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【861 残りの力】

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「うぐぁッ!」

その巨大な右拳は、ジョルジュの胸を正面から撃ち抜いた。
もはや大人の胴体を掴める程に、巨大になった手で握った拳のパワーは凄まじく、ジョルジュは軽々と、そして突風が捲き起こる程の勢いで殴り飛ばされた!

「ムッ!この手ごたえは・・・ジョルジュワーリントンー----ッツ!」

本来ならばこの一発で終わりである。
魔法使い、体力型という区別を抜きにして、パンクラチオスの本性を出したワイルダーの一撃を受けて、生きていられる者などいない。そう言い切れる程の一撃である。

だがワイルダーは拳に感じた手ごたえに、ジョルジュがまだ生きていると確信し、地面を蹴ってジョルジュを追った。ワイルダーの一蹴りで地面はヒビ割られ、抉り飛ばされた土が煙までも巻き上げる。



「ぐぅっ・・・馬鹿力め、これほどの衝撃、とはな」

殴り飛ばされたジョルジュは、痛みに耐えるように胸を押さえ、言葉をもらした。

ワイルダーの拳は凄まじい威力だった。風の精霊の力で受け止めたが、それでも風を通して響いて来る拳圧と衝撃は、ジョルジュの体に確実にダメージを与えていた。

左右の胸を埋める程の巨大な拳。それはジョルジュの胸に、くっきりと赤い拳跡を残し、どれほどの破壊力だったのかを思い知らせていた。もし風の防御が無ければ、この体は粉砕されていたであろう事は想像に難くない。

ほぼ水平に殴り飛ばされ、その勢いはまったく衰えないが、ジョルジュは体制を立て直そうと顔を上げた。

その時!

「なにっ!?」

遠くで風が動いたと感じたその次の瞬間、黒き巨人はジョルジュの前にその姿を現した。
そのあまりのスピードに、ジョルジュは大きく目を開かされた。

さっきまでも凄まじいスピードだったが、これだけ質量が増えているにも関わらず、スピードが更に増している。でかくなる程に速くなる。この事実がジョルジュに衝撃を与えていた。

そして今、自分を殴り飛ばした黒い肌の巨人が、殴り飛ばされた自分に追いつき、今度は右手を振りかぶって自分を見下ろしている。信じられない状況だった。

「この姿の俺の拳を受けて生きているとは・・・称賛に値するぞ!」

言うや否や振りかぶった右拳を、ジョルジュの顔面目掛けて叩きつける!


「ぐぅッ!」

ジョルジュも直撃は許していない。風を集めて盾を作り、ワイルダーの拳を受け止めた。
受け止めたがワイルダーの拳は止まらない!直撃させられずとも、そのまま拳を押し込み地面に叩き落とした!

「うぐッ!」

風で全身を護っているとはいえ、ワイルダーの怪力は風を貫き、その衝撃を体の芯にまで伝える。
地面に叩きつけられた衝撃は背中を貫き、一瞬呼吸が詰まる程の衝撃をジョルジュに与えていた。

「ぬオォォォォォォーーーーーーーッッッツ!」

地面に倒れたジョルジュが体を起こすよりも早く、ワイルダーが左拳の追撃をくらわせる!
左拳を引き戻すと同時に右拳を叩き込み、右拳を戻すと左拳を撃ち込む。ワイルダーの巨大な拳は一瞬たりとも休む事なく何発、何十発と繰り出されジョルジュを叩き潰していく。


その巨大な拳の連打は大地を割り、地響きを起こす。
砕け割れた大地がワイルダー自身さえも飲み込み沈めていくが、ワイルダーの拳は止まる事無くジョルジュを撃ち、地中の更に深くに沈めていく。

「オオオオオオォォォォォォォォォォォォーーーーーーー・・・ッツ!?」

突然腕に走った鋭い痛みに右手を上げると、ワイルダーの顔に血飛沫がかかる。

「・・・な、に?」

右の手首が半分切れていた。
勢いよく噴き出す真っ赤な血が、ワイルダーの顔に、肩にかかり、黒い肌を赤く上塗りして染めていく。

「・・・斬り落とす・・・つもり、だったが・・・な。流石に、堅い・・・」

割れた大地から緑の風が噴き出し、深く沈められていたジョルジュが、ゆっくりとその姿を現した。
身に纏う風はワイルダーの拳を全て受け切った。しかし全てのダメージを無効化できたわけではない。

「はぁ・・・はぁ・・・」

肩で息を切らし、口から出る声はかすれて弱弱しい。

左手の指、薬指と小指は反対側に曲がり折れている。ワイルダーの拳を何十発と受けて指二本で済んだのは、それだけ風の盾の防御力が高かったという事の証明でもある。
だが痣だらけで血まみれの身体を見れば、ジョルジュに残された体力が残り僅かだという事も分かる。


「ぐぬぅ・・・ここまでの切れ味、とはな・・・これが、風の力か・・・」

ワイルダーとて人間。手首を半分も切られてしまっては拳を握る事はできなかった。
右耳は切り落とされ、右目は潰され、そして右腕。ワイルダーの右半身はほぼ機能を失っている。

「・・・あの状態で、反撃してくるとは・・・な」

額に浮かんだ大粒の汗、傷口を強く握って押さえても止まる事なく、次から次へと血が溢れ出る。
これだけ深い傷である。ヒールをかけなければ血が止まる事はないだろう。

ワイルダーのダメージは深い。
だがこの人間の枠を超えた巨体は、この状態でもまだ体を動かせるエネルギーを残している。

右の拳が使い物にならなくなったとしても、まだ左が残っている。
足も動く。ワイルダーは戦える力を残していた。


しかしジョルジュのダメージはワイルダーの比ではない。
意識を保っている事が不思議なくらいの状態だった。もはや自分の足で走る事はできないだろう。
だが、風がジョルジュを支え、風が戦う力を与えていた。


真っ赤に染まった髪の隙間から、ジョルジュのアイスブルーの瞳がワイルダーを見据えた。

「・・・貴様、その状態でまだ目が死んでいないとは・・・ふっふっふ・・・嬉しいぞジョルジュ・ワーリントン!そうだ!そうでなくては面白くない!いいぞ!それでこそ俺の最後の相手に相応しいぃぃぃー-----ッツ!」

左手を伸ばし、ジョルジュに掴みかかるワイルダー。
その手に捕まる事は死を意味する。人一人を握り潰せるその巨大な手が、ジョルジュの体を掴もうとしたその時・・・・・

「フッ!」

短く、そして鋭く息を吐き出すと、ジョルジュは前に出た。

「なにッ!?」

右でも左でも後ろでも、当然避ける動きをするだろうと予測していたワイルダーは、意表を突かれ次の行動に一瞬の遅れがでる。

そしてその一瞬が致命的な遅れとなった。

目の前に迫ってきた血濡れの弓使い。その姿がワイルダーの目が映した最後の光だった。


「がぁッッッ!?・・・お、オァァァァァァァァァー-------------ッッッツ!」


巨大な左手をかいくぐって懐に入り込んだジョルジュは、左手に集めた風を鋭く研ぎ澄ますと、ワイルダーの残った左目に突き刺した。


両目から光を失った巨躯の男の絶叫が、帝国に響き渡った。
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