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【866 火の精霊を使う者】

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「・・・・・ジョルジュ?」

結界の外は猛吹雪だった。結界で吹雪は防げても音まで遮る事はできない。
だけど私の耳には、私の名前を呼ぶその声がはっきりと聞こえた。

辺りを見回した。結界の外はほんの数メートル先も見えないくらい、強い雪が吹き付けている。

そこに声の主の姿は見えない。
当然だ。だってジョルジュはもう先に行ってしまったのだから。

「ジャニス、どうした?」

それでも声が聞こえたのだから、もしかしたらときょろきょろしていると、パトリックさんが声をかけてきた。

「・・・うん、ジョルジュの声が聞こえた気がして・・・あはは、空耳だったみたい」

勘違いだったんだ。そう思って笑って言葉を返すけれど、なぜか胸がざわついた。

「ジャニス・・・」

さっき感じたもの凄いプレッシャーは、帝国の城の方から発せられたものだった。
あんなもの、とても同じ人間が出したとは思えない。足がすくんで動けなくなりそうだった。

不安が顔に出てしまったのか、パトリックさんは私の肩をポンと叩いた。

「・・・気持ちは分かるが、今は自分の事に集中しろ。お前はカエストゥスの生命線だ」

「・・・・・はい」


「行こう・・・城はもうすぐそこだ」


パトリックさんはまっすぐに前を指さした。私は黙って頷いた。
投擲が止んだおかげで、確実に進軍の速さは上がっている。帝国の城までもうすぐそこだ。

さっきまでの強烈なプレッシャーは消えていた。あれはおそらく巨槍の敵のものだ。
一歩足を踏み出す事さえためらわれる、恐ろしいものだった。
それが消えたという事は、きっとジョルジュが巨槍の敵を倒したんだ。

あの投擲を見れば、巨槍の敵がどれほどの戦闘力を持っているのか、白魔法使いの私でも想像がつく。でも、ジョルジュが勝ったんだ。

良かった・・・信じていたけれど、とても心配だったから。


でも、この胸のざわめきはなに・・・・・


「・・・ジョルジュ・・・・・」








俺のトルネードバーストは帝国兵を蹴散らし、城壁を破って、その後ろの城に直撃した。
だが、城を抉り抜いたと思ったその竜巻は、爆音を響かせ上空に向かって飛ばされ、そのまま風に散らされたのだ。

「なっ!?・・・俺のトルネードバーストを撥ね返しただと・・・あいつは!?」

視線の先、まだ100メートル以上はあるだろう。本来はこの猛吹雪の中、視認できるはずはない。
だがそいつの体から発せられていた、強く猛々しい赤い炎は、叩きつけて来る風も雪もかき消し、己の存在を俺に教えていた。


「灼炎竜・・・いや、違うな。あの炎は魔法じゃない・・・まさか、火の精霊か?」


それはほんの数秒だったと思うが、俺の目はそいつにくぎ付けになった。
距離があった事と吹雪のせいで、顔は見えなかったが、その赤い炎を発していたヤツも俺に目を向けている事は分かる。

あの炎は魔法ではない。ジョルジュの風を見て来たから分かる。おそらくあれは火の精霊だ。
火の精霊の力を使い、俺のトルネードバーストを撥ね返したんだ。

何者かは分からない。
だが、皇帝にたどり着くためには、あいつを倒さなければならない事は分かった。


「・・・いいぜ、やってやるさ!」

風魔法を使い、体を風の鎧で纏う。攻防一体は灼炎竜だけではない。
このまま敵陣を突っ切って、あいつを叩く!


しかし俺が構えた事を見て、城壁前の帝国兵達の空気が変わった。
トルネードバーストで相当な数の兵を倒して見せた。力の差を見せて戦意喪失を狙ったが、どうやらあまく見過ぎていたようだ。



「怯むな!我らはブロートン帝国の兵士だぞ!たった一人に何を怯む事がある!帝国の力を見せてやれ!」

帝国軍の各部隊の長から、次々と勇ましい声が上がる。
ウィッカーのトルネードバーストは桁違いの威力だった。だが彼らとて大陸一の軍事国家ブロートン帝国の兵士。そして部隊を預かる長が声を出して奮い立たせれば、恐怖に撃ち勝つ精神力は備えていた。


ここを一気に駆け抜けて、火の精霊の力を使う者を倒そうと考えたウィッカーだが、数万の軍勢が武器を持ち、魔法を撃つ構えをとって立ちはだかった。これを無視して通る事はできない。

「・・・そこまで簡単にはいかないって事だな」

ここに来るまで、巨槍を防ぐために魔力を消耗していた。

あの火の精霊使いは、俺のトルネードバーストを撥ね返す程の使い手だ。できるだけ体力も魔力も温存しておきたかったが、そうもいかないようだ。
これだけの軍勢を相手にするには、出し惜しみをしていられない。

結果として一人で突っ込んで来た事が裏目に出てしまったが、今更どうこう言っても始まらない。
そしてここで一旦退くという選択肢もない。敵に勢いを与えるだけだし、なにより何のためにジョルジュとエリンが道を作ったのか分からなくなる。

迎え撃つ!

そう覚悟を決めて、両手に風の魔力を込めて構えたその時、足元に響いてきた振動に俺は振り返った。


「・・・みんな!」


カエストゥス軍10万が、極寒の吹雪の中、この決戦の場に駆けつけてきた。
青魔法使い達が結界を解くと、剣士隊が前線に飛び出した。

その中でも更に先陣を切って、前に出たのはペトラだった。

「ウィッカー様!ここは我々にお任せください!」

黒いマントをひるがえし、大剣を脇腹で持ち構えると、瞬く間にウィッカーの横を走り抜ける。

ペトラの下半身は安定しており、雪が積もった足場でも、その動きが乱れる事はなかった。
豪雪地帯のカエストゥスで育ったペトラにとって、足場の悪さなど慣れたものだった。むしろ雪に慣れていない帝国兵ことがハンデを負う事になり、カエストゥスにとっては追い風だった。


「くそッ!カエストゥス軍だ!剣兵と槍兵は迎え撃て!黒魔法使いは初級、中級魔法で援護しろ!」

帝国軍の部隊長が指示を飛ばす。

「うぉぉぉぉぉぉぉー----ッツ!」
「死ねッ!カエストゥスー----ッ!」

剣を振り上げ、槍を突き出して向かって来る帝国兵!
標的は、金色の髪に黒いマントをはためかせた大剣持ちの女。

他の兵士達を置き去りにして、一人だけ敵の軍勢に突っ込んできたのは恰好の的であり、自殺行為にしか見えなかった。

剣が、槍が、一斉にペトラに向け振るわれたその時、彼らの視界が突如黒く染まり、ペトラの姿を見失ってしまう。

「なっ・・・・・!?」

兵達が驚きの声をあげた次の瞬間、その首と胴体が斬り離され、雪原に崩れ落ちる。

左手には今しがた目隠しに振るった黒いマントを握り、右手に握った愛用の大剣を持ち上げると、斜め下へと振り払った。

真っ白な雪の積もる地面に、飛ばされた赤い血が色を付けた。

表情を変える事ない。だがその目には冷たい殺意が宿っていた。


「さぁ、どんどん行こうか」

大剣を握り直すと、目の前に並び立つ数万の帝国兵達を前にして、ペトラは地面を蹴った。
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