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【869 カエストゥス 対 帝国 ③】

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「ウィッカー・・・ジョルジュは?ジョルジュはどこ?」

ジャニスは胸の前で手を握り締めながら、不安そうに眉を下げて辺りを見回している。
吹雪にさらされ、頭から雪をかぶっているが、まったく気にするそぶりを見せない。
それだけジョルジュを心配しているという事だ。

「・・・今は、戦闘中だ。ジャニスは下がっていたほうがいい」

すぐに分かる事だ。言うなら早い方がいいだろう。けれど、どう答えればいいのか分からない。
俺は言葉を見つけらず、逃げるように目を反らして背中を向けると、後ろからローブを掴まれた。


「・・・・・ウィッカー・・・」

か細く泣きそうな声だった。それで分かった。


ああ・・・・・ジャニスはもう、気づいてるんだ

けれど、まだ俺の口から決定的な言葉を聞いてはいない。
だから一縷の望みに懸けて、こうして探しているんだ。


やっぱり伝えなきゃならない。
これは俺の役目だ。ジョルジュを看取ったのは俺だ。そして俺はジョルジュの友達なんだ。
言葉にする事は辛い。それを聞かなきゃならないジャニスはもっと辛い。

けど、言わなきゃならない。


「・・・ジャニス・・・・・ジョルジュは、風を残すって言ってたよ」


ビクリと体が震えた。ローブを掴む手に力が入る。
返事は無い。俯いたままじっとして、俺の次の言葉を待っている。

「巨槍の敵は、ジョルジュが一人で倒した。ただ、山のような大男で・・・相打ちに近い形だった。亡骸はそこに埋めた・・・・・」

ついさっき、ジョルジュを埋めた場所を指さした。
もうすっかり雪が積もってしまったが、一度掘り起こして土をかぶせたから、そこだけ他に比べて盛り上がっている。

ジャニスは俺の指先を目で追った。
そして、そこにジョルジュがいると理解すると、両の眼から涙が溢れて来て、唇を震わせて小さく声を漏らした。

「う・・・・う、そ・・・・・そんな・・・・・うそよ」


「・・・ジャニス、今こんな事を言うのは残酷だって分かってる。けど、ジョルジュの気持ちを考えて、あえて厳しい事を言わせてもらうぞ」

真正面からジャニスの両肩を掴んだ。
ジャニスは俺の顔を見ようとしない。両手で顔を覆い、消え入りそうな声で、嘘だ嘘だと呟いている。

「ジャニス、今は前を向くんだ。ジョルジュはジャニスに生きていてほしいと願っている。俺だって辛い・・・けど、悲しむのは全てが終わってからだ。ここは戦場だ、辛くても今は前を向くんだ」

最愛の夫を失ったばかりのジャニスに、悲しむ時間さえ与えられない事は胸が痛んだ。
だが、剣がぶつかり合い、弓が飛び交い、攻撃魔法が入り乱れる。一瞬の気のゆるみで命を落とす戦場で、嘆き悲しんでいる事はできない。
どんなに辛くても、歯を食いしばって戦うしかないんだ。


「・・・・・・・」

ジャニスは何も答えなかった。けれど小さく頷いたので、俺はジャニスの肩から手を離した。
両手で目をこすり、鼻をすすっている音が聞こえる。


「・・・ジャニス・・・」

ジャニスとは20年以上の付き合いだ。物心ついた頃にはいつも一緒にいて、兄妹のように育った。

勝ち気でいつも自信たっぷりで、俺の方が年上なのに、自分が姉のように振る舞って・・・・・

ジャニスは強いけれど、本当はとても繊細だ。でも・・・・・


「ウィッカー・・・・・ごめん、もう、大丈夫だから・・・・・」


泣いてばかりはいない。母親になって、前よりもっと強くなった。
溢れそうな涙を無理やり堪え、唇を強く噛みしめて、ジャニスは俺の眼を真っすぐに見た。

できれば涙が枯れるまで泣かせてやりたかった。
でも、ここではそれは叶わない。無理やり感情を閉じ込めて、自分をだましてでも前を向くしかないんだ。


「・・・ジャニス、帝国は、皇帝は俺が倒す」

「・・・うん・・・私は・・・私にできる事をする。後ろに下がってるよ・・・」

そう言って俺に背中を向けると、信じてるよ、そう一言残して、ジャニスは後方に下がって行った。


戦闘手段を持たない白魔法使いのジャニスは、前線から下がり負傷兵の治癒にあたらなければならない。
おそらく過去にも並ぶ者がいない、今後二度と産まれて来ないとまで思わせる治癒能力は、致命傷であっても息がある限り回復を可能にしている。

ジャニスはカエストゥスの生命線だ。即死でなければ回復できる。
無論、ジャニス一人で全ての人間を治癒できるわけではないが、助かる可能性があるという事は、全ての兵士にとって大きな希望だった。

ジャニスは絶対に失ってはならない。だからこそ、無理やりにでも立ち直らせなければならなかった。


そして俺は皇帝を倒す。
類を見ない程の圧倒的な魔力を持ち、帝国の象徴と称される男。皇帝ローランド・ライアン。

あの日、あの光源爆裂弾を見た時、俺はこの男に勝てるのかと、気持ちで負けそうになってしまった。
だけどジョルジュが言ってくれたんだ。


俺なら皇帝をも超える事ができると・・・・・

だから俺は自分を信じて戦おう。

皇帝を倒し、カエストゥスに平和をもたらすために。






「オラオラオラー----ッ!」

ジャミール・ディーロの猛攻に、パトリックは防戦を余儀なくされた。

「くっ、こいつ・・・早い!」

ジャミールの使用している魔法は、火の初級魔法、火球である。
右手で撃ち放っているが、その連射が極めて速かった。受けているパトリックの感覚では、一発目と二発目がほぼ同時に出ているようなものだった。

どこかで反撃の糸口を見つけなければならなかったが、この火玉を結界で防ぐ事によって起こる爆発、それによって発生する煙がパトリックの視界を防ぎ、防御以外の一手が打てない状況に追い込まれていた。


結界だっていつまでもは持たない。初級魔法とはいえ、こいつの火球は重い。
ダメージが蓄積すれば、いずれ破壊される。

ギリっと歯を噛み鳴らす。
思った以上に手ごわい。目顔つきを見れば、死線をいくつも潜り抜けて来たらしい事は分かる。
だがこの男は、おそらく二十歳にもなっていないだろう。17~18、いやもっと若いかもしれない。
その若さで、よくここまでの戦いができる。

間違いなく、俺がかつて戦ったあの男より・・・こいつは親より強い!






予想以上に自分の魔法を防ぐパトリックに、ジャミールはニヤリと笑みを浮かべた。

ねばるじゃねぇか、ならこいつはどうだ?

ジャミールの両腕は肘あたりから真っ赤な炎を発し、手の平からは巨大な火柱を立ち昇らせた。

「焼き殺してやるぜ!」

火の中級魔法 双炎砲

両手から撃ち放たれた二つの炎が絡み合う。
燃え盛る業火は凄まじい勢いで、目の前の標的を焼き尽くさんと襲い掛かった!
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