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【891 カエストゥス 対 帝国 ㉕ 父と娘】

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雪の積もる戦場で、カエストゥス軍が治療に陣を取っている場所に入った。

爆発魔法や火魔法、無数の矢が飛び交う戦場だが、青魔法使いが結界で防ぎ、白魔法使いが回復させる。安全に治療に専念できる場所を確保していたのだ。

どこに顔を向けても、白魔法使いは手一杯だった。
治しても治しても、次から次へと負傷者が運ばれて来るからだ。これでは白魔法使い達の魔力が持たないだろう。しかしやるしかない。魔力が続く限り一人でも多くの兵を助ける事が、彼らの役目だ。


「師匠・・・」


ふいに後ろからローブを掴まれて足を止める。
振り返るとワシのもう一人の弟子、ジャニスが俯きながら立っていた。

白魔法使いはエロールのような一部の例外を除き、大半の者がここで回復だけを行っている。
ジャニスもここで負傷兵の治療にあたっている事は分かっていた。

そしてワシはここに、ジャニスに会いに来た。

「ジャニス・・・ウィッカーが危ういかもしれん。さっきの凄まじい魔法を見たじゃろう?あれは風と氷の合成魔法じゃ。一度も成功した事の無い魔法に懸ける程、追い詰められたんじゃろう。ワシとお前でウィッカーを助けるんじゃ。一緒に来てくれ」

ジャニスの肩に手を置くと、その体が震えている事に気が付いた。
静かに顔を上げたジャニスの、涙で濡れた目を見てワシは言葉に詰まった。

「師匠・・・私・・・私・・・・・」

「・・・ジャニス、泣いていいんじゃよ」

そっとジャニスを抱き寄せる。
ジャニスは一瞬だけ堪えた後、ワシの胸に顔を埋め、声を押し殺してすすり泣いた。


ジョルジュの事はワシも悔しくてしかたない。
あの巨槍の敵と相打ちになった事は伝え聞いた。あの時、エリンと二人で先行させる事を止めるべきじゃったのかもしれん。

だが、ジョルジュ達が先行しなければ、ワシもウィッカーも魔力が持たなかっただろうし、軍にも大きな被害が出ていたであろう。軍を預かる立場として、個人の感情よりも全体を見れば、あの場はあの判断が正しかったと思う。


だが・・・・・・・

ジャニスの・・・娘の泣き声を聞く事が、これほど辛いものだとは思わなんだ。

孤児院をやっていれば、子供に泣かれた事なぞいくらでもある。
だがこれは違う。この涙に言える言葉をワシはもっておらん。

ジョルジュを、愛する夫を亡くしたジャニスに、ワシが何を言えるじゃろうか?


「う・・・うぅ・・・お、お父さん・・・うぅ・・・あぁぁぁぁぁ・・・」

お父さん

「・・・ジャニス・・・・・」


ぐっと目頭が熱くなった。
ジャニスがワシの事をお父さんと呼ぶのは、結婚式以来か・・・・・

照れ臭いからと言って、普段はワシの事を師匠と呼んでおるが、気持ちが高ぶった時にワシをお父さんと呼んでくれる。

ワシにはジャニスを、娘を抱きしめる事しかできん

だからせめて親として受け止めよう
娘の涙も悲しみも、全部ワシが受け止めよう


「ジャニス、泣いていいんじゃ・・・ワシが全部受け止めるから、泣いていいんじゃ」

「うぅ・・・うぁぁ・・・うぅぅ・・・・・お、おとうさん・・・・・・」


ジャニス・・・あの日、孤児院の前で置き去りにされたお前を抱いたあの日から、ワシはお前の父親として生きて来た。

親が子供に願うのは、いつも元気で笑っていてほしい。それだけじゃ。

だからワシが護ろう。
ワシがこの命に代えてもお前は生きて帰してみせる。

この老いぼれの命、お前のためならいくらでも使おう。

すすり泣くジャニスを強く抱きしめた。

その涙が止まるまで、ずっと・・・・・
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