上 下
896 / 1,135

【885 カエストゥス 対 帝国 ⑲ 切り札】

しおりを挟む
「う・・・うぅ・・・」

倒れながらもフローラは、自分の左脇腹に手を当て回復の魔力を流し始めた。
傷口を焼く痛みにうめき声が出る。

これまでの戦いを見て分かった。
この聖職者のような白いローブを着た金髪の男は、一見すると火魔法にも見えるが、その実は火の精霊を操っている。魔法とは似て非なる力だ。正体不明の攻撃で、エロールも倒れさせた。

この男を水色のマフラー、魔道具反作用の糸で殴り飛ばした。自分の攻撃がまともに入るとは思っていなかったが、アンソニーの顔面に攻撃を直撃させる事ができ、殺される寸前だったエロールを救う事はできた。
 
しかしその代償として、自分は腹に穴を空けられた。
何をされたのか見えたわけではない。だが自分の体が受けたダメージから推測して、おそらくあの熱線だろう。あれを極めて細く、そして鋭く撃ち出したのだ。

まるで火を押し当てられたような、強い痛みと熱さに襲われ、目を開ける事もできなかった。
唇を噛みしめ、癒しの魔法が一秒でも早く、この痛みを取り除いてくれる事だけを祈った。





「・・・てめぇ・・・やってくれたなぁ!」

熱の痛みなんて吹き飛んでいた。
ただ俺の目の前でうずくまり、腹に手を当てて苦しそうにうめき声を漏らしているフローラの姿が、俺の怒りの導火線に火を付けた。

「・・・貴様、また魔力が増したか?いったいどういう事だ?ここまで感情に左右される魔法使など、初めてだ」

怒りを爆発させたエロールの体から、限界を超えた魔力が放出された。
アンソニーはエロールを高く評価していたが、想定以上の魔力に驚きは隠せなかった。

「うっせぇッ!ぶっ殺してやるッ!」

エロールは水色のマフラーを握り締めて魔力を流し込むと、大きく振りかぶって飛び掛かった!



この時、エロールの魔力は、極めて高いレベルに引き上げられていた。

怒りが限界を超えた魔力を引き出し、反作用の糸に込められた破壊の魔力は、上級魔法 光源爆裂弾と遜色がない威力に高められていた。
いかに火の精霊に護られているとはいえ、まともにくらえば無事では済まない。
アンソニーに届きうる一撃を持っていた。

だが、エロールは冷静ではなかった。


「その魔力っ!・・・フンッ!」

真正面から飛び掛かってきたエロールに対して、アンソニーはその体から炎を噴出させた。

「うッ、ぐわァー--ッ!」

アンソニーに一撃を食らわせる。怒りをぶつける事だけに捕らわれたエロールは、反撃を受ける事も、防御も考えずに、ただアンソニーにぶつかっていった。

その結果炎の噴射をまともに受けたエロールは、そのまま吹き飛ばされ、受け身も取れずに地面に叩きつけられた。

「・・・なかなかの魔力だった。今の攻撃を受ければ、火の精霊に護られているとは言え、私にもダメージを与えられていたかもしれんな」

両手両足を投げ出すようにして倒れているエロールに向かい、アンソニーはゆっくりと一歩一歩、足を進めて近づいて行った。

「だが、貴様は冷静ではなかった。なんの策もなく、ただ正面から飛び掛かってくるなど愚かとしか言えんな。こうして今、貴様が私の前に倒れ伏しているのは必然だ」


本人に自覚があったかどうかは分からない。
だがこの時のアンソニーは口数が多く、ほぼ決着がついたエロールに対し、貶める言葉を浴びせていた。
自分の方が勝っていると確信しているアンソニーにとって、それは必要の無い行為であった。

ではなぜこのように、アンソニーはエロールを貶めるのか?
本人に自覚はなかったのだろう。
だがエロールの気迫がアンソニーの無意識化に、僅かながらでも恐怖を与えていたのかもしれない。



「ぐっ・・・うぅ・・・あ・・・」

炎の噴射によって、エロールの上半身は真っ赤に焼けただれていた。起き上がるどころか、身じろぎ一つできない。体を焼かれる激しい痛みに声をもらしながら、震える手を自らの胸に当てて、癒しの魔法を使う。

しかし、回復する時間などあるはずも無かった。



「諦めろ。これで終いだ」

エロールの前に立ったアンソニーは、エロールの額に指先を向けて冷たく言い放った。
火が指先に集約されると、小さいが高密度で赤々と燃える炎の塊となった。


「お前を殺したら、次はあそこの女に止めを刺す。そしてあの死にぞこないも始末したら、カエストゥスは皆殺しだ」


アンソニーの目が赤く光り、指先から熱線が撃たれようとしたその時、倒れたままのエロールが持ち上げた水色のマフラーが目に入り、アンソニーは技を止めた。


「・・・なんのつもりだ?」

口から出た言葉が硬かったのは、警戒の現れかもしれない。

最後の攻撃はぶつける事すら適わず、無残にも返り討ちにあった。
上半身にまともに受けた炎の噴射で、大きな火傷を負い、まともに体を動かす事も敵わない。
もはやこの男の命は、アンソニーの指先一つで決められるのだ。

それなのに・・・・・なぜこいつの目は死んでいない?


「俺の魔道具、半作用の糸、は・・・魔力を変換して・・・他系統の魔法を、使う事が、できる・・・」

苦しそうに浅い呼吸を繰り返し、この男は突然自分の魔道具の説明を口にし出したのである。
アンソニーはエロールの意図が読めず、そのまま話しに耳を傾けてしまった。

「魔力を込めて・・・使うんだけどよ・・・端と端を合わせて、魔力を流せば、もっと強い・・・結界もできる・・・」


普段は片端だけを使用するが、この状況でエロールは両端を手にした。

両端を青魔法にもできるし、黒魔法にも変換できた。あえて口に出さなかったのは、ほんの少しでもアンソニーの警戒心を減らすためだろう。

そしてエロールは、両端を黒魔法の力に変換して強く握りしめた。


「・・・何が言いたい?」

途切れ途切れの言葉、そして要点が伝わってこない事に、アンソニーが眉根を寄せて問い詰める。


「エ、エロール君!ダ、ダメ・・・ダメだよ!」

話しの内容が聞こえたフローラは、脇腹を押さえながら顔を向けた。
そして痛みに顔を引きつらせながら、精一杯の声で叫んだ。

その表情が青ざめて見えるのは、脇腹を貫かれただけが理由ではない。
これからエロールが何をするのかを察し、血の気が引いたのだ。


「エロール君やめてぇーーーーーーーーーッツ!」


エロールはマフラーの両端を握り、端と端を付け合わせた。


「なッ!?き、貴様ッ!?」

「・・・へっ・・・俺と一緒に死ね」


エロールが不敵な笑みを見せたその瞬間、水色のマフラーが目も眩むほどの光を放ち、大爆発を引き起こした。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

ブラックボックス 〜禁じられし暗黒の一角〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:249pt お気に入り:5

私の二度目の人生は幸せです

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:1,392pt お気に入り:4

異世界でもモブだったので現実世界で無双します

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:299pt お気に入り:0

10代の妻を持って若い母親にさせる話①

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:697pt お気に入り:2

ちょっとハッとする話

ホラー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:7

管理人さんといっしょ。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:271pt お気に入り:55

小説に魅入られて人に焦がれて

現代文学 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

処理中です...