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【935 心の叫び】

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「あれは・・・まさか・・・・・」

空に向かって立ち昇る黒煙との距離を考えると、首都バンテージに近い。
かなり急いだつもりだったが、間に合わなかったのか!?

首都が燃えているのか!?孤児院は!?メアリー、ティナは無事なのか!?
いや、まだ城には王子がいる、ロペスさんだって、それにペトラ達だって帝国に追いついているはずだ。

大丈夫・・・大丈夫なはずだ・・・・・

そう思おうとしても、どうしても嫌な想像が頭から離れない。
焦りから一瞬で全身に嫌な汗をかいた。

そして帝国軍が俺の故郷を焼いて、蹂躙している姿が頭に浮かび・・・怒りが爆発した。

全身から魔力を放出され、爆風が捲き起こる。

「う、うわぁぁぁー--!」
「ウ、ウィッカー様ァァァー--!」
「ぐぅっ、おぉぉぉー----!」

雪煙と風がアニー達を叩きつけ、彼らは悲鳴を上げてその場に倒されてしまう。


「帝国め・・・よくも、よくも・・・俺達の故郷・・・!?」

胸に渦巻いた黒い憎悪を呪詛のように口から吐き出し、そのまま怒りに任せて飛び出そうとすると、ふいに背中から回された手が、俺を強く抱きしめた。

「ウィッカー様駄目です!落ち着いてください!その感情は駄目です!」

後ろに顔を向けると、透明感のある紫色の髪が目に映った。

「・・・・・エニル」

俺の肩に顔をうずめるようにして、エニルは力をいっぱいに俺を抱きしめていた。

「落ち着いてください。まだ・・・きっとまだ大丈夫です。頭に血が上った状態で行けば、いくらウィッカー様だって危険です。だから、落ち着いてください・・・」

一言一言、俺の身を案じて話している事が伝わってくる。
だからだろうか、俺を心から心配しているからこそ、エニルの声は不思議なくらい自然に俺の心に入ってくる。
爆発した魔力が静まり、荒ぶった気持ちも落ち着いて冷静になった。


「・・・・・すまない。感情的になった」

「いいんです。そうなって当たり前ですよ・・・落ち着きました?」

エニルは優しく微笑みながら、そっと俺から体を離した。

「ああ・・・エニルのおかげだ。もう大丈夫だ、ありがとう」

俺もエニルに向き直って、感謝の気持ちを言葉にして伝えた。

「うん、本当に大丈夫みたいですね」

「ああ、本当にありが・・・あ!」

そこで俺は、エニルの後ろでしりもちを着いている、アニー達に気が付いた。
俺が感情にまかせて魔力を暴走させたから、みんなを吹き飛ばしてしまったんだ。


「ご、ごめん!みんな大丈夫か!?怪我はないか!?」

自分が何をしでかしたのか気付き、俺は慌ててみんなに頭を下げた。

みんな口をそろえて、大丈夫です、気にしないでください、そう言ってくれるが、小柄なジョニーは背中を強く打ったのか、痛みに唇を噛みしめていた。

「す、すまないジョニー、背中か?」

「あ、い、いえ!お、俺は大丈夫です。気にしないで・・・え!?」

ジョニーの脇に膝を着き、その背中に左手を当てると、突然俺の左手が淡く白い輝きを放った。
温かいその光は、優しい魔力でジョニーを包み込んだ。

俺はこの魔力を知っている。

「い、痛く・・・ない?え?な、なんで?い、今のってヒール?え?ウィッカー様は黒魔法使いでしょ?なんでヒール・・・?」

「・・・ジャニス・・・」

ジョニーが驚きをあらわに俺を見てくる。
アニーやカイル達も目の前で起きた事を理解できず、ただ目を開いて俺を見て来るが、俺も彼らの疑問に説明できる程、冷静ではなかった。

そうか・・・考えてみれば当然だ。俺にはジャニスと師匠の魔力が流れているんだ。
白魔法と青魔法も使えるはずだったんだ。霊魔力まで使っておいて今更だ。
師匠とジャニスの魔力が流れている事は理解していたが、なぜ今まで白魔法も青魔法も使おうと考えなかった?
自分は黒魔法使いだという認識が、白と青の魔法を使うという選択を、頭から外してしまっていたのかもしれない。


「・・・ウィッカー様、あの・・・いったいこれは?」

俺が黙って手の平を見つめていると、アニーが意を決したように話しかけてきた。
事情を知らないアニーからすれば、黒魔法使いの俺がヒールを使うなんて、理解できるはずもない事だ。今の彼女には、俺が得体の知れない化け物にでも見えているのかもしれない。
緊張して当然だ。


「・・・俺は、ジャニスと師匠の魔力を譲り受けたんだ・・・・・」

俺は自分の身になにが起きたのか、あの時の事をアニー達に説明して聞かせた。




「そんな事が・・・」

話し終えると、アニーが声を震わせながら口元を押さえた。

「ジャニスも師匠も俺を生かすために、魔力と生命エネルギーまで渡してきたんだ。俺に全てを・・・・・」

二人は俺に、全てを託して死んでいった。

いや、ジャニスと師匠だけじゃない。ジョルジュだって、エロールだって、みんなが俺に望みを懸けて散っていった。そして俺はカエストゥス軍の総大将だ。
この戦いに臨んだ全ての兵士の、いやカエストゥスの全国民の命を預かっているんだ。


「だから、もう俺一人の命じゃないんだ。この体には、みんなの命が流れている。俺はなんとしてでも帝国を倒さなければならない・・・・・」

俺が話し終えると、みんな黙って俯いてしまった。
暗くするつもりはなかったが、俺自身、色々思い出して胸が苦しい。


「ウィッカー様・・・辛かったですね」

感傷的になって視線を落としている俺の背中に、そっと手が添えられる。
優しく労わってくれる声に顔を向けると、エニルが潤んだ瞳で俺を見つめていた。

「エニル・・・」

「ウィッカー様の気持ちが分かるなんて言えません。でも、大切な人を亡くしたら、誰だって胸が痛いです。それに、自分をそこまで想ってもらえてたら、本当に胸が張り裂けそうですよね・・・」

そう言って俺の頭に手を当てると、自分の胸に抱き寄せた。

「お、おい、エニル!?」

「少しだけ・・・少しだけ泣きませんか?ウィッカー様は気持ちを抑え過ぎてるんです。泣いたっていいんですよ、ここには私達しかいませんから」

優しさに満ちた声にあらがう事などできなかった。
じっとしている俺の頭を、エニルは優しく撫でた。



黒煙が上がっている。
すでに帝国とカエストゥスの戦いは始まっているんだ。
行かなくてはならない。急いで行かなくてはならない。

けれど・・・エニルの優しさが、胸の温かさが・・・心の奥にしまい込んで、見ないようにしていた感情を呼び起こした。


俺は泣いた。
声を上げてむせび泣いた。

この戦争で大切な人を何人失っただろう。
悲しみが次から次へと押し寄せてくる。


吹雪の止んだ灰色の空に、俺の叫びが消えていった。
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