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【930 心の中】

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「ここまで、凄い吹雪とはな・・・」

廃屋にいた時も、崩れた屋根から入ってくる雪と風で、ある程度は想像していた。
だが実際に外に出ると、優に膝が埋まりそうな程に積もった雪、そして数メートル先も満足に見えないくらいの猛吹雪に、視界を塞がれた。

まともに歩く事も難しいため、俺達は風魔法を使って、全身に風の鎧を作り吹雪から身を護っている。
魔力の消費が大きい技ではないが、長時間維持すれば当然それだけ負担がでる。
気になるがこの状況ではしかたがない。誰かが辛くなったら、休息を入れて回復するまで待つしかないだろう。

それにしても、帝国は火の精霊の加護を受けているため、そもそも雪が降りにくい。
降ったとしても粉雪程度で、まず積もる事ない。それがどうしてここまで降るんだ?

「驚きますよね?もう三日も吹雪いてるんですよ」

「なに、三日も!?」

隣を歩くエニルが、まるで心を読んだかのように俺の疑問に答えた。
驚きをそのまま声に出した俺を見て、エニルは少しだけ笑った後、すぐに表情を引き締めて言葉を続けた。

「はい、この吹雪は三日続いています。そのせいでこの通り、膝まで埋まるくらいに積もってるんです。私達はカエストゥスの人間だから、このくらいの雪は経験がありますけど、帝国にとっては初めてで、どう対応していいか分からないでしょうね・・・」

そこまで話してエニルは一度言葉を切ると、俺に顔を向けて右手の人差し指を顔の前で立てた。

「だから、三日遅れていても追いつける可能性があります。ペトラ隊長が率いている軍も、帝国の進軍から半日程遅れて発ちましたが、雪国育ちのカエストゥス軍と、雪が初めての帝国軍では、進軍のスピードの差は圧倒的ですからね。すでに衝突している事も考えられますよ」

「なるほど・・・それなら、なおさら急ごうか」

エニルの分析は的を得ていた。
確かにこの吹雪は厳しいが、雪国育ちの俺達にとっては、経験した事があるレベルだ。
半日の時間差ならば、ペトラ達は帝国に追いついているかもしれない。

そして戦闘になっているのだとしたら、やはり皇帝がどう出てくるかで命運が変わるだろう。
カエストゥスに追いつかれた瞬間、またも光源爆裂弾を撃たれでもしたら、一瞬で潰されてしまう。

今のカエストゥス軍で、皇帝の光源爆裂弾を防げる者はいない。師匠、ブレンダン・ランデル並みの使い手でなければ不可能だからだ。
全てを受け流すと言われる、ペトラの流水の盾だって不可能だ。あれほど巨大なエネルギー弾は、受け流すとか撥ね返すというレベルの話しではない。それ以上の魔法をぶつけて呑み込むか、耐えられらレベルの結界で凌ぎきるしかない。

ペトラ達が帝国に追いついたとしても、常に皇帝を警戒しながらの戦いを余儀なくされれば、本来の実力を発揮できるはずがない。かなり不利な戦いになるだろう。

皇帝に太刀打ちできるのは俺しかいない。三日の遅れは大きい。もう手遅れになっているのかもしれない。でも、それでも僅かでも可能性があるのであれば、行かなければならない。


俺が足を速めると、エニルも歩調を合わせるように歩幅が大きくなった。





「・・・今日は、ここまでにしよう」

半日は歩いただろう。すっかり日も暮れて暗闇に閉ざされた。
俺達は山道を通っている。樹々がある程度の吹雪は防いでくれているが、足場はまったく見えない。
これ以上は危険だと判断し、近くに見えた山小屋に避難する事にした。

もし俺一人であれば、夜であろうとかまわず先を急いでいた。
だがアニー達が一緒であるから、そうはいかない。
彼女達の魔力は決して高くない。特に最年少のリッキーは体力も低く、見るからにバテているのが分かった。勝気な性格だから弱音は吐かないし、みんなが先を行けば黙ってついてくるだろう。
だが、それではいずれ倒れてしまうのは目に見えている。チームである以上、足並みは揃えなければならない。

休もうという俺の言葉に、ホッとした息がいくつか聞こえた。
リッキーだけでなく、限界が近い者が多かったのだろう。故郷のために先を急ぎたい気持ちはみんなが持っている。だが歩き続けて体力も魔力も、底をつきかけていたのだろう。
ここで倒れてしまっては、戦う以前の問題だ。


「あ、あそこに薪がある。俺、火を起こしますね」

最年長のカイルは小屋に入るなり、率先して行動した。
部屋の中央には、数十センチ程度の四角い木の枠があり、その中には灰が敷き詰めてあった。
まだ使えそうな薪も置いてある。おそらく前にここを使った人が置いていったのだろう。

カイルが火魔法で火を付けると、みんな一斉に火を囲むように集まった。
いくら風魔法で吹雪をさけても、寒いものは寒いのだ。体は芯まで冷え切っていたのだろう。

部屋全体が温まるには少し時間がかかるだろうが、火の回りはすでに熱が伝わってきていて暖かい。



「ウィッカー様、もう少し近くに来た方が温かいですよ?」

少し離れて座っていると、エニルが俺の前に腰を下ろした。その両手には木製の小さな器が持たれていて、白い湯気が出ていた。

「いや、俺はここでいい」

この七人を避けているわけではないが、今は誰かとあまり話したい気分ではない。
短い言葉で断ると、エニルは、そうですか、と一言返して俺の隣に腰を下ろした。

「はい、どうぞ。温まりますよ」

エニルに器を手渡される。受け取ると、冷え切った両手にスープの温かさが伝わり、コンソメの良い匂いが鼻腔を刺激した。

「・・・ありがとう。スープなんて、よく作れたな?」

乾パンや干し芋などの保存食ならともかく、人数分の器に、スープの材料なんて、どうやって持っていたんだと感心してしまう。

「ふふふ、驚きました?実はトムが作ったんですよ。トムって、自分の事より人の事ばかり考えてるんです。このスープも戦争に行く事が決まった時に、みんなに温かい物を食べて欲しいからって、準備したんですって。できるだけかさばらないように、最小の荷物にするために苦労したみたい」

「へぇ、そう言えば俺もトムにローブをもらったな。トムは仲間思いで優しいんだな」

「はい、本当に良いヤツなんですよ。あ、冷めないうちに飲んでください。トムのコンソメスープって、すぐに体が温まるんですよ」

「ああ、いただくよ」

一口飲むとエニルの言う通り、冷え切った身体がすぐにポカポカ温まり出した。

「なるほど・・・これは良いな。冷たくなっていた指先にも、感覚が戻ってきた。トムに感謝しないとな」

拳を握って感覚を確かめる。かじかんでいた指先にも、熱が戻ってくる感じがあった。

「そうでしょ?あとでお礼言ってください。喜びますよ。アイツ、ウィッカー様に憧れてるから」

エニルは目を細めて笑うと、自分もスープを一口飲んで、おいしい、と呟いた。


それから俺達は黙ってスープを飲んだ。
アニー達は焚火の前で談笑しながらスープを飲んでいる。彼らは本当に仲が良い。
だが彼らを見ていると、微笑ましく思う反面、自分が失った仲間達を思い出してしまう。

ジョルジュ、ジャニス、師匠、パトリックさん、エリン・・・・・


・・・・・もう二度と会えない



「・・・ウィッカー様、怖い顔してますよ」

ふと、肩に乗せられた手に我に返る。

エニルが心配そうに眉を下げて、俺を見つめていた。


「ああ・・・悪い、なんでもない」

「そうですか・・・・・」

俺が目を逸らして答えると、エニルは俺の肩から手を離した。
そして手を離した代わりに頭を乗せて、もたれかかってきた。


「なっ!?おい、エニル?」

驚く俺をよそに、エニルは前を向いたまま静かに呟いた、


「ウィッカー様・・・・・アタシ達、やっぱり死ぬんでしょうか?」
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