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【835 悪意に満ちた笑み】
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天井には煌びやかなシャンデリア、扉から玉座までの道を彩る重厚感のある赤い絨毯。
権力を示すかのように、金と宝石をふんだんに使われた玉座には、皇帝ローランド・ライアンが深く腰をかけていた。
「皇帝、カエストゥス軍が帝国領内に入りましたが・・・よろしかったのでしょうか?」
齢60を過ぎた小柄な男だった。頭髪は薄く背も160cm無いくらいに低い。
痩せてこけた頬に、狡猾そうな眼付きは、ネズミを思わせるような風貌だった。
「・・・心配か?ジャフ」
肘掛けで頬杖を着くと、皇帝は自分の機嫌を伺うように目を向ける老人、ブロートン帝国大臣ジャフ・アラムに静かに問いかけた。
広々とした玉座の間だが、今ここには皇帝と大臣の二人だけである。
静かに発せられた皇帝の言葉だったが、やけにハッキリと耳に届くのは、この場がそれだけ静かだからなのか、それとも皇帝の持つ王たる圧とは、ただの一言にさえ宿るものなのか・・・・・
「・・・恐れながら、ここまで進軍させてよろしかったのでしょうか?師団長が壊滅したと言っても副団長は健在ですし、兵の数ではまだ帝国が上回っております。帝国の領内に入る前に、叩いてしまった方がよろしかったのではと・・・」
ジャフ・アラムの言葉は至極まっとうな疑問だった。
戦えるだけの戦力は残っている。それなのになぜ出陣させず、しかも自国の領土内に入らせるのか?
領内で戦闘になれば、当然自国内に被害が出る。ジャフ・アラムには皇帝が何を考えているのか、まるで分からなかった。
「フッ・・・ハハハハハ、そうだな。貴様の言う通りだが、今の士気で連中と戦っても兵を無駄死にさせるだけだ」
口の端を歪めて笑う皇帝に、ジャフ・アラムはゾクリと背中を震わせた。
殺気を向けられているわけでも、怒りを買ったわけでもないのに、まるで首筋に刃物でも当てられているような気分だった。
「で、では・・・どのような策がおありでしょうか?」
皇帝がここまで言うのだ。策があるか無いかの確認は愚問である。
当然あるからこその余裕なのだ。
ジャフ・アラムは現状は帝国が不利だと考えている。帝国は戦力の中心をほぼ失った。
それに対してカエストゥスには、噂に高いブレンダン・ランデル、大陸一の黒魔法使いウィッカー、そして史上最強の弓使いと言われるジョルジュまでいるのだ。
他にも大勢の手練れを有しているカエストゥスを相手に、今の帝国がどれほど戦えるだろうか?
そして帝国がカエストゥスへ進軍した先の戦いでは全敗を喫し、今や帝国の兵達の士気は底をつくほどに落ちていた。
ジャフ・アラムが皇帝に進言したように、戦力は残っているのだから、確かに戦わせる事はできる。だがこの状態で戦わせても、返り討ちに合う事は明白だった。
しかしそれが分かっていても手をこまねいているだけでは、いずれここに来るカエストゥス軍に殺されるだけである。
敗色濃厚でも、戦う以外に選択肢はないのだ。
「アンソニーとワイルダーを呼んで来い」
「なッ・・・・・!?こ、皇帝・・・」
皇帝が口にした名前に、ジャフ・アラムは驚愕し目を見開いた。
口をわななかせ、精神的な動揺から額には汗が滲み出ていた。
皇帝の策はいかなるものか?心して言葉を待ったジャフ・アラムだったが、皇帝の口から発せられた言葉は、ジャフが全く計算に入れていない、いや、想像すらできずに最初から思考の外だったものだ。
「二人が幽閉されている場所は知っているな?お前が行って二人をここまで連れて来い」
「し、しかし!私が行ったところで、あの二人が素直に付いて来るとは思えません!それに牢から出してしまっては、あの時の惨劇を繰り返されるだけでは・・・」
「カエストゥス軍を殲滅すれば、皇帝の座を譲ってもよい。そう伝えろ」
「こ、皇帝ッ!?な、なにをおっしゃっいますか!?」
ジャフ・アラムは声を震わせ、必死な形相で数段上の玉座に君臨する皇帝に大きく声を上げた。
「お戯れが過ぎます!皇帝あっての帝国ですぞ!アンソニー様は先代皇帝の血を継いでいると言っても妾腹ではありませんか!大陸の支配者ブロートン帝国の皇帝は、あなた様しかおりません!」
「フッ、案ずるな。余が考え無しに話していると思うたか?構わんから連れてこい。師団長を失っても、あの二人がいれば問題なかろう?黒き破壊王デズモンデイ・ワイルダー、そして我が弟アンソニー・ライアンがいれば、カエストゥスなど恐れるに足らん」
目を血走らせて説得する大臣ジャフに対し、皇帝は耳を貸す事もなく決定事項だけを告げる。
思い直すように、二人を牢から出す事の危険性を、考え付く限りの言葉で述べた。
だが皇帝の意志は固く、揺るがない事を感じ取ったジャフは、やがて目を伏せて頭を垂れると、諦めたように了承の意を表した。
皇帝が指名した二人を連れて来るために、ジャフが玉座の間を後にすると、皇帝はその鋭い金色の瞳を細め、口の端をニヤリと持ち上げた。
「・・・・・まぁ、ジャフが血相を変えるのも無理は無いか。他の兄弟が早々に皇位継承権を放棄するなか最後まで余と争い、殺し合いまでした弟だからな。大人しく従うとは思えなくて当然。あの戦いがもう一度起こるかもと懸念して当然・・・・・フッ・・・」
確かに余が皇帝の座を渡すと言っても信用するはずがないだろう
この場に二人が現れた瞬間、余の首を狙ってくる事も考えられる
だがな、余が何の考えも策もなく、あの二人を牢から出すはずがなかろうて・・・・・
「我が弟アンソニー、そして最後までアンソニーと戦った忠臣ワイルダーよ・・・せいぜい余のために働いてもらうぞ」
自分以外誰もいなくなった輝かしい玉座の間で一人、皇帝は悪意に満ちた笑みを浮かべた
権力を示すかのように、金と宝石をふんだんに使われた玉座には、皇帝ローランド・ライアンが深く腰をかけていた。
「皇帝、カエストゥス軍が帝国領内に入りましたが・・・よろしかったのでしょうか?」
齢60を過ぎた小柄な男だった。頭髪は薄く背も160cm無いくらいに低い。
痩せてこけた頬に、狡猾そうな眼付きは、ネズミを思わせるような風貌だった。
「・・・心配か?ジャフ」
肘掛けで頬杖を着くと、皇帝は自分の機嫌を伺うように目を向ける老人、ブロートン帝国大臣ジャフ・アラムに静かに問いかけた。
広々とした玉座の間だが、今ここには皇帝と大臣の二人だけである。
静かに発せられた皇帝の言葉だったが、やけにハッキリと耳に届くのは、この場がそれだけ静かだからなのか、それとも皇帝の持つ王たる圧とは、ただの一言にさえ宿るものなのか・・・・・
「・・・恐れながら、ここまで進軍させてよろしかったのでしょうか?師団長が壊滅したと言っても副団長は健在ですし、兵の数ではまだ帝国が上回っております。帝国の領内に入る前に、叩いてしまった方がよろしかったのではと・・・」
ジャフ・アラムの言葉は至極まっとうな疑問だった。
戦えるだけの戦力は残っている。それなのになぜ出陣させず、しかも自国の領土内に入らせるのか?
領内で戦闘になれば、当然自国内に被害が出る。ジャフ・アラムには皇帝が何を考えているのか、まるで分からなかった。
「フッ・・・ハハハハハ、そうだな。貴様の言う通りだが、今の士気で連中と戦っても兵を無駄死にさせるだけだ」
口の端を歪めて笑う皇帝に、ジャフ・アラムはゾクリと背中を震わせた。
殺気を向けられているわけでも、怒りを買ったわけでもないのに、まるで首筋に刃物でも当てられているような気分だった。
「で、では・・・どのような策がおありでしょうか?」
皇帝がここまで言うのだ。策があるか無いかの確認は愚問である。
当然あるからこその余裕なのだ。
ジャフ・アラムは現状は帝国が不利だと考えている。帝国は戦力の中心をほぼ失った。
それに対してカエストゥスには、噂に高いブレンダン・ランデル、大陸一の黒魔法使いウィッカー、そして史上最強の弓使いと言われるジョルジュまでいるのだ。
他にも大勢の手練れを有しているカエストゥスを相手に、今の帝国がどれほど戦えるだろうか?
そして帝国がカエストゥスへ進軍した先の戦いでは全敗を喫し、今や帝国の兵達の士気は底をつくほどに落ちていた。
ジャフ・アラムが皇帝に進言したように、戦力は残っているのだから、確かに戦わせる事はできる。だがこの状態で戦わせても、返り討ちに合う事は明白だった。
しかしそれが分かっていても手をこまねいているだけでは、いずれここに来るカエストゥス軍に殺されるだけである。
敗色濃厚でも、戦う以外に選択肢はないのだ。
「アンソニーとワイルダーを呼んで来い」
「なッ・・・・・!?こ、皇帝・・・」
皇帝が口にした名前に、ジャフ・アラムは驚愕し目を見開いた。
口をわななかせ、精神的な動揺から額には汗が滲み出ていた。
皇帝の策はいかなるものか?心して言葉を待ったジャフ・アラムだったが、皇帝の口から発せられた言葉は、ジャフが全く計算に入れていない、いや、想像すらできずに最初から思考の外だったものだ。
「二人が幽閉されている場所は知っているな?お前が行って二人をここまで連れて来い」
「し、しかし!私が行ったところで、あの二人が素直に付いて来るとは思えません!それに牢から出してしまっては、あの時の惨劇を繰り返されるだけでは・・・」
「カエストゥス軍を殲滅すれば、皇帝の座を譲ってもよい。そう伝えろ」
「こ、皇帝ッ!?な、なにをおっしゃっいますか!?」
ジャフ・アラムは声を震わせ、必死な形相で数段上の玉座に君臨する皇帝に大きく声を上げた。
「お戯れが過ぎます!皇帝あっての帝国ですぞ!アンソニー様は先代皇帝の血を継いでいると言っても妾腹ではありませんか!大陸の支配者ブロートン帝国の皇帝は、あなた様しかおりません!」
「フッ、案ずるな。余が考え無しに話していると思うたか?構わんから連れてこい。師団長を失っても、あの二人がいれば問題なかろう?黒き破壊王デズモンデイ・ワイルダー、そして我が弟アンソニー・ライアンがいれば、カエストゥスなど恐れるに足らん」
目を血走らせて説得する大臣ジャフに対し、皇帝は耳を貸す事もなく決定事項だけを告げる。
思い直すように、二人を牢から出す事の危険性を、考え付く限りの言葉で述べた。
だが皇帝の意志は固く、揺るがない事を感じ取ったジャフは、やがて目を伏せて頭を垂れると、諦めたように了承の意を表した。
皇帝が指名した二人を連れて来るために、ジャフが玉座の間を後にすると、皇帝はその鋭い金色の瞳を細め、口の端をニヤリと持ち上げた。
「・・・・・まぁ、ジャフが血相を変えるのも無理は無いか。他の兄弟が早々に皇位継承権を放棄するなか最後まで余と争い、殺し合いまでした弟だからな。大人しく従うとは思えなくて当然。あの戦いがもう一度起こるかもと懸念して当然・・・・・フッ・・・」
確かに余が皇帝の座を渡すと言っても信用するはずがないだろう
この場に二人が現れた瞬間、余の首を狙ってくる事も考えられる
だがな、余が何の考えも策もなく、あの二人を牢から出すはずがなかろうて・・・・・
「我が弟アンソニー、そして最後までアンソニーと戦った忠臣ワイルダーよ・・・せいぜい余のために働いてもらうぞ」
自分以外誰もいなくなった輝かしい玉座の間で一人、皇帝は悪意に満ちた笑みを浮かべた
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