上 下
921 / 1,277

【920 忠義の者】

しおりを挟む
ウィッカーの体から発せられている光の魔力の正体は、ウィッカーとジャニスとブレンダンの三人が研究をしている光魔法である。

カエストゥスの王子、タジーム・ハメイドの闇魔法黒渦を見たあの日、三人はその危険性について話し合った。タジーム・ハメイドの事は信じている。
だが黒渦は、魔法という概念から外れた別のなにかに感じられた。

万が一に備え、三人は対抗手段を模索した。
闇に対する力は光。そう結論付けた三人は、光魔法の研究を始める。

後にウィッカーが数十年の時をかけて完成させる光魔法だが、皇帝と戦ったこの時点では、光魔法はまだ未完成であり、なおかつ黒、白、青の三系統の魔力を合わせて初めて使える魔法である。
ウィッカーが単独で使える魔法ではなかった。

ではなぜ今、光魔法が発現しているのか?
それはウィッカーの体に、黒魔法、青魔法、白魔法、三系統の魔力が宿ったからである。
ブレンダンとジャニスが最後の生命力を燃やし、ウィッカーに魔力そのものを受け渡したがゆえに、使う事ができるようになった新たな力。これがウィッカーに光魔法を発現させていた。

これはウィッカーが意識して使っている魔法ではない。

繰り返しになるが、光魔法はまだ未完成である。使いたくても使えるものではない。
しかし、三系統の魔力を体に宿した事、かけがえのない大切な仲間達を失った事による怒りと悲しみ、様々な感情の爆発が魔力を高め、そして三系統の魔力の流れが奇跡的な確率で一本に繋がった結果、光魔法を発現させるに至ったのである。

もう一度やれと言われてできるものではない。
だが今この瞬間はそれが使える。ウィッカーにはそれで十分だった。



「ぐっ・・・はぁ・・・・・ッ!」

脳天が痺れるような苦痛だった。
肺の中の空気を全て無理やり押し出される。どれだけ大きく口を開けようとも、新たな酸素を取り込む事ができない。かろうじて聞き取れる喉の奥底から、かすかな呻き声だけが漏れていた。

「ハァッ!」

皇帝の腹にめり込ませた右手に魔力を集中させる。
爆発か、氷か、風か、火か、黒魔法使いには四つの選択肢があるが、ウィッカーはそのどれも選ばなかった。

自分の体の中を駆け巡る魔力が、今使うべき魔法を無意識に教えてくれたからである。

握り締めた拳の中で、光が強く、そして大きく輝きを放った。

「ぐっっっっっばはぁぁぁぁー--------ッツ!」

めり込ませた拳を、更に奥に押し込むようにして光を撃ち放った。
光の波動が皇帝を空高く吹き飛ばし、皇帝は無防備にその身を宙に舞わせた。

この一撃で深紅のローブはボロボロに斬り裂かれた。
火の精霊の強い加護を受けた深紅のローブが、光魔法の威力を軽減していなければ、皇帝はどうなっていたか分からない。今のウィッカーが撃ち放つ魔法は、それほどの威力を持っていた。

胃液を吐き散らし、苦痛に顔を歪ませるその姿は、大陸を統べる覇者としての姿は欠片も見えなかった。


ウィッカーは顔を上げると、両手を重ね合わせて、上空を舞う皇帝に狙いを付けた。
深く息を吸って吐く。集中して魔力を高めていくと、重ね合わせた両手の光もいっそう強さを増していった。
この技も、今のウィッカーが意識して使えるわけではない。
体に流れる魔力の導きに従っているだけである。

だが数十年後、光魔法を完成させた時にこう名付けた。


天魔光線


両手に集約させた魔力を、光の波動に変えて撃ち放つ!


「がっ!?」

巨大な光の波動が迫りくる!皇帝は一目で理解した。これは受け切れない!
どうする!?砂時計で時を止めるしかない!

だが、腹に受けた光魔法のダメージが大きい事。そして上空に飛ばされた事で、バランス感覚がおかしく、上手く砂時計を取り出せそうになかった。

直撃か!?そう思われたその時、青く輝く結界が皇帝の前に張られ、ウィッカーの天魔光線を受け止めた!


「なにっ!?」

予想外の事態にウィッカーが鋭く声を発すると、少し離れた柱の陰から、ネズミのような顔をした男が姿を見せた。

「ヒッヒッヒ!ウィッカーよ、皇帝は殺らせんぞ!」

ブロートン帝国大臣、ジャフ・アラムである。
青魔法使いのジャフは、ここまで戦いの巻き添えを食わないように、皇帝達から距離を置いていた。
しかし逃げ帰ったわけではない。この戦いを結末を見届けなければならない。
使命感のようなその執念がジャフをこの場に留め、今皇帝の危機を救っていた。

「皇帝!今ですぞ!私がウィッカーの魔法を防いでいる間に・・・!?」

「無駄だ」

ジャフがニタリと笑いを浮かべ、皇帝に向かって声を上げようとしたその時、背筋が凍りそうなくらい低く冷たい声が、ジャフに当てられた。

「なっ!?・・・なんだとッ!?バカな、て、天衣結界だぞ!?私の天衣結界が、こ、こんな・・・」

「これで天衣結界だと?ふざけているのか?」

せめぎ合う天魔光線 対 天衣結界。二つの力がぶつかり合う。だが、力の差は歴然だった。
ウィッカーの天魔光線はジャフの結界をヒビ割り、あと一歩で結界を突き破り皇帝を焼き尽くすというところまで迫っていた。


「くっ、こ、皇帝は殺させん!絶対に殺らせるわけにはいかんのだぁぁぁっ!」

「なにっ!?」

ほぼ、勝利を確信していたウィッカーだったが、突然強烈にその魔力を高めてきたジャフに、思わず驚きの声をもらした。
そしてその直後、再び驚きの声を上げさせられる事になる。

「ば、馬鹿な!ここで命を燃やすと言うのか!?」

「ヒッヒッヒ!少しは驚いて、く・・・くれた、かな?お前のその魔法だけは、絶対に・・・ふ、防いでやる!」

魔法使いの最終奥義、魔力が枯渇した時に、不足している魔力の代わりに生命エネルギーを使い、魔法を使うという禁断の技である。

今、ジャフ・アラムは、皇帝を護るために命を燃やして結界を張っている。
その強度は並大抵の技では突破は不可能!そして命と引き換えに張った天衣結界は、ウィッカーの天魔光線さえも防ぎきった。

「まさか・・・」

信じられないものを見る目でジャフを見た。
ここまでできるとは思っていなかった。己の命と引き換えに、皇帝を生かす。
ジャフ・アラムこそ帝国の、真なる忠義の者だった。


「ヒ・・・ヒヒ・・・ヒ・・・・・こ、皇帝、ご、ご無事で・・・ぐふっ!・・・」

地上に降りた皇帝の姿を見届けると、ジャフは大量の血を吐いて倒れた。

禁断の技を使ってまで、結界の強度を上げた代償である。
ジャフは二度と立ち上がる事はなかった。

だが死してなお、この戦いの決着だけは見届けると言うように、その両目は見開かれていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

幼少期に溜め込んだ魔力で、一生のんびり暮らしたいと思います。~こう見えて、迷宮育ちの村人です~

月並 瑠花
ファンタジー
※ファンタジー大賞に微力ながら参加させていただいております。応援のほど、よろしくお願いします。 「出て行けっ! この家にお前の居場所はない!」――父にそう告げられ、家を追い出された澪は、一人途方に暮れていた。 そんな時、幻聴が頭の中に聞こえてくる。 『秋篠澪。お前は人生をリセットしたいか?』。澪は迷いを一切見せることなく、答えてしまった――「やり直したい」と。 その瞬間、トラックに引かれた澪は異世界へと飛ばされることになった。 スキル『倉庫(アイテムボックス)』を与えられた澪は、一人でのんびり二度目の人生を過ごすことにした。だが転生直後、レイは騎士によって迷宮へ落とされる。 ※2018.10.31 hotランキング一位をいただきました。(11/1と11/2、続けて一位でした。ありがとうございます。) ※2018.11.12 ブクマ3800達成。ありがとうございます。

家ごと異世界ライフ

ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません

青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。 だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。 女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。 途方に暮れる主人公たち。 だが、たった一つの救いがあった。 三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。 右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。 圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。 双方の利害が一致した。 ※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております

全能で楽しく公爵家!!

山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。 未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう! 転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。 スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。 ※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。 ※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

処理中です...