にメアリーの愛情は深い。彼女は癒しそのものだ。



私は自分のお腹を撫でた。

私も母親になるんだ・・・でも、私がメアリーのように、子供に愛される母親になれるだろうか?

ガサツな私にとって、メアリーは眩しかった。家事はなんでもできるし、育児も完璧といっていい。
メアリーは女性らしさというものを、全て持っていると思う。

妊娠が分かる前は、メアリーはなんでもできるね、と言って感心していたけど・・・今は違う。
私はメアリーに嫉妬している・・・・・


「リンダさん、大丈夫ですか?」

「えっ、あ・・・うぅん、大丈夫。なんでもないよ」

私が俯いて黙っていたから、メアリーが気にして声をかけて来た。
本当に人をよく見ている。子供達もみんなすっかり泣き止んで、メアリーの周りに集まっている。

「本当に大丈夫ですか?妊娠中なのに、リンダさんに無理をさせてしまって・・・お腹痛くないですか?」

「・・・うん、大丈夫だよ・・・・・」

メアリーは私のお腹に手を当てて、中の赤ちゃんに、もう大丈夫だよ、と話しかける。
本当に優しくて・・・私と違って可愛くて・・・私はメアリーが羨ましかった。

だけど・・・・・


「あのさ、メアリー・・・・・・」

「はい、なんですか?」

顔を上げて、返事をくれるメアリー。その透き通るような碧い瞳が、優しく笑いかけて来る。


「・・・わ、私も、メアリーみたいな・・・素敵なお母さんになれるかな?」

突然何を言ってるんだろう?こんな時にこんな事を言われても、返事に困るだけじゃないか?

・・・ごめん、なんでもない。笑ってごまかそうとする私の手を、メアリーがしっかりと握った。


「リンダさんは私の憧れですよ。だからとっても素敵なお母さんになれます!メアリーが保証します!」


メアリーは真剣な目で、私にまっすぐな言葉をくれた。
メアリーは嘘をつかない。今まで一度だって嘘をついた事がないんだ。それにメアリーが心からそう言ってくれているのも伝わった。

「・・・私が憧れ?え、なんで?だって私、料理も家事も全然ヘタだし・・・メアリーみたく、女らしくないし・・・」

口を開いたら、コンプレックスが次から次に出て来る。
言ってて自分が嫌になる。

子供ができる前までは全然気にしなかったのに、妊娠が分かってからは、自分のガサツなところが一つ一つ気になってしかたない。

ドミニクがいなくなったから、産まれて来る子は私が一人で育てなきゃならない。
私に子育てできるかな?孤児院で子供の相手は慣れたつもりだけど、自分の子供となると違う感じなのかな?男っぽい女が親で、恥ずかしい思いをさせないだろうか?

卑屈になっていたのかもしれない。
こんな話し、聞かされる方も迷惑だろう。

けれどメアリーは、そんな私のグチグチした言葉も、嫌な顔一つしないで聞いてくれた。


「リンダさん、私は木登りもできませんし、川で魚も獲れません。それに誰かが迷子になった時は、いつもリンダさんが見つけてきます。私にできない事が沢山できるリンダさんは、私の憧れなんです。お腹の赤ちゃんにとって、リンダさんは最高のお母さんですよ」

「メアリー・・・・・」


私はメアリーが羨ましかった。だけど・・・・・

「メアリー・・・私、あんたの事が大好きだよ」

私はメアリーを抱きしめた。
こんなに純粋で思いやりのある娘、嫉妬よりも好きって気持ちの方が大きくなっちゃうよ。

「わっ、リンダさん、急にどうしたんですか?・・・フフ、私もリンダさんが大好きですよ」

いきなり抱きしめたから、メアリーは少し驚いたようだけど、すぐにいつもの笑顔で私の背中に手を回し、優しく抱きしめてくれた。

「リンダさん、私ももちろんお手伝いしますし、ニコラさんだっていつもリンダさんを気にかけてます。だから赤ちゃんが生まれたら、みんなで大切に育てましょうね」

「・・・・・メアリー」

涙が出そうになった。私の不安を分かってくれてたんだ。

自分の子供だからって、私が勝手に一人で頑張らなきゃって思ってただけで・・・でもそうじゃなかった。こんなに考えてくれてたんだ・・・・・

私、馬鹿だな・・・・・そう言えばニコラにも、もっと頼っていいって言われてたっけ。


「リン姉さん、メアリーちゃん」

後ろから呼ぶ声に振り返ると、何か言いたげな表情のニコラと目があった。

「あ、ニコラ・・・」

「二人で何を話してるのかと思えば・・・リン姉さん、やっと分かってくれたんだね。私の方が付き合い長いのに、メアリーちゃんの言う事ならすぐ利くんだね?」

「あ~・・・えっと・・・ごめん」

ポリポリと頭をかいて謝ると、ニコラは肩をすくめて、しかたないな、と言うふうに笑ってくれた。

「あはは、ウソウソ。ちょっとイジワル言っただけだから。メアリーちゃんの言う事は、いつも真っすぐだし、本当に相手を想って言ってくれてるのが伝わるからね」

「フフフ、ニコラさん、ありがとうございます。でも、私は感じた事を話しているだけです。ニコラさんはリンダさんのために、いつも身の回りの事をお手伝いしているじゃないですか。お二人の友情って、私はとっても素敵だと思います」

メアリーは私とニコラを見つめてニコニコしている。
本当にこの娘は・・・こういうところがすごい。

「あはは、うん・・・メアリーの言う通りだね。メアリーとニコラ、私は本当に良い友達を持ったよ」

私が立ち上がると、二人がキョロキョロと辺りを見回すので、私は安心できるように笑ってみせた。

「大丈夫、近くに敵の気配はないよ。一度孤児院に戻ってみない?トロワ達と合流できるかもしれない」





そうだ・・・・・
あの時私が言ったんだ、孤児院に戻ろうって

そして戻ったら・・・・・・・・


小屋のドアが開く音が聞こえて顔を向けると、緑色のパイピングに黒いローブを着た、赤い髪の女が立っていた。

知らない顔だったから、一瞬警戒して身構えたけれど、彼女の着ているローブがカエストゥスの黒魔法使いのローブだと分かり、私は握った拳を下ろした。

「あ!気が付いたんですね!」

「・・・あんた誰?」

赤い髪の女は、私が起きている姿を見て、喜んでいるように見えるけど、私は彼女を知らない。
カエストゥスの魔法使いなら、味方で間違いないだろうけど、この状況ではまだ油断はできない。

拳は下げたけれど、私がまだ警戒を解いていない事を見て、赤い髪の女はその場に立ったまま、落ち着いた様子で口をひらいた。

「目が覚めて突然知らない場所にいたら、警戒して当然ですよね。ご安心ください、私はカエストゥスの黒魔法使いでアニーと申します。リンダ様・・・倒れていたあなたをここまで運んだのは私達です」


彼女がそう話すと扉の向こうから、同じ黒いローブを着た数人の男女が小屋に入って来た。
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