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【860 絶滅種】

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「し、師匠・・・こ、このプレッシャーは!?」

投擲が止んだ事を機に、俺達は足を急がせていた。
しかし10万の大軍を率いている事と、視界を覆う強い吹雪で思うように進軍ができない。

青魔法兵達が吹雪を防ぐ結界を張ってはいるが、魔法使い達はそもそも体力が一般人と変わらない。
どうしてもスピードは制限される。

だがそれでも、できる限りの速さで軍を進ませ、主都ベアナクールまでもう少しというところで、突然首都から放たれた強烈なプレッシャーに、俺達は足を止めざるをえなかった。

それはこれまで感じた事の無いほど、強く恐ろしいプレッシャーだった。

押し寄せる重圧は、自分の意思とは裏腹に足を重くし、これ以上先に進んでは駄目だと脳が警告を発してくる。冷たい汗が一瞬で全身を濡らし、唾を飲む音がやけに大きく耳に届く。
敵の姿は見えない。だが師匠が咄嗟に魔空の枝を構え、俺も魔力を放出し身構えざるを得ない程、とてつもないプレッシャーだった。


「・・・おそらく巨槍の敵じゃ。ジョルジュかエリンが戦って、相手を追い詰めたんじゃろう。さっきまでも戦っている衝撃は伝わって来ていたが、ここにきて爆発させたようじゃな。ウィッカー、先に行け・・・行って助けてやるんじゃ」

ブレンダンは隣に立つ愛弟子に顔を向けた。
有無を言わせぬ強い眼差しだった。本来は総大将としてここに残るべきだが、そうも言っていられない。10万の軍勢を、その体から発するプレッシャーだけで足止めしてしまうのだ。この巨槍の敵は、たった一人でカエストゥス軍を半壊・・・いや、全滅させられるのではと思わせる程に凄まじかった。

戦っているのはおそらくジョルジュ一人。エリンはさっきの光源爆裂弾で、敵の幹部と相打ちになった可能性が高い。ブレンダンもそれは分かっていた。

ジョルジュだからこそ・・・史上最強の弓使いと言わしめる程の男だからこそ、この過去に類を見ない程の凶悪な敵とここまで戦っていられるのだ。

だが、これほどの圧を放つ敵を相手に、無事でいられるだろうか?
ジョルジュと肩を並べて、この巨槍の敵と戦える男はウィッカーしかいない。そう判断したがゆえのブレンダンの言葉だった。

「行くんじゃウィッカー!早くしろ!」

「・・・はい!師匠、軍は任せます!」


隊を振り返って、一瞬だけ迷いを見せた。
自分の立場を考えれば、単騎で飛び出していいはずがない。だが、師の考えも分かる。
再び巨槍が飛んでくる前に、この敵は倒さねばならない。そしてここまでの圧を放たれては、進軍さえままならない。誰かが行くしかないのであれば、それは自分しかいないと。

風魔法を使い足に風を纏うと、ウィッカーは飛び出した。


「・・・俺が行くまで持ちこたえてくれ!」


早く・・・一秒でも早く・・・!
友の姿が頭に浮かび、同時に嫌な予感に胸がざわつく。焦燥感にかられながらウィッカーは魔力を放出しその体を飛ばした。







「・・・貴様、本当に人間か?」

目の前の男を見上げながら問いかけた。
最初から大きな男だったが、それでも人間には変わりない。人であるかどうかを疑う事などあるはずもない。だが、次に見せた姿は、人の範疇を超えていた。目算だが250cmはあろうでかい体に、山を思わせる程に分厚い筋肉、自分の頭など片手で握りつぶせるだろう巨大な手。
ジョルジュはこの時点ですでに、ワイルダーを人外として見ていた。


だが本当の人外とは・・・今この時、自分の目の前に立つ、こういうモノをいうのだと分かった。

二度目の変貌は、人ならざる者、ただその一言だった。

自分の倍程にも見える身の丈は、見上げるジョルジュに影を落とす。
腕も足も、もはや人としての太さではない。手の指一本でさえ自分の腕と同じ太さに見える。
腰や足の鎧も弾け飛び、千切れた繊維の切れ端が体に引っ掛かっていた。


「・・・ふぅぅぅぅ~・・・もはや言葉はいらんだろう。かかってこい」

変貌を遂げたワイルダーは、大きく息を吐き出し、鋭く光る黒い眼でジョルジュを見据えた。
右目と右耳の出血はいつのまにか止まっていた。だが顔の右半分を染める赤い血は、ワイルダーの異質な姿をより恐怖に染めていた。

頭の上から発せられた言葉は、ジョルジュの体にズシンとのし掛かる圧となって伝わった。
もはやワイルダーの発する言葉は、一つの衝撃の波動だった。

「そうか・・・どういう環境で育てば、貴様のような規格外の人間ができるのか知りたかったのだがな。変身する人間など俺は知らんからな」

常人ならばワイルダーのこの姿を見て、恐れおののき、言葉など交わそうとは思わないだろう。
ワイルダーもそれは十分に分かっていた。だが、他意の感じられないジョルジュの言葉に、ワイルダーはピクリと眉を上げた。

化け物と呼ばれるだろうと思っていた。だがジョルジュは、この姿のワイルダーを人間と呼んだ。
この姿の自分を人間として見ている。

ワイルダーは僅かな沈黙ののちに、返答を口にした。


「・・・俺はかつて、この大陸で最強の体力型の一族と呼ばれた、パンクラチオスの末裔だ」

「!?・・・パンクラチオスだと・・・まさか、まだ生き残っていたのか?」


ワイルダーの告げた正体に、ジョルジュも少なからず動揺を見せた。
ジョルジュもその名前だけは知っていたが、実際に会うのは初めてであり、そしてまさか会う日が来るとは思いもしなかったからだ。


「この俺が最後の一人だ・・・・・パンクラチオスは強い。だが数が少なすぎた。そしてこの変身、これこそがパンクラチオスの種が絶えた最大の理由だ」

ワイルダーは右手の指先を自分の左胸、心臓に当て、二度三度突いて見せた。

「この変身は心臓に大きな負担をかける。最初に見せた変身まではいい。だがこの二度目の変身、パンクラチオスの正体を見せた時・・・使い手は死ぬ」

「・・・なるほど、命を懸けると言った貴様の言葉はそういう意味か。そして疑問も解けた。なぜパンクラチオスの血が絶えたのか。その異様な変身は、命と引き換えに行う切り札というわけか」

「・・・そういう事だ。さぁ、もうあまり時間もないのでな、そろそろ始めようか?」

会話はここまでだと切り上げると、ワイルダーは拳を握り締めた。
一つだけ残った左目が、ジョルジュを見下ろし睨み付ける。その視線の圧だけで、並の兵士ならば潰されてしまうだろう。

「そうだな・・・お互いにあまり時間が無さそうだ。そろそろケリをつけさせてもらおう」

ジョルジュは自分の身体の状態を、正確に把握していた。
致命傷こそ避けていたが、全身を強く打ち付けられ、出血も多く、ワイルダーから受けたダメージは決して小さくない。
自分の意思とは関係なく、体が動かなくなる時は来る。残された時間は少ない。


だが、そんな状態にも関わらず、ジョルジュは正面からワイルダーの視線を受け止めた。
自分の倍も大きな男に威圧されるが、一歩も引かずにプレッシャーを撥ね返す。

睨みあう二人の男の闘気がぶつかりあう。それは大地を割り、吹雪を吹き飛ばし、大気を震わせた。

戦いのゆくすえを見ていた帝国兵達は、一歩も近づく事ができなかった。
うかつに近づけば、紙屑のごとく消し飛ばされるだろう。
この両者の戦いには、何一つ手を出せない。
それどころか、この闘気の圧に体を飛ばされないように、身を屈めて耐える事しかできなかった。



そしてジョルジュとワイルダー、二人の男の睨み合い、闘気の攻めぎ合いが唐突に治まり、不気味なほどの静けさが降りたその直後・・・・・


「ゆくぞ!ジョルジュワーリントンーーーーーーッッッツ!」


咆哮と共にワイルダーが右の拳を繰り出した!
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