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【876 カエストゥス 対 帝国 ⑩ 受け取った想い】

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「・・・パトリックさんまで・・・」


絞り出した声には、悲痛な思いが滲んでいた。
目を開けていられずきつく閉じた。
唇を噛みしめて、拳を強く握り締める。込み上げてくるものを無理矢理押さえ込んだ。

一番の友に続いて、兄のような存在だったパトリックさんまで・・・・・

立て続けに大切な人が命を落とした。



・・・・・泣くな。

自分に言い聞かせた。

分かっていた事だろう?これは戦争だ。いつ誰が死んでもおかしくない。
自分の周りだけ無事なんて、そんな都合の良い事はありえるわけがないんだ。

俺だってそうだ。五分後に生きている保証なんてない。


「・・・ヤヨイさん」

さっき聞こえた声の主を思い出した。

「あれは確かに、ヤヨイさんだった・・・」

あの声を忘れるはずがない。
こっちに来てと、ヤヨイさんが俺を導いたんだ。

きっと俺を・・・パトリックさんに会わせたかったんだ。
遺体をこのままにしては、おけなかったという事だろう。

その気持ちは分かる。雪が覆い隠してくれるといっても、やはりきちんと埋めたいはずだ。

そう思い、地面に爆裂弾を撃って穴を空けようとした時、俺はパトリックさんの右手が固く握り締められている事に気付き、手を止めた。

「ん・・・なにか握ってるのか?」

腰を下ろし、パトリックさんの右手を掴むが、よほど力を込めていたのか簡単には開けられなかった。
指を一本一本掴んで開けて、ようやく手を開かせると、そこには指輪があった。


「・・・指輪?これって・・・パトリックさんの結婚指輪じゃないのか?」


なぜ死の間際にこれを握っていたんだ?
普通は左手の薬指にずっとはめている物じゃないのか?
実際パトリックさんは、いつもそこにはめていたはずだ。

「・・・なにか、あるのか・・・?」

なにか理由があって握っていた?そう思って、俺は指輪にそっと触れてみた。

「なッ!?・・・こ、これは!?」

触れた瞬間、指輪は強く輝き出し、俺の中にパトリックさんの感情が流れ込んできた。

それは祈りと願いだった。

どうかカエストゥスを護ってほしい。
どうか子供達を護ってほしい。

その強い気持ちが押し寄せる波のように、俺の胸の内に流れ込んでくる。

パトリックさんは、平和と子供の事を祈り亡くなったんだ。

ヤヨイさんを亡くして一人親になったパトリックさんは、俺には想像もできないくらい、子供達への強い想いがあったのだろう。

指輪から流れて来る想いに、俺は胸が痛くなった。

テリー君とアンナちゃん・・・あの二人はこれから、祖母のモニカさんに育てられていくのだろう。

前に会った時は、うちのティナと一緒に、三人で仲良く遊んでいたのに・・・・・
テリー君はティナの事を気にいっていたようだから、将来二人が結婚するかもしれないねって、そんな話しをした事もあったな・・・・・



「・・・・・パトリックさん・・・」



パトリックさんの手から、指輪を取って握り締めた。

これはパトリックさんの形見だ。
生きて帰り、俺がモニカさんに渡します。

テリー君とアンナちゃんの事も心配しないでください。
モニカさんがいるから大丈夫でしょうけど、俺もメアリーも、二人の事は自分の子供のように可愛く思ってるんです。だから俺達も協力して、立派に育ててみせますから。


形見の指輪に誓うと、指輪が青く光り輝いた。
まるでパトリックさんの魂が応えてくれたように。



「・・・さぁ、いくか」



指輪をローブのポケットにしまうと、腰を上げて俺は城へと顔を向けた。

城壁を抜けると石造りの階段があり、その先の王宮内へと続く門の前には、あの火の精霊使いが立っていた。
顔は分からないが、強い視線を感じる。あいつがこっちを見ている事だけは分かる。



「ふぅ・・・・・ハァァァァァァー----ッ!」


一つ息を吐くと、俺は魔力を風に変えて放出した。
足元から発生した風は周囲に積もった雪を吹き飛ばし、叩きつけて来る吹雪も寄せ付けない。

チラリと辺りに目を向けるが、さっきの俺の魔力を見たせいか、帝国兵達は俺に攻撃をしかけられず、遠巻きに武器を構えて様子を見ているようだった。数十人はいるだろう。
しかし、俺と目が合うとジリジリと距離を詰めてきて、飛び掛かるタイミングを狙っていた。


こいつらを倒す事は簡単だが、俺はすでに巨槍を防ぐために風魔法を使い、その後にトルネードバーストも撃っているため、それなりに魔力を消耗している。
魔力回復促進薬も飲んでおいたが、やはり自然回復を早めるだけだから全回復とまではいかない。

あの精霊使いとの戦いを控えて、ここでこれ以上魔力を使うわけにはいかない。
だが囲まれている以上、無視して先に行く事もできない。

やむを得ない、もう一度風魔法で吹き飛ばして・・・そう考えた時だった。



「ラァァァァー---ーッ!」
「ぐぁッ!」

突然の叫び声、そして数人の敵が倒れて囲みに穴が開くと、黒いマントを風になびかせながら、大剣を持った金髪の女剣士が包囲網を抜けて駆け込んできた。


「ペトラ!」

「ウィッカー様、ここは私に任せて先へ行ってください!」


剣士隊隊長ペトラ・ディサイアが、大剣を構えて帝国兵達の前に立った。
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