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【843 燻ぶらせていた炎】
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「ジョルジュ様!正面から来ます!」
一歩後ろから聞こえる声に、俺は前を向いたまま頷いた。
その数秒後、前方にソレを捉えると、俺達は左右に分かれて飛んだ。
風を貫き、唸りを上げて飛んでくる巨大な槍を回避する。
「・・・いい能力だ。風の精霊が封じられている今、お前の遠目の鏡は俺よりもよく見えている。この調子で頼む」
風の力がなくとも、感覚の鋭いジョルジュは、迫りくる槍を常人よりも早く察知する事はできる。
だがエリンの目は、直接ワイルダーの投擲の瞬間までも見通す事ができる。
いかに感覚が鋭いと言っても、比べられるものではなかった。
「お任せください!私の目はこの距離からでも全てが見えます!」
自分の力が役に立つ、ジョルジュに頼りされ認めてもらえる事が嬉しくて、エリンは声を大きく返事をする。
そして槍を躱した二人は、ジョルジュが一歩前に出る形で再び走り出した。
蹴り進む大地は、空から降り始めた雪によって、辺り一面を白く色付けていた。
心なしか風も吹き始め、前髪が後ろへと流される。
風の精霊と心を通じているジョルジュだが、帝国の風だけは好きになれなかった。
帝国は豊かな国で、民には手厚い保障を行っていると聞いた事がある。
だがジョルジュは、カエストゥスにいた時から、帝国から流れて来る風に強い懸念を持っていた。
帝国の風は、裏と表、明と暗、二つの顔を持っていた。
どれだけ豊に見えても、その裏で何が行われているか分からない。
それはどの国でもそうなのかもしれない。現にカエストゥスも、前大臣のベン・フィングの悪行、王子タジーム・ハメイドへの迫害、かつて国がやっていた事は恐ろしい闇だ。
だが、このブロートン帝国はその比ではない。
自国以外はどうなってもかまわない。皇帝の私欲のためだけに侵略戦争を始め、カエストゥスに哀しみを生んだ。吐き気を感じる程のおぞましい悪意は、汚れた風となってジョルジュに感じられていた。
「やはり風が使えない・・・火の精霊の妨害もあるが、そもそも俺は帝国の風とは相性が悪いのかもしれんな」
ジョルジュは自嘲気味に笑った。
風が使えなければ持ち前の体術と弓で戦うしかない。それでこの巨槍の敵を相手にどこまで戦えるだろうか?
エリンから聞いた話しでは、とにかく大きくて黒い男だと言う。
周囲の兵士達より頭一つ以上は大きいと言う。
兵達の平均身長を170~180程度で考えた場合、おそらく巨槍の敵は身長2メートル、いや2メートル10はあるだろう。場合によっては2メートル20はあるかもしれない。
しかし、それだけの体躯の持ち主だとしても、果たしてあの超重量の槍を生身で投げて10キロも飛ばす事ができるだろうか?
エリンが見たままを証言しているため、それに嘘が無い事は分かる。
だが見たままの言葉通りに受け取る事はできなかった。
ジョルジュは、なんらかの魔道具による恩恵を受けているのだろうと考えた。
ジョルジュは一見すると線の細い体格に見えるが、その実は引き締められ、鍛え抜かれた体を持っている。腕力にも自信はある。
だが、この巨槍を飛ばす男は、自分など足元にも及ばない腕力なのだろう。
そして一対一ではないのだ。周囲に並び立つ帝国兵まで相手にした戦いになる。
無論負けるつもりはない。当然勝算があるからこそ、ジョルジュは先行して走っているのだ。
だが風の力がうまく使えない今、ジョルジュは勝率は低いと感じていた。
「ジョルジュ様!次、投げられました!さっきより弾道が低い・・・地面を抉ってます!」
エリンの瞳がワイルダーの次弾を捉える。声を大にして伝えると、ジョルジュも体に伝わる情報で投擲を感じ取った。
「分かった・・・この振動、抉り取られた土や石が勢いよく弾かれているな」
「・・・はい、まるで火山の噴火です。左右に避けるのはできません」
「そうか、では上しかないな・・・・・見えた!エリン!今だ飛べ!」
ジョルジュの目が巨槍を映した数舜後には、鋼鉄の塊は目の前に迫っていた。
帝国の陣営まではまだ数キロの距離がある。だがエリンがワイルダーの投擲を目で捉えてから、極めて短い時間で巨槍は眼前まで飛ばされていた。考えられない程の恐ろしいスピードだった。
ジョルジュの合図で、二人は大地を蹴って上空へ飛んだ!
その次の瞬間、巨大な槍が足元を通過し、それによって巻き起こる豪風が上空の二人を煽る。
「くっ、すさまじいな」
体が流されて体勢を崩されるが、二人は体を縦に回し、片手と膝を着いて着地を決める。
削られた地面は草も花も根こそぎ奪われ、茶色い地肌を露出させ、両脇に土砂を巻き散らかしていた。
「着弾までが早過ぎます、私が投擲を見てから、ほとんど間を置かずにぶつかってきてます。こんな早さありえませんよ」
「ああ、ふざけた能力だ。だが躱せないわけではない。エリン、お前が発射と軌道を見極め、俺が回避の合図を出す。たどり着く事は可能だ・・・行くぞ!」
「はい!」
強く頷くと、ジョルジュとエリンは再び駆けだした。
「・・・ワ、ワイルダー様?い、いかがなさいましたか?」
巨槍を手渡した兵が、機嫌を伺うように声をかける。
槍を受け取ると、慣れた様子ですぐに投擲に入っていた指揮官が、ここに来てその動きを止め、わずかに眉間にシワを寄せて前方を見すえているのだ。
「また見られた。つまり・・・これだけ撃っても、俺の槍を躱しているという事か・・・変化も付けたが、直線的な攻撃では仕留められんか・・・」
黒い肌の指揮官は、左手に持った槍を地面に突き刺すと、そこで初めて後ろに並ぶ兵達に向き直った。
「そこの女・・・確か、キャシーとか言ったな?」
名前を呼ばれ、深紅のローブに身を包んだ女性が前に進み出た。
赤紫色の長い髪を、首の後ろから流すように三つ編みに結っている。
少し鋭い金色の瞳は、彼女の内面の強さを映しているようだ。シャープな顔立ちと相まって少しキツメの印象だ。
「キャシー・タンデルズです。黒魔法兵団に所属しております」
屈強な体力型の兵達でさえ、ワイルダーを前にしては萎縮してしまうというのに、この深紅のローブの黒魔法使いの女は眉一つ動かさず、威風堂々とその前に立った。
キャシーの背丈は173cm、魔法使いの女性にしては背丈はある方だが、218cm、山の如き巨漢のワイルダーと比べると、大人と子供以上の差に見える。
しかしそれでもキャシーは臆する事なく、黒い肌の指揮官の前に立ち、じっとその目を見て指示を待つ。
「ほう・・・幹部クラスの経歴には目を通していたが・・・貴様は俺が想像していたよりもずいぶん肝が据わっているようだ。その目・・・先のセインソルボ山の戦いで、死線をくぐったという事か?」
セインソルボ山の戦い。
そこを指摘されて、ワイルダーを見るキャシーの金色の瞳が、僅かに鋭く光った。
「ジャキル・ミラー、そしてステイフォン・フルトン、優秀な指揮官だったようだな。あの山での敗戦以降、貴様はその胸に復讐の炎をくすぶらせていたのだろう?喜べ、今がその時だ」
「・・・なぜ、私が復讐を決意していると?失礼ですが、ワイルダー様とは今回が初めての顔合わせでございます」
それまで無表情で思考の読めなかった女が、初めて感情らしきものを顔に出した事で、ワイルダーはニヤリと口の端を持ち上げた。
そして、ぐいっと顔を近づけると、キャシーの目に巨大な指先を突きつけた。
「その目だ・・・ある種の覚悟、決意をしたその目だ。戦場を渡り歩くと、極稀にその目をしたヤツに会う事がある。己の命と引き換えにしても敵を討つ、そう覚悟決めた者の目だ。キャシー・タンデルズ、復讐をしたければ行ってその手で討ち取ってこい」
ワイルダーからすれば、ただ言葉を発しているだけに過ぎないが、僅かでも気を抜けば、押しつぶされそうな程の重圧がかかる。
だが、あの日以降、いつ死んでもかまわない。そう覚悟決めていたキャシーは、ワイルダーから視線を切らずに言葉を返した。
「承知しました。行ってまいります」
魔力を風に変える。
自身を中心として巻き起こした風は、降り落ちる雪を吹き飛ばし、キャシーの体を宙へと浮かばせた。
「一つ言っておく。貴様が行ったからとて、俺の投擲が止む事は無い。巻き込まれないように気を付けるんだな」
自分の頭よりも高く、空に浮かんでいるキャシーに、ワイルダーはそう告げた。
キャシーは表情を変えず無言で頷くと、迫りくるカエストゥス軍を殲滅するため、戦場へと飛び立って行った。
「・・・・・フッ、なかなか骨のある女だ」
飛び立ったキャシーの姿が見えなくなると、ワイルダーは地面に突き刺した巨槍を抜き取り、再び目線の高さに持ち構えた。
一歩後ろから聞こえる声に、俺は前を向いたまま頷いた。
その数秒後、前方にソレを捉えると、俺達は左右に分かれて飛んだ。
風を貫き、唸りを上げて飛んでくる巨大な槍を回避する。
「・・・いい能力だ。風の精霊が封じられている今、お前の遠目の鏡は俺よりもよく見えている。この調子で頼む」
風の力がなくとも、感覚の鋭いジョルジュは、迫りくる槍を常人よりも早く察知する事はできる。
だがエリンの目は、直接ワイルダーの投擲の瞬間までも見通す事ができる。
いかに感覚が鋭いと言っても、比べられるものではなかった。
「お任せください!私の目はこの距離からでも全てが見えます!」
自分の力が役に立つ、ジョルジュに頼りされ認めてもらえる事が嬉しくて、エリンは声を大きく返事をする。
そして槍を躱した二人は、ジョルジュが一歩前に出る形で再び走り出した。
蹴り進む大地は、空から降り始めた雪によって、辺り一面を白く色付けていた。
心なしか風も吹き始め、前髪が後ろへと流される。
風の精霊と心を通じているジョルジュだが、帝国の風だけは好きになれなかった。
帝国は豊かな国で、民には手厚い保障を行っていると聞いた事がある。
だがジョルジュは、カエストゥスにいた時から、帝国から流れて来る風に強い懸念を持っていた。
帝国の風は、裏と表、明と暗、二つの顔を持っていた。
どれだけ豊に見えても、その裏で何が行われているか分からない。
それはどの国でもそうなのかもしれない。現にカエストゥスも、前大臣のベン・フィングの悪行、王子タジーム・ハメイドへの迫害、かつて国がやっていた事は恐ろしい闇だ。
だが、このブロートン帝国はその比ではない。
自国以外はどうなってもかまわない。皇帝の私欲のためだけに侵略戦争を始め、カエストゥスに哀しみを生んだ。吐き気を感じる程のおぞましい悪意は、汚れた風となってジョルジュに感じられていた。
「やはり風が使えない・・・火の精霊の妨害もあるが、そもそも俺は帝国の風とは相性が悪いのかもしれんな」
ジョルジュは自嘲気味に笑った。
風が使えなければ持ち前の体術と弓で戦うしかない。それでこの巨槍の敵を相手にどこまで戦えるだろうか?
エリンから聞いた話しでは、とにかく大きくて黒い男だと言う。
周囲の兵士達より頭一つ以上は大きいと言う。
兵達の平均身長を170~180程度で考えた場合、おそらく巨槍の敵は身長2メートル、いや2メートル10はあるだろう。場合によっては2メートル20はあるかもしれない。
しかし、それだけの体躯の持ち主だとしても、果たしてあの超重量の槍を生身で投げて10キロも飛ばす事ができるだろうか?
エリンが見たままを証言しているため、それに嘘が無い事は分かる。
だが見たままの言葉通りに受け取る事はできなかった。
ジョルジュは、なんらかの魔道具による恩恵を受けているのだろうと考えた。
ジョルジュは一見すると線の細い体格に見えるが、その実は引き締められ、鍛え抜かれた体を持っている。腕力にも自信はある。
だが、この巨槍を飛ばす男は、自分など足元にも及ばない腕力なのだろう。
そして一対一ではないのだ。周囲に並び立つ帝国兵まで相手にした戦いになる。
無論負けるつもりはない。当然勝算があるからこそ、ジョルジュは先行して走っているのだ。
だが風の力がうまく使えない今、ジョルジュは勝率は低いと感じていた。
「ジョルジュ様!次、投げられました!さっきより弾道が低い・・・地面を抉ってます!」
エリンの瞳がワイルダーの次弾を捉える。声を大にして伝えると、ジョルジュも体に伝わる情報で投擲を感じ取った。
「分かった・・・この振動、抉り取られた土や石が勢いよく弾かれているな」
「・・・はい、まるで火山の噴火です。左右に避けるのはできません」
「そうか、では上しかないな・・・・・見えた!エリン!今だ飛べ!」
ジョルジュの目が巨槍を映した数舜後には、鋼鉄の塊は目の前に迫っていた。
帝国の陣営まではまだ数キロの距離がある。だがエリンがワイルダーの投擲を目で捉えてから、極めて短い時間で巨槍は眼前まで飛ばされていた。考えられない程の恐ろしいスピードだった。
ジョルジュの合図で、二人は大地を蹴って上空へ飛んだ!
その次の瞬間、巨大な槍が足元を通過し、それによって巻き起こる豪風が上空の二人を煽る。
「くっ、すさまじいな」
体が流されて体勢を崩されるが、二人は体を縦に回し、片手と膝を着いて着地を決める。
削られた地面は草も花も根こそぎ奪われ、茶色い地肌を露出させ、両脇に土砂を巻き散らかしていた。
「着弾までが早過ぎます、私が投擲を見てから、ほとんど間を置かずにぶつかってきてます。こんな早さありえませんよ」
「ああ、ふざけた能力だ。だが躱せないわけではない。エリン、お前が発射と軌道を見極め、俺が回避の合図を出す。たどり着く事は可能だ・・・行くぞ!」
「はい!」
強く頷くと、ジョルジュとエリンは再び駆けだした。
「・・・ワ、ワイルダー様?い、いかがなさいましたか?」
巨槍を手渡した兵が、機嫌を伺うように声をかける。
槍を受け取ると、慣れた様子ですぐに投擲に入っていた指揮官が、ここに来てその動きを止め、わずかに眉間にシワを寄せて前方を見すえているのだ。
「また見られた。つまり・・・これだけ撃っても、俺の槍を躱しているという事か・・・変化も付けたが、直線的な攻撃では仕留められんか・・・」
黒い肌の指揮官は、左手に持った槍を地面に突き刺すと、そこで初めて後ろに並ぶ兵達に向き直った。
「そこの女・・・確か、キャシーとか言ったな?」
名前を呼ばれ、深紅のローブに身を包んだ女性が前に進み出た。
赤紫色の長い髪を、首の後ろから流すように三つ編みに結っている。
少し鋭い金色の瞳は、彼女の内面の強さを映しているようだ。シャープな顔立ちと相まって少しキツメの印象だ。
「キャシー・タンデルズです。黒魔法兵団に所属しております」
屈強な体力型の兵達でさえ、ワイルダーを前にしては萎縮してしまうというのに、この深紅のローブの黒魔法使いの女は眉一つ動かさず、威風堂々とその前に立った。
キャシーの背丈は173cm、魔法使いの女性にしては背丈はある方だが、218cm、山の如き巨漢のワイルダーと比べると、大人と子供以上の差に見える。
しかしそれでもキャシーは臆する事なく、黒い肌の指揮官の前に立ち、じっとその目を見て指示を待つ。
「ほう・・・幹部クラスの経歴には目を通していたが・・・貴様は俺が想像していたよりもずいぶん肝が据わっているようだ。その目・・・先のセインソルボ山の戦いで、死線をくぐったという事か?」
セインソルボ山の戦い。
そこを指摘されて、ワイルダーを見るキャシーの金色の瞳が、僅かに鋭く光った。
「ジャキル・ミラー、そしてステイフォン・フルトン、優秀な指揮官だったようだな。あの山での敗戦以降、貴様はその胸に復讐の炎をくすぶらせていたのだろう?喜べ、今がその時だ」
「・・・なぜ、私が復讐を決意していると?失礼ですが、ワイルダー様とは今回が初めての顔合わせでございます」
それまで無表情で思考の読めなかった女が、初めて感情らしきものを顔に出した事で、ワイルダーはニヤリと口の端を持ち上げた。
そして、ぐいっと顔を近づけると、キャシーの目に巨大な指先を突きつけた。
「その目だ・・・ある種の覚悟、決意をしたその目だ。戦場を渡り歩くと、極稀にその目をしたヤツに会う事がある。己の命と引き換えにしても敵を討つ、そう覚悟決めた者の目だ。キャシー・タンデルズ、復讐をしたければ行ってその手で討ち取ってこい」
ワイルダーからすれば、ただ言葉を発しているだけに過ぎないが、僅かでも気を抜けば、押しつぶされそうな程の重圧がかかる。
だが、あの日以降、いつ死んでもかまわない。そう覚悟決めていたキャシーは、ワイルダーから視線を切らずに言葉を返した。
「承知しました。行ってまいります」
魔力を風に変える。
自身を中心として巻き起こした風は、降り落ちる雪を吹き飛ばし、キャシーの体を宙へと浮かばせた。
「一つ言っておく。貴様が行ったからとて、俺の投擲が止む事は無い。巻き込まれないように気を付けるんだな」
自分の頭よりも高く、空に浮かんでいるキャシーに、ワイルダーはそう告げた。
キャシーは表情を変えず無言で頷くと、迫りくるカエストゥス軍を殲滅するため、戦場へと飛び立って行った。
「・・・・・フッ、なかなか骨のある女だ」
飛び立ったキャシーの姿が見えなくなると、ワイルダーは地面に突き刺した巨槍を抜き取り、再び目線の高さに持ち構えた。
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