上 下
864 / 1,253

【863 友情が教えてくれたもの】

しおりを挟む
ジョルジュ・・・・・

あと少し・・・あともうほんの少しだけ俺が速ければ・・・・・

「ジョルジューーーーーーーーーーーッツ!」

手を伸ばしても届かない。それでも友を助けるために手を伸ばす。
猛吹雪が全身を濡らし視界を防ぐ。だが俺にはハッキリと見えた。

友の・・・ジョルジュの姿が・・・

俺がもっと速ければ・・・俺にもっと力があれば・・・・・

200年の時が経っても、俺はこの時の光景を忘れる事ができない。いや、忘れるわけにはいかないんだ。
帝国を倒すまで。俺の心から復讐の火を消さないために、この戦いを忘れる事なんてあってはならない。





「ぐぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーッツ!」

絶叫!喉が張り裂けんばかりの絶叫が響き渡る。

「ふっ・・・痛かろう・・・さすがの、貴様も・・・手の平で、爆発させた、風の、刃は・・・防げまい・・・」

ワイルダーの左手は、五本全ての指が切り飛ばされていた。手の平も皮がめくれ、肉は抉られ、噴水のように真っ赤な血をまき散らしていた。

掴まれていた体が解放されると、ジョルジュは力なく落下し、その背中を地面に打ち付けた。

ワイルダーの拳を何十発と受けた事により、全身には数えきれない程の傷跡を付け、出血も多い。
そして受け身すらとれなかった事が、ジョルジュの抱えているダメージの大きさを表していた。


「ぐぅぅぅぅぅ・・・!き、きさまぁぁぁぁぁーーーーーーッツ!」

怒りに顔を歪ませ、ワイルダーは足元で倒れているジョルジュに怒声をぶつけた。

「や、やはり・・・お・・・俺を、確実に、捉えているな・・・・・」

強風による地吹雪が、倒れているジョルジュの姿を一瞬にして消していく。
雪をかぶり白んだ視界の中、ジョルジュは黒い肌の大男を見上げ、虚ろな意識で考えた。

なぜ目が見えないワイルダーが、こうも正確にジョルジュを捉えられるのか。
いくつかの可能性を考え、そして思い至った。



「音・・・それと・・・血の匂い、だな?」

おそらく俺の息遣い、そしてこの体から流れている血の匂い・・・こいつはそれで俺を見つけているんだ。たったそれだけで、見えている時と変わらない動きをするとは・・・恐ろしい男だ。

「はぁ・・・はぁ・・・ジョルジュ・・・ワーリントン・・・俺を、ここまで追い詰めるとはな。素晴らしい力だった・・・貴様のような男と戦えた事を、誇りに思うぞ」

無尽蔵の体力を思わせたワイルダーだったが、大きく息が上がり、いよいよ限界が見えて来た。

「言い残す言葉はあるか?」

右足を上げて、ジョルジュの体に狙いをつける。

「・・・俺は・・・帰らなければ・・・ならない」

耳には入ってくる言葉が、なぜか酷い雑音混じりに聞こえてくる。
まるで耳に水でも入り膜を張っているような感覚と、熱を持ったなにかが流れているような感触がある。どうやら耳からも血が流れているようだ。

口を開くも、奥歯が折れていて話し難い。声を出すだけでかなりの力を使った。


「・・・不可能だ。貴様はここで死ぬ」


ワイルダーの右足が下ろされた。







「・・・・・っ?」

足に感じた奇妙な手応え・・・いや、違和感といった方が正しい。
踏みつけた右足には、確かに衝撃と振動が伝わって来た。だがそれと同時に感じた違和感・・・なにかおかしい、膝から下・・・ここの感覚が・・・・・!?


「な・・・・・なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃッッッッッツ!?」

見えなくても分かる。今、自分の足がズレた。そう右膝の下からの感覚が無い。
そして動かそうとして膝を上げると、自分の足がズレて離れたのだ!

右足の膝、その断面が上と下に離れると、勢いよく血が噴き出した。
左足一本で立っている状態になり、予想すらできなかった事態に動揺したワイルダーはバランスを崩し、後ろに倒れ込むようにして腰から崩れ落ちた。


「ば、馬鹿な!これはいったい!?なにが!?」


耐えがたい程の痛みが襲ってくるが、一瞬にして足が切り落とされた事への精神的な動揺が大きかった。
なにが起きたのか!?斬られた事さえ遅れて気付く程の早業に、ワイルダーは我を忘れ叫んだ
だが、その疑問もすぐに答えにいきついた。

今この場でこんな事ができる者は一人しかいない。



「・・・・・ジョルジュ・・・・・ワーリントン・・・・・・・・」


吹きつけてくる雪は、ワイルダーの巨大な体をもあっという間に真っ白に覆い隠していく。
右足の切断面、そして五本の指を切り落とされた左手からは、大量の血が流れ出て、倒れたワイルダーの周囲を赤く濡らしていく。

いかに強靭な体を持っていても、これだけの傷を負い血を流せば、戦う力など残っていない。
それが普通の見方であり、現実だった。だが・・・・・


荒い息遣い、そして風に乗って運ばれてくる血の匂いに、顔を上げる。
おそらく4、いや5メートル程先で、ジョルジュ・ワーリントンは立っている。

見えなくても分かる。今この男は自分に対して止めを刺そうとしているのだ。
距離を取っている事から、何をしてくるのかは予想がつく、風の矢で間違いないだろう。

ワイルダーは動かない右手で無理やり体を支え、やや前傾姿勢になると、残った左足の膝を立てて力を込めた。




まだ・・・やる気なのか?

ジョルジュは左手の平をワイルダーに向け、右手は弓を引くように顔の横で構えていた。

全身を覆っている緑色の風は、今のジョルジュの状態からはとても考えられない程に強かった。
ワイルダーの踏みつけも寸前で回避、しかも風の刃で右足を一刀両断にして見せた。
凄まじい切れ味である。

このままワイルダーに止めを刺せばそれで終わり。無事に仲間の・・・妻の元へ帰れる。
そう期待を抱いてしまいそうになる。


「ゴフッ・・・・・う・・・」

喉の奥から込み上げてくる、鉄臭いものが吐き出される。
足元の雪に飛び散った真っ赤なそれは、吐き出された血だった。



俺ももう・・・・・



ジョルジュが今纏っている風は、気力を振り絞った最後の風。
魔法使いが魔力の果てに生命力を燃やすように、ジョルジュもまたその命を懸けて、風を巻き起こしていた。


風の精霊よ・・・・・あと一射だ・・・・・あと一射だけ、俺に力を貸してくれ



構えた左手の指先に緑の風が集まり、それは鋭く研ぎ澄まされた矢となる。


これで・・・最後だ・・・俺の最後の風を・・・・・・・・・



「ジョルジュワーリントンー-----------ー-ッッッッッツツツ!」



残った左足で大地を蹴り砕き、ワイルダーが飛び掛かる!
その咆哮はジョルジュの体を強烈に打ちつけるが、今の強く活力に満ちているジョルジュの風は、その衝撃の一切を通さなかった。



「風よ・・・撃ち抜け」


冷静に標的を見定め、風のレールに乗せて矢を放つ。
とても静かだった。けれど矢を放った時に微かに耳に届いた風切り音は、美しい旋律のようだった。
風の矢は吸い込まれるようにワイルダーに飛んでいき、そして・・・・・


「カ・・・アァ・・・・ア・・・・・!」


全身を小刻みに震わせ、その口から洩れるのはか細い呻き声。
ワイルダーの左目には、今しがたジョルジュの射った風の矢が深々と突き刺さり、脳髄を抉っていた。

いかに頑丈な肉体だとしても、体の内部まではそうはいかない。
すでに左の眼球は貫かれており、穴の開いていたところへ入った風の矢は、より深く突き刺さった。
そう、脳に達する程に・・・。


その大きな手はジョルジュに届く寸前で力を失い、膝も折れると、ワイルダーは前のめりに倒れ伏した。
顔の周りに広がっていき、白く積もる雪を真っ赤に染める血は、まるでワイルダーの命が大地に吸い込まれていくかのようにも見えた。



長き死闘に今決着が付いた。

ジョルジュはしばらくの間、構えた手を下ろさずにいたが、ワイルダーが完全に動かなくなった事を確信して、ようやくその手を下げた。

そして限界を迎えた体からは風が消えて、支えを失ったジョルジュはその場に倒れ込んだ、


最後の一滴まで力を使い果たし、ジョルジュにはもう起き上がる力も残っていなかった。
随分と血を流し、もう手も足も満足に動かせない。しかし、まだ心臓は動いていた。

負傷は大きい、もう満足に戦う事はできない。
だがそれでもこの命が残っている。


「帰れるのか・・・」


ささやきのような小さな声が、口をついて出る。

この戦いの果てに自分は命を失うだろう。
そう覚悟していたが、まだこの身を動かす鼓動は止んでいない。

ならば帰れるのではないか?愛する妻と子供の元へ、そしてかけがえのない友・・・・・



「ジョルジューー----ッ!」



空耳かと思った。だが吹雪に混じって聞こえてきたのは、自分の名を呼ぶ友の声だった
指一本動かす事ができない程疲弊した体に、不思議と顔を上げる力が湧いて来る。


「ウィッカー・・・・・お前・・・」


軍はどうした?
なんのために俺が先行したと思ってる?
総大将のくせに軍を置いて俺を・・・・・・・・


「俺を助けるために来たのか・・・・・」


まだ姿は見えない
だが自分の名前を呼ぶ友の声は、ちゃんとこの耳に届いている


友情を知らなかった
友達を知らなかった

そもそも不要だと思っていた


だけど・・・そんな俺にお前が・・・お前達が教えてくれたんだ


「・・・相変わらずのバカだな・・・・・総大将が一人で、ここに来ていいと思ってるのか?・・・ウィッカー!ここだ・・・ッ!?」



上半身を起こし、自分を呼ぶウィッカーの声に答えたその時だった。
ジョルジュの背後で何かが起き上がる気配がした。

それは誰にも予期できぬ事だった。

振り返ったジョルジュは目を見開いて絶句した。
風の矢が脳を突き刺した事も、ワイルダーの生態活動が停止した事も、風を使って確認した。

デズモンデイ・ワイルダーは完全に死んだはずだった。


戦いを見ていた帝国兵達でさえ、自軍の指揮官が息絶えたと見ていた。
そう判断せざるをえない状態だった。


だがワイルダーは両腕を付きながら体を起こすと、残った足一本で大地を蹴った!
もはや人とは思えない獣のような咆哮、潰された両目からは血を撒き散らし、3メートルを超える黒い肌の巨獣はジョルジュに襲い掛かった!




「ッ!?ジョルジュー------------ッツ!」



俺がもう少し速ければ・・・・・
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

処理中です...