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【900 反撃と怒り】

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「ぐッ・・・!」

「ほう、このタイミングで躱すか?」

咄嗟に背を反らして、皇帝の刺氷弾を回避する。顎先を氷の刃が掠め、一筋の鮮血が飛び散った。
背を反らしたまま両手を地面に着けると、はずみを付けて両手で地面を弾き、大きく後方に飛び退いた。

「ずいぶんと身軽な事だな。貴様が本当に魔法使いなのか、疑ってしまう程だ」

両手を打ち鳴らし、皇帝は嫌味のない口調で俺の動きを称賛した。
己が格上だという自信からだろう、敵である俺に本当に感心しているように見える。

「・・・さすがに、鋭いな」

顎から滴る血液を右手の甲で拭う。際どいタイミングだった。
瞬き程の一瞬でも遅れていれば、あの刺氷弾は俺の顔面を貫いていたはずだ。

「さぁ、次は何を見せてくれるんだ?まさかこれで終わりではあるまい?」

口の端を持ち上げて笑う皇帝からは、強者としての余裕がありありと浮かんで見えた。

なんでもやってみろ。その全てを撥ね返してくれる。
それは言葉ではなく態度で見せていた。


強い・・・やはり桁違いに強い。

魔力だけの話しじゃない。
俺が苦労して見に付けた風解きでさえ、皇帝は一度受けただけでモノにした。
対応力がまるで違う。

俺は幼い頃から天才と呼ばれてきた。
王子には及ばないが、魔法の才能もあったと思う。いつしか大陸一の黒魔法使いとまで呼ばれるようになった。

その俺だからこそ、この短い攻防で十分に分かった。
やはり皇帝は俺よりもはるかに強い。


「・・・だが、それでも勝たせてもらう」

両手に風の魔力を集中させる。

「・・・こりずにまた風の拳か?ガッカリさせてくれる」

すでに破られた技に望みを繋ぐ事が、皇帝の目に失望として映った。

「やってみなきゃ分からねぇぞ!」

再び地面を蹴って皇帝へと迫る!

「ふん、それしか能が無いのであれば・・・もう死ぬがいい!」

失望の息を吐き、皇帝は左手を振るった。


「っ、火球か!?」

皇帝の振るった左手から放たれたのは、初級火魔法の火球(かきゅう)。
だが皇帝の放つそれは、大きさも強さも初級魔法の域をはるかに超えていた。

「ハァッ!」

内から外へ、風を纏った右拳で払い、火球の一つを弾き飛ばす!

「ぐっ!」

お、重い!火球を払った右手がビリビリと痺れてくる。
風を拳に纏わせていても、骨まで響いて来る衝撃に、思わず顔をしかめてしまう。

「ぐっ・・・!オォォォォーーーッ!」

左の拳、右の蹴りで、残りの火球を叩き落とす。
一撃一撃がとてつもなく重い。こんなもの初級魔法の威力ではない。
なんとか叩けたが、そう何発もは無理だ。
やはり俺の勝機は、皇帝が俺を侮り受けに回っている今しかない!

「ウラァァァァーーーッ!」

皇帝の懐に入り込み、風を纏った右の拳を真っすぐに繰り出す!

「ふん、無駄だと言うのが分からんのか?」

皇帝の顔面に突き刺さるはずだった俺の拳は、皇帝の風の盾によって防がれる。

「また風で風を解いてみるかね?だが、余の魔力操作の方が上だぞ」

「んなこたぁ分かってんだよッ!」

止められる事は予想通り。そしてここからが勝負だ!

左拳を振り被って打ち付けると、続けて右の膝蹴りを叩き込む!

「ハッ、無駄だ無駄だ、そんな攻撃・・・!?」

「ダラァァァァァーーーーーッ!」

左の上段蹴り!右の肘打ち!左の掌打!右の直突き!右の中段蹴り!

「な、くっ、きっ貴様!?」

「オラァァァーーーーーッ!」

左の前蹴りが皇帝の風の盾を突破した!
腹にめり込んだ確かな手応え、気合一声と共に皇帝を蹴り飛ばす!

「ぐっばぁぁぁーーーッ!」

大口を開けて唾液を吐き散らし、皇帝は背中から地面に叩きつけられる。

どうだ!俺がお前を上回っているのは運動量だ!
お前が捉えきれない程の連撃を喰らわしてやれば、いずれは風解きも間に合わなくなる。

「オォォォォォーーーーーッ!」

間髪入れずに距離を詰める!ここだ!ここで決める!

倒れている皇帝に馬乗りになり、左右の拳を叩きつける!
肉を潰し、骨を叩く感触が拳を通して伝わって来る。右の拳が皇帝の頬を打ち、左の拳が皇帝の鼻を潰す!

俺が一発叩きつける度に、皇帝の体がビクリと反応して跳ね上がる。
俺と皇帝はあくまで魔法使いだ。だが俺は鍛えた。体力型にも負けないくらい、いや、体力型よりもずっと鍛えてきた。
ジョルジュとリン姉、俺を鍛えてくれた二人が、俺を恥じないくらいに鍛えたつもりだ。

「ウォォォォォォォーーーーーッ!」

連打!息継ぎすらせずに右と左の拳を叩きつける!
一瞬の隙も見せない。反撃の機会は一切与えない。
このまま皇帝の意識を飛ばし、そしてとどめ・・・・・


「調子にのるなよ」

「なっ!?」

左を叩きつけて、右を振り被った瞬間だった。
皇帝の全身から発せられた凄まじい魔力、突風なんて生易しいものではない、体勢を維持できない程の強烈な圧に体が吹き飛ばされる。

「ぐぅッ!こ、これは・・・魔力、解放か」

天井まで吹き飛ばされるが、体を捻り回転させて両足で着地をする。

魔力開放。属性の無い純粋な魔力だけをぶつける技だ。
利点は、どの属性魔法にも通用する事と、魔力を発するだけだから手を使う必要がない。

「ここで、魔力開放とはな・・・だが、相当なダメージは・・・?」

あと一歩で倒せるところまで追い込んだ。
数十発は殴りつけた。このダメージは、この戦いの中で抜けるものではない。

仕切り直しに拳を構えた俺だが、正面の皇帝の様子が違う事に気付き、眉を潜めた。


「・・・やってくれたじゃねぇかウィッカー、貴様、ふざけやがって・・・調子に乗りやがって・・・」


その顔にはハッキリとしたダメージが見て取れた。
瞼や唇は切れて血が流れ出て、額や頬は赤く腫れあがっている。
しかしその目は、予想外の攻撃を食らわせた俺への怒りと殺意に満ちていた。歯をギリギリと噛みしめ醜く顔を歪めるその姿は、さっきまで余裕に満ちた顔を見せていた男と、同一人物とは思えない程だった。


「ずいぶん乱暴な言葉遣いだな・・・それが本性か?」

風を纏った拳を構え、皇帝の攻撃に備える。
俺と皇帝との間の距離は、6~7メートル程度だろう。
この距離ならば、おそらく初級魔法の連発でくるはずだ。


「うるせぇよ。もう遊びは終わりだ」

だが、皇帝の右手に集められた魔力は、初級魔法の比ではなかった。

「なっ!?皇帝、貴様まさか!?」

「消し飛べ」


中級爆発魔法 爆裂空破弾


一瞬の後、光輝く巨大な破壊のエネルギー弾が、玉座の間を吹き飛ばした。
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