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【845 エリンの剣】
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「師匠!」
「つぁぁぁぁぁー---ーッツ!」
両腕を振るい、青く輝く結界を回して巨槍を流す。
槍の穂先が結界に触れた瞬間を狙い、滑らせるように力の向きを変えるこの技は、師匠だけの技だ。
「ふぅ・・・ウィッカー、お主の風魔法で勢いを弱めるのは、良い策じゃな」
師匠は肩を回し、楽しそうに笑って見せた。
「はい・・・ただ、やはり凄まじい威力です。全力で風をぶつけてるのに、大して効いてないです」
「正面からではしかたなかろう。強すぎる槍の勢いが暴風を発生させとるから、下からも横からも軌道をずらせん。正面から受け止めるように、勢いを弱める事しかできんのじゃ。じゃがそれでも最初よりはずいぶん楽じゃぞ」
「はい、少しでも師匠の負担を軽減できたのなら良かったです」
俺と師匠が先頭に立ち、槍が見えたら瞬間に俺が風魔法を放ち、師匠が結界技の返しで軌道を反らす。
この連携でカエストゥス軍は進行していた。
いつ来るとも分からない攻撃に備えるため、俺も師匠も気を張っている。そのため進軍のスピードは遅い。
だが、最初の一発以降は被害を出していないし、安全策を取る以上これはしかたのない事だった。
「ここまで来て、一気に移動速度が落ちたが、あの槍から隊を護るためには・・・!?」
突如、巨大な魔力を感じて顔を上げると、帝国の首都ベアナクールの空に、赤々と光る何かが見えた。
「あれは・・・ん、この魔力、どこかで・・・」
距離があるため全体像までは分からないが、間違いない。あれは黒魔法使いならよく知っている魔法だ。
そしてこの魔力は、以前どこかで感じた事がある気がする。
あれは・・・
「灼炎竜じゃな・・・ジョルジュとエリンが戦闘に入ったという事じゃろう。かなりの魔力じゃ、ここまでビシビシ伝わって来よるわ」
答えが出る前に、隣に立つ師匠が魔法の正体を口にした。
同じ空を見上げる師匠の声には、僅かながら硬さが見えるし、顔つきも厳しい。
かなりの魔力を感じるが、ジョルジュが勝てないレベルではない。だが、今のジョルジュは火の精霊の妨害によって、風の力が使えない。苦戦は免れないかもしれない・・・
「・・・師匠、あの二人なら大丈夫です。二人を信じて俺達は先を行きましょう。一刻も早く追いついて加勢するのが、俺達の役目です」
そう話す俺に、師匠は驚いたように少し目を開くが、すぐに笑って頷いた。
「・・・弟子に教わるとは、こういう事か・・・うむ、お前の言う通りじゃ。行くか」
ジョルジュ、エリン・・・気を付けろ。
この魔力から感じる深い憎しみは、尋常じゃない。
師匠もそれを感じ取ったから、あんなに表情を硬くしたんだ。
二人の無事を願いながら、俺達は軍を進めた。
「ハァァァァー----ッツ!」
地上のジョルジュに向けて、キャシーは右腕を勢いよく降り下ろす。
降りしきる雪を食らいながら、灼炎竜が唸りを上げて襲い掛かる!
その巨大な顎に捕まれば、頭から一飲みにされて骨をも残さず焼き尽くされるだろう。
「・・・面倒だな」
頭上からの竜を後方へ跳んで躱すが、炎の竜は首を曲げると、そのまま地面を焼きながらジョルジュへと迫る。
戦いが始まってから、キャシーは一貫してジョルジュを狙っていた。
その理由に、ジョルジュが弓使いである事があげられた。
灼炎竜の炎で、ジョルジュの鉄の矢を弾ける事は証明したが、それでも空にいる自分に、武器を届かせる事ができるのは油断できない。
まして相手があの、ジョルジュ・ワーリントンであるならば猶更である。
そう、キャシーはジョルジュを知っていた。だからこそ、史上最強の弓使いと謳われる男を自由にさせておくなどできない。
そしてもう一人の剣士エリン、こちらは遠距離攻撃を備えていない。
それは自分が今、ジョルジュに攻撃をしかけているにも関わらず、何も援護をしてこない事が証明している。剣を持っている事から体力型だと分かるが、ここまでは飛んでこれないのだ。
平地であるこの場所では足場にする樹々も無い。
打つ手がないのだろう。
ならば今はこの弓使いに全力を注ぐべきだ。それがキャシーの出した結論である。
黒く焼かれた地面からは灰色の煙が立ち昇り、だんだんと視界が塞がれていく。
「さて、弓が通じない以上どうする・・・」
ジョルジュの身体能力ならば、このままキャシーの灼炎竜を躱し続ける事は可能である。
だが、いくら躱していても、結局この女を倒せなければ先に進む事はできない。
こうしている間にも、巨槍は投げられ、後ろのカエストゥス軍に被害を与えているのだ。
なんとしてもこの女を倒し、巨槍の敵を止めなければならない。
風が使えない以上、持ち札だけでやるしかない。
だが、矢は弾かれるし、空中の女に体術も現実的ではない。
灼炎竜を躱しながら、打開策を練るジョルジュの耳に、突然エリンの大声が届いた。
「ジョルジュ様!申し訳ありません!」
「なっ!?」
炎の竜から逃げるジョルジュの正面から、剣を構えたエリンが走り向かってくる。
自分の後ろからは大口を開けた竜が迫っている。みすみす焼き殺されに来るようなものだ。
エリンの行動に、ジョルジュが驚きの表情を見せたその時・・・
「肩をお借りします!」
エリンは地面を蹴り上げると、そのままジョルジュの肩に右足を乗せて、強く蹴って空へと飛び上がった。
その跳躍は高く、キャシーの頭に影を落とした。
「なっ!?」
思いもよらぬ方法で制空権を奪われ、キャシーの目が驚愕に開かれる。
「矢は弾けてもこれならどう?」
この女の炎はジョルジュ様の矢でさえ弾いた。
そして私の剣は、よく鍛えられているが魔道具の類ではない。
このまま叩き込んでも押し負ける可能性がある。
この女の灼炎竜を斬るためには、いかに速く、いかに重く、いかに鋭い剣を繰り出せるか。それが求められる。
ならば・・・
両手で剣を握り締める。
全神経を剣に集中させ、エリンは高々と剣を振り上げた!
「チィッ!そんな剣などでぇぇぇーー--!」
キャシーの身に纏う炎が大きく膨れ上がる!
「セァァァァァー----ッツ!」
・・・・・その瞬間、キャシーの目は完全にエリンの剣を見失っていた。
剣が降り下ろされると構えた次の瞬間、自分を護るべき炎は真っ二つに斬り裂かれた。
二つに分かれた炎は、火の粉を散らして風へと消える。
そして一瞬遅れて、焼けつくような激しい痛みが、左肩から右の脇腹にかけて走った。
「うッ!ぐぅ・・・ぁ・・・な、なん、だと!?」
血しぶきが上がり、キャシーの両手を真っ赤に染める。
斬られたというのか!?馬鹿な!まったく・・・全く何も見えなかった・・・!
い・・・いったい・・・!?
「・・・速さも重さも鋭さも、上段から振り下ろすこの一太刀だけは、誰にも負けない自信があるんだ。この一太刀だけなら、私はカエストゥスで一番だ」
私の剣ならばこの女に届く・・・この女の相手は私だ。
エリンの剣の切っ先は、炎と共に斬り裂いた女の血で赤く染まっていた。
「つぁぁぁぁぁー---ーッツ!」
両腕を振るい、青く輝く結界を回して巨槍を流す。
槍の穂先が結界に触れた瞬間を狙い、滑らせるように力の向きを変えるこの技は、師匠だけの技だ。
「ふぅ・・・ウィッカー、お主の風魔法で勢いを弱めるのは、良い策じゃな」
師匠は肩を回し、楽しそうに笑って見せた。
「はい・・・ただ、やはり凄まじい威力です。全力で風をぶつけてるのに、大して効いてないです」
「正面からではしかたなかろう。強すぎる槍の勢いが暴風を発生させとるから、下からも横からも軌道をずらせん。正面から受け止めるように、勢いを弱める事しかできんのじゃ。じゃがそれでも最初よりはずいぶん楽じゃぞ」
「はい、少しでも師匠の負担を軽減できたのなら良かったです」
俺と師匠が先頭に立ち、槍が見えたら瞬間に俺が風魔法を放ち、師匠が結界技の返しで軌道を反らす。
この連携でカエストゥス軍は進行していた。
いつ来るとも分からない攻撃に備えるため、俺も師匠も気を張っている。そのため進軍のスピードは遅い。
だが、最初の一発以降は被害を出していないし、安全策を取る以上これはしかたのない事だった。
「ここまで来て、一気に移動速度が落ちたが、あの槍から隊を護るためには・・・!?」
突如、巨大な魔力を感じて顔を上げると、帝国の首都ベアナクールの空に、赤々と光る何かが見えた。
「あれは・・・ん、この魔力、どこかで・・・」
距離があるため全体像までは分からないが、間違いない。あれは黒魔法使いならよく知っている魔法だ。
そしてこの魔力は、以前どこかで感じた事がある気がする。
あれは・・・
「灼炎竜じゃな・・・ジョルジュとエリンが戦闘に入ったという事じゃろう。かなりの魔力じゃ、ここまでビシビシ伝わって来よるわ」
答えが出る前に、隣に立つ師匠が魔法の正体を口にした。
同じ空を見上げる師匠の声には、僅かながら硬さが見えるし、顔つきも厳しい。
かなりの魔力を感じるが、ジョルジュが勝てないレベルではない。だが、今のジョルジュは火の精霊の妨害によって、風の力が使えない。苦戦は免れないかもしれない・・・
「・・・師匠、あの二人なら大丈夫です。二人を信じて俺達は先を行きましょう。一刻も早く追いついて加勢するのが、俺達の役目です」
そう話す俺に、師匠は驚いたように少し目を開くが、すぐに笑って頷いた。
「・・・弟子に教わるとは、こういう事か・・・うむ、お前の言う通りじゃ。行くか」
ジョルジュ、エリン・・・気を付けろ。
この魔力から感じる深い憎しみは、尋常じゃない。
師匠もそれを感じ取ったから、あんなに表情を硬くしたんだ。
二人の無事を願いながら、俺達は軍を進めた。
「ハァァァァー----ッツ!」
地上のジョルジュに向けて、キャシーは右腕を勢いよく降り下ろす。
降りしきる雪を食らいながら、灼炎竜が唸りを上げて襲い掛かる!
その巨大な顎に捕まれば、頭から一飲みにされて骨をも残さず焼き尽くされるだろう。
「・・・面倒だな」
頭上からの竜を後方へ跳んで躱すが、炎の竜は首を曲げると、そのまま地面を焼きながらジョルジュへと迫る。
戦いが始まってから、キャシーは一貫してジョルジュを狙っていた。
その理由に、ジョルジュが弓使いである事があげられた。
灼炎竜の炎で、ジョルジュの鉄の矢を弾ける事は証明したが、それでも空にいる自分に、武器を届かせる事ができるのは油断できない。
まして相手があの、ジョルジュ・ワーリントンであるならば猶更である。
そう、キャシーはジョルジュを知っていた。だからこそ、史上最強の弓使いと謳われる男を自由にさせておくなどできない。
そしてもう一人の剣士エリン、こちらは遠距離攻撃を備えていない。
それは自分が今、ジョルジュに攻撃をしかけているにも関わらず、何も援護をしてこない事が証明している。剣を持っている事から体力型だと分かるが、ここまでは飛んでこれないのだ。
平地であるこの場所では足場にする樹々も無い。
打つ手がないのだろう。
ならば今はこの弓使いに全力を注ぐべきだ。それがキャシーの出した結論である。
黒く焼かれた地面からは灰色の煙が立ち昇り、だんだんと視界が塞がれていく。
「さて、弓が通じない以上どうする・・・」
ジョルジュの身体能力ならば、このままキャシーの灼炎竜を躱し続ける事は可能である。
だが、いくら躱していても、結局この女を倒せなければ先に進む事はできない。
こうしている間にも、巨槍は投げられ、後ろのカエストゥス軍に被害を与えているのだ。
なんとしてもこの女を倒し、巨槍の敵を止めなければならない。
風が使えない以上、持ち札だけでやるしかない。
だが、矢は弾かれるし、空中の女に体術も現実的ではない。
灼炎竜を躱しながら、打開策を練るジョルジュの耳に、突然エリンの大声が届いた。
「ジョルジュ様!申し訳ありません!」
「なっ!?」
炎の竜から逃げるジョルジュの正面から、剣を構えたエリンが走り向かってくる。
自分の後ろからは大口を開けた竜が迫っている。みすみす焼き殺されに来るようなものだ。
エリンの行動に、ジョルジュが驚きの表情を見せたその時・・・
「肩をお借りします!」
エリンは地面を蹴り上げると、そのままジョルジュの肩に右足を乗せて、強く蹴って空へと飛び上がった。
その跳躍は高く、キャシーの頭に影を落とした。
「なっ!?」
思いもよらぬ方法で制空権を奪われ、キャシーの目が驚愕に開かれる。
「矢は弾けてもこれならどう?」
この女の炎はジョルジュ様の矢でさえ弾いた。
そして私の剣は、よく鍛えられているが魔道具の類ではない。
このまま叩き込んでも押し負ける可能性がある。
この女の灼炎竜を斬るためには、いかに速く、いかに重く、いかに鋭い剣を繰り出せるか。それが求められる。
ならば・・・
両手で剣を握り締める。
全神経を剣に集中させ、エリンは高々と剣を振り上げた!
「チィッ!そんな剣などでぇぇぇーー--!」
キャシーの身に纏う炎が大きく膨れ上がる!
「セァァァァァー----ッツ!」
・・・・・その瞬間、キャシーの目は完全にエリンの剣を見失っていた。
剣が降り下ろされると構えた次の瞬間、自分を護るべき炎は真っ二つに斬り裂かれた。
二つに分かれた炎は、火の粉を散らして風へと消える。
そして一瞬遅れて、焼けつくような激しい痛みが、左肩から右の脇腹にかけて走った。
「うッ!ぐぅ・・・ぁ・・・な、なん、だと!?」
血しぶきが上がり、キャシーの両手を真っ赤に染める。
斬られたというのか!?馬鹿な!まったく・・・全く何も見えなかった・・・!
い・・・いったい・・・!?
「・・・速さも重さも鋭さも、上段から振り下ろすこの一太刀だけは、誰にも負けない自信があるんだ。この一太刀だけなら、私はカエストゥスで一番だ」
私の剣ならばこの女に届く・・・この女の相手は私だ。
エリンの剣の切っ先は、炎と共に斬り裂いた女の血で赤く染まっていた。
応援ありがとうございます!
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