上 下
934 / 1,134

【923 ジャニスの託した物】

しおりを挟む
確信は無かった。だがジャニスが死の間際に渡してきたのだから、絶対に意味がある事は疑いようがなかった。
ジャニスが皇帝の砂時計の力に、気付いていたかは分からない。
だがジャニスも一度間近で時を止められて、何かされた事は感じ取っていたはずだ。

光源爆裂弾に対抗する手段として渡してきたのかもしれないが、そうではないと思った。
ジャニスはこの魔封塵こそが、皇帝に勝つための唯一の手段だと思って俺に渡してきたんだ。

魔封塵はジャニスの魔力に反応して発動する、ジャニス専用の魔道具だ。
だから俺はこれを渡された時、ジャニスの意図が読めなかった。率直に俺に使えるはずがないと思った。

だけどすぐにその認識はあらためさせられた。
なぜなら今の俺にはジャニスの魔力も流れているんだ。だから魔封塵も発動させる事ができた。


魔道具は魔力を流して使うものがほとんどだ。
だから皇帝の砂時計も、魔力を流して使っていると思われた。
皇帝の魔力を流して使うから、皇帝だけは止まった時の中で自由に動けるのだろう。
そして時を止めるこの力が、魔力を介して発動しているのであれば、魔封塵で防げない道理はない。


それでも大きな賭けには違いなかった。

原理が分かったとしても、どうすれば防げるだろうか?
皇帝が砂時計を握っている以上、砂時計に魔封塵をかける事はできない。
ならば自分自身に魔風塵をかけてみたらどうだ?

皇帝が砂時計を握った左腕を振り上げた瞬間、視線が俺から外れた。
その一瞬で俺は、茶色の革袋に詰まった魔風塵を自分の体に振りかけた。

その結果、砂時計が発動しても俺の時は止まらなかった。





「魔力開放か!」

撃ち放たれた魔力の波動を、俺は右に飛んで躱した。

「ハァッツ!」

しかし皇帝の反応は早い。
間髪入れずに身を捻ると、俺から狙いを外さず、連続して魔力の波動を撃ち追いかけてくる。

「さっきまでの威勢はどうした!?逃げているばかりでは勝てないぞ!」

「ちっ、発動が早い上にとんでもねぇ魔力量だな。これだけの魔力を何発も平然と撃ってやがる」

攻撃の軌道は見切っているが、撃ち放たれる速さが尋常ではなかった。
魔力をそのまま撃ち放つ技、魔力開放の最大の利点は、魔力を属性魔法に変換しない分、早く撃てるところにある。同じ黒魔法使いのウィッカーには、それは十分承知するところだった。

「だがこれは予想以上だ。さすがは皇帝といったところか」

正面に来た波動を左に飛んで躱した直後、目に前にもう一発、禍々しい程に黒い魔力の波動が迫っていた。

「くッ!」

このタイミングでは回避は無理だ!防御しかない!
両腕で顔の前で交差させ、光の魔力を高めた次の瞬間、魔力の波動が俺を呑み込んだ。

「フハハハハハハハ!捉えたぞ!まだまだまだまだまだまだぁぁぁぁー----ッツ!」

立て続けに魔力の速射砲が撃ち放たれる!
底の知れない皇帝の魔力は、無限とも思える魔力を放出し続けた。

やがて魔力の波動が周囲一帯を消し飛ばした頃、皇帝はようやくその手を止めた。

「・・・フゥ・・・クックック、どうだ?余の魔力をこれだけ浴びせたのだ。もはや骨すら残っておるまい」

地面は抉れ、むき出しの土が顔を見せている。折れた柱も、割れて巻き散らかされたガラスも、砕けた調度品も、焼けた絨毯も、全てが皇帝の魔力開放によって消し飛ばされていた。

ブロートン帝国の城は、もはや城の原型さえ残っていない程に崩壊していた。

「フハハハハハハ!どうだ!ちょっとばかり強くなったようだが、やはり本気を出した余に敵うはずがないのだ!何かの間違いで止まった時の世界に入ってこれたようだが、やはりまぐれはまぐれ・・・なに!?」

濛々と立ち込める煙が一瞬で吹き飛ばされた。
強く輝く光を纏い、長い金色の髪を風になびかせながら、殺したはずのその男が姿を現した。

「皇帝、もう終わりか?」

ホコリでも払うように、肩や胸を軽く叩くウィッカー。
挑発するかのように口の端を持ち上げ、皇帝の目を真っすぐに見る。

「ぐっ、ぐぬぅ!きさまぁぁぁ、どこまでも余を舐めくさりおってぇぇぇぇぇッ!」

数十発もの魔力の波動を食らわせたにも関わらず、まるで無傷のウィッカーを前にして、皇帝は額に青い筋を浮かべて歯が鳴る程に噛み締めた。

「皇帝、お前は確かに強い。俺一人じゃとっくに殺されていたよ。だが俺には支えてくれる沢山の仲間がいた。そしてお前のように私利私欲で戦っているわけじゃない。平和を護るために戦っているんだ」

ウィッカーは右手の平を皇帝に向けて、光の魔力を集中させる。

「お前とは背負っているものが違うんだ!」

強いを魔力の込められた光の球が撃ち放たれる!


「ぐっ!」

でかい!余の爆裂空破弾と同等!いや、それ以上か!?
ウィッカーの光の球の破壊力を一目で見抜いた皇帝は、足に風を纏わせ空中へと飛び上がった。

「こんなもので余をっ!」

ほんの一瞬前まで自分の立っていた場所が吹き飛ばされ、その破壊力の凄まじさに目を開かされる。

視線を下げて、爆発の威力を確認したこの一瞬が隙を生み、ウィッカーの攻撃を許す事とになった。

「オラァァァァァァーーーーーッツ!」

「ウ、ウィッカぐばぁぁぁッツ!」

一瞬で距離を詰めたウィッカーが、振り被った右拳で皇帝の左頬に殴り抜いた!

真っ逆さまに地上へ落ちた皇帝は、かろうじて風魔法で激突の衝撃を和らげた。
だがダメージから足が震えて、すぐに立ち上がる事ができなかった。

「ぐッ、がはぁッ・・・ぬぐぅぅぅ・・・こ、こんな、余が、余がこんなぁぁぁッツ!」

血を吐き出し、歯を食いしばりながら、肘を着いて上半身を起こす。
土にまみれたその姿には、もはや帝国の頂点に立つ者としての偉大さは無かった。

実力差は明白、戦況は圧倒的に不利である。
だが皇帝はまだ諦めてはいなかった。高すぎるプライドが敗北を決して受け入れない。
例え死ぬ間際になったとしても、それは変わらないだろう。

勝って当然!自分が負ける事など断じてありえない!それが皇帝の皇帝たる信念なのだ。


余は皇帝だ!皇帝とは大陸を統べる者!絶対なる支配者なのだ!
こんなところで・・・こんやヤツに・・・こんなヤツに・・・・・・

「負ける事など絶対にないのだぁぁぁぁぁーーーーーーッツ!」

左手に握り締めた砂時計を逆さまにひっくり返す!
時を止める魔道具が発動する!


皇帝以外の全ての時が止まる。止まらなければならない。

さっきウィッカーが止まった時の中で動いたのは、何かの間違いだ!
間違いでなければならない!

顔を上げて空中に立つ男を睨みつける!
時を止めたのだから、止まっていなければならない!

しかし自分を叩き落とした男ウィッカーは、光の魔力を込めた両手を重ね合わせて、皇帝に向けていた。




両手に魔力が集約し、光が強い輝きを発する。

天魔光線を放とうとしたその瞬間、ウィッカーは砂時計から魔力が発せられた事を感じ取った。
人も動物も自然でさえも、全てが動きを止める。

止まった時の中で動けるのは、砂時計の使用者である皇帝ただ一人だった。
しかし、全ての魔法を無効化する魔封塵を体にかけたウィッカーは、自分の時間を止めようとする砂時計の魔力を無効化し、停止した時の中で動く事を可能にしていた。


しかし、魔封塵とて有限である。
砂時計の魔力が発動している間は、少しづつ削られていく。
今ウィッカーの体に残っている魔封塵は残り僅かである。さっきの時間停止は最後まで凌ぐ事ができたが、今回はそこまでの猶予はない。

だが間に合った。
この一発を撃てばそれで決着である。この瞬間も魔封塵は削られていくが、この一発を撃つ時間は残った。


「終わりだ皇帝ぇぇぇぇぇー-----ッツ!」


怒りも悲しみも全てを込めて、ウィッカーの渾身の天魔光線が撃ち放たれた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

ブラックボックス 〜禁じられし暗黒の一角〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:249pt お気に入り:5

私の二度目の人生は幸せです

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:1,344pt お気に入り:4

異世界転生してもモブだった俺は現実世界で無双する

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:292pt お気に入り:0

10代の妻を持って若い母親にさせる話①

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:689pt お気に入り:2

ちょっとハッとする話

ホラー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:7

管理人さんといっしょ。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:271pt お気に入り:55

小説に魅入られて人に焦がれて

現代文学 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

処理中です...