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【944 マカブの策略】

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「マカブ卿、な、なぜここに?」

まるで自分を待っていたかのようだ。
玉座の間の扉の前に立っていたズイード・マカブに、マルコは違和感を覚えた。
なぜならマカブは城に、いやカエストゥスにいるはずがないからだ。
警戒するように足を止めて一定の距離を保った。

「・・・マルコ、下がってろ」

マカブを警戒したのはタジームも同じだった。すぐにマルコを隠すように前に出ると、鋭い目でマカブを睨みつけた。

「おやおや、タジーム様、そんな目で睨まれるとは心外ですなぁ。私はカエストゥスの人間ですよ?」

口元に笑みを浮かべ、タジームを嘲笑うような不遜な態度を見せる。
挑発ともとれるが、タジームは意に介さず冷たい眼差しを向けるだけだった

「マカブ、なぜここにいる?俺の記憶では、お前は帝国がここに進軍してくるという情報が入ると同時に、尻尾を巻いて逃げ出したはずだったがな?」

「ひどい言われようですな?いくら陛下の兄とは言え、口が過ぎるのでは?」

「国を捨てて逃げた男がよく言うな?お前、何を企んでいる?わざわざ玉座の間でマルコを待ち伏せていた目的はなんだ?」

タジームの体から魔力が滲み出て、戦闘態勢に入った事を告げた。

この状況はどう考えても普通ではない。保身のために逃げ出した男が、突然戻ってきたのだ。
それでも謁見の申し出をして事情を説明してくるのならばいいだろう。
だがこの男ズイード・マカブは、なぜか玉座の間の前でマルコを待ち伏せていたのだ。
あまりに不信感が大きかった。

ほんの少しだがタジームの魔力に触れたマカブは、一歩後ずさった。
ウィッカーをはるかに上回るタジームの魔力は、そのほんの少しであっても、マカブを怯ませるには十分だった。


「くっ、タ、タジーム様!私にそんな魔力を向けて、ただですむと思ってるのですか?」

「寝ぼけた事を言うな。お前に何ができると言うのだ?今は非常事態だ。目的を話さんと言うのなら、ここで殺してやろう」

タジームが一歩前に踏み出したその時だった。


「うッ!」

ふいに背後から聞こえた声にタジームが振り返ると、帝国兵と思わしき男がマルコを背後から押さえつけ、首筋にナイフを当てていた。

「マルコッ!」

「おぉー---ーっと!動くなよタジーム!動いたら可愛い弟の命は無いぞ!」

後ろを向いたタジームの背中に、マカブの粘っこい声がぶつけられ、タジームは足を止めて振り返った。


「・・・マカブ、どういうつもりだ?」

殺意を漲らせた視線、そして腹の底に響くような重く低い声で威圧され、マカブは一瞬言葉を詰まらせた。だが実弟マルコを押さえた以上、この場の支配権は自分にある。
事実として目に見える優位性に、マカブはすぐに気を取り直すと、タジームに指を突きつけた。

「どういうつもりだと?馬鹿が!見て分からないか!?国王であるマルコは我々が押さえた!マルコの命が惜しければ、タジーム・ハメイド!貴様の命と引き換えだ!」

「・・・ほう、つまりお前は寝返ったんだな?」

国王を人質にとった以上、この戦争は帝国の勝利といっていいだろう。だがこの場にはまだタジーム・ハメイドがいる。カエストゥス最強、いや大陸最強といっても過言ではない男がいるのだ。
タジーム・ハメイドを制圧しない限り、戦争は終わらない。
マカブはそう考えた上で、マルコを人質にとっていた。

「その通りだ。俺はカエストゥスを出て、クインズベリーに身を寄せるつもりだったんだがな、途中でこの国に向かう帝国軍とバッタリ遭遇してしまったんだ。驚いた事にそこにはベン・フィングがいてな、勧誘されたんだよ。今からでも帝国につかないかとな」

「・・・なんだと」

眉間にシワを寄せ、タジームは表情を険しくするが、マカブは饒舌に言葉を続けた。
マカブは侯爵という立場でありながら、この戦争において自分の意見がほとんど聞き入れられる事はなかった。
それゆえに軽んじられていると感じていたマカブは、ここぞとばかりに鬱憤を晴らしていた。

「確かに一度逃げ出しはしたが、俺の立場なら出戻ってここに来るくらいは何とでもなる。その男は帝国の兵士だが、俺の手引きで一人くらい入れる事も難しくはない。あとはタジーム!貴様の首を持って帰れば俺の地位は安泰というわけよぉぉぉぉぉぉぉー----ッツ!」


勝利を確信したマカブが高々と笑い声を上げたその時、マルコを押さえつけていた兵士の首が、ズルリと切れて落ちた。


「ダーハッハッハッハッハ・・・・・え?」

突然視線の先で、後ろ手にマルコを押さえいた帝国兵の首が落ち、マカブは目を見開いた。

タジームは攻撃をしていない。なぜなら今ここで自分と向き合って話していたからだ。
そしてマルコは青魔法使い、攻撃系の魔道具も持っていない事は調べが付いている。
そしてこの場には他に誰もいない。
ならばいったい誰がどうやって兵士の首を落としたというのだ?

理解も推測もできない状況に、マカブは固まってしまったが、タジームは淡々と言葉を続けた。

「なるほど、よく分かった。やはりベン・フィングは帝国へ行ったのだな。ロペスの考えた通りだった」

「あ、兄上っ!」

解放されたマルコが後ろから呼びかけてくるが、タジームは聞こえているのかいないのか、まったく反応を示さなかった。


「な、なぜ・・・なぜだ?なぜ、兵の首が突然、落ちた?」

狼狽えるマカブに、タジームは口を閉ざしたまま、冷たい眼差しでじっとマカブを見据えた。

「ま、まさか・・・まさか、お前、タジーム、お前がやったのか?」

突然兵士の首が落ちたというのに動揺するどころか、毛ほどにも反応を見せないタジームに、マカブはもしやという考えが浮かび言葉を発した。

「この程度で何を驚く?」

「ど、どうやってやったと言うんだ!?貴様はずっと俺と向き合っていたはずだ!兵に背中を向けたまま攻撃など・・・」

「だから、この程度で何を驚くんだ?背中を向けたままと言うが、俺は一度振り返っているんだぞ?」

そう言われてマカブはギョっと目を剥いた。
確かに一度タジームは振り返っている。最初にマルコの呻き声が聞こえたあの時・・・しかしほんの一瞬だ。

「き、貴様・・・ま、まさか、あの一瞬で・・・」

あの一瞬で、すでに終わらせていたというのか?

「そうだ。風魔法を飛ばして始末しておいた。自分が死んだと理解するのに時間がかかったのか、首が落ちるまでに少しかかったがな」

タジーム・ハメイドにとって、振り返った一瞬で魔法を飛ばし首を落とす事など、造作もない事だった。
ここまで入り込んだのだから、相手も多少は使える兵士なのだろう。
だがそれでも、力の差は比べるまでもない。赤子の手を捻るようなものである。

「そ、そこまで、なのか・・・くっ!ここまでやって、い、今更後に・・・退けるかぁぁぁー--ッツ!」

逃げ切れない。
直感でそう悟ったマカブは、懐からナイフを取り出すと、絶叫を上げてタジームに飛び掛かった。

「消えろ・・・」

静かに、そして呟くような小さな声だった。
タジームがそう口にして、右手の人差し指を向けた瞬間、マカブの頭が吹き飛んだ。
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