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【956 聞きたくなかった】

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耳元で感じる荒い息遣い、怒鳴っているような大声も途切れ途切れ頭に入ってくる。
深い海の底に沈んでいたような意識が、少しづつ引き上げられてきた。

「・・・う・・・ん・・・・・・・」

薄く目を開けると、真っ暗闇で何も見えなかった。
だけど頬にあたる風や、髪が後ろに振られている事から、自分がすごい速さで移動している事が分かった。

そして自分が手をついているのは誰かの背中で、落ちないように太腿がしっかりと抱えられている事から、私は今背負われている事も理解できた。

「気が付いたか?」

私が目を覚ました事に気づいたのだろう。
私を背負っている男が、前を向いたまま短く言葉を発した。
暗くても誰かなんて声で分かる。だって毎日聞いている声なのだから。

「えっと、トロワ・・・これはなに?なんで私、トロワに背負われているの?」

トロワは私の質問にはすぐには答えなかった。しきりに周囲に顔を向け、警戒しながら走っている。
その切羽詰まった様子にただならぬものを感じて、私は質問を重ねる事ができず、じっとしている事しかできなかった。

「はぁッ・・・はぁッ・・・キャロル、頭を低くして・・・はぁッ・・・じっとしてろ」

呼吸も荒いが、汗もずいぶんとかいている。
なにがあったのか分からないけれど、ここまで相当無理をしてきた事が分かる。

「トロワ、止まって!あんたいつから走ってるのよ!?下ろして、自分で走るから!」

私を背負ったまま、いったいいつから走っていたのだろう?
そしてトロワの様子から見て、これじゃまるで逃げているみたい・・・いいえ、逃げてるんだ!
なにから?決まってる・・・帝国だ!

だけど私が呼びかけても、トロワは答える事もせずに走り続けた。
後ろから見えるトロワの顔は厳しく、焦りも見える。

「トロワッ!」

背中を掴む手に力を入れて、強く言葉を発すると、そこでやっとトロワは足を止めた。

「・・・トロワ、私が気を失ってる間に、何があったの?・・・みんなは?」


足は止めたけど、トロワは振り返りはしなかった。
思い詰めたように俯いている。

嫌な予感がした。


「・・・・・あ」

何を聞いても答えないトロワに、不安と苛立ちを感じ始めた時、ふいにトロワがしゃがんで私を下ろした。
柔らかい雪に足が抵抗なくスっと入り、足首まで雪に埋まってしまう。
風はないが空気が冷たくて、吐く息が白く目に映る。

月の明かりが僅かに差し込み、薄っすら見える樹々に、ここが森の中だと理解できた。

「ここ・・・孤児院から西の森だよね?なんでこんなところにいるの?」

トロワは俯いたまま振り返ると、やっとその重い口を開いた。

「・・・もう・・・もう、カエストゥスには帰れない・・・俺達はクインズベリーを目指す」

絞り出すような声だった。
眉間にシワを寄せ、唇を噛みしめながら、悔しさを滲ませながら話すトロワに、私は何も言葉を返せなかった。あまりに唐突だったからだ。


もう帰れない?・・・なんで・・・・・

「え、も、もう帰れないって・・・・・なんで?」

嫌な予感がした。
ハッキリとは覚えていないけど、気を失う前に見たあの光・・・あれは、まさか・・・・・

声が震えているのが自分でも分かる。聞きたくない、でも聞かないといけない。
でも涙を滲ませるトロワの顔を見て、答えを聞く前に全てを理解した。


「・・・孤児院は無くなった・・・カエストゥスは・・・・・火の海だ」
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