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【840 巨槍】

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「皇帝、始まりました。ワイルダーが巨槍を投擲したようでございます」

ブロートン帝国大臣ジャフ・アラムは、玉座の間の階段下で一礼をすると、部下から報告を受けた戦局を話し始めた。

「ほぅ・・・さっそくアレを放ったか。カエストゥスの被害は確認できるのか?」

皇帝は金と宝石がふんだんに使われた玉座で足を組むと、その金色の目に興味の色を浮かべて、少しだけ身を乗り出した。

「恐れながら、カエストゥスの姿はまだ見えません。偵察隊の報告では、ここから十数キロ程の距離まで来ているとの事でしたが・・・おそらくワイルダーは、おおよその狙いを付けて放ったのかと・・・」

ジャフはもう一度頭を下げ、推測を述べた。
しかしこの推測は、ワイルダーを知っている者からすると確率の高い推測であり、皇帝もジャフと同じ考えだった。

「かつて帝国を二分して余と戦った時も、あの投擲には苦しめられたからな。一体誰が投擲であれほどの距離を飛ばせると思う?恐ろしい男よ、デズモンデイ・ワイルダー・・・だが、味方となるとこれほど頼もしい男もおらん」

「左様でございます。それにしても、まさかあのような仕掛けを施されていたとは・・・このジャフ、感服しております。あれでは皇帝に従う他ありますまい」

口の端を上げて笑う皇帝を見て、ジャフ・アラムも目を細めて歪んだ笑みを浮かべる。

「フッ・・・ワイルダーにとって、アンソニーは唯一絶対の主君、その主君の命を余に握られていては、従う他あるまいて。それに全てが終われば皇帝の座を譲るとも約束した。であれば、アンソニーにしても、命を捨ててまで余に歯向かう理由もなかろう」

皇帝の座を譲る。
牢から出され、ここに連れて来られたアンソニーとワイルダーの二人は、当然その話しに聞く耳を持たなかった。そこで皇帝が使用した物は、二人が皇帝の話しを聞くしかない、聞かざるを得ないものだった。

「ふっふっふ、寄生魔道具、臓物喰(ぞうもつく)らい・・・その名の通り、対象の身体に巣食い、その内臓を喰らう拷問用の魔道具・・・まさかまだお持ちだったとは・・・」

「虫が小さ過ぎる上に体内で勝手に増える。制御できる使用者がいないから、結局埋められた者を殺してしまう。これでは道具として失敗作としか言えんだろう。無くなって当然だ。だが、制御できる者がいれば話しは別だ。余の魔力ならば臓物喰らいは制御できる」


皇帝の弟、アンソニーの体内には、寄生魔道具、臓物喰らいが埋め込まれていた。
臓物喰らいは皇帝の魔力に反応し、いつでもアンソニーの体内を食い破る事ができる。
ワイルダーはアンソニーを護るために、カエストゥスと戦うしか選択肢はなかった。

アンソニーには、己の命惜しさに皇帝に服従する考えはなかった。
だが、忠臣であるワイルダーの説得、そして嘘だと分かっていても皇帝の座を譲ると言うその言葉に、自分の気持ちを向ける事で納得するしかなかった。

「全てが終われば、臓物喰らいは余の魔力で殺して無害にする。そして皇帝の座も手に入る。アンソニーには理由が必要だったのだ。だから余がその理由を用意してやった。フッ、哀れな弟よ・・・継承者争に敗れ、憎き兄のために今もこうして力を振るわされるとはな」


アンソニー、そしてワイルダー、せいぜい頑張る事だな。
カエストゥスを見事殲滅させる事ができれば、貴様らを解放してやらんでもないぞ。

もっとも、どのような形での解放かは分からんがな。

「ククク・・・ハハハ・・・フハハハハハハハハハハ!」

皇帝の邪悪な笑いが玉座の間に響き渡った。







「・・・次だ」

人の頭でも握り潰せそうな大きな手を向けられた兵士は、慌てたように裏返った声で返事をすると、急ぎ足で槍を用意し運んで来た。

「お、お持ちしました!」

一投目と同じ大きさの巨槍を、黒い肌の指揮官の手元に差し出す。
全長250cm、直径40cmの鋼鉄は、とても一人で運べる物ではない。体格の良い兵士二人でやっと抱えている。本来は武器として成立する物とも考えられないが、この男だけは例外だった。

自分に献上するように差し出される巨槍を、左手一本で掴み取ると、感触を確かめるように頭上で回して見せる。それは鋭いと言うより、重いと言う表現が適切だった。
たった今槍を手渡した二人の兵士の顔に、槍を振り回した時に発生した台風のような風が当たり、思わず腰を落として、守るように両手を前に出す。


「ふぅぅぅぅぅぅぅぅ・・・・・・・」


一投目と同じく、巨大な槍を目線の高さに構え深く息を吸うと、またもや左腕が大きく膨れ上がっていく。そして息を吐き出し大きく足を踏み込むと、己が体を砲台として、鋼鉄の巨槍を撃ち出した!


「ふぅ・・・・・・さて、次だ」

二投目を撃ち終えたワイルダーは、短く息を吐くだけで一切の疲労を感じさせる事なく、三本目の槍を要求した。






「くっ!な、なんだこれは!?」

自分の背に広がる血の海に、理解が追いつかなかった。
百、二百・・・いや、あるいはもっと・・・いったいどれだけの兵が、今の一撃で・・・・・
乾燥していた地面は、無残に引き千切られた兵達の体から流れ出る赤い流動体によって、泥のように粘着性を持ち、俺の足にまとわりつく様な感触を残した。

ジョルジュが叫んだあの時、一瞬遅れても俺も何かが迫り来るのは感じ取った。
とっさに風魔法で盾を作ったが、アレは俺の風どころか、青魔法使いが幾重にも重ねた結界をも貫き、そして・・・・・


「ウィッカーーーーーッツ!なにをしている!立て直せ!お前が総大将だぞ!」


僅かな時間だが呆然としていた俺を、ジョルジュの激が覚まさせた。

「槍のような物だ!敵は巨大な槍のような物を撃ってきた!並の結界では防げんぞ!」

ジョルジュはあの一瞬で撃たれた物の正体を捉えていた。
そしてその威力は今目にした通りだ。俺の風も貫き、生半可な結界では防ぐことすら適わない。


「!?・・・チィッ!早い、二発目だ!」

一撃目からほとんど間を置かずに放たれた二度目の凶弾。
ジョルジュが再びを声を張り上げたその時、クインズベリー最強と謳われた青魔法使いが前に出た。

「師匠!?」

「ウィッカーよ、指揮官は常に冷静でなきゃいかんぞ。慌てる事はない。お前にはワシらが付いておるんじゃ。さて、とんでもない一撃じゃが・・・・・」


腰を落とし、両手を前に出すと、青く輝く光の壁が俺達を包み込むように張り巡らされた。


「ワシの天衣結界とどっちが上かのう?」


そう言い終えるか否かの刹那の間に、空気を貫く轟音と共に、巨大な槍がとてつもないスピードで眼前に差し迫ってきた。
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