上 下
871 / 1,277

【870 カエストゥス 対 帝国 ④パトリックの戦い】

しおりを挟む
「でかい!」

ジャミールの放った双炎砲。それは結界を覆いつくす程に大きな炎だった。そしてその圧力はパトリックの結界を一気に軋ませヒビを入れた。

パトリックは全力で魔力を発して結界を維持している。魔法兵団団長として認められ、ブレンダンに師事しているパトリックの魔力は、王宮仕えの魔法兵と比べても、頭一つも二つも抜き出ている。だがそのパトリックを相手にしても、ジャミールの攻撃力が一枚上をいっていた。

「オラオラ!どうした!?そんなもんかよ?だったらすぐに消してやるぜぇッ!」

自分の発した双炎砲がパトリックの結界を押している。
炎を通じて感じる手ごたえに、ジャミールは己の優位を確信して笑い声を上げた。

一見慢心にも見える不遜な態度だが、以前ジョルジュとも互角の戦いを繰り広げ、今もパトリックを圧倒しているという、確かな実力に裏打ちされたものだった。



「ぐっ!」

押し寄せる炎の圧力は凄まじかった。結界のヒビも大きく広がり、いよいよ限界が近づいてきた。
もう持たない・・・そう思った時、パトリックの背後から突如氷の竜が飛び出し、目の前の炎に喰らいついた!

「これは!?」

氷の上級魔法 竜氷縛

巨大な氷の竜は大きく顎を開き、ジャミールの双炎砲に横からぶつかるように食らいつくと、爆音を立てて炎と共に消滅してしまった。

「パトリック団長!援護します!」

その声に首を後ろに向ける。カエストゥス魔法兵が、数人走り寄って来た。
帝国軍との激しい戦いが繰り広げられている中、彼らはパトリックの窮地を見で、援護射撃に入ってきたのだ!

「団長!ご無事ですか!?」

「はぁ・・・ふぅ・・・お前達、すまない。助かった」

窮地を脱したパトリックは、結界を解除すると額の汗を袖で拭った。

竜氷縛と双炎砲が相殺し蒸発したため、白い蒸気が辺り一面に巻き散らかされたが、吹雪はあっという間に蒸気をかき消し、正面の敵の姿を露(あら)わにした。

「へぇ、俺の双炎砲と相殺か。さすが魔法大国ってだけあるな、ただの兵士でもなかなかの魔力をもってやがる」

「深紅のローブ・・・団長、こいつは帝国の幹部ですね?」

ジャミールの体から発せられている炎が、降りかかる風と雪から身を護っている。
よほど自分に自信があるのか、パトリックと魔法兵達を前にしても、まったく警戒する素振りを見せず、撃って来いとでも言うように両手を広げ、笑いながらゆっくりと歩き近づいて来た。


「気を付けろ・・・竜氷縛で双炎砲と五分だ。こいつの魔力は一枚も二枚も上だ」

パトリック自身、自分の結界で直接受けて分かった。ジャミール・ディーロの魔力は自分よりも上であると。

自分達の団長の硬い声に、魔法兵達も、はい、と緊張を帯びた声で頷いた。
彼らとて鍛えられた兵士である。対峙している敵と己の力の差は、敏感に感じ取っていた。


「・・・ふぅん、こんな戦場とっととフケちまおうかって思ったけど、お前らを始末してからでもいいかな。ジョルジュの野郎が死んでよぉ、親父の仇討ちができなくなったからな。お前らあいつの代わりによぉ、俺の憂さ晴らしにつきあってくれよ?」

首を鳴らし、その黒い眼がギラギラとした狂気を帯びていく。
体から静かに発せられていた炎が、ジャミールの精神に呼応するように強さを増し、そして一気膨れ上がりに天高く立ち昇った。


「・・・でたな、灼炎竜・・・」

それは黒魔法使いの代名詞と言ってもいいだろう。パトリックも訓練で灼炎竜は何度も見た事がある。見慣れていると言ってもいい。だがそれだけに、目の前の浅黒い肌をした男の灼炎竜が、どれほどの強さかを肌で感じ取った。


こいつ・・・!この魔力は予想以上だ・・・・・大きさは現時点で5メートル程度か?
だが、こいつの秘めている魔力なら、まだまだこんなもんじゃない。
親父と同じ15メートル・・・いや、それ以上になるかもしれない。

強い事は分かっていた。
だが予想を上回るジャミールの魔力を感じ、パトリックの頬を一筋の汗が伝い落ちる。


「いくぜぇッ!」

ジャミール・ディーロが腕をふるうと、荒ぶる炎の竜はその大きな顎を開けて、大地を焦がしながら襲いかかった!





「ハァァァァァー--ー---ッ!」

魔法兵達の気の入った声が、吹雪の中響き渡る。

カエストゥスの魔法兵が最初にとった行動は迎撃だった。
ジャミールの放った灼炎竜に対して、竜氷縛をぶつけて相殺する。炎に対しての氷は至極当然と言えた。

ジャミールに一対一では勝てない。彼らはそれも分かっていた。

上級魔法の竜氷縛で、中級魔法の双炎砲と互角。
そしてジャミールから感じる桁違いの魔力に、一人で勝てると思えるほど、自惚(うぬぼ)れている者はいない。だからこそ、数人がかりで一斉に竜氷縛を撃ったのだ。


「オラァァァー---ーッ!」

ぶつかり合う炎の竜と氷の竜!一体の灼炎竜に対して竜氷縛は5体。これでやっと互角だった。

「ぐっ!ぬぐぅっ!」

「オラオラ!どうした!?やっぱりそんなもんか?それじゃ俺は止められねぇんだよぉッ!」

互角だったが、苦しそうな表情のカエストゥスの魔法兵達とは対照的に、嘲笑を浮かべるジャミールには大きな余裕があった。

「オラァァァー----ッ!」

ジャミールがもう一度、今度は押し出すように腕をふるうと、その手から伸びる炎の竜が一段大きさを増した!

「なにっ!?」
「そ、そんな、これほどなのか!?」

炎と氷、相反する二つの力のぶつかり合いは、大きさを増したジャミールの灼炎竜が、あっさりと竜氷縛を打ち破った。

「う、うわぁぁぁぁぁーーーーーっ!」

しかし、そのまま一直線に突き進み、カエストゥスの魔法兵達を呑み込もうとしたその瞬間、青く輝く結界がジャミールの灼炎竜を食い止め、カエストゥスの魔法兵達を救っていた。


「くっ!こ、これほどとは・・・!」

パトリックの天衣結界である。通常の結界では中級魔法さえくいとめられない。
身をもってそれを知ったパトリックは、この灼炎竜に最高峰の結界を持って挑んだ。

「へッ!天衣結界か!?よく止めたなぁ!だが、いつまでもつかな!?」

ジャミールはまだ全力を出していない。
この灼炎炎も少し力を入れたが、まだ10メートルに満たない大きさである。
もう一押しすれば、パトリックの天衣結界さえも破ってしまうだろう。


「ぐ・・・つ、強い・・・」

猛吹雪にさらされているが、パトリックは全身に汗をかく程の劣勢に立たされていた。
歯を食いしばって耐えているが、この天衣結界も長くは持たない事は分かる。
守勢に回っていては確実に負ける。


「はぁっ・・・はぁっ・・・パ、パトリック団長、申し訳ありません、我々が不甲斐ないばかりに・・・」

パトリックの後ろでは、今の激突で押し負けた魔法兵達が、膝を着いて悔しさに歯噛みをしていた。五人がかりで撃ち負けたのだ。そのプライドはズタズタであろう。
だがそれ以上に、この戦いの場で役に立てない事が、情けなくてしかたないのだ。

「お前達・・・っ!」

叱責しようとして口をつぐんだ。
いつものパトリックなら、立ち上がれ!と厳しい言葉を発していた。
だが口を開いたその時、ここからの逆転の手がある事に気が付いた。


「だ、団長・・・どうかしたんですか?」

急に真顔になり、なにか思いついたように、ハッとした顔になったパトリック。
そんなパトリックを見て、魔法兵の一人が表情を伺うように声をかけた。

「・・・あるぞ。まだできる事が・・・逆転がある。お前達に、俺に命を預けられるか?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

美少女に転生して料理して生きてくことになりました。

ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。 飲めないお酒を飲んでぶったおれた。 気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。 その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

人生初めての旅先が異世界でした!? ~ 元の世界へ帰る方法探して異世界めぐり、家に帰るまでが旅行です。~(仮)

葵セナ
ファンタジー
 主人公 39歳フリーターが、初めての旅行に行こうと家を出たら何故か森の中?  管理神(神様)のミスで、異世界転移し見知らぬ森の中に…  不思議と持っていた一枚の紙を読み、元の世界に帰る方法を探して、異世界での冒険の始まり。   曖昧で、都合の良い魔法とスキルでを使い、異世界での冒険旅行? いったいどうなる!  ありがちな異世界物語と思いますが、暖かい目で見てやってください。  初めての作品なので誤字 脱字などおかしな所が出て来るかと思いますが、御容赦ください。(気が付けば修正していきます。)  ステータスも何処かで見たことあるような、似たり寄ったりの表示になっているかと思いますがどうか御容赦ください。よろしくお願いします。

スキルポイントが無限で全振りしても余るため、他に使ってみます

銀狐
ファンタジー
病気で17歳という若さで亡くなってしまった橘 勇輝。 死んだ際に3つの能力を手に入れ、別の世界に行けることになった。 そこで手に入れた能力でスキルポイントを無限にできる。 そのため、いろいろなスキルをカンストさせてみようと思いました。 ※10万文字が超えそうなので、長編にしました。

間違い転生!!〜神様の加護をたくさん貰っても それでものんびり自由に生きたい〜

舞桜
ファンタジー
 初めまして!私の名前は 沙樹崎 咲子 35歳 自営業 独身です‼︎よろしくお願いします‼︎  って、何故こんなにハイテンションかと言うとただ今絶賛大パニック中だからです!  何故こうなった…  突然 神様の手違いにより死亡扱いになってしまったオタクアラサー女子、 手違いのお詫びにと色々な加護とチートスキルを貰って異世界に転生することに、 だが転生した先でまたもや神様の手違いが‼︎  転生したオタクアラサー女子は意外と物知りで有能?  そして死亡する原因には不可解な点が…  様々な思惑と神様達のやらかしで異世界ライフを楽しく過ごす主人公、 目指すは“のんびり自由な冒険者ライフ‼︎“  そんな主人公は無自覚に色々やらかすお茶目さん♪ *神様達は間違いをちょいちょいやらかします。これから咲子はどうなるのかのんびりできるといいね!(希望的観測っw) *投稿周期は基本的には不定期です、3日に1度を目安にやりたいと思いますので生暖かく見守って下さい *この作品は“小説家になろう“にも掲載しています

処理中です...