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【837 エロールとフローラ④】

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「おい、フローラ、なに沈んだ顔してんだよ?」

耳の下くらいで切りそろえたダークグリーンの髪に、切れ長の目。
女性のように小顔で中性的な声の主は、白魔法使いエロール・タドゥラン。
白地に深い緑色のパイピングがあしらわれている、カエストゥス国の白魔法使いのローブを着ている。

首に巻いている水色のマフラーは、今声をかけたピンク色の髪の女の子とお揃いだった。

「あ、先輩・・・」

身長165cm程度のエロールよりさら10cm程小さいフローラは、少し顔を上げてエロールと目を合わせると、か細い声で応答した。

「・・・なにかあるなら話してみろ?」

そうたずねるエロールだが、原因は分かっていた。
いつもはうるさいくらいに元気いっぱいのフローラが、進軍が始まり、帝国に近づくにつれて大人しくなっているのだ。フローラは戦争が怖いのだ。

「・・・いえ、なんでもないです」

小さく言葉を返すと、フローラは視線を下げて、自分を心配する恋人から顔を反らした。

「・・・なぁ、クセッ毛」

話す事を拒否するように、背中を向けて歩き出そうとしたフローラだったが、エロールの言葉がその足を止めた。


「・・・・・無造作ヘアです。て言うか、クセッ毛って・・・」

南のブローグ砦での戦いの後、エロールに気持ちを伝えられて恋人となってからは、フローラと名前で呼ばれていた。それがなんで今突然、以前の呼び名に戻ったのか分からず、フローラは困惑した表情でエロールを見た。

エロールは一歩近づくと、フローラのクリっとした金色の瞳をじっと見つめ、ゆっくりと言葉を選ぶように話し出した。

「あのな・・・お前、この進軍が始まってから、ずっと元気なかったろ?そのくらいは分かんだよ。だからよ、そういう時は・・・俺に言えよ」

言葉の途中で照れくさくなったのか、顔を反らして頬をかくエロール。
鈍感なエロールがそんな事を言うとは思いもしなかったフローラは、最初きょとんとした顔でエロールを見つめていたが、話しが終わると口元がほころんだ。


「・・・先輩、私の事心配してくれるんなら、ここはギュっとするところですよ?」

 「はぁ!?こんな場所でか?」

言うまでもないが、帝国の首都ベアナクールに向かって進軍中である。
今は休憩中だが、二人きりになれるはずもない。あっちでもこっちでも体を休める兵達だらけである。

「してくれないと元気が出ません」

「いや、だってお前、周り・・・」

「先輩は私をギュってするのが恥ずかしいんですか?私の事、恥ずかしいって思ってるんですか?」

淡々とした口調だが、ぐいっと鼻がくっつきそうなくらいに顔を近づけて来るフローラに、エロールはたじたじとなって目が泳いだ。

「先輩・・・どうなんですか?」

「・・・・・わ、分かった・・・こ、こうか?」

自分と同じ白いローブの上から、フローラを抱きすくめる。
男としては小柄なエロールの腕の中に、すっぽりと収まるくらいフローラは細く小さかった。


「・・・フローラ、お前・・・無理するなよ」

「先輩、ここは愛をささやく・・・」

「真面目に言ってんだ」

背中に回した腕に力を入れると、フローラの顔が自分の胸に押しあたる。

「せ、先輩?」

突然自分を抱きしめる両腕に力が入り、フローラの口から驚きの声がもれる。
抱きしめて欲しいとは言ったが、こんなに強くされるとは思わなかった。

「・・・お前、ブローグ砦の時も、怖いって言ってたじゃねぇか?今回は帝国との最終決戦だ。師団長が全滅したからって、あのやべぇ皇帝がいるんだ。どれだけ血が流れるか分からねぇ・・・お前が怖がってんのは分かってんだよ。怖いなら怖いって言えよ」

「・・・でも、私はこれでも部隊長ですから、怖いなんて言えないし・・・先輩に迷惑かけたくないです」

「馬鹿、いいんだよ迷惑かけたって。一人で悩んでないで、悩んだり落ち込んだりしたら、いつでも俺に言えよ。俺には遠慮すんじゃねぇよ。俺とお前は、その・・・あれだ・・・あれだろ?」

そこまで言って、最後の方は口をもごもごとさせ歯切れが悪くなった。
照れ隠しなのか、顔を反らして目を合わせようとしない。

「・・・先輩あれってなんですか?」

「だ、だから・・・あれってのは、あれだ、な?」

「先輩全然分かんないです。大きな声でハッキリ言ってください」

エロールの腕の中から顔を出して、上目遣いにじっと自分を見つめるフローラに、エロールは頬が熱くなるのを感じた。


「そうだぞ。私もお前の言うアレってのが分からない。ぜひ教えてくれないか?大きな声で」

「ペ、ペトラ隊長!?なんだよいきなり!」

いつの間に後ろに立っていたペトラに、エロールがビクリと反応を見せると、ペトラは肩をすくめて見せた。

「いやいや、こんな場所でお熱いなと思ってね。私だけじゃないぞ。どうやらみんな、お前の言うアレとやらが分からないようだ」

少し両手を広げて、確認するようにゆっくり左右に首を動かして見せる。
エロールもつられたように目で追うと、いつの間にかエロールとフローラの周りには大勢の兵達が集まり、ニヤニヤとした顔で二人に視線を送っている。

「そうッスよエロールさん!あれってなんスか!?」
「教えてくっさいよー!」
「こんなとこで見せつけてくれるぜ!」

周囲の兵達からは、二人を囃す声が高まり、口笛まで聞こえる始末だった。
ペトラも彼らを止める様子を見せず、腕を組んで生暖かい目を向けて来る。

一瞬で顔を真っ赤にして、エロールが慌ててフローラから腕を離そうとすると、その動きを察したフローラがエロールの背中に両手を回した。


「先輩!駄目です!あれを教えてくれるまで逃がしません!大きな声で言ってください!大きな声で!」


「こっ、おまっ!?・・・あぁぁぁぁぁー---ッ!フローラ!俺とお前は恋人だからいつだって俺を頼ってこいッ!俺が護ってやっからこんな戦争怖くねぇぞー--ッ!」


退路を完全に防がれたエロールは、半ばやけくそ気味に大きな声で叫んだ。

それと同時に周囲から大歓声が沸き起こり、拍手と足踏みがいつまでも鳴りやまない。


「はい!エロール君!頼りにしてますね!」


ピンク色の小柄な少女は恋人の名を口にして、大輪の花が咲いたような笑顔を見せた。




・・・はぁ~、どうすんだよこの騒ぎ?・・・ん?てか。お前俺の事今なんて?

え?エロール君て呼びましたけど?だって、恋人なのに先輩って変じゃないですか?

そりゃそうだけど・・・いきなりだから驚いた

えへへ、いいじゃないですかエロール君!

・・・いいけどよ、んで、お前いつまで抱き着いてんだ?みんなずっと見てんぞ

なに照れてんですか!?見せつけてやりましょうよ!




俺は小さく息を着くと、フローラの頭を撫でた

あ~あ、俺こんなキャラじゃなかったよな?なんでこんなイジられてんだよ?

最初は誰も寄って来なかったし、無口で不愛想なんて陰口叩かれてたのに、今じゃこんな扱いだぜ?

フローラと抱き合って、周りからヒューヒュー言われるなんて、昔じゃ想像もできなかったよな・・・


たくっ・・・しかたねぇな


回りの囃し立てる声も、ピンク色の髪をした恋人の笑顔を見ていると、不思議と気にならない
そんな自分に驚きも感じるが、嫌な気分じゃない


フローラ、お前が俺を変えたんだからな?
めんどくせぇって思っても、お前がいないとつまんねぇんだよ


だからよ・・・・・帰ったら一緒になろうぜ
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