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【921 止まった時の中】

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吹きすさぶ風と雪、帝国は過去に例をみない猛吹雪にさらされていた。
この雪は戦争が終結した後も七日七晩振り続け、帝国全土を雪で埋め尽くして大きな被害を与えた。
火の精霊の加護によって、まず雪の降る事のない帝国に、なぜこれほどの雪が降ったのか、後年の帝国ではこうささやかれていた・・・・・カエストゥスの呪いだと。



激しい戦闘によって崩れ落ちた城内に、二人の男が向かい合って立っていた。

ウィッカーは正面に立つ皇帝を、殺気を込めた鋭い目で睨みつけていた。
普段の優しく親しみやすい雰囲気は一切無くなっており、その体から発する金色の光はビリビリとしたプレッシャーを放ち、周囲の壁や足場に亀裂を入れていた。

身に纏っていた黒いローブの胸の部分には、拳程の穴が空いていた。
皇帝の刺氷弾で貫かれた時の穴である。ジャニスのヒールがなければ自分は死んでいた。

自分を生かし、そしてその魔力までも託して死んでいったジャニス。
その想いにどう報いればいいだろうか?

一つしかない。皇帝を倒しカエストゥスに平和をもたらす事だ。



「はぁ・・・はぁ・・・やってくれたな、ウィッカーよ」

睨み合うもう一人の男、皇帝ローランド・ライアンは、腹部に受けたダメージにより、呼吸を乱し頬を引きつらせていた。
腹に撃ちこまれた拳だけでも随分ダメージを受けたが、そのまま光魔法を直接叩き込まれた事で、その深紅のローブは見る影もないほど、ボロボロに引き裂かれていた。

火の精霊の強い加護を受けている深紅のローブが、ウィッカーの光魔法を軽減したとはいえ、皇帝が受けたダメージは大きかった。
腹部からの出血、胸や腕にも裂傷や火傷を負い、痛みに呼吸を乱し顔を歪める。
自分にこれだけのダメージを与えた男、目の前のウィッカーを、殺意を漲らせた目で睨みつけた。


「・・・命を捨ててまで、お前のようなクズを護る男がいるとはな」

ウィッカーは自分達から少し離れた場所で倒れている、ジャフ・アラムに目を向けた。
つられるようにして、皇帝もジャフに目を向ける。
たった今、自分を護るためにその命までも捧げた男。ブロートン帝国、大臣ジャフ・アラム。

ウィッカーの天魔光線は天衣結界を持ってしても防げなかった。
このままでは結界が突破され、皇帝に致命的なダメージを与えてしまうかもしれない。
そう感じ取ったジャフの判断は早かった。

躊躇なく、今放出している魔力に生命エネルギーも重ねて、結界をより強固なものに作り直したのだ。

それほどに強いジャフの執念は、ウィッカーの天魔光線を凌ぎ切った。
しかしその代償として命を落とす事となった。


今こうして、皇帝が二本の足で立っていられるのは、ジャフの功績と言っていい。
帝国では圧倒的な支持を得ている皇帝だが、ジャフ程に忠義に厚い男はいないだろう。
しかし皇帝にとって己より下の存在は、全て皇帝に奉仕するために存在している。
従ってジャフが、自分のために命を捨ててまで尽くした事も、皇帝にとっては当然だった。


「フッ・・・ジャフか、余のためによくやったと褒めておこう」

自分のために命を懸けて戦った部下に対し、労いとも言えない高慢な物言いだった。

「・・・その男は、お前のために命を燃やして結界を強化した。お前はそいつに助けられたんだぞ?」

眉間にシワを寄せ、苛立ちを含んだ声を放つウィッカーに、皇帝は片眉を上げて怪訝な顔を見せた。敵とは言え、その忠誠心には一つの敬意を持った。それゆえに皇帝の態度は癇に障った。

「なにを怒っているのだ?余は皇帝だぞ?余のために体を張るのは当然ではないか?ジャフも余のために死ねて本望だろう」

皇帝の語り草には、ウィッカーへの挑発も、ジャフへの蔑みも無かった。
あくまでも事実だけを告げるように、一定の口調で話しを続けた。

「ウィッカーよ、貴様には分からんか?余はこの帝国の全ての民に慈悲を与えてきた。貧困者と浮浪孤児の救済を行い、国民の生活の負担を減らすために税も下げた。仕事の斡旋も指示し、その結果帝国の国民は実に豊な暮らしをおくれるようになったのだ。全て余のおかげなのだぞ?皇帝である余が国民に慈悲をかけたのだから、国民が余のために命を懸ける事もまた当然なのだよ。ジャフもその一人だったというだけだ」

自分のために他の誰かが犠牲になる事は当然。
皇帝にとってそれはなんの議論の余地もなく、一切の疑問もない。至極当たり前の事だった。

「そうか・・・よく分かった」

淡々と語る皇帝を、ウィッカーは冷たい目で睨みつけた。

これ以上話す事はない。そう告げるように、左半身を前にして拳を握り構えた。
右半身は後ろに引いて構えている。そして右手には、皇帝から隠すようにしてある物を握り締めていた。それは今わの際に、ジャニスがウィッカーに手渡した物だった。


「フッ・・・その目、よほど余を殺したいようだな?」」

ウィッカーの視線を受け止め、皇帝も全身から魔力を放出し構えた。
魔力を込めた右手を前に出し、左半身をウィッカーから隠すようにしてやや後ろに下げた。

たった今、強烈な攻撃を受けたばかりだが、皇帝には余裕があった。
それは皇帝が左手に握る魔道具、砂時計があるからこそである。

この短期間で、ウィッカーの魔力は計り知れない程に上昇していた。
ブレンダンの魔空の枝を使い霊魔力を身に着け、更には未知なる光の魔力までもその身に宿している。

認めざるをえない。自分の前に立つこの男は脅威だと。

だが、それでも最後に勝つのは自分だ。

時を止める魔道具、砂時計。
アンソニーとワイルダーが反乱を起こした時も、この砂時計の力で制圧した。
どんなに魔力が強くても、精霊の力を使えたとしても、大地を割る程の力があったと、時を止められてしまえば無力なのだ。

今までこれで勝ち続けてきた。そしてこれからもこれで勝ち続ける。


「死ねぇぇぇぇぇぇいッツ!ウィッカァァァァァァァーーーーーーッツ!」


叫び声と共に左手を振り上げる!手の中に握った砂時計を逆さに回し、勢いを付けて振り下ろした!
その勢いも相まって、透明の筒の上に溜まっていた砂が一気に下へと落ちる。

その瞬間、体を叩きつける吹雪も、空を黒く染める爆煙も、燃え盛る炎も、飛び散る火の粉も、全てが停止した。


勝った!貴様のその魔力は確かに脅威だ!
まともにぶつかれば、余を脅かす存在にまでなった事も認めよう!
だが時を止めてしまえば関係ないのだよ!貴様の魔力がどれだけ高かろうが、霊気を使えようが、未知の魔力を使おうが、なにもかも意味をなさない!
なぜなら止まった時の中では、余しか動けないからだ!


「貴様は余に砂時計を使われた時点で死が確定してるのだぐばァッッッ・・・・・!」


右手に爆発の魔力を込めて、ウィッカーへ撃ち放とうとしたその時、再び皇帝の腹にウィッカーの右拳が突き刺さった。足が浮く程の衝撃に皇帝は両目を見開き、喉の奥底からせり上がってきた胃液を吐き散らす。


「残念だったな。確定したのはお前の死だ」


皇帝の腹に拳を突き刺したまま、ウィッカーは冷たい目で皇帝を頭を見下ろし呟いた。
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