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【907 冬の晴れた日】

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「おや?ここは・・・おお、そうじゃ、レイジェスの前にできた、新しいカフェとやらじゃったな」

今日はとてもいい天気じゃ。豪雪地帯のカエストゥスは、毎朝どこの家にも屋根に雪が積もっておる。

道に積もった雪は、朝も早くから黒魔法使い達が火魔法で蒸発させておるが、全部は流石に無理じゃ。だから道の端には雪が積もって残る。
その残った雪に朝日が反射して照らされる街並みが、ワシはとても好きじゃ。

「はて、それにしてもワシはなんで、朝っぱらから一人でここにおるんじゃ?」

カフェのテラス席に座り、見慣れた街並みを眺めていると、ふと疑問が沸いて来た。
陽の高さから時間を推察すると、多分今は午前9時頃だろう。
この時間は、いつも孤児院で子供達に読み書きを教えたり、遊び相手になっていたりするはずだが・・・なぜワシはここに?


自分がなんでここにいるのか分からない。
まだまだ気持ちは若いつもりじゃったが、これでは子供達に、ボケた?と心配されるかもしれんな。

そんな事を考えていると、ふいに目の前にカチャっという音を立てて、ティーカップが置かれる。

顔を上げると、黒いエプロン姿のウエイターらしき男が、どうぞ、と勧めるように手のひらを向けていた。香りからこれが紅茶だと分かる。

「お、おお・・・これは、ワシのかね?」

「・・・・・」

注文した覚えはない。だが他に客の姿も見当たらない。だから確認をするが、ウエイターは何も答えない。そして陽の反射加減のせいか、顔が見えなかった。

男だというのはなんとなく分かるのだが、顔を見ようとしても影になって見えない。

「ああ、おかしな質問で悪いが、ワシは、これを注文したのかね?」

「・・・・・」

もう一度確認するが、やはりウエイターは何も答えない。
そしてゆっくりと一礼をすると、何も答えないまま店内に戻って行った。



一人残されたワシは、どうしたものかと紅茶を前に腕を組んだ。
考えてみればおかしな状況じゃ。客がワシ一人というのは、まぁそういう事もあるだろう。
だが、見渡す町にも子供一人いないのじゃ。耳に痛い程の静寂じゃった。

ここは本当にワシの知っているカエストゥスなのか?

そう疑問が頭に浮かんだ時、ふいに後ろの席に誰かが座る音がした。

なんだ、ちゃんと人がいるじゃないか。
おかしな事を考えてしまったものだと、なんとなく振り返って見て、驚きのあまり言葉を失った。


オールバックの白髪交じりの髪。目元の彫りが深く鼻は高い。鼻の下から口の回りを覆っている髭。魔法使いのくせに筋肉質で、一見すると強面の印象だが、実はこの男が情に厚い事をワシはよく知っている。


「ロ・・・ロビン・・・?お主、ロビン・・・い、生きておったのか?」

パトリックの父、ロビン・ファーマーだった。
セインソルボ山の戦いで、戦死したと報告を受けていた。だが、生きていたのか?

「・・・・・」

「ロビン、お主今までなにをしておった!?生きてたんなら、なぜもっと早く城に来んのじゃ!?今がどういう時か分かっておるのか!?」

「・・・・・」

立ち上がってロビンに詰め寄るが、ロビンは何も答えなかった。
ただ、悲し気な目でじっとワシを見つめる。

「な、なんじゃ?ロビン、お主いったいどうしたと言うのじゃ?」

おかしい。何かがおかしい。
死んだと思ったロビンが生きていた。それは大変喜ばしいことじゃ。だが何かおかしい。
なぜ何も話さない?そしてなぜこんなに悲し気な目でワシを見るんじゃ?

「なぁ、ロビ・・・ん?・・・ま、まさか、そっちに座っとるのは・・・ドミニクか?」

ロビンにだけ目を奪われていたが、ロビンの向かいの席に座る男に気が付き、またしても度肝をぬかれた。なぜならそこには剣士隊隊長だった男、ドミニク・ボーセルが腰をかけていたからだ。
190cm以上の長身、ロビン以上の筋肉質な体。見間違えるはずもない。


「そ、そんなはずは・・・お、お主は確かに埋葬したのじゃぞ・・・な、なぜじゃ?」

セインソルボ山で雪に埋もれてしまい、遺体の回収ができなかったロビンと違い、ドミニクは城で戦って命を落とした。だから墓に埋める事もできた。それはつまり、万に一つも生きていたなどという可能性は無い事になる。

「・・・・・」

ワシの疑問にドミニクもまた、何も答えなかった。
ロビンと同じく、何か言いたげな、そしてとても悲しい目でワシを見つめるだけだった。

「い、いったい・・・なんじゃ?なにがどうなっておる?」

困惑するワシを他所に、次々にイスに腰をかける音が聞こえ出す。
見渡すといつの間にテラス席が埋まっていた。そしてそこに座る誰をもワシは知っていた。


「ビボル、お前まで・・・」

ブライアン・ビボル。ロビンと共にセインソルボ山で、命を落としたと聞いている。
こやつも遺体はまだ回収できていない。

「マーヴィン・・・なぜ何も話してくれんのじゃ?」

マーヴィン・マルティネス。東のブリッジャー渓谷で、テレンスと戦い敗れ散った。
ワシの盟友とも言える男じゃった。

「ルチル・・・」

ルチル・マッカスキル。北の街メディシングで、敵の指揮官と相打ちになった。
ペトラの無二の親友じゃった。


全員ワシの知っている顔であり、カエストゥスのために勇敢に戦った仲間達じゃ。
だが、この者達はみんな死んだはずじゃ。死んだ仲間達がこのテラスに集まっている


いったい何が起きている。


なぜワシは今、ここで死者に囲まれておるんじゃ?



なぜ?そもそもワシはなぜここにいる?
ワシは何かをしていたはずだ。そうじゃ、ロビンにもたった今言ったばかりではないか?
今がどういう時か分かって・・・・・今?

今、ワシは何をしていたんじゃ?
思い出せん・・・自分で口にしておきながら、思い出せん。

ただ、やらねばならん事があったはずじゃ・・・
ここでのんびり茶をすすっている時間などない!戻らねば!


戻らなければならない・・・・・だが、どこへ?


「ワ、ワシは・・・・戻らねば、なら、ん・・・・・う、ウィッカー・・・ジャニスが・・・」

ウィッカーがどうしたんじゃ?いや、ウィッカーを助けて、ジャニスを助ける・・・何から?
ワシはさっきまで・・・・・・・・・


頭が混乱してどうにかなりそうになったその時、ワシの正面に一人の女性が立った。

長く艶やかな黒い髪が少しだけ風になびく。
そこに立っているだけで一枚の絵になるような、美しい女性だった。


「・・・ヤヨイさん・・・・・」

「・・・・・」


ワシの前に立ったヤヨイさんは、生前と変わらない優しさに溢れた笑顔を見せてくれた。

不思議な感覚だった。
言うまでもないが、ワシはヤヨイさんが亡くなった事を知っている。
しかし、こうして目の前にヤヨイさんが現れても、驚きはするが受け入れている。
だから抵抗なく話しかける事ができる。


「ヤヨイさん・・・教えてくれんか?ワシはなぜここにいるんじゃ?」

「・・・・・」

「ワシはなにかをしていたはずなんじゃ、しかしそれがどうしても思い出せん。ヤヨイさん知らんかね?ワシは行かねばならんのじゃ。戻らねばならんのじゃ。しかし、それがなにか思い出せん。なぁ、知っとるなら教えてくれんか?このままではウィッカーとジャニスが危険な事だけは分かるんじゃ」

「・・・・・」

おそらくヤヨイさんは何かを知っている。じゃが、ワシが何を聞いても悲し気に微笑むだけで、言葉は返してくれなかった。


「・・・ヤヨイさん、後生じゃ!何か知っておるのなら、教えてくれ。今行かねば後悔する!きっとワシは後悔する!だから頼む!ウィッカーとジャニスが待ってるんじゃ!お願いじゃ!」


テーブルに両手をついて頭を下げると、ワシの肩にそっと温かな手が触れた。
顔を上げると、ヤヨイさんが目に涙を浮かべながら、静かに口を開いた。それは耳ではなく、心に直接語り掛けてくるような声だった。


・・・ブレンダン様・・・・・本当に戻りたいのですか?


「・・・戻らねばならんのじゃ」

ヤヨイさんは目を閉じて小さく頷いた。
そして大粒の涙を零すと、唇を震わせながら言葉を紡いだ。


・・・ブレンダン様・・・戻れば、あなたは三十秒程の時間を得る代わりに、とても残酷な死を迎えます・・・・・それでもよいのですか?



「・・・どういう、意味じゃ?」

不吉な言葉に声が固くなる。ワシはここに来る前、いったいなにをしていたと言うんじゃ?
残酷な死?三十秒?


・・・ブレンダン様の肉体は死にかけています。その肉体に魂を戻しても、またすぐに死ぬ運命なのです。もう一度あの苦痛を味わう事になるのです・・・・・本当に、よろしいのですか?


「ワシの肉体が、死にかけ?・・・・・もう一度、あの苦痛・・・うっ、そ、そう言えば・・・!そ、そうじゃ!ワシは、確か・・・皇帝!そうじゃ!思い出したぞ!」


ワシは皇帝と戦っておったんじゃ!そして・・・背中から貫かれて・・・・・


「じゃ、じゃあ・・・今の、ワシは・・・ワシは・・・・・」

記憶が蘇ると、今度は体が震えてきた。そうじゃ、胸から生えた皇帝の腕・・・
ワシの血肉で真っ赤に染まった悪魔の腕が、鮮明に思い出される。


・・・私はこのまま、安らかにお休みいただきたいと思っております。


ヤヨイさんが、心からワシを労わっているのが伝わって来る。
そうか・・・だから、みんな悲し気な目でワシを見ておったのか。

ワシにこれ以上、苦痛を味わってほしくないから・・・・・・

「・・・ありがたいのう・・・・・ワシは、本当に幸せ者じゃ」


・・・ブレンダン様


「だがの・・・それでも行かねばならんのじゃ。ウィッカーに、渡すものがあるんじゃ」

三十秒あれば十分じゃ・・・・・

「ヤヨイさん、頼む」

もう一度死ぬために戻る。馬鹿げているじゃろうな。
しかし、それでもウィッカーに渡さねばならんのじゃ。皇帝に勝つ為の可能性を。


・・・承知、しました・・・・・・・・


涙に濡れた瞳で、悲し気に微笑むヤヨイさんを最後に、ワシの意識が遠くなった。







「・・・ぐっ・・・ごふっ・・・・・」

頬に触れる冷たい感触に、自分が地面に倒れている事に気が付いた。
口中に広がる鉄の匂い、そして咳と一緒に吐き出された真っ赤でドロリとしたもの、それが自分の血液だと理解する。
体に力が入らない。目の前が霞むしひどく寒い。体から流れる血が、確実に自分の命をも流しているのだ。


「クックック、ブレンダン、胸を貫かれたのにしぶといな?だが、もう時間の問題か?あと何秒持つかな?十秒か二十秒か?」

頭の上からかけられる皇帝の嘲笑う声も、今はとても遠く感じた。

ワシに残された時間は三十秒・・・・・
幸いな事に、ウィッカーは手を伸ばせば届くところにいた。

仰向けに倒れている。背中から赤い煙が立ち昇っているが、あれは血煙か?
意識は無いのかもしれない。


「う・・・ウィ、ッカー・・・・」

消えてしまいそうな意識をつなぎ止め、震える右手を伸ばす。地面を掴み体を引っ張ると、今度は左手を伸ばす。

「・・・ブレンダン?貴様、まだ動けるのか・・・」

皇帝は驚愕した。
背中から胸を貫いたのだ。即死しなかっただけでも驚かされたのに、動けるとは思いもしなかった。


ブレンダンにとっての幸運は、皇帝がここで止めを刺さなかった事だった。
まさか動けるとは思いもせず、毒気を抜かれてしまったのだ。そして今更ブレンダンが何かをできるとは思っていない。瀕死の体を動かして手を伸ばすのは、弟子のウィッカーへだった事も黙って見ている原因だった。

「フッ、最後に弟子の顔でも見たいのか?よかろう、冥途の土産にそのくらいは許してやろう」

皇帝はブレンダンの最後を見届ける事を選んだ。




・・・ウィッカー・・・これを、渡したら、どうなるか、ワシにも、分からん・・・・・

右手を伸ばし、倒れているウィッカーの右手を力いっぱい握ると、ブレンダンの体が青い光を放出し始めた。

「なっ?・・・ブレンダン、貴様なにを!?」

死にかけのブレンダンの体から、突然生命力に溢れた魔力が放出されて、皇帝は目を開いた。

「ウィッカー・・・・・ワシの魔力をお前に託す・・・受け取って、くれ・・・・・」

黒魔法使いのお前に、ワシの生命力、そして青の魔力を受け渡す。
系統の違う魔力は本来渡す事はできん。だが生命力と一緒なら・・・お前ならあるいは・・・・・

どのみちこのままでは皇帝に殺される。だからお前に託す!


ワシの全てをお前に託す!


ブレンダンの全身から発せられる青い光が、まるでウィッカーに流れ込むようにして消えていった。
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