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【836 風と共に残るもの】

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俺達カエストゥス軍は、山沿いに列をなして進んでいた。
12月も中旬になれば、山には雪が積もるものだろう。吹雪や足場の悪さも気にしなければならない。
だが俺達は冬の山道を歩く事に不安は無かった。

帝国は火の精霊の加護を受けているため、冬であろうと雪はほとんど降らないからだ。
この山も茶色の土に枯れ葉が被っているだけで、足場も悪くない。

事前に調べていたし、帝国に行った事のある者から話しも聞いていたから、疑ってはいなかったが、実際にこの目で見ると少なからず驚きはあった。
豪雪地帯のクインズベリー程ではないが、カエストゥスもそれなりに雪は降る。
だからこの季節に雪がまるで無い光景というものは、馴染みがなかったからだ。

この山沿いの道を選んだのは師匠の案だ。
樹々が多いため身を隠しながら進行できる事と、不意の遠距離攻撃を受けても樹が盾になり、身を護れる割合が高いからだ。


俺達は順調に進軍していた。あと二日も歩けば帝国の首都ベアナクールに到着するだろう。
そこで皇帝との最終決戦になる。
ここまで全く攻撃を受けないし、確実に皇帝のいる城まで近づいている。
順調過ぎる程の進行状況だ。



「・・・妙だな」

「ああ・・・ちょっと、うまくいき過ぎだ」

山沿いの道をしばらく進んでいると、ジョルジュが眉根を寄せ、訝(いぶか)しむような声で呟いた。
ジョルジュの感じている懸念は俺も同じだ。すでに帝国領内に入っているのに静か過ぎる。

ジョルジュは足を止めると、何かを確認するかのように辺りを見回し始めた。

山沿いの道は、隊を進ませるごとに高度が少しづつ上がっていく。
右手側には山原が広がっているが、左手側はその反対で下り坂になっている。枯れた葉の残る茶色い樹々の頭を見下ろすが、帝国軍が潜んでいるようには見えない。
もっとも少人数ならば、落ち葉の下にでも隠れる事は可能なため油断はできないが、それでもこの人数に向かってくる事は考えづらい。



「・・・何か見つかったか?」

ジョルジュが探り始めたため、俺は隊を止めて兵達に周囲への警戒を命令した。

「・・・どう考えてもおかしい。帝国だって馬鹿ではない。俺達が帝国に入った事は知っているはずだ。ならばなぜ軍を出さない?このまま城に入るまで何もしてこないつもりか?」

「・・・ジョルジュ、風は読まないのか?」

風の精霊と心を通わせているジョルジュは、風を読む事で人の感情や動き、様々な情報を知りえる事ができる。それで帝国の行動を読む事もできるはずだ。だがジョルジュの様子を見ると、風の精霊を使った様子は見えない。不思議に思い問いかけると、ジョルジュは首を振った。


「できない。帝国に入ってから風の精霊の声が感じ難くなった。おそらく火の精霊が邪魔をしている」

「なんだって!?・・・いや、そうか・・・火の精霊は好戦的だって聞いた事がある。帝国のために、風の精霊と対立するつもりなのか?」

俺達が戦ってきた帝国の師団長達は、全員が火の加護を受けた鎧やローブを身に着けていた。
そしてその武器も火の恩恵を受けているものばかりだった。
帝国は火の加護を受けているので、当然と言えば当然だが、火の精霊は帝国について俺達と、風の精霊と戦う事を選んだように思えた。


「精霊同士の対立は普通はない。だが今回は人間だけの戦争で終わりそうにないと判断したのだろう。好戦的な火の精霊にとって、帝国は居心地が良いはずだ。それを俺達カエストゥスが勝利してしまえば、退屈なものに変わるとでも思ったのかもしれない。それに帝国は火の精霊の縄張りとも言えるだろう、そこで俺が好き勝手に風の精霊の力を使うのも気に入らんのかもな」

そう話すジョルジュは前を向いたまま、俺には顔を向ける事はなかった。
だが現状を面白くないと感じているのは、その横顔を見れば明らかだった。
視線鋭く、前方に広がる空を見据え、この帝国に対しての怒りを滲ませている。
いや、もはや帝国だけではない。帝国に対して力を貸している火の精霊に対しても、もはや敵という認識なのだろう。


「ウィッカー様、周囲に怪しい動きはありません。しばらくここで休みますか?」

鉄の胸当てに肘から手首までの腕当てをして、一般に使われている物よりも、大振りで丈夫そうな剣を携えた女剣士が背中に声をかけて来た。

「ああ、ペトラご苦労様。そうだな・・・ここらで少し休息をしておくか。休めるうちに休んでおこう。伝令を頼む」

風が吹き、ペトラの漆黒のマントが風になびくと、肩の少し下までの伸ばした金色の髪も頬にかかる。手の甲で髪を払うと、承知しました、と返事をして待機している兵達に休息の指示を出しに戻った。


「・・・ペトラか、ずいぶんと変わったものだな」

ペトラの背中を見送りながら呟いたジョルジュの一言を、ウィッカーも前を見たまま拾って答えた。

「ああ、俺は見てないけど、最初はルチルと一緒にヤヨイさんにつっかかったそうじゃないか?それでコテンパンにやられて、そこから仲良くなったっては聞いてるけどな。今は他の誰よりも真面目でしっかりしてるよ。ドミニクさんがいたら、喜んでただろうな・・・」


「・・・見てるさ、ドミニクもヤヨイもルチルも、みんな見ている」

「ジョルジュ・・・・・」

俺を真っすぐに見るジョルジュのアイスブルーの瞳には、一切の曇りが無かった。


「ウィッカー、人は死んたらそれでお終いだと思うか?土にかえるだけだと?俺はそうは思わない。この地で生きた証は残る。どんなに世界が変わろうとも風は残る。こうして俺やお前に触れている風は消える事なく残り続ける。想いは風となり残り・・・いつまでもそばにあるのだ」

「・・・ああ、それなら救われるな」

亡くなった人は今も傍にいて見守ってくれている。
それが真実なのか、それともそう思いたいがゆえの願望なのか、俺には分からない。

ただ、精霊の森で育ち、風の精霊が心を許しているこのジョルジュの言葉なら・・・俺の隣に立つこの最高の友の言葉なら疑うはずもない。


「ウィッカー・・・忘れるな。この先なにがあろうとも、俺はお前の友であり、お前と共にあり続ける。この風に誓ってな」

「ジョルジュ・・・ああ、ありがとう。俺もお前とはずっと友達だと思ってるよ。けどさ、なんだかちょっとお別れみたいな言い方だぞ?俺達はまだまだこれからだ。そうだろ?」


山に吹く冷たい風が俺達の頬を撫でる。

少しの沈黙の後、ジョルジュはフッと小さく笑って目を瞑った。


「・・・ああ、もちろんだ。俺達はまだまだこれからだ。さて、俺達もそろそろ戻って休もう」


そう言って俺に背を向けると、ジョルジュはジャニスの元へ歩いて行った。


ジョルジュが即答しなかった事に、俺は少しだけ胸に引っ掛かりを覚えていた
だけど、わざわざたずねる程の事にも思えなくて、この話しはそれで終わってしまった

今思えば・・・この時ジョルジュは、何かを感じていたのかもしれない








ジョルジュ・・・・・

俺も今ならお前の言っていた事が理解できる

人は死んだら終わりではない

想いは残るんだ


この体が感じる風は、今も変わらずカエストゥスの緑を俺に思い出させてくれる


俺はずっと一人だと思っていた
けれどそうじゃなかった

みんなずっと一緒にいてくれたんだ

心配ばかりかけてごめんな


・・・・・・・・・・ありがとう
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