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【934 救われた心】
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翌朝も吹雪きだった。これで七日連続での吹雪という事になる。
豪雪地帯のカエストゥスでも、これだけ降り続いた事は、少なくとも俺の記憶にはない。
そもそも雪の降らない帝国でこれは、何かの呪いかと思ってしまうくらいだ。
外に出ると、俺達は昨晩打ち合わせた通りの隊列で進んだ。
毎日感じていた事だが、進む速度は日を追うごとに落ちていた。
考えてみれば当然だった。俺達は全員が魔法使いなんだ。満足な食事もとれていないし、空き家か洞窟で雑魚寝では、疲れが抜けるわけがない。
「トム、大丈夫か?」
数歩先を歩くトムに声をかけた。
足元がフラフラして、どうにもおぼつかないように見える。体系は俺と同じくらいだが、やはりトムには魔法使い本来の体力しかないようだ。ジョルジュとリン姉に鍛えられた俺が特殊なんだろうが、これが普通の魔法使いなんだ。むしろトムは、今日までよく歩いたと思うくらいだ。
「はぁ・・・はぁ・・・あ、はい・・・だいじょうぶ、です・・・すみません、僕、体力無くて・・・」
俺が声をかけると、トムは両膝に手を着いて、呼吸を整えながら返事をする。
吹雪を防ぐためとはいえ、連日限界まで魔力を振り絞り、朝から晩まで歩くんだ。本当によく頑張っている。
俺はトムの左腕を掴むと、自分の首に回した。
右腕はトムの腰に回して体を支えると、トムは驚いて、え!?と声を上げた。
「ウ、ウィッカー様!?」
「無理するな、肩を貸すから一緒に行こう」
トムに肩を貸しながら、一歩一歩、足並みを揃えてゆっくりと歩く。
最初は戸惑っていたトムだが、しばらくすると涙声で、ありがとうございます、と小さく呟いた。
「礼なんていい、トムにはローブをもらっただろ?毎晩のスープも本当にありがたい。だから、このくらいさせてくれよ」
一緒に行動しているうちに、俺はこいつらにすっかり仲間意識を持ってしまっていた。
立場で考えれば、上官と部下にあたるが、それを越えた感情が芽生えていた。
「僕・・・ウィッカー様に憧れているんです。あんなに強いのに、誰にでも分け隔てなく接してくれて・・・カッコイイです・・・」
「過大評価だ。俺は、師匠やジャニス・・・みんなに支えられてなんとかやってこれただけだ」
「そんなこと・・・ありま、せん・・・ウィッカー様は、僕の、あこがれです・・・」
「そうか・・」
身に纏った風は俺達が足を前に出すと、雪を吹き飛ばして前方に道を作る。
足を雪にとられない分、体力の消耗は少ない。
魔力の消耗も大きい魔法ではないが、何時間も持続して使うとなると話しは別だ。
トムはどうやらこのメンバーの中で、一番魔力量が少ないようだ。
体力は一番少ないリッキーでも、まだ一人で歩けている。だがトムは体力より先に魔力が切れた。
「ウ、ウィッカー・・・さ、ま・・・・もう、無理、です・・・ボクを、置いて、行って・・・え!?」
「これで大丈夫だ。これなら歩けるだろ?」
腰に回した右手から、トムの体に俺の魔力を流し込んだ。
魔力さえ回復すれば、まだまだ歩けるだろう。トムは根性があるからな。
「な、なんで・・・ボクなんかの、ために・・・」
「なんでって・・・あの時、トムも俺に魔力をくれただろ?俺だって魔力くらいやるさ。俺達仲間じゃないのか?」
「・・・ウィッカー、さま・・・あ、ありがとう、ございます・・・うぅ・・・」
唇を噛みしめ、涙を流すトムの背中を、バシッ!と少しだけ強く叩いた。
「・・・もう少しでカエストゥスだ・・・頑張れ」
俺はトムの涙を見ないように、前を向いたまま話した。
トムは返事はしなかったが、何度も何度も頷いた。
「・・・トム、このリュックはアタシが持つよ」
トムの背負っているリュックを、エニルが取って背負った。
毎晩このリュックから出してくれる温かいスープに、どれだけ力をもらった事だろう。
「エニル・・・ありがとう」
「いいのいいの、アタシにも少しくらい手伝わせてよ」
エニルは意外に体力と魔力があった。
トムのリュックを背負うと、疲れた様子を見せずに俺達と並んで前に足を出す。
「・・・けっこう体力あるんだな?」
「え?そうでもないですよ。魔力操作ですね。アタシ、細かい作業が得意なんです。ほら、アタシの風をよく見てください。ウィッカー様より静かでしょ?」
エニルは俺とトムの後ろを回って俺の隣に来ると、自分を見てとばかりに両手を広げた。
「・・・へぇ、言われてみれば確かに・・・とても静かだ。雪も吹き飛ばすって言うより、払いのけてる感じだし、魔力の流れに無駄が感じられない。すごいなエニル」
今まであまり意識してなかったから気が付かなかったが、あらためて見てみるとエニルの魔力操作には頭一つ抜けたセンスがあった。魔力量自体は並みだが、これだけ精密な魔力操作ができるのであれば、魔法兵団の部隊長クラスにもなれるだろう。
「なんで今までアピールしなかったんだ?ロビンさんやパトリックさんに見せてたら、絶対出世してたと思うぞ?」
疑問をそのまま口に出して問いかけると、エニルはぐいっと顔を近づけて、俺の胸を指先でつついた。
「ウィッカー様と同じですよ。ウィッカー様、ずっと王宮仕えや、魔法兵団団長の就任要請も断ってましたよね?戦争が始まってから大将になりましたけど、それまでは自由に動ける立場がいいって言って、役職に就かなかったじゃないですか?アタシも同じです」
「うっ、それを言われると・・・うん、そうだな。エニルの気持ちがよく分かる」
「フフ、そういう事です。それに魔力操作は得意ですけど、魔力量は平均だし、戦闘のセンスがあるかって言われると微妙だし、出世してなにかしたい事があるわけでもないし、今のままでいいんです」
エニルはくるりと回って俺に背を向けると、空を見上げて呟いた。
「アタシは今日を楽しく平和に過ごせれば、それだけでいいんです・・・・・」
そして両手を背中に回して振り返ると、俺の目を見つめてニコリと笑って見せた。
「もちろん好きな人と一緒にね」
この時、俺はエニルという女性が、なんで俺を好きになったのか、よく分かった気がした。
考え方が似ているんだ。
俺もそうだ。金なんて日々の生活に困らない程度にあればいい。
そんなものより、毎日を楽しく笑って過ごせる事が一番だ。
平凡でいいんだ。
仕事をして家に帰ると、愛する人が待っていてくれる。
ただ、それだけでいいんだ・・・・・
「エニル・・・キミの考え方、俺は好きだよ」
「考え方だけじゃなくて、アタシ自身を好きになってください」
そう言ってエニルがクスっと笑うと、なんだかおかしくなって、俺もトムもつられるように笑ってしまった。
三人で笑っていると、先頭のアニーも、しんがりのカイルも、リッキーもリースもジョニーもみんなが集まって来て、どうした?なんで笑ってるの?と声をかけてくる。
今は戦争中だ。
そして故郷が危機に瀕しているかもしれない。そんな大変な時にのんきな話しをしているかもしれない。
けれど、俺は久しぶりに笑えた事で、なんだか少しだけ救われた気持ちになった。
死んでいった仲間達の事を想うと、今も涙が出そうになる。
皇帝に対する憎しみだって、ずっと胸に渦巻いてる。
けれど、俺が取り乱したり、自暴自棄にならないでいられるのは、この七人がいてくれるからだろう。
そしてエニル・・・キミがこうして俺に、遠慮なく話しかけてくれるのが大きいんだ。
それを今、実感したよ・・・・・
そして俺達は歩き続けた。
国境を越えてカエストゥスへ入ると、徐々に吹雪も勢いを弱めていった。
八日目の朝を迎えた時には、あれだけ強かった吹雪が、嘘のように収まっていた。
七日七晩もの間吹雪が続くなど、異常な天気としか言いようがなかった。
そしてカエストゥスに入って気がついたのは、カエストゥスより帝国の方が、雪の量が多かったという事だ。帝国では腰どころか、胸の高さまで雪が積もっている場所もあった。
だがカエストウスでは、せいぜい膝程度の高さにしか積もっていないようだ。
豪雪地帯のカエストゥスより、帝国の方が雪が積もるなど、本来ありえない事だった。
原因は分からない。だがカエストゥス軍が、帝国に進軍した時から降り始めた事を考えると、何の根拠もないが、この戦争と無関係ではないように思えた。
そして俺達がカエストゥスに入って更に2日が過ぎた頃、遠くの空に登る黒煙が視界に入った。
豪雪地帯のカエストゥスでも、これだけ降り続いた事は、少なくとも俺の記憶にはない。
そもそも雪の降らない帝国でこれは、何かの呪いかと思ってしまうくらいだ。
外に出ると、俺達は昨晩打ち合わせた通りの隊列で進んだ。
毎日感じていた事だが、進む速度は日を追うごとに落ちていた。
考えてみれば当然だった。俺達は全員が魔法使いなんだ。満足な食事もとれていないし、空き家か洞窟で雑魚寝では、疲れが抜けるわけがない。
「トム、大丈夫か?」
数歩先を歩くトムに声をかけた。
足元がフラフラして、どうにもおぼつかないように見える。体系は俺と同じくらいだが、やはりトムには魔法使い本来の体力しかないようだ。ジョルジュとリン姉に鍛えられた俺が特殊なんだろうが、これが普通の魔法使いなんだ。むしろトムは、今日までよく歩いたと思うくらいだ。
「はぁ・・・はぁ・・・あ、はい・・・だいじょうぶ、です・・・すみません、僕、体力無くて・・・」
俺が声をかけると、トムは両膝に手を着いて、呼吸を整えながら返事をする。
吹雪を防ぐためとはいえ、連日限界まで魔力を振り絞り、朝から晩まで歩くんだ。本当によく頑張っている。
俺はトムの左腕を掴むと、自分の首に回した。
右腕はトムの腰に回して体を支えると、トムは驚いて、え!?と声を上げた。
「ウ、ウィッカー様!?」
「無理するな、肩を貸すから一緒に行こう」
トムに肩を貸しながら、一歩一歩、足並みを揃えてゆっくりと歩く。
最初は戸惑っていたトムだが、しばらくすると涙声で、ありがとうございます、と小さく呟いた。
「礼なんていい、トムにはローブをもらっただろ?毎晩のスープも本当にありがたい。だから、このくらいさせてくれよ」
一緒に行動しているうちに、俺はこいつらにすっかり仲間意識を持ってしまっていた。
立場で考えれば、上官と部下にあたるが、それを越えた感情が芽生えていた。
「僕・・・ウィッカー様に憧れているんです。あんなに強いのに、誰にでも分け隔てなく接してくれて・・・カッコイイです・・・」
「過大評価だ。俺は、師匠やジャニス・・・みんなに支えられてなんとかやってこれただけだ」
「そんなこと・・・ありま、せん・・・ウィッカー様は、僕の、あこがれです・・・」
「そうか・・」
身に纏った風は俺達が足を前に出すと、雪を吹き飛ばして前方に道を作る。
足を雪にとられない分、体力の消耗は少ない。
魔力の消耗も大きい魔法ではないが、何時間も持続して使うとなると話しは別だ。
トムはどうやらこのメンバーの中で、一番魔力量が少ないようだ。
体力は一番少ないリッキーでも、まだ一人で歩けている。だがトムは体力より先に魔力が切れた。
「ウ、ウィッカー・・・さ、ま・・・・もう、無理、です・・・ボクを、置いて、行って・・・え!?」
「これで大丈夫だ。これなら歩けるだろ?」
腰に回した右手から、トムの体に俺の魔力を流し込んだ。
魔力さえ回復すれば、まだまだ歩けるだろう。トムは根性があるからな。
「な、なんで・・・ボクなんかの、ために・・・」
「なんでって・・・あの時、トムも俺に魔力をくれただろ?俺だって魔力くらいやるさ。俺達仲間じゃないのか?」
「・・・ウィッカー、さま・・・あ、ありがとう、ございます・・・うぅ・・・」
唇を噛みしめ、涙を流すトムの背中を、バシッ!と少しだけ強く叩いた。
「・・・もう少しでカエストゥスだ・・・頑張れ」
俺はトムの涙を見ないように、前を向いたまま話した。
トムは返事はしなかったが、何度も何度も頷いた。
「・・・トム、このリュックはアタシが持つよ」
トムの背負っているリュックを、エニルが取って背負った。
毎晩このリュックから出してくれる温かいスープに、どれだけ力をもらった事だろう。
「エニル・・・ありがとう」
「いいのいいの、アタシにも少しくらい手伝わせてよ」
エニルは意外に体力と魔力があった。
トムのリュックを背負うと、疲れた様子を見せずに俺達と並んで前に足を出す。
「・・・けっこう体力あるんだな?」
「え?そうでもないですよ。魔力操作ですね。アタシ、細かい作業が得意なんです。ほら、アタシの風をよく見てください。ウィッカー様より静かでしょ?」
エニルは俺とトムの後ろを回って俺の隣に来ると、自分を見てとばかりに両手を広げた。
「・・・へぇ、言われてみれば確かに・・・とても静かだ。雪も吹き飛ばすって言うより、払いのけてる感じだし、魔力の流れに無駄が感じられない。すごいなエニル」
今まであまり意識してなかったから気が付かなかったが、あらためて見てみるとエニルの魔力操作には頭一つ抜けたセンスがあった。魔力量自体は並みだが、これだけ精密な魔力操作ができるのであれば、魔法兵団の部隊長クラスにもなれるだろう。
「なんで今までアピールしなかったんだ?ロビンさんやパトリックさんに見せてたら、絶対出世してたと思うぞ?」
疑問をそのまま口に出して問いかけると、エニルはぐいっと顔を近づけて、俺の胸を指先でつついた。
「ウィッカー様と同じですよ。ウィッカー様、ずっと王宮仕えや、魔法兵団団長の就任要請も断ってましたよね?戦争が始まってから大将になりましたけど、それまでは自由に動ける立場がいいって言って、役職に就かなかったじゃないですか?アタシも同じです」
「うっ、それを言われると・・・うん、そうだな。エニルの気持ちがよく分かる」
「フフ、そういう事です。それに魔力操作は得意ですけど、魔力量は平均だし、戦闘のセンスがあるかって言われると微妙だし、出世してなにかしたい事があるわけでもないし、今のままでいいんです」
エニルはくるりと回って俺に背を向けると、空を見上げて呟いた。
「アタシは今日を楽しく平和に過ごせれば、それだけでいいんです・・・・・」
そして両手を背中に回して振り返ると、俺の目を見つめてニコリと笑って見せた。
「もちろん好きな人と一緒にね」
この時、俺はエニルという女性が、なんで俺を好きになったのか、よく分かった気がした。
考え方が似ているんだ。
俺もそうだ。金なんて日々の生活に困らない程度にあればいい。
そんなものより、毎日を楽しく笑って過ごせる事が一番だ。
平凡でいいんだ。
仕事をして家に帰ると、愛する人が待っていてくれる。
ただ、それだけでいいんだ・・・・・
「エニル・・・キミの考え方、俺は好きだよ」
「考え方だけじゃなくて、アタシ自身を好きになってください」
そう言ってエニルがクスっと笑うと、なんだかおかしくなって、俺もトムもつられるように笑ってしまった。
三人で笑っていると、先頭のアニーも、しんがりのカイルも、リッキーもリースもジョニーもみんなが集まって来て、どうした?なんで笑ってるの?と声をかけてくる。
今は戦争中だ。
そして故郷が危機に瀕しているかもしれない。そんな大変な時にのんきな話しをしているかもしれない。
けれど、俺は久しぶりに笑えた事で、なんだか少しだけ救われた気持ちになった。
死んでいった仲間達の事を想うと、今も涙が出そうになる。
皇帝に対する憎しみだって、ずっと胸に渦巻いてる。
けれど、俺が取り乱したり、自暴自棄にならないでいられるのは、この七人がいてくれるからだろう。
そしてエニル・・・キミがこうして俺に、遠慮なく話しかけてくれるのが大きいんだ。
それを今、実感したよ・・・・・
そして俺達は歩き続けた。
国境を越えてカエストゥスへ入ると、徐々に吹雪も勢いを弱めていった。
八日目の朝を迎えた時には、あれだけ強かった吹雪が、嘘のように収まっていた。
七日七晩もの間吹雪が続くなど、異常な天気としか言いようがなかった。
そしてカエストゥスに入って気がついたのは、カエストゥスより帝国の方が、雪の量が多かったという事だ。帝国では腰どころか、胸の高さまで雪が積もっている場所もあった。
だがカエストウスでは、せいぜい膝程度の高さにしか積もっていないようだ。
豪雪地帯のカエストゥスより、帝国の方が雪が積もるなど、本来ありえない事だった。
原因は分からない。だがカエストゥス軍が、帝国に進軍した時から降り始めた事を考えると、何の根拠もないが、この戦争と無関係ではないように思えた。
そして俺達がカエストゥスに入って更に2日が過ぎた頃、遠くの空に登る黒煙が視界に入った。
応援ありがとうございます!
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