上 下
896 / 1,263

【885 カエストゥス 対 帝国 ⑲ 切り札】

しおりを挟む
「う・・・うぅ・・・」

倒れながらもフローラは、自分の左脇腹に手を当て回復の魔力を流し始めた。
傷口を焼く痛みにうめき声が出る。

これまでの戦いを見て分かった。
この聖職者のような白いローブを着た金髪の男は、一見すると火魔法にも見えるが、その実は火の精霊を操っている。魔法とは似て非なる力だ。正体不明の攻撃で、エロールも倒れさせた。

この男を水色のマフラー、魔道具反作用の糸で殴り飛ばした。自分の攻撃がまともに入るとは思っていなかったが、アンソニーの顔面に攻撃を直撃させる事ができ、殺される寸前だったエロールを救う事はできた。
 
しかしその代償として、自分は腹に穴を空けられた。
何をされたのか見えたわけではない。だが自分の体が受けたダメージから推測して、おそらくあの熱線だろう。あれを極めて細く、そして鋭く撃ち出したのだ。

まるで火を押し当てられたような、強い痛みと熱さに襲われ、目を開ける事もできなかった。
唇を噛みしめ、癒しの魔法が一秒でも早く、この痛みを取り除いてくれる事だけを祈った。





「・・・てめぇ・・・やってくれたなぁ!」

熱の痛みなんて吹き飛んでいた。
ただ俺の目の前でうずくまり、腹に手を当てて苦しそうにうめき声を漏らしているフローラの姿が、俺の怒りの導火線に火を付けた。

「・・・貴様、また魔力が増したか?いったいどういう事だ?ここまで感情に左右される魔法使など、初めてだ」

怒りを爆発させたエロールの体から、限界を超えた魔力が放出された。
アンソニーはエロールを高く評価していたが、想定以上の魔力に驚きは隠せなかった。

「うっせぇッ!ぶっ殺してやるッ!」

エロールは水色のマフラーを握り締めて魔力を流し込むと、大きく振りかぶって飛び掛かった!



この時、エロールの魔力は、極めて高いレベルに引き上げられていた。

怒りが限界を超えた魔力を引き出し、反作用の糸に込められた破壊の魔力は、上級魔法 光源爆裂弾と遜色がない威力に高められていた。
いかに火の精霊に護られているとはいえ、まともにくらえば無事では済まない。
アンソニーに届きうる一撃を持っていた。

だが、エロールは冷静ではなかった。


「その魔力っ!・・・フンッ!」

真正面から飛び掛かってきたエロールに対して、アンソニーはその体から炎を噴出させた。

「うッ、ぐわァー--ッ!」

アンソニーに一撃を食らわせる。怒りをぶつける事だけに捕らわれたエロールは、反撃を受ける事も、防御も考えずに、ただアンソニーにぶつかっていった。

その結果炎の噴射をまともに受けたエロールは、そのまま吹き飛ばされ、受け身も取れずに地面に叩きつけられた。

「・・・なかなかの魔力だった。今の攻撃を受ければ、火の精霊に護られているとは言え、私にもダメージを与えられていたかもしれんな」

両手両足を投げ出すようにして倒れているエロールに向かい、アンソニーはゆっくりと一歩一歩、足を進めて近づいて行った。

「だが、貴様は冷静ではなかった。なんの策もなく、ただ正面から飛び掛かってくるなど愚かとしか言えんな。こうして今、貴様が私の前に倒れ伏しているのは必然だ」


本人に自覚があったかどうかは分からない。
だがこの時のアンソニーは口数が多く、ほぼ決着がついたエロールに対し、貶める言葉を浴びせていた。
自分の方が勝っていると確信しているアンソニーにとって、それは必要の無い行為であった。

ではなぜこのように、アンソニーはエロールを貶めるのか?
本人に自覚はなかったのだろう。
だがエロールの気迫がアンソニーの無意識化に、僅かながらでも恐怖を与えていたのかもしれない。



「ぐっ・・・うぅ・・・あ・・・」

炎の噴射によって、エロールの上半身は真っ赤に焼けただれていた。起き上がるどころか、身じろぎ一つできない。体を焼かれる激しい痛みに声をもらしながら、震える手を自らの胸に当てて、癒しの魔法を使う。

しかし、回復する時間などあるはずも無かった。



「諦めろ。これで終いだ」

エロールの前に立ったアンソニーは、エロールの額に指先を向けて冷たく言い放った。
火が指先に集約されると、小さいが高密度で赤々と燃える炎の塊となった。


「お前を殺したら、次はあそこの女に止めを刺す。そしてあの死にぞこないも始末したら、カエストゥスは皆殺しだ」


アンソニーの目が赤く光り、指先から熱線が撃たれようとしたその時、倒れたままのエロールが持ち上げた水色のマフラーが目に入り、アンソニーは技を止めた。


「・・・なんのつもりだ?」

口から出た言葉が硬かったのは、警戒の現れかもしれない。

最後の攻撃はぶつける事すら適わず、無残にも返り討ちにあった。
上半身にまともに受けた炎の噴射で、大きな火傷を負い、まともに体を動かす事も敵わない。
もはやこの男の命は、アンソニーの指先一つで決められるのだ。

それなのに・・・・・なぜこいつの目は死んでいない?


「俺の魔道具、半作用の糸、は・・・魔力を変換して・・・他系統の魔法を、使う事が、できる・・・」

苦しそうに浅い呼吸を繰り返し、この男は突然自分の魔道具の説明を口にし出したのである。
アンソニーはエロールの意図が読めず、そのまま話しに耳を傾けてしまった。

「魔力を込めて・・・使うんだけどよ・・・端と端を合わせて、魔力を流せば、もっと強い・・・結界もできる・・・」


普段は片端だけを使用するが、この状況でエロールは両端を手にした。

両端を青魔法にもできるし、黒魔法にも変換できた。あえて口に出さなかったのは、ほんの少しでもアンソニーの警戒心を減らすためだろう。

そしてエロールは、両端を黒魔法の力に変換して強く握りしめた。


「・・・何が言いたい?」

途切れ途切れの言葉、そして要点が伝わってこない事に、アンソニーが眉根を寄せて問い詰める。


「エ、エロール君!ダ、ダメ・・・ダメだよ!」

話しの内容が聞こえたフローラは、脇腹を押さえながら顔を向けた。
そして痛みに顔を引きつらせながら、精一杯の声で叫んだ。

その表情が青ざめて見えるのは、脇腹を貫かれただけが理由ではない。
これからエロールが何をするのかを察し、血の気が引いたのだ。


「エロール君やめてぇーーーーーーーーーッツ!」


エロールはマフラーの両端を握り、端と端を付け合わせた。


「なッ!?き、貴様ッ!?」

「・・・へっ・・・俺と一緒に死ね」


エロールが不敵な笑みを見せたその瞬間、水色のマフラーが目も眩むほどの光を放ち、大爆発を引き起こした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

幼少期に溜め込んだ魔力で、一生のんびり暮らしたいと思います。~こう見えて、迷宮育ちの村人です~

月並 瑠花
ファンタジー
※ファンタジー大賞に微力ながら参加させていただいております。応援のほど、よろしくお願いします。 「出て行けっ! この家にお前の居場所はない!」――父にそう告げられ、家を追い出された澪は、一人途方に暮れていた。 そんな時、幻聴が頭の中に聞こえてくる。 『秋篠澪。お前は人生をリセットしたいか?』。澪は迷いを一切見せることなく、答えてしまった――「やり直したい」と。 その瞬間、トラックに引かれた澪は異世界へと飛ばされることになった。 スキル『倉庫(アイテムボックス)』を与えられた澪は、一人でのんびり二度目の人生を過ごすことにした。だが転生直後、レイは騎士によって迷宮へ落とされる。 ※2018.10.31 hotランキング一位をいただきました。(11/1と11/2、続けて一位でした。ありがとうございます。) ※2018.11.12 ブクマ3800達成。ありがとうございます。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

処理中です...