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【856 期待と失望】
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帝国の兵達は完全に吞まれていた。
手を出すなという指示に従い、全員が城壁の前に並び立ち、ジョルジュとの戦いを黙って見ていた。
史上最強と謳われるジョルジュの噂は誰もが聞き及んでいた。
だが、そのジョルジュをもってしても、ワイルダーは圧倒的だった。
かろうじて食らいついていたが、形勢は不利、いずれはワイルダーに軍配が上がる。
ジョルジュの敗色は濃厚だった。
「・・・お、おい、なんだよ・・・あれ」
「ワ、ワイルダー様が・・・」
「あ、あんなの・・・ば、化け物じゃねぇか・・・」
変貌した指揮官の姿は、味方である自軍の兵達さえも恐れさせていた。
ワイルダーの身体が発する気は、その場にいるだけで周囲を圧倒し消耗させる。
足が震え、立っている事さえもおぼつかない。だが、その場には誰一人として倒れる事だけはしなかった。そんな姿を見せてしまえば、この黒い肌の指揮官は、味方であろうと躊躇なく命を奪うだろう。
恐怖にかられ萎縮し逃げ出したい思いにかられても、ギリギリで踏ん張り耐えていた。
ワイルダーは帝国軍の将であるが、ただただ恐れしか感じられなかった。
「ッ!」
頭をかすめた拳に死を意識させられる。ギリギリで頭を下げて躱したが、ワイルダーの拳の切れ味は、何本もの髪を切り裂いた。アイスブルーの髪が宙に飛ばされる。
自分の顔よりも大きいその拳は、顔でも腹でも、直撃を受けようものならば、粉砕されて肉片にされてしまうだろう。そうハッキリと脳がイメージできる程、とてつもない迫力を持っていた。
「ほう、よく避ける。良い眼をしているな」
ワイルダーの攻撃は防御が許されない。両腕を盾に身を護ろうとしても、腕ごと粉砕される事は火を見るより明らかだった。躱し続けるしかない。ジョルジュは反撃は考えず、全神経を眼に集中させ、ワイルダーの繰り出す攻撃をかわし続けた。
天にも届きそうだと錯覚さえ起こしそうな巨体、そして鎧を弾き飛ばす程に盛り上がった黒い筋肉は、見た目の通りパワーは凄まじいと想像できる。だが、真に恐ろしいのはそのスピードだった。
「ぐぅッ!」
ワイルダーが肩口に拳を構えた次の瞬間には、すでに鼻先スレスレまで迫っている。
いつ撃ったのかほとんど分からない。ジョルジュがかろうじて躱せているのは、これまでの戦闘経験による勘。そして予測だった。
ワイルダーが構えた瞬間に、経験による予測で、どこを狙われるか判断し回避行動に移る。
それでやっとギリギリ躱せているのだ。防戦一方だが、ジョルジュとて史上最強と謳われる実力者である。やってやれない事ではなかった。
ワイルダーの拳を間一髪で首を振って躱したが、かすめた頬は裂けて、血が噴き出した。
「おっと、今のは惜しかったな。もう少しでその綺麗な顔を潰せたのだがな」
右の拳についた赤い血が飛び散り、足元の白い雪に色を付ける。
ジョルジュは風の精霊の力を借りずとも、10数メートル離れた位置から、髪の毛を的に矢を射る事が出来る程、動体視力が優れている。
そのジョルジュが全神経を回避に集中させる事で、かろうじて直撃だけは避けれていた。
だが、それでも徐々に削られていく。それは肉体だけではない。一発でももらえば死に繋がるという現実が、ジョルジュの精神をも削りとっていく。
余裕すら見せるワイルダーとは裏腹に、ジョルジュが一発を回避するための消耗は激しかった。
「どうした!?よく躱し続けているが、それが限界か!?もっとできる男だと思ったが、俺の見込み違いか!?」
岩のような拳を振るい、大木のような足で蹴りを繰り出す。ワイルダーの猛攻にただの一発でさえ返す事ができず、回避に徹しているジョルジュに、ワイルダーは険(けん)を含んだ言葉を発した。
あまりにも強過ぎるがゆえに、ワイルダーは強敵と呼べる者と戦った事がなかった。
かつて主君であるアンソニーと共に、皇帝ローランド・ライアンと戦った事はあるが、皇帝は魔法使いである。同じ体力型との戦闘では、ワイルダーは苦戦はおろか、血を流した事さえなかった。
強過ぎた男は孤独だった。
しかし戦争のために牢から開放され、久方ぶりに戦場に立った。期待はしていなかったが、まさか自分の耳を奪う程の男に出会えた。ワイルダーは歓喜した。初めて体力型との本気の戦いができると。
しかしいざ本気を出してみると、この男は躱すだけで精いっぱい。逃げの一手しか打たない。
こんな戦いを求めたわけではないと、ワイルダーはイラ立ちを感じ始めていた。
横殴りの左を躱し、ジョルジュが大きく後ろに跳んで距離を取ると、そこでワイルダーの動きが止まった。
・・・なんだ?
休む事なく拳を振るってきた男が、ここに来て急に足を止めた。
ジョルジュは眉を寄せ、警戒しながらワイルダーの様子を見る。
二人の距離は5~6メートル程度であり、ワイルダーなら一瞬で詰めれる距離だった。
「・・・ふぅ・・・もういい。期待し過ぎた俺が間違っていたのだ。ただ逃げるだけなら貴様に価値は無い。もう死ね」
溜息を付き、蔑むような目をジョルジュに向けたワイルダーは、両足を広げて腰を落とし、両腕を大きく広げると、ジョルジュに向かって大きく声を張り上げた!
「この技をあの世の土産に持って行くがいいッ!」
言葉と同時に広げた両手を顔の前で打ち合わせる!
両手の平を打ち合わせた破裂音と共に、ワイルダーの身体を起点として、巨大な衝撃波が放射状に発生して向って来た!
「なにッ!?」
この距離ならば味方も巻き込む。
だがそんな事は気にも留めないワイルダーに、ジョルジュは驚愕しわずかに体が硬直してしまい、回避行動が一手遅れてしまう。そしてまともに浴びた衝撃波で、ジュルジュは吹き飛ばされてしまう。
「うぐァッ!」
声を上げて空中に吹き飛ばされるジョルジュに、黒い肌の大男ワイルダーは、つまらなそうに技の正体を口にする。
「これが俺の魔道具、対波動《たいはどう》の章《しょう》だ。さて、息はまだ残っているかな?」
手を出すなという指示に従い、全員が城壁の前に並び立ち、ジョルジュとの戦いを黙って見ていた。
史上最強と謳われるジョルジュの噂は誰もが聞き及んでいた。
だが、そのジョルジュをもってしても、ワイルダーは圧倒的だった。
かろうじて食らいついていたが、形勢は不利、いずれはワイルダーに軍配が上がる。
ジョルジュの敗色は濃厚だった。
「・・・お、おい、なんだよ・・・あれ」
「ワ、ワイルダー様が・・・」
「あ、あんなの・・・ば、化け物じゃねぇか・・・」
変貌した指揮官の姿は、味方である自軍の兵達さえも恐れさせていた。
ワイルダーの身体が発する気は、その場にいるだけで周囲を圧倒し消耗させる。
足が震え、立っている事さえもおぼつかない。だが、その場には誰一人として倒れる事だけはしなかった。そんな姿を見せてしまえば、この黒い肌の指揮官は、味方であろうと躊躇なく命を奪うだろう。
恐怖にかられ萎縮し逃げ出したい思いにかられても、ギリギリで踏ん張り耐えていた。
ワイルダーは帝国軍の将であるが、ただただ恐れしか感じられなかった。
「ッ!」
頭をかすめた拳に死を意識させられる。ギリギリで頭を下げて躱したが、ワイルダーの拳の切れ味は、何本もの髪を切り裂いた。アイスブルーの髪が宙に飛ばされる。
自分の顔よりも大きいその拳は、顔でも腹でも、直撃を受けようものならば、粉砕されて肉片にされてしまうだろう。そうハッキリと脳がイメージできる程、とてつもない迫力を持っていた。
「ほう、よく避ける。良い眼をしているな」
ワイルダーの攻撃は防御が許されない。両腕を盾に身を護ろうとしても、腕ごと粉砕される事は火を見るより明らかだった。躱し続けるしかない。ジョルジュは反撃は考えず、全神経を眼に集中させ、ワイルダーの繰り出す攻撃をかわし続けた。
天にも届きそうだと錯覚さえ起こしそうな巨体、そして鎧を弾き飛ばす程に盛り上がった黒い筋肉は、見た目の通りパワーは凄まじいと想像できる。だが、真に恐ろしいのはそのスピードだった。
「ぐぅッ!」
ワイルダーが肩口に拳を構えた次の瞬間には、すでに鼻先スレスレまで迫っている。
いつ撃ったのかほとんど分からない。ジョルジュがかろうじて躱せているのは、これまでの戦闘経験による勘。そして予測だった。
ワイルダーが構えた瞬間に、経験による予測で、どこを狙われるか判断し回避行動に移る。
それでやっとギリギリ躱せているのだ。防戦一方だが、ジョルジュとて史上最強と謳われる実力者である。やってやれない事ではなかった。
ワイルダーの拳を間一髪で首を振って躱したが、かすめた頬は裂けて、血が噴き出した。
「おっと、今のは惜しかったな。もう少しでその綺麗な顔を潰せたのだがな」
右の拳についた赤い血が飛び散り、足元の白い雪に色を付ける。
ジョルジュは風の精霊の力を借りずとも、10数メートル離れた位置から、髪の毛を的に矢を射る事が出来る程、動体視力が優れている。
そのジョルジュが全神経を回避に集中させる事で、かろうじて直撃だけは避けれていた。
だが、それでも徐々に削られていく。それは肉体だけではない。一発でももらえば死に繋がるという現実が、ジョルジュの精神をも削りとっていく。
余裕すら見せるワイルダーとは裏腹に、ジョルジュが一発を回避するための消耗は激しかった。
「どうした!?よく躱し続けているが、それが限界か!?もっとできる男だと思ったが、俺の見込み違いか!?」
岩のような拳を振るい、大木のような足で蹴りを繰り出す。ワイルダーの猛攻にただの一発でさえ返す事ができず、回避に徹しているジョルジュに、ワイルダーは険(けん)を含んだ言葉を発した。
あまりにも強過ぎるがゆえに、ワイルダーは強敵と呼べる者と戦った事がなかった。
かつて主君であるアンソニーと共に、皇帝ローランド・ライアンと戦った事はあるが、皇帝は魔法使いである。同じ体力型との戦闘では、ワイルダーは苦戦はおろか、血を流した事さえなかった。
強過ぎた男は孤独だった。
しかし戦争のために牢から開放され、久方ぶりに戦場に立った。期待はしていなかったが、まさか自分の耳を奪う程の男に出会えた。ワイルダーは歓喜した。初めて体力型との本気の戦いができると。
しかしいざ本気を出してみると、この男は躱すだけで精いっぱい。逃げの一手しか打たない。
こんな戦いを求めたわけではないと、ワイルダーはイラ立ちを感じ始めていた。
横殴りの左を躱し、ジョルジュが大きく後ろに跳んで距離を取ると、そこでワイルダーの動きが止まった。
・・・なんだ?
休む事なく拳を振るってきた男が、ここに来て急に足を止めた。
ジョルジュは眉を寄せ、警戒しながらワイルダーの様子を見る。
二人の距離は5~6メートル程度であり、ワイルダーなら一瞬で詰めれる距離だった。
「・・・ふぅ・・・もういい。期待し過ぎた俺が間違っていたのだ。ただ逃げるだけなら貴様に価値は無い。もう死ね」
溜息を付き、蔑むような目をジョルジュに向けたワイルダーは、両足を広げて腰を落とし、両腕を大きく広げると、ジョルジュに向かって大きく声を張り上げた!
「この技をあの世の土産に持って行くがいいッ!」
言葉と同時に広げた両手を顔の前で打ち合わせる!
両手の平を打ち合わせた破裂音と共に、ワイルダーの身体を起点として、巨大な衝撃波が放射状に発生して向って来た!
「なにッ!?」
この距離ならば味方も巻き込む。
だがそんな事は気にも留めないワイルダーに、ジョルジュは驚愕しわずかに体が硬直してしまい、回避行動が一手遅れてしまう。そしてまともに浴びた衝撃波で、ジュルジュは吹き飛ばされてしまう。
「うぐァッ!」
声を上げて空中に吹き飛ばされるジョルジュに、黒い肌の大男ワイルダーは、つまらなそうに技の正体を口にする。
「これが俺の魔道具、対波動《たいはどう》の章《しょう》だ。さて、息はまだ残っているかな?」
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