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【958 幸せだったよ】
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カエストゥスが落ちたあの日、俺達四人は帝国の追手から逃げて、ただひたすら逃げて、そしてクインズベリー国の山奥の村にたどり着いた。
追手の帝国兵と戦いながら、何日も山の中を歩き続けた俺達は、体も心も疲れ果ててボロボロだった
カエストゥスが敗れた話しは、山の中の田舎村にも知れ渡っていたのだろう。
そして俺達の姿を見れば、明らかに訳有りで、カエストゥスから逃げてきたのではという想像だってついたはずだ。
だけどこの村の村長夫妻は、俺達に何も聞かなかった。
ただ温かい食事、そして風呂と寝床を用意してくれて、この村の子供になればいい。
そう言ってくれたのだ。
久しぶりに食べた人間らしいご飯・・・・・俺はあの時のご飯の味を生涯忘れないだろう。
少しだけ昔話しをしよう。
村に落ち着いてから2年経ったある日、俺はキャロルと二人で、一度だけカエストゥスに戻った事がある。
あの日離れ離れになった、メアリーちゃん達の事を考えなかった日は一日だってない。
あれから二年も経っている。今更行っても、何がどうなるものでもないとは思う。
だけど、もう一度カエストゥスに行く事が、俺達のけじめでもあった。
そしてこの頃から、おかしな噂を聞くようになっていた。
それは、カエストゥスには夜だけ現れる化け物がいる。という話しだ。
見つかったら絶対に殺される。生きては帰って来れないという恐ろしいものだ。
俺達はこの二年間、一度もカエストゥスには近づいていない。
だから当然そんな化け物は見た事がないが、カエストゥスに行ったきり帰って来なくなった人の話しは、チラホラと耳に入っていた。
しかし、見つかったら絶対に帰って来れないのに、なんでそんな噂話しが広まるのだろうか?
それは見つからずに生きて帰って来た人がいるからだ。
生きて帰ってきた人の話しに共通するのが、たまたま建物の中にいたら助かった。
慌ててタンスの中に隠れたら助かった。夜の間はずっと小屋から出なかった。などと、どこかに隠れていたから助かったという事なのだ。
どこまで本当かは分からないが、化け物は夜しか出て来ない。
そして夜はどこでもいいから、身を隠せる場所にいて、外にでなければおそらく助かるだろう。
これがカエストゥスに出て来る化け物から、助かる方法として広まっていた。
俺とキャロルは半信半疑だった。
だけど実際にカエストゥスに行ってみて感じるものはあった。
カエストゥスに立ち込める、形容し難いが恐ろしく禍々しい気配・・・もしや本当に化け物がいるのかもしれないと。
カエストゥスの町は、見る影もない程に変わり果てていた。
割れた窓ガラス、屋根の落ちた家屋、大きなヒビが入り今にも崩れ落ちそうな壁、個性的で美しかった街並みは、破壊し尽くされていた。
朝露が光り、澄んだ空気を生んでいた緑の樹々も、今では真っ黒な炭と化していて、葉の一枚すら無い。
カエストゥスを焼いた炎が、どれほど凄まじいものだった事か・・・・・
カエストゥスは負けたんだ・・・・・
分かっていた事だった。だけど俺は、どこか現実として受け入れていなかったんだと思う。
朽ち果てた街並みを自分の目で見た事で、これまで頭だけで理解していた事が、実感となって心で理解できた。
あの戦争の最後を俺は知らない。
タジーム王子が、そして新国王となったマルコ様がどうなったのか、俺は知らない。
ウィッカー兄ちゃん達がどうなったのか・・・・・・
俺とキャロルは町を歩いて回った。
二年ぶりでも道は覚えていた。どこにレストランがあって、どこに服屋があったのか、小さい頃から住んでいた町というものは、廃墟になっても道を忘れないものだった。
けれどやはり辛かった。
廃墟と化した故郷を歩く事は、一歩一歩が心を蝕まれるような息苦しさを感じるものだった。
あちこちで白骨化した死骸を目にした。
それがカエストゥスの人間だったのか、帝国軍だったのかは分からない。
しかし帝国は、なぜ死体を町に放置したままにしておくのだろうか?
帝国はカエストゥスの領土を欲していたのではないのか?戦争に勝ったのだから、さっさと支配すればいい。
俺の疑問は、キャロルも感じていたようだ。
見る限り、帝国はカエストゥスの領土を放棄している。滅ぼしたまま、捨て置いているんだ。
そんな事がありえるのか?それじゃあ、いったいなんのために戦争をしたんだ?
なんのために多くの血が流れたんだ?帝国だって大きな犠牲を払ったはずなんだ。
それなのにいったいなぜ?
荒れ果てた町並みを見ながら、俺達は帝国がなぜカエストゥスをこのままにしているのか話し合ったが、結局答えは出なかった。
けれど夜になって分かった。
帝国はカエストゥスの領土を、放棄したくてしてるわけじゃない。
放棄せざるをえなかったんだ。
一通り町を歩き終えた俺達は、最後に孤児院にたどり着いた。
いや・・・正確には孤児院があった場所だ。
孤児院は無くなっていた。地面が大きく抉られて、跡形もなく消えていた。
あの時の爆発は、それだけの破壊力があったという事だ。
分かってはいた事だった・・・・・
だが俺もキャロルも、しばらくその場を動く事ができなかった。
お互いに一言も口を利く事は無く、ただ時間だけが過ぎていった。
どれだけそうしていただろう。
言葉は交わさなかったけど、考えている事は多分一緒だった。
孤児院での楽しかった日々・・・・・
孤児院が無くなっても、楽しかった思い出は次から次へと溢れて来る。
師匠・・・ウィッカー兄ちゃん・・・ジャニス姉ちゃん・・・
しばらく二人でたたずんでから、メアリーちゃんやリン姉達があの時どうなったのか、もしかしたら何か手がかりでもと思い、二人で探してみたが・・・結局何も見つからなかった。
やがて陽が落ちて辺りが暗くなってきた時、俺達は口を閉じたまま、孤児院を離れて帰り道を歩き出した。
そして町の出口が見えて来た頃・・・・・俺達の目の前にソレは現れた。
夜の闇が深く黒く渦を巻く・・・・・
それを俺達は、かつて一度だけ目にした事があった。
ウィッカー兄ちゃん達が、カエストゥスに向かってくるバッタを殲滅したあの日だ。
孤児院の窓からでもハッキリと見えた。
エンスウィル城の上空に、突如出現した黒く巨大な渦。
数えきれない程のバッタを飲み込んだ、あの禍々しい闇の大渦にそっくりなんだ。
そして今、俺達の目の前に現れた闇の渦は、まるで生きているかのようにうごめいた。
見間違いかもしれないが、俺にはまるで闇が笑っているかのように見えた。
この時、あと少しでも逃げるのが遅ければ、俺もキャロルも食われていたと思う。
俺達が助かったのは、事前にカエストゥスの闇の化け物の話しを聞いていた事、そして建物に身を隠せば助かる事、これを聞いていた事が大きい。
そしてなにより、固まって動けなかった俺を、キャロルが手を引いてくれた事だった。
すぐ近くに、原型を留めた家があった事も幸運だった。
キャロルに手を引かれるまま、体当たりするように家に飛び込んだ俺達は、最初に目に入ったクローゼットの中に二人で駆け込んだ。
俺達がクローゼットに入るのと同時に、押し開けた玄関ドアが戻って閉まる音が聞こえた。
噂通りならばこれで俺達は助かるはずだ。頼むからどこかへ行ってくれ!消えてくれ!
お互いに口を塞ぎながら、そう必死で祈った。
それが通じたのかどうかは分からないが、闇の渦が家の中に入って来る事はなかった。
けれど俺達がクローゼットの中にいる間、ずっと家の外から見られているような気配は感じていた。
物音一つでも立てたら、あの闇の渦が入ってくるのではないか?
そう思うと、身じろぎ一つとる事ができず、俺達はただ身を固くしてここに隠れている事しかできなかった。
極限の緊張状態のだった俺達は、一睡もする事なく朝を迎えた。
空が白み始め、窓から朝日が射し込んできた時、急に外から感じる邪悪な気配も消えたのだ。
どうやら化け物は夜しか現れないというのは本当だったようだ。
帝国がカエストゥス領土を放棄したのは、このせいだったんだ。
夜になると化け物が現れる国など、住めるわけがない。
なぜカエストゥスだけがこうなってしまったのは分からない。だけどもうカエストゥスは人が住める場所ではないんだ。
その後、完全に陽が昇ってから、俺とキャロルは外に出た。
闇の化け物の気配は無く、日中が安全なのは分かったが、昨夜の事を思い出すと一刻も早くここを離れたくて、俺達は足早にカエストゥスを後にした。
それ以来、俺達は一度もカエストゥスに帰っていない。
そして時間をかけてカエストゥスの闇は大陸全土に広がっていき、闇の化け物はいつしかトバリと呼ばれるようになった。
夜の帳(トバリ)が下りたら家に帰りなさい。
親の教えは子へと、子はまたその子へと、受け継がれていく。
それから月日が経ち、俺とキャロルは結婚をした。
子宝にも恵まれて、やがて孫が生まれ、平穏な人生を送る事ができて俺達は幸せだった。
だけど幸せであればある程、俺は罪悪感を忘れる事ができなかった。
なぁ、ウィッカー兄ちゃん・・・俺達、こんなに幸せで良かったのかな?
みんなは命懸けで帝国と戦ったってのに、俺は逃げたんだ・・・・・
キャロルとスージーとチコリを護るためだったけど、結局それは言い訳だったんじゃないかって、あの日からずっと思ってたんだ。
戦おうと思えば、この村に三人を預けた後で戻る事もできたんだ。
でも俺は戦わなかった・・・・・
正直怖かったんだ・・・・・ここに来て命が助かった事、そして少しづつ取り戻していく日常に安らぎを感じて、それをまた失う事が怖かったんだ。
だから俺は悔しさを感じながらも、この村を出なかった。
戦いを止めてこの村に残ったんだ。
ウィッカー兄ちゃん・・・・・みんな、ごめん・・・・・・
「ごめん・・・・・みんな、ごめんよ・・・・・・」
「トロワ・・・」
目元に触れる温かな温もりに、俺は目を開けた
そこには最愛の妻が、いつものように微笑んでいてくれた
「トロワ、あなたといられて私は幸せだったよ。誰も怒ってないわ。みんなあなたが生きていた事を嬉しく思ってる。だから泣かないで・・・愛しているわ」
あの日、孤児院で出会ってから七十余年・・・・・
喧嘩をする事も多かったけれど、いつも傍にて、どんな時も俺を支えてくれた妻キャロル
人生の最期を愛する人に看取られる俺は、きっと誰よりも幸せだと思う
「キャロル・・・一緒にいてくれて、ありがとう・・・・・俺も、愛してる・・・・・・・・・・・・」
母ちゃん、産んでくれてありがとう
俺・・・幸せだったよ
追手の帝国兵と戦いながら、何日も山の中を歩き続けた俺達は、体も心も疲れ果ててボロボロだった
カエストゥスが敗れた話しは、山の中の田舎村にも知れ渡っていたのだろう。
そして俺達の姿を見れば、明らかに訳有りで、カエストゥスから逃げてきたのではという想像だってついたはずだ。
だけどこの村の村長夫妻は、俺達に何も聞かなかった。
ただ温かい食事、そして風呂と寝床を用意してくれて、この村の子供になればいい。
そう言ってくれたのだ。
久しぶりに食べた人間らしいご飯・・・・・俺はあの時のご飯の味を生涯忘れないだろう。
少しだけ昔話しをしよう。
村に落ち着いてから2年経ったある日、俺はキャロルと二人で、一度だけカエストゥスに戻った事がある。
あの日離れ離れになった、メアリーちゃん達の事を考えなかった日は一日だってない。
あれから二年も経っている。今更行っても、何がどうなるものでもないとは思う。
だけど、もう一度カエストゥスに行く事が、俺達のけじめでもあった。
そしてこの頃から、おかしな噂を聞くようになっていた。
それは、カエストゥスには夜だけ現れる化け物がいる。という話しだ。
見つかったら絶対に殺される。生きては帰って来れないという恐ろしいものだ。
俺達はこの二年間、一度もカエストゥスには近づいていない。
だから当然そんな化け物は見た事がないが、カエストゥスに行ったきり帰って来なくなった人の話しは、チラホラと耳に入っていた。
しかし、見つかったら絶対に帰って来れないのに、なんでそんな噂話しが広まるのだろうか?
それは見つからずに生きて帰って来た人がいるからだ。
生きて帰ってきた人の話しに共通するのが、たまたま建物の中にいたら助かった。
慌ててタンスの中に隠れたら助かった。夜の間はずっと小屋から出なかった。などと、どこかに隠れていたから助かったという事なのだ。
どこまで本当かは分からないが、化け物は夜しか出て来ない。
そして夜はどこでもいいから、身を隠せる場所にいて、外にでなければおそらく助かるだろう。
これがカエストゥスに出て来る化け物から、助かる方法として広まっていた。
俺とキャロルは半信半疑だった。
だけど実際にカエストゥスに行ってみて感じるものはあった。
カエストゥスに立ち込める、形容し難いが恐ろしく禍々しい気配・・・もしや本当に化け物がいるのかもしれないと。
カエストゥスの町は、見る影もない程に変わり果てていた。
割れた窓ガラス、屋根の落ちた家屋、大きなヒビが入り今にも崩れ落ちそうな壁、個性的で美しかった街並みは、破壊し尽くされていた。
朝露が光り、澄んだ空気を生んでいた緑の樹々も、今では真っ黒な炭と化していて、葉の一枚すら無い。
カエストゥスを焼いた炎が、どれほど凄まじいものだった事か・・・・・
カエストゥスは負けたんだ・・・・・
分かっていた事だった。だけど俺は、どこか現実として受け入れていなかったんだと思う。
朽ち果てた街並みを自分の目で見た事で、これまで頭だけで理解していた事が、実感となって心で理解できた。
あの戦争の最後を俺は知らない。
タジーム王子が、そして新国王となったマルコ様がどうなったのか、俺は知らない。
ウィッカー兄ちゃん達がどうなったのか・・・・・・
俺とキャロルは町を歩いて回った。
二年ぶりでも道は覚えていた。どこにレストランがあって、どこに服屋があったのか、小さい頃から住んでいた町というものは、廃墟になっても道を忘れないものだった。
けれどやはり辛かった。
廃墟と化した故郷を歩く事は、一歩一歩が心を蝕まれるような息苦しさを感じるものだった。
あちこちで白骨化した死骸を目にした。
それがカエストゥスの人間だったのか、帝国軍だったのかは分からない。
しかし帝国は、なぜ死体を町に放置したままにしておくのだろうか?
帝国はカエストゥスの領土を欲していたのではないのか?戦争に勝ったのだから、さっさと支配すればいい。
俺の疑問は、キャロルも感じていたようだ。
見る限り、帝国はカエストゥスの領土を放棄している。滅ぼしたまま、捨て置いているんだ。
そんな事がありえるのか?それじゃあ、いったいなんのために戦争をしたんだ?
なんのために多くの血が流れたんだ?帝国だって大きな犠牲を払ったはずなんだ。
それなのにいったいなぜ?
荒れ果てた町並みを見ながら、俺達は帝国がなぜカエストゥスをこのままにしているのか話し合ったが、結局答えは出なかった。
けれど夜になって分かった。
帝国はカエストゥスの領土を、放棄したくてしてるわけじゃない。
放棄せざるをえなかったんだ。
一通り町を歩き終えた俺達は、最後に孤児院にたどり着いた。
いや・・・正確には孤児院があった場所だ。
孤児院は無くなっていた。地面が大きく抉られて、跡形もなく消えていた。
あの時の爆発は、それだけの破壊力があったという事だ。
分かってはいた事だった・・・・・
だが俺もキャロルも、しばらくその場を動く事ができなかった。
お互いに一言も口を利く事は無く、ただ時間だけが過ぎていった。
どれだけそうしていただろう。
言葉は交わさなかったけど、考えている事は多分一緒だった。
孤児院での楽しかった日々・・・・・
孤児院が無くなっても、楽しかった思い出は次から次へと溢れて来る。
師匠・・・ウィッカー兄ちゃん・・・ジャニス姉ちゃん・・・
しばらく二人でたたずんでから、メアリーちゃんやリン姉達があの時どうなったのか、もしかしたら何か手がかりでもと思い、二人で探してみたが・・・結局何も見つからなかった。
やがて陽が落ちて辺りが暗くなってきた時、俺達は口を閉じたまま、孤児院を離れて帰り道を歩き出した。
そして町の出口が見えて来た頃・・・・・俺達の目の前にソレは現れた。
夜の闇が深く黒く渦を巻く・・・・・
それを俺達は、かつて一度だけ目にした事があった。
ウィッカー兄ちゃん達が、カエストゥスに向かってくるバッタを殲滅したあの日だ。
孤児院の窓からでもハッキリと見えた。
エンスウィル城の上空に、突如出現した黒く巨大な渦。
数えきれない程のバッタを飲み込んだ、あの禍々しい闇の大渦にそっくりなんだ。
そして今、俺達の目の前に現れた闇の渦は、まるで生きているかのようにうごめいた。
見間違いかもしれないが、俺にはまるで闇が笑っているかのように見えた。
この時、あと少しでも逃げるのが遅ければ、俺もキャロルも食われていたと思う。
俺達が助かったのは、事前にカエストゥスの闇の化け物の話しを聞いていた事、そして建物に身を隠せば助かる事、これを聞いていた事が大きい。
そしてなにより、固まって動けなかった俺を、キャロルが手を引いてくれた事だった。
すぐ近くに、原型を留めた家があった事も幸運だった。
キャロルに手を引かれるまま、体当たりするように家に飛び込んだ俺達は、最初に目に入ったクローゼットの中に二人で駆け込んだ。
俺達がクローゼットに入るのと同時に、押し開けた玄関ドアが戻って閉まる音が聞こえた。
噂通りならばこれで俺達は助かるはずだ。頼むからどこかへ行ってくれ!消えてくれ!
お互いに口を塞ぎながら、そう必死で祈った。
それが通じたのかどうかは分からないが、闇の渦が家の中に入って来る事はなかった。
けれど俺達がクローゼットの中にいる間、ずっと家の外から見られているような気配は感じていた。
物音一つでも立てたら、あの闇の渦が入ってくるのではないか?
そう思うと、身じろぎ一つとる事ができず、俺達はただ身を固くしてここに隠れている事しかできなかった。
極限の緊張状態のだった俺達は、一睡もする事なく朝を迎えた。
空が白み始め、窓から朝日が射し込んできた時、急に外から感じる邪悪な気配も消えたのだ。
どうやら化け物は夜しか現れないというのは本当だったようだ。
帝国がカエストゥス領土を放棄したのは、このせいだったんだ。
夜になると化け物が現れる国など、住めるわけがない。
なぜカエストゥスだけがこうなってしまったのは分からない。だけどもうカエストゥスは人が住める場所ではないんだ。
その後、完全に陽が昇ってから、俺とキャロルは外に出た。
闇の化け物の気配は無く、日中が安全なのは分かったが、昨夜の事を思い出すと一刻も早くここを離れたくて、俺達は足早にカエストゥスを後にした。
それ以来、俺達は一度もカエストゥスに帰っていない。
そして時間をかけてカエストゥスの闇は大陸全土に広がっていき、闇の化け物はいつしかトバリと呼ばれるようになった。
夜の帳(トバリ)が下りたら家に帰りなさい。
親の教えは子へと、子はまたその子へと、受け継がれていく。
それから月日が経ち、俺とキャロルは結婚をした。
子宝にも恵まれて、やがて孫が生まれ、平穏な人生を送る事ができて俺達は幸せだった。
だけど幸せであればある程、俺は罪悪感を忘れる事ができなかった。
なぁ、ウィッカー兄ちゃん・・・俺達、こんなに幸せで良かったのかな?
みんなは命懸けで帝国と戦ったってのに、俺は逃げたんだ・・・・・
キャロルとスージーとチコリを護るためだったけど、結局それは言い訳だったんじゃないかって、あの日からずっと思ってたんだ。
戦おうと思えば、この村に三人を預けた後で戻る事もできたんだ。
でも俺は戦わなかった・・・・・
正直怖かったんだ・・・・・ここに来て命が助かった事、そして少しづつ取り戻していく日常に安らぎを感じて、それをまた失う事が怖かったんだ。
だから俺は悔しさを感じながらも、この村を出なかった。
戦いを止めてこの村に残ったんだ。
ウィッカー兄ちゃん・・・・・みんな、ごめん・・・・・・
「ごめん・・・・・みんな、ごめんよ・・・・・・」
「トロワ・・・」
目元に触れる温かな温もりに、俺は目を開けた
そこには最愛の妻が、いつものように微笑んでいてくれた
「トロワ、あなたといられて私は幸せだったよ。誰も怒ってないわ。みんなあなたが生きていた事を嬉しく思ってる。だから泣かないで・・・愛しているわ」
あの日、孤児院で出会ってから七十余年・・・・・
喧嘩をする事も多かったけれど、いつも傍にて、どんな時も俺を支えてくれた妻キャロル
人生の最期を愛する人に看取られる俺は、きっと誰よりも幸せだと思う
「キャロル・・・一緒にいてくれて、ありがとう・・・・・俺も、愛してる・・・・・・・・・・・・」
母ちゃん、産んでくれてありがとう
俺・・・幸せだったよ
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