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【955 手を振り返した時】

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「な、なんでだ!?なんで当たらない!?」

まるで悪夢だった。自分達の攻撃魔法は一切当たらず、たった一人の少女に仲間達が次々と倒されていく。帝国の黒魔法使いの男は、まるで金縛りにあったように一歩も動けず、ただ立って見ている事しかできなかった。

「な、なんであんな小娘一人に・・・お、俺達帝国が・・・」

「小娘で悪かったね」

独り言のような小さな呟きだったが、栗色の髪をした少女は、いつの間にかその帝国兵の前に立っていた。

「ッ・・・・!」

目を見開き、大きく口を開けて叫びそうになった。
だが、声を出す前にキャロルの右手が男の首を斬り落としていた。

風魔法ウインドカッターを応用し、鋭く研いだ風を手に纏わせた手刀である。

「なんで自分らの魔法が当たらないって不思議がってたね?これが私の魔道具、魔除けのピアスよ。私より魔力の低い者の攻撃は、このピアスから発する魔力によって、勝手に逸れていくの。だからあんたらは全員私より弱かったって事ね・・・と言ってももう聞こえてないか」

両耳にかかる髪をすくい上げて、透明感のあるピンクの丸ピアスを見せると、キャロルは肩をすくめて小さく息を吐いた。


「ふぅ・・・スージー、チコリ、大丈夫だった?」

床に落ちて転がった男の頭を見ても、キャロルの心は特段乱される事は無かった。

人を殺す事は初めてではない。
6年前のあの日、トロワと一緒に戦い、そして初めて人を殺めた。
あの日キャロルは一線を超えた。

そしてこれから先、もしもまた自分達の平和が脅かされそうになったら、命をかけて家族を守り抜く。その決意と覚悟は、すでにできていたのだから。


スージーもチコリも、目を丸くしてキャロルを見つめていた。

時には怒られる事もあった。けれどいつも笑顔で自分達と遊んでくれる優しいキャロルが、敵とはいえ容赦なく皆殺しにしてしまったのだ。その衝撃は大きい。

「・・・あ、やっぱり・・・怖いよね・・・」

二人で抱き合ったまま、固まっているスージーとチコリを見て、キャロルは自分の姿をあらためて見た。

頬や腕、体中あちこちが、帝国兵の返り血で赤く染まっている。
ただでさえ目の前で殺し合いをされて、その上こんな姿を見せられては怖がられて当然だ。

けれど、ここでじっとしてはいられない。
せめて顔の血だけでも拭って、嫌がられてもスージーとチコリを連れて逃げなくては。
そう考え、着ているセーターの裾を掴み、頬を拭おうとすると・・・

「キャロルお姉ちゃん!」

スージーと抱き合っていたチコリが立ち上がり、駆け寄って来た。

「チコリ・・・え、ど、どうしたの?」

血が付く事もかまわず、チコリはキャロルの胸に飛び込んだ。
そして力一杯キャロルにしがみつくと、声を上げて泣いた。

「チコリ・・・・・まったく、チコリは泣き虫だなぁ・・・ほら、もう大丈夫だよ」

怖かったと言いながら、大泣きをするチコリの背中を、キャロルはポンポンと優しく撫でた。
血まみれになった自分を怖がって、離れて行くと思ったのに、チコリはそうしなかった。
それがとても嬉しくて、キャロルの頬に優しい笑みが浮かんだ。


「・・・キャ、キャロル、お姉ちゃん・・・あ、ありがとう。護って、くれて・・・」

キャロルがチコリを抱きしめていると、スージーが遠慮がちに声をかけてきた。
自分達を護ってくれたキャロルに対して、驚いたとはいえ、怖がっているようなそぶりを見せた事を気にしているのだ。

「・・・スージー、なに言ってるのよ、私はあんた達のお姉ちゃんなんだから、当たり前の事をしただけだよ。ほら、スージーもおいで」

キャロルが手を広げると、スージーは目に涙を浮かべて飛び込んだ。
大泣きする二人の妹を抱きしめて、キャロルは誓った。

「大丈夫・・・絶対に大丈夫だからね。私が護るから」

そうだ。スージーもチコリも、子供達は私が絶対に護るんだ!


言葉に出し、そして心にも強く誓った。


「二人とも、他の子達はどこだか分かる?」

まだ泣き止んではいないが、いつまでもここにじっとしてはいられない。
孤児院を襲撃された時、混乱の中でみんなバラバラになってしまったのだ。
目の前の敵は倒したが、まだどこに帝国兵が潜んでいるのか分からない。早く合流して逃げなくてはならない。

しかしキャロルに尋ねられても、分からない、と言って二人は首を横に振った。
無理もない。自分が逃げるだけで精一杯だったのだ。


「そっか・・・」

キャロルは迷っていた。
他のみんなを探したいが、この状況でスージーとチコリを連れながら、いつまでもここに残っていて大丈夫なのだろうか?早く外に出て、遠くに逃げるべきなのではないだろうか?

みんなを探したい、だけどまだ8歳の妹達が危険にさらされる。

「・・・トロワ」

どうすべきか判断に迷っていると、無意識にトロワの名を口にしていた。

小さい頃からずっと一緒だった・・・
キャロルの一番の理解者であり、キャロルが一番知っている男の子。




ふいに後ろの扉が開く音がした。
振り返った三人の目に映ったのは、両手に棒を持った目つきの悪い少年だった。


「はぁ・・・はぁ・・・おう、キャロルにスージーにチコリか。無事で良かった」

「トロワ!」

息を切らして現れたトロワに、キャロルは声を上げて駆け寄った。

「あんた、無事だったのね!メアリーちゃんは!?リン姉さんは!?みんなはどこ!?」

「お、おい!落ち着けって!俺も知らねぇよ!でも多分外だと思う。孤児院に入ってきた帝国兵は、俺が全員始末した。二階も見て来たけど、メアリーちゃんも誰もいなかった。間違いねぇよ。ここが最後の部屋だったけど、ここの帝国兵はお前がやったみたいだしな」

そう言ってトロワは部屋の中を見回した。
ざっと数えただけでも五人倒れている。スージーとチコリを護りながら倒したとすると、キャロルの魔力も相当の高さだったと分かる。

「・・・これで全部か?」

「あんたがこの部屋以外、全員片づけたって言うんだから、これで全部でしょうね」

「そうか・・・ここに残っているのは俺達四人か・・・どうするキャロル?ここで待つか?それとも探すか?」

トロワは腕を組むと、窓の外へ目を向けた。
またいつ帝国兵が来るか分からない。外へ逃げたみんなが見つかるとも限らない。
ならば行き違いを防ぐために、このままここで待った方がいいのではないか?

トロワの提案に、キャロルは目を瞬かせた。

「・・・そっか・・・うん、トロワの言う通りだね」

「え?なに?どういう意味?」

キャロルは顔を上げると、トロワの目を真っすぐに見つめた。

トロワには逃げるという選択は最初から無かった。
自分はスージーとチコリを護りたい一心で、このまま逃げた方がいいのではと考えてしまった。

「・・・なんでもない。うん、みんなを探そう。トロワ、スージーとチコリの事、ちゃんと護ってね」

「おう、当たり前だろ?任せとけ」


ニカッと笑って、ドンと胸を叩くトロワに安心感を覚えた。
自分一人で護るんじゃない。トロワがいるんだ。トロワと二人で護りながら、みんなを探せばいいんだ。
そうキャロルが覚悟を決めた時、窓の外から自分達を呼ぶ声がして、キャロル達は顔を向けた。




「あっ!メアリーちゃんだ!」


その姿を見て私は声を上げた


手を振りながらこっちに向かって走ってくる
やっぱりメアリーちゃんだ!良かった、外に逃げていたんだ
ティナちゃんもいる!

あ、リン姉さんだ!ニコ姉さんも、子供達もみんないる!

そっか、みんな一緒だったんだ
良かった・・・本当に良かった。これでみんな揃った

みんな一緒なら、どこに行ってもやり直せる

だって、私達は家族なんだから・・・・・



私が窓から身を乗り出して、手を振り返したその時だった

突然目も開けていられない程の強い光に襲われて、私の意識はそこで途切れた
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