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【952 孤児院の絆】

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連日の吹雪だった。

カエストゥスは豪雪地帯だけれど、今年は特に雪が多いと思う。
積もった雪に玄関が塞がれて、外に出れないなんて事もあった。

おかげで私を含めて黒魔法が使える子供達で、雪を溶かして道を作るのは、毎朝の日課になってしまった。


ウィッカー様達が帝国へ出立してから、孤児院にはリンダさんとニコラさんも、お泊りをするようになった。
人が多い方が楽しいでしょ?そう言って二人は孤児院のお仕事を手伝ってくれる。

二人がいなかったら、私とクラレッサちゃん、トロワ君とキャロルちゃん、この4人で孤児院の子供達を見なければならなかった。
歩き始めたばかりの小さい子もいるし、10人以上の子供達を4人だけで見る事は正直大変だったから、リンダさんとニコラさんのお手伝いは本当にありがたい。


ウィッカー様が出立してから、私は毎日お祈りをしている。

どうか無事に帰って来てください・・・・・

ただそれだけを毎日お祈りしている。

私がお祈りを始めると、ティナも一緒にお祈りをするようになった。
ティナは年齢の割には聞き分けがよくて、パパがいなくて寂しくても泣いたり、駄々をこねたりしない。
だけど寂しくないはずがないのだ。


ママと一緒にお祈りする。パパが元気に帰ってきますように。
そう言って私と一緒にお祈りをするティナを、私はとても愛おしく感じている。


帝国軍が進軍してくると通達があった日、私達は今後について話し合った。

このままここに残るか、それとも首都を出るか。

ここに残るより、首都を出た方が安全なのは間違いないと思う。
カエストゥスも兵を集めて、戦いの準備はしているけれど、ここが戦場になるんだ。
本音を言えば怖くてしかたがない。



「ママ、パパはどうしたの?」

一階の広間で大人達で話し合っていると、唐突にティナにそれを聞かれた。
例えようのない大きな絶望に、私の胸は締めつけられた。

ティナに聞かれた言葉は、あえて考えないようにしていた事だったから・・・・・

帝国が攻めてくるという事は、カエストゥス軍は・・・ウィッカー様は・・・・・

でもウィッカー様は、絶対に帰ってくるって約束したから・・・
だからウィッカー様は帰ってくる。約束したんだから・・・・・


「大丈夫よ、ティナ。パパは帰ってくるって約束したんだから、きっと帰ってくるわ」

「・・・本当?」

私にそっくりの碧い瞳で、まっすぐに見つめてくるティナ。
私とウィッカー様の可愛い娘。なによりも大切な我が子。

そう・・・ウィッカー様はきっと帰って来る。
だって、私とティナがここにいるのだから・・・・・ウィッカー様は約束を守ってくれる。

私の愛したウィッカー様なんだから。


「・・・私とティナは、ここに残ります」

私は覚悟を決めて、リンダさんとニコラさん、トロワ君とキャロルちゃん、そしてクラレッサちゃんの顔を見た。ここに残ろう。残って、ウィッカー様を待とう。

「・・・大丈夫なの?カエストゥス軍が出ても、ここが戦場になるんじゃ・・・」

リンダさんが心配そうに見つめて来る。
少しだけ目立ってきたお腹には、ドミニクさんとの赤ちゃんがいる。
私も母になったから分かる。リンダさんはお腹の子のために、少しでも安全な場所にいなければならない。

「この吹雪です。まだ歩き始めたばかりの小さい子もいますから、行き倒れになってしまうかもしれません。それならここに残った方が、少なくとも食べ物はありますし、暖は取れます」

私が窓の外に目を向けると、リンダさんもニコラさんも、みんなも外へと目を向ける。

私が残る理由は、ウィッカー様を待ちたいという気持ちだけではない。

この吹雪だ。

吹雪は一向に止む様子を見せない。
明日の朝にはまた、玄関が開かないくらいに積もっている事だろう。
この吹雪が止まない限り、とても小さな子供達を連れては行けない。

リンダさんもニコラさんも外を見ると、そうだね、と言って頷いてくれた。

「アタシも少しお腹目立つようになってきたし、この吹雪の中を長時間歩くのは厳しいかも」

リンダさんはお腹を気にするようにさすった。つわりは少ないようだけど無理はできない。

妊娠が分かってから、リンダさんは少しだけ髪を伸ばし始めた。
前はベリーショートで耳も全部出ていたけど、今では耳も半分隠れるくらいの長さになっている。

リンダさんはドミニクさんが亡くなってから、一時は食事もとらず、とてもふさぎ込んでいた。
日を追うごとに目に見えて憔悴していくリンダさんだったけれど、親友のニコラさんの言葉と、お腹の赤ちゃんの存在に励まされ、リンダさんはもう一度前を向いて生きよう。そう思えるようになったのだ。

私も母親になったから、子供を想う気持ち、そして子供からもらえる力はとてもよく分かる。
リンダさんには元気な赤ちゃんを生んで、幸せになってほしいと心から思う。


「うん、それに青魔法が使えるのって、私とチコリだけでしょ?二人で結界を張っても、いつまで吹雪を凌げるかな・・・現実的に考えると、これだけの子供達を見ながら首都を離れるのは、難しいと思う」

ニコラさんはテーブル脇で遊んでいる、小さな子供達に目を向けた。
ニコラさんが言うように、大勢の子供達を連れて吹雪の中、首都を出るのは現実的に難しいのだ。
体力も無いから、どこかで歩けなくなってしまうのは目に見えている。

それにニコラさんは、誰よりもリンダさんの体を気遣っている。
大人だけだったとしても、妊娠中のリンダの体に負担がかかる事はさせないと思う。


「だよな、俺も無理だと思うぜ。孤児院に残るしかないんじゃねえか?」

トロワ君はテーブルに肘を付きながら、顎の下に拳を当てて、難しい顔をしている。
今ここで大人の男は自分だけという責任感からか、最近のトロワ君はずっと気を張っているように感じる。私がここに来た当初は、まだ幼さがあったけれど、16歳になった今は体も大きくなって、すっかり逞しくなった。ツンツンとした黒髪と、ちょっとつり上がった目が怖い感じだけど、トロワ君は誰よりも仲間思いで優しいのを知っている。


「私もここに残るのに賛成。大人だけならなんとかなるでしょうけど、子供達を連れては無理よ。自殺行為だわ」

トロワ君の隣に座るキャロルちゃんが、顔の横に手を挙げた。
キャロルちゃんもすっかり大人っぽくなった。ちょっと無鉄砲なトロワ君をいつもフォローしてて、周りをよく見ている。私の方が年上だけど、キャロルちゃんはすごいなっていつも思う。
栗色の髪を留めているピンクのバレッタは、10歳の誕生日の時にもらったプレゼントだ。
宝物だと言ってとても大事にしている。優しくて思いやりがあるキャロルちゃんが、私は大好きだ。


「クラレッサちゃんはどうですか?」

私は最後にクラレッサちゃんに顔を向けた。
テーブルの上に置かれたマグカップを両手で持って、少し下を向いて黙っている。
カップからは甘いココアの香りがする。



「・・・私は、この孤児院が好きです」

ゆっくりと顔を上げたクラレッサちゃんは、考えている事をまとめながら口にするように、ポツリポツリと話し始めた。

「おじいさんが連れて来てくれて・・・最初は心配だったけど、みんな優しくて・・・子供達もいつも笑顔で可愛くて・・・私に居場所ができたんです。おじいさんがくれた居場所なんです・・・だからここを出て、他所に移り住む事が考えられないんです・・・」

クラレッサちゃんは、ブレンダン様が養子として引き取り、この孤児院で暮らすようになった。
最初は子供達との付き合い方が分からなくて、色々大変だったけれど少しづつ慣れてきて、今ではみんなのクラレッサお姉ちゃんになっている。

白魔法使いとしてとても優秀で、ブレンダン様がおっしゃるには、ジャニス様に次ぐ魔力を持っているとか。子供達の相手もだけれど、クラレッサちゃんには孤児院で暮らすにあたって、国から条件が出ている。それは軍の負傷兵達の治療だ。

元々帝国軍の師団長だった彼女は、白魔法使いとしての力でカエストゥスに奉仕する事で、この孤児院に住む事を許可されている。ブレンダン様が養子にすると言っても、やはり全くの無条件というわけにはいかなかったのだ。
でもクラレッサちゃんは、治療を大変だとは思っていないみたいだった。

一度、大変じゃないですか?そう聞いた事がある。
でもクラレッサちゃんは、大丈夫です、そう言って微笑んだのだ。

みんなが、ありがとう、と言ってくれるから、それが嬉しくて頑張れる。
自分の力が役に立つ事が嬉しい。

クラレッサちゃんは、治療こそが自分のするべき仕事だと、誇れるようになったんだ。


「・・・元々カエストゥスは私の生まれ故郷です。この孤児院にいると、なんだか本当の意味で帰ってきた気がして・・・私はもうここを離れたくありません」


「クラレッサちゃん・・・はい、みんなで残りましょう。大丈夫です。みんな一緒ですから寂しくありません」

私はクラレッサちゃんの手をそっと握った。
こんなに孤児院を想ってくれてた事が、とても嬉しい。

ブレンダン様から頼まれていた事がある。
それはクラレッサちゃんの事だ。だいぶ落ち着いてきたけれど、大好きだったお兄さんを亡くしたばかりで、寂しい思いしているはずだと心配していた。
だから私に、クラレッサちゃんと友達になってほしい、気にかけてほしい。出立の前に私にそう話してくれたのだ。


「クラレッサちゃん、私達はずっと一緒ですよ」

「メアリーさん・・・嬉しいです」

私が微笑みかけると、クラレッサちゃんも嬉しそうに笑顔を見せてくれた。

なんだか妹ができたみたい。
私はこの孤児院が好き、孤児院のみんなが大好き、みんなでずっと一緒にいれたら・・・・・

そう心から願った。
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