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【886 カエストゥス 対 帝国 ⑳ エロールとフローラ ⑤】

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「先輩、どっちがいいと思いますか?」

白いジップアップのパーカーと、深い紺色のカーディガンを手にしたフローラが、俺に感想を求めた。

今日は朝からフローラにあっちこっちと付き合わされている。
休日はのんびり寝ていたいのだが、フローラは俺と休みを合わせてくるので、のんびり寝ているなんて全然できない。朝9時頃にはうちに来て、外へ連れ出されるのだ。

フローラ曰く、俺はほっておくと一日中家に引きこもってカビが生えてしまうから、自分が外に連れ出して健康にしてあげてるんだそうだ。ずいぶんな言われようだ。


「あ~・・・どっちもいいんじゃねぇか?」

両手に持った服を見比べて、俺は感じたままを口にした。

「先輩、真面目に答えてますか?」

俺の返答が気に入らなかったのか、フローラは眉を寄せて、ジロリとした目を向けてきた。

「おう、ちゃんと見て考えたぞ」

「じゃあ、どっちでもいいっておかしくないですか?」

フローラの返事に、俺は誤解があったと気が付いた。
軽く息をついて、あらためて感想を伝える。

「あ~、違う違う。どっちでもいいってんじゃなくて、どっちもいい、だ。両方とも似合うと思うぞ。どっちも買っちまえよ」

「え?あ、そうだったんですか?どっちでもじゃなくて、どっちも・・・そうでしたか。ん~、でもちょっと高いんだよなぁ~、二着で二万イエンくらいになるし」

両方似合うと言われたのが嬉しかったのか、フローラは少し頬を緩めると、両手に持った服を見比べて悩み始めた。

「・・・フローラ、お前今日俺の家に来て、メシ作れるか?グラタン」

「え?あ、はい、元々先輩の家に行くつもりでしたけど?」

いつもの事でしょう?そう言わんばかりに、きょとんとした顔を向けて来る。
確かにだいたい帰りはうちに来てメシを作ってくれるけど、作ってもらって当たり前だと思うのは違うだろう。

俺はフローラの両手から、白のパーカーと、紺のカーディガンを取った。

「じゃあ、交換だ」

「え?交換って・・・えぇー!?」

それだけ言って、俺がスタスタとレジに向かうと、一瞬遅れて俺の言葉の意味を理解したフローラが、慌てた様子で追いかけて来た。

「ちょっと、先輩!駄目ですって!ご飯作るから服買ってもらうなんて、差がありすぎます!悪いですよ!」

後ろからシャツを引っ張られるが、俺は足を止めないで顔だけフローラに向けた。

「別にいいって、それに今日だけの話しで言ったんじゃねぇよ。俺が今まで作ってもらった分を考えれば、二万イエンじゃ全然足りねぇだろ?たまには返させろよ」

「で、でも・・・それは私が好きで作ってるわけで・・・」

ここまで言っても納得できず、遠慮しているフローラに、俺は足を止めて体を向けた。

「俺も好きで買うんだよ。いいじゃねぇか?どっちも似合ってんだから、どっちも着ろよ。な?」

「先輩・・・はい、ありがとうございます!じゃあ、お言葉にあまえさせてもらいます」



翌日、フローラはさっそく白のパーカーを着て遊びに来た。

くるくる回って感想を聞いて来るので、似合ってる似合ってると、ちょっとテキトーな感じで言ったのだが、先輩テレなくていいんですよ?と言って、俺の背中をつついてきた。


「先輩、また買い物付き合ってくださいね」
「あ~、時間があったらな」

ニコニコと笑顔を向けてくるフローラを見て、心が温かくなってくる。

「温泉にも行きましょうね」
「あ~、寒くなってきたしそれもいいな」

いつもいつも俺の周りをウロウロしてて、うるさく感じる時もあったけど、
今じゃそれが当たり前になって、こいつがいないとつまらなく思えてきた。

いつの間にか俺の生活に入り込んできたフローラは、いつの間にか俺の心も掴んでいた。


「えへへ、約束ですよ!楽しみにしてます!」








フローラ・・・・・悪い・・・・・約束、守れねぇわ

お前だけは生きてくれ・・・・・・・





反作用の糸の両端に込めた魔力を黒魔法に変換する。
そして両端を合わせて魔力を解放する。

そうして起こった爆発は、爆発の上級魔法、光源爆裂弾さえも上回るものだった。

これは本来使う事の無い手段だった。
強過ぎる爆発ゆえに、自分自身も巻き添えをくらい助からないからである。

つまり、これは自爆だった。

反作用の糸に改良を施していく過程で、この威力に気が付いたエロールは、これは決して使う事はないだろうと思った。
そして、手を加えれば威力を下げる事もできた。だが、エロールは威力を下げる事はせず、そのままの状態で残した。


これは切り札だ。帝国との戦争で、どうやっても勝てない相手と戦う事があるかもしれない。

その時は・・・・・


エロールの心には、一人の少女が思い描かれた


フローラ・・・・・

もしお前に危険がせまったら、俺は躊躇なくこれを使う

お前は俺を恨むかもしれない
けど、俺はお前には死んでほしくねぇんだ

だから・・・許してくれ







「嫌アァァァぁぁぁー----ッツ!」

フローラの悲鳴が響き渡った。
爆発による巨大な黒煙は濛々と空へ立ち昇り、上空からは火の粉が舞い落ちて来る。

立ち上がろうとして、脇腹へ鋭い痛みが走りその場に倒れ込んだ。
だが顔は前を向いたまま、愛しい恋人を求めて爆炎の中へと手を伸ばす。

その時、炎が大きく撥ね上がり、空へ上る炎をより一層強く大きくした。


これ程強く燃え盛る炎の中、人が生存できるはずがない。


フローラも分かっていた。
この切り札は以前エロールから聞いた事があった。

同じ魔道具を使うフローラに、反作用の糸の説明をした時、両端に付けた状態で魔力を黒魔法に変換はするな、と。

なぜ?と問いかけたフローラに、エロールは、破壊力が強過ぎて危ないからだ。そう答えた。
フローラの反作用の糸は、威力を弱くしてあるとは言っていたが、それでも危険だからと、絶対に使わないと約束をさせられた。

この時フローラは気が付いた。
エロールは、自分の反作用の糸は破壊力を強くしてあると。だからフローラは約束をさせた。
エロールも決してそれは使うなと。

エロールは分かったと約束をした。


「エ、エロール、くん・・・や、約束、したじゃ、ない・・・・・う、うそつき・・・うそ、つ、き・・・・・・うぅ・・・うあぁぁぁぁぁぁー----ーッ!」


フローラの瞳から大粒の涙がこぼれる。一度溢れ出た涙は止める事ができず、フローラは泣き崩れた。

戦場で泣き出すなどあってはならない。いつ後ろから刺されるかも分からないのだから。
だがこの時のフローラは、それでいい、もうどうなってもいい。心が壊れる程の辛さに自分の命を投げ出していた。



「フローラ・・・・・」


うずくまってすすり泣いているフローラの背中に、そっと声がかけられた。
しかしその声はフローラの耳には届いていない。
今は何も考えられない。考えたくなかった。


アンソニーの火柱を受けて、ローブはボロボロに焼け焦げていた。切れ端が体にひっかっかっているような状態である。
ひどい火傷を負っていたが、あらわになった上半身には火傷の跡など残ってなく、ヒールによって完治されていた。
黒いロングパンツも腿や脛が焼け切れているが、そこから見える皮膚に傷が残っていない事から、フローラの治癒が完璧だったと証明していた。

意識を取り戻したウィッカーは、状況からフローラが自分を救ってくれたと察した。

そして何があったのかは分からない。ただ、すぐそこで大きな爆炎が上がっている事。
フローラが泣き崩れている事。自分があの状況で助かり、回復されている事から、誰かが自分の代わりにアンソニーと戦った。そしてその誰かは・・・・・おそらくエロール。


「・・・フローラ、俺を助けてくれたんだな・・・ありがとう」

そっとフローラの背中を撫でた。
返答は無い。フローラはただすすり泣き、ウィッカーに顔を向ける事もない。


これ以上かける言葉は見つからなかった。

フローラのこの様子を見るに、おそらくエロールはアンソニーと相打ちにもっていったんだ。
俺のせいだ。俺が弱いから・・・俺がもっと強かったら・・・・・

情けなくて、悔しくて・・・どうしようもないやるせなさに打ちひしがれそうになる。
握り締める拳から、ぬるりとした液体が滴り落ちた。


・・・エロール、せめてお前の遺体だけでも・・・・・!?


そう思って、目の前の爆炎に顔を向けたその時・・・・・俺は驚きのあまり目を見開いた。


「なっ・・・んだと?」


燃え盛る炎の中から、うっすらと人影が見えた。
それは一歩一歩、ゆっくりとこっちに近づいて来た。

そして小さかった影が大きくなり、そいつは炎の中から姿を現した。


「て・・・てめぇ・・・」

身構えて、そしてもう一度驚いた。

これは・・・こいつ、ここまで・・・・・


首が折れたかのように頭を下げ、両手はだらりと下がっている。
まるで力が入っていない両足は、今にも崩れ落ちそうにフラフラと頼りない。

そして聖職者のようだった白いローブは焼け落ちたらしく、僅かに切れ端が体に巻き付いているだけだった。


「エロール・・・お前、これだけの技を・・・」

この男をここまで追い詰めたのか・・・・・


ゆらゆらと、まるで幽鬼のようにおぼつかない足取りのアンソニーは、どこを見ているのか、俺に気づいているのかも定かではない。

その姿はもはや死に体にしか見えないが、炎を背にした男からは、不気味なオーラが感じられた。


「・・・フローラ、ここを・・・動くな」

それだけ言ってフローラの前に出ると、俺は目の前の男に向かって拳を握り構えた。


エロール・・・お前に救われたこの命、決して無駄にはしない。
後は任せろ・・・こいつは、俺が倒す!


「オォォォォォォォーーーーーーッ!」

声を張り上げ魔力を放出してぶつけると、目の前の男はグルッと頭を上げて、その真っ赤な目を見せた。
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