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【925 復讐の刃】

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ベン・フィングはその顔に、狂気の笑みを浮かべていた。

あの日、あの闘技場での敗北以降、屈辱にまみれた日々だった。
かつての部下からは蔑まれ、自分に媚びを売っていた貴族や商人連中は、手の平を返し離れていった。
怒りと憎しみは日を追うごとに積もり積もって、いつしかベンの心は復讐に、ただ復讐だけに捕らわれるようになった。

自分はこんな牢に追いやられる人間ではない。
役に立たない国王に代わり、自分が国を動かしていたのだ。
それをたかが試合で、観客に危険が及んだ程度で全て取り上げられ、あまつさえ牢に閉じ込められるなど許されるわけが無い!

ブレンダン・ランデル。その弟子と仲間達、そしてカエストゥスの愚かな国民共に、必ずや報いを受けさせてやる!

牢に追いやられてからの6年、カエストゥスを憎み続けた男は、溜め込んだ憎悪の全てを吐き出そうとするかのように、ウィッカーの背中に深く突き刺したナイフを、更に力を込めて抉るようにねじ込んだ!

「あッぐぁッッ・・・!」

合計三度、背中にナイフを突き立てられた。
そして今また深く背中を抉られ、ウィッカーはあまりの激痛に声をもらした。

精霊使いのアンソニー、そして皇帝との激闘で何度も死にかけた。
その度にヒールで治療を受けて、立ち上がり戦い続けたが、失った血は戻らないし、体の芯にダメージは残る。

メアリーの姿に気が緩み、体を護っていた光の魔力が消えたところをベンに刺された。
すでに限界を超えて酷使した体を、ベンの狂刃が突き刺した。

これは致命的だった。


「こ・・・の・・・ッツ!」

崩れ落ちそうな足に力を入れて踏みとどまる。ほんの一瞬でも気を抜けば倒れてしまうだろう。
そして一度倒れてしまえば二度と起き上がれない。それだけはハッキリと理解していた。

目を見開き、唇を強く結んでベンを睨み付ける。
震える右の拳を強く握り締めた。


この、野郎・・・!ベン、フィング・・・裏切り、やがった!・・・こん、な・・・こんなヤツに、俺が、俺達が・・・カエストゥスが・・・カエストゥスが・・・・・!


ウィッカーがベンの顔面を狙って、右の拳を振り上げたその時・・・

「ウラァッツ!」

ベンは更に強く、体ごとぶつかるようにして、背中に刺したナイフをより深く突き上げた。

「グァッッッ・・・!」

背中から全身に凄まじい痛みが駆け抜けた。目の前が真っ白になり、意識が飛びそうになる。

「・・・へっ、オラよ!」

ベンはナイフを引き抜くと、ウィッカーの背中を蹴り付けた。
力無く倒れるウィッカー。その背中からは真っ赤な血が噴き出し、ベンの顔に飛びかかった。


倒れ伏したウィッカーの背を踏みつけると、ベンは声高らかに話し出した。

「うははははは、ウィッカーよぉ、冥途の土産に教えてやる。お前が見たものは、俺の魔道具で作り出した幻覚だ。お前が家庭を持った事は聞いていたからな。女房を見せれば油断すると思ったぜぇ」

膝を曲げて前かがみになる。ベンが足に力を入れて体重をかけると、ウィッカーは苦痛に顔を歪めた。
何度も意識が飛びそうになるが、その度に刺された背中を強く踏みつけられて、無理やり意識が呼び戻される。

「う・・・ぐ、あぁ・・・ッツ!」

「うははははははははは!ウィッカァァァーーー!どうだ!?悔しいか!?俺はなぁ、ずっと待ってたんだよ!この復讐の時をなぁぁぁ!ボケが!この俺を見くびるからこうなるんだ!死ね!このカスがぁぁぁぁッツ!」

ベンの叫びが響き渡る!
叫びながらベンはウィッカーを踏みつけた。何度も何度も踏みつけた。
その度に背中の傷口から血が飛び散り、ベンの足に、体に、顔に、跳ね返った血がかかる。


「・・・はぁ~・・・はぁ~・・・ふぅ、死んだか?」

やがてウィッカーの反応が無くなった頃、ベンは足を止めて額の汗を拭った。
深く息を吸って吐きだし、乱れる呼吸を整えると、倒れているウィッカーの顔を覗き込んだ。

血を流し過ぎたその顔は青白く、とても生気は感じられなかった。
ベンはウィッカーの口元に耳を近づける。しばらく耳を傾けたが、呼吸はしていなかった。


「・・・ベン、よ・・・死んだ、のか?」

ひどく弱弱しい、そして小さな声だったが、ふいに背中にかけられたその声に振り返る。

全身が赤黒く焼けただれた男が、立ってこちらに目を向けていた。
足元がおぼつかなく、今にも倒れそうなくらいフラフラとしているが、それでも強い意思を持った目でベンを見ていた。

「おお、これは皇帝・・・ご無事でしたか」

ベンはその場にひざまずき、今自分が仕える主君に頭を下げた。


「はぁ・・・はぁ・・・ベンよ、ウィッカーは・・・死んだ・・・のか?」

皇帝ローランド・ライアンは、激しい怒りと殺意を剥き出しにし、ベン・フィングの足元で倒れているウィッカーを睨み付けた。
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