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【918 最後の魔力】

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「あ、やっぱりここにいた!」

孤児院の庭にある大きな一本の樹に背持たれして、ウィッカーは空を見上げていた。

「おう、ジャニス、どうした?」

「別に・・・ちょっとウィッカーと話したくなっただけ」

座ったまま顔だけ向けてくるウィッカーの隣に腰を下ろして、私も空を見上げた。

春の穏やかな日差しが心地良く、時折吹くそよ風が優しく髪を撫でてくれる。
私とウィッカーはしばらく何も話さず、澄み渡る青空を眺めていた。
とても気持ちの良い日だった。


「・・・いよいよ明日だな、結婚おめでとう」

しばらく二人で空を見上げていると、ウィッカーが口を開いて祝福の言葉をくれた。

「・・・うん、ありがとう」

明日、私はジョルジュと結婚する。
今日は結婚式の前日で、私は孤児院に泊まる事になったのだ。
師匠・・・お父さんの娘として、ジャニス・コルバートとしていられる最後の日だから。
今日はお父さんと一緒にいたくてそう決めた。

そしてもう一つ、私の幼馴染ウィッカーと、ゆっくり話したかったから。

「・・・色々あったな・・・俺、まさかジャニスがジョルジュと結婚するとは思わなかったよ」

「うん、私も自分で驚いてる。でもさ、あいつすっごいストレートに気持ち伝えてくるんだもん。言われるこっちが恥ずかしくなっちゃう事も、普通にどんどん言ってくるの。顔を合わせるたびに、あんなに気持ちを向けられると・・・そのね、私もだんだんと・・・」

なんだか惚気てしまったようで、私は頬が熱くなるのを感じた。
そんな私を見て、ウィッカーがニヤニヤと笑っている。

「アハハハハ、仲が良くてなによりだよ。うん、ジョルジュは信頼できる良い男だよ。あいつが結婚相手で俺も安心だ」

「なんでウィッカーが安心なのよ?」

チラリと目を向けると、ウィッカーは口ごもって目を反らし、ポリポリと頬を掻きだした。

「・・・え、なに?どうしたのよ?」

「あ~・・・いや、その、な・・・ほら、大事な幼馴染だからよ、それに俺達って兄妹みたいに育てられたじゃん?だから、へんな男に騙されなくて良かったって言うか・・・俺、ジャニスには絶対に幸せになってほしかったからさ・・・」


「・・・・・ぷっ!あははははははは!なにあらたまってんのよ!もー、照れちゃってさ!」

ウィッカーの背中をバシバシ叩くと、ウィッカーは、やめろって!と言いながら体を捻って逃げようとする。


嬉しかった。
ウィッカーが私を大切に想ってくれていた事が嬉しかった。
喧嘩をする事もあったけど、私達はずっと一緒だったから。
私も同じ気持ちなんだよ・・・ウィッカー。

あんたは大事な幼馴染。私の方が歳下だけど、私の方がお姉ちゃんみたいな関係だった。
いつまでも一緒だと思ってたけど、人は成長していくものだから・・・・・

変わらない関係なんてない。それに寂しさを感じる事もあったけど・・・大丈夫。
私達の関係がこの先形を変えていっても、私達はずっと繋がっている。


それが確認できたから、私は安心してお嫁に行ける。



「ねぇ、ウィッカー・・・・・一度聞いてみたかったんだけどさ」

「うん・・・・・」

「あんた・・・子供の頃、私の事好きだったでしょ?」

「え!?・・・な、なんだよ、急に」

「別にいいじゃん、最後なんだし答えなさいよ。私が10歳くらいの時だったと思うけど、なんかあんたの態度が変な時期あったんだよね。妙によそよそしいって言うかさ、なんか私の前でそわそわしてるの多くてさ・・・あの頃私の事好きだったんでしょ?」

ぐいっと距離を詰めて、ウィッカーの腕をつつくと、ウィッカーは眉を寄せて困ったように口を曲げた。少し汗もかいているようだ。これは図星だな?

「どうなの?」

さらに顔を近づけて問い詰める。
ウィッカーは思い切り目を反らしたけど、私は追求をやめない。

「答えなさいよ」

「・・・い、いや、その・・・えっと・・・」

しばらくもごもごと、歯切れ悪く口を動かしていたけれど、やがてウィッカーは観念したように話し出した。

やっぱりね!


その日、私達は沢山の話しをした
小さかった頃の思い出、ヤヨイさんが孤児院に来た日の事、リサイクルショップ・レイジェスでみんなと働いた毎日・・・時間も忘れて暗くなるまで話した


孤児院で過ごした日々は私の宝物だ
私はこの孤児院の子供になれて幸せだった。







頬にあたった冷たい感触に、私の意識が呼び戻される。

・・・雪?

薄く目を開けて、自分が今倒れている事に気が付いた。

ああ、そっか・・・・・私、皇帝に刺されて・・・・・

どのくらい意識を失っていたのだろう。
刺されたショックで・・・多分短い時間だと思うけど、気を失っていたようだ。

血が流れる度に、私の体から命の灯が消えていくのが分かる。
治療しなきゃ・・・でも、もう体が・・・動かない。

降りつける雪は、頭にも背中にもかぶさってきて、私の姿を白く覆い隠していく。



・・・・・なんで今、あの日の事を思い出したんだろう。

まったく、本当にウィッカーが私をねぇ・・・・・
ねぇウィッカー・・・もしかすると、私とウィッカーが結婚していた未来も、あったのかもしれないね。


霞む目にウィッカーが映る。ウィッカーも倒れていて動かない。
傷は塞いだけど、まだ意識は戻っていないようだ。

そしてもう一人・・・皇帝がウィッカーの前に立っていて、右手の平をウィッカーに向けている。


ダメ・・・ウィッカーは殺させない・・・ウィッカーしか、ウィッカーしかいないんだ!

「うっ・・・・・」

最後の力を振り絞って、震える右手をウィッカーへ向けた。


ウィッカー・・・・・お願い・・・・・


私の全てをあげるわ・・・・・だから、お願い・・・・・カエストゥスを護って


消えかかった私の命・・・
残った全ての魔力、そして願いを込めて、ウィッカーへ手を伸ばした。





「フッ、せっかく回復できたのに、またすぐに死ぬ事になるとはな。ウィッカー、今度こそ確実に殺してやる」

倒れ伏すウィッカーの前に立つ皇帝は、右手に氷の魔力を集中させて、鋭く尖った氷の塊を作り出した。
傷は塞がってもまだ意識が戻らず、倒れているウィッカーへ止(とど)めを宣告する。

頭に狙いをつけて構える。もう格の違いは十分に教えてやった。
この戦いに終止符をうつため、頭を潰して確実にその命を終わらせる。


「では、さらばだウィッカー」


ニヤリと笑い、皇帝が止めの一撃を放ったその時、突如ウィッカーの体が光で覆われた。
そしてその強い輝きに触れた皇帝の刺氷弾は、一瞬で消滅させられた。

「なにッ!?」

な、なんだこれは!?
ウィッカーはまだ意識を失っている!では、この光はなんだ!?いったい誰が・・・!


「・・・ジャニス、貴様、まさか・・・」


腹を刺し貫かれ、動かなくなったジャニスを見届けた。確実に死んだと思っていた。

だが実際に今この場で、ウィッカーを助けられるのは一人しかしない。
ジャニスにまだ息があったと悟った皇帝は、ぐるりと顔を向けた。


そこには血に塗(まみ)れ倒れながらも、ウィッカーへ右手を向けているジャニスの姿があった。
その手が光り輝き、魔力が放出されている事を見ると、皇帝は血走った目で怒りの声を上げた。


「この死にぞこないがぁぁぁッ!この期に及んでまだ余の邪魔をする気ぁぁぁッツ!」

やはりこいつからだ!
こいつのヒールがある限り、何度でも復活させられる。
最初に叩いておくべきは回復役、ジャニスだったのだ!

「もはや虫の息だろうが関係ない!貴様も師と同じくバラバラに斬り裂いてくれるわァァァッツ!」

右手に風の魔力を集中させ、ジャニスに向けて撃ち放とうとしたその時だった。


「ッ!?」

突然右手を掴まれた皇帝は、眉を寄せて振り返る。


「・・・貴様・・・」

「・・・皇帝」

死の淵から生還したウィッカーが、皇帝の右手を押さえていた。
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