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理太郎

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【849 剣士の覚悟】

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腹部のダメージは大きかった。
肉を抉られ、傷口から流れ出る血が止まらない。爆裂弾とはいえ、密着状態でまともに受けて即死しなかったのは、物理と魔法に耐性のある、特殊な糸で編んだシャツを着ていたからだろう。


「結局・・・私は、何の役にも・・・たてない、の・・・かな」

短く浅い呼吸を繰り返す。自分の不甲斐なさが悔しくて、唇を噛み締める。

ブローグ砦の戦いでは、敵将のディーン・モズリーに敗れた。
セシリア・シールズが攻めてきた時には、時間稼ぎすら満足にできなかった。

そして今、この女にも不覚をとってしまった。少しは強くなったという自信があった。
けれど勇ましい言葉を口にして出て来たのに、結果はご覧のあり様だ。

私は・・・・・何の役にも立てない。

勇敢に戦ったヤヨイさんとルチルさんに、申し訳なくて自己嫌悪すら感じる。


立ち上がろうとしても、身じろぎ一つで、激しい痛みが腹部から脳へ響く。
自分の気持ちとは裏腹に、体が動く事を拒否して膝を着いてしまう。

痛みに歯を食いしばりながら顔を上げると、目の前には自分を護るように立つジョルジュ様が、炎の竜を纏った帝国の女と対峙している。


「ジ、ジョルジュ・・・様・・・」

「・・・エリン、動くな。いずれカエストゥス軍も追いつく。ジャニスにヒールをしてもらえば助かる。それまで休んでいろ」

掠れた小さな声だったけど、ジョルジュ様には届いたようだ。
前を向いたまま言葉を返してくれる。



そうだ・・・どうせ私では勝てない・・・だから、ジョルジュ様の言う通り、お任せしよう



諦めて目を閉じたその時、私達のすぐ近くを巨槍が突き抜けていった。
槍と呼ぶには重すぎる鋼鉄の塊、目で追う事さえ困難な速さによって発生した、凄まじい突風が体にぶつかり私の体を揺さぶる。そして一瞬遅れて、ビリビリと肌にぶつかるような轟音が耳を打った。

私達がこうしている間にも、帝国からの投擲は続いている。
ブレンダン様の結界もいつまでもつか分からない。


「くっ、巨槍・・・なにっ!?」

ほんの瞬き程の一瞬で、遠くに飛ばされていく巨槍を目で追うと、続けざまにもう一本の巨槍が同じ軌道を飛んで来た。
殴りつけられるような大風と、耳が痛くなるような音に、体を丸めて防御の態勢をとる。

「う、ぐぅ・・・こ、こんな・・・たて、続けに・・・!?」

私は声を失った。二投目が通り過ぎた次の瞬間には、もう三投目の巨槍が迫って来ていたのだ。
槍が私のすぐ横を通過する時、そのすさまじい勢いで発生した突風を正面から浴びて、私は後ろに倒されてしまった。


・・・・・ペトラ、隊長


雪の冷たさを背中に感じる


・・・・・ヤヨイさん・・・ルチルさん・・・・・・


空から降り注ぐ雪が頬を濡らす


私は・・・・・






ジョルジュもまたこの連投には驚かされた。
三連続の投擲と、それによって発生する突風に動きを止められ、防御のためにキャシーに向けて構えた弓も、下ろさざるをえなかった。

「くっ、三発だと!?」

顔をしかめるジョルジュを見て、キャシーが嗤った。

「フッ・・・ワイルダー様が仕留めにかかったようだな。カエストゥスがどうやってあの巨槍を防いでいるか分からないが、単発で無理なら連投というわけだ」

「ワイルダー?・・・そうか、それがこの攻撃の主の名か。ならばさっさとお前を片付けて、そのワイルダーとやらも倒さなければな」

「フン!できるものならやってみな!焼き殺してやるよ!」

サラリと言ってのけるジョルジュに、キャシーの目が鋭くなる。
睨みあう二人。空気が張りつめる程の緊張状態を破ったのは、エリンの一声だった。


「ジョルジュ様、ここは私に任せて先へ行ってください」

「・・・エリン?」

腹の傷を押さえながら、ジョルジュの横に並び立った青い髪の剣士は、剣を片手に炎の竜を纏う帝国の女を真っすぐに睨み付けた。

「・・・行ってください。ブレンダン様の魔力が尽きる前に、巨槍の敵を倒さなければなりません。この女は・・・私が倒します」

額に浮かんだ汗の粒が流れ、顎先から滴り落ちる。左手で押さえる腹部からは、血が流れ落ちている。
どう見ても戦える状態ではなかった。

ジョルジュもエリンを戦わせようとは思っていなかった。
持久戦になるが、キャシーの魔力が切れるまで矢を放ち、灼炎竜を躱す事はできるという自信があったからだ。

だが、エリンの言う通り、あの投擲にいつまでブレダンが持つかは分からない。
連投が続けば、それだけブレンダンの魔力の消費も多くなる。そしてあの返しという技は、高い集中力が求められる。この巨槍に対しては猶更だろう。神経をすり減らして防いでいるのだ。
カエストゥスの勝利を最優先するならば、この場をエリンに任せて、自分は一秒でも早く先へ行くべきであり、そうしなければならないのだ。


それでも迷いはあった。
ここでエリンを一人残して戦わせれば、おそらくエリンは・・・・・

だがエリンの目・・・ある種の覚悟を決めたこの目を見て、ジョルジュは頷くしかなかった。
この体で立ち上がり、一人で戦うと口にするエリンを、ジョルジュは止められなかった。

なぜならジョルジュも同じ覚悟を持っていたからだ。エリンの決意は痛いくらいによく分かる。


「・・・エリン、目に見えるものだけに捕らわれるな。足で土を、肌で風の動きを感じるんだ。お前なら勝てる・・・・・任せたぞ、エリン・スペンス」

この場をエリンに託し、史上最強の弓使いは、巨槍の敵が待つ決戦の場へと駆けた。





自分の身体は自分が一番よく分かっている。無理を言っているというのもよく分かっている。
それでも私を信じて、この場を託してもらった事が嬉しかった。

「お任せください!カエストゥスに勝利を!」

背を向けるジョルジュ様に顔を向ける事はしなかった。
真っすぐに目の前の敵を見据えたまま、私は私の覚悟を声に出して叫んだ。

カエストゥスに勝利を!

この戦争での私の戦いはここだ。ジョルジュ様が巨槍の敵に集中できるようにする。
後に続くカエストゥス軍の妨げを取り除く。

この復讐に捕らわれた女は、ここで私が倒す!


「私はエリン・スペンス。カエストゥス軍、剣士隊副隊長だ・・・」

両手で剣を握り構える。気を張っていないと痛みで倒れそうになる。

長くは持たない・・・・・
だから、私に残った最後の力を・・・ここに全てをぶつける!


「・・・キャシー・タンデルズ。ブロートン帝国黒魔法兵団副団長だ」

名乗りに付き合う必要はなかった。
だが重症を負いながらも、その気力は衰える事なく、鋭い目を送って来る青い髪の女に、キャシーもまた復讐心を越えて応えたくなった。


「・・・キャシー・タンデルズ、その名は忘れない・・・参る!」


エリン・スペンス、手負いの剣士は大地を強く蹴った!
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