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【834 号令】
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「もうすぐ帝国領じゃな。これだけの兵を率いておるが、油断するでないぞ?帝国も当然ワシらの進軍に備えておるじゃろう。ウィッカー、ここらで一つ気合を入れてやれ」
12月中旬、進軍して10日余り、俺達は帝国領内まであと十数キロ、というところまで足を踏み入れた。
ここから先はいつ戦いが始まってもおかしくない。
師匠の呼びかけで足を止めると、俺は自分の背中に続く10万の兵士達に向き直った。
目に映る兵士達の表情は様々だった。多くは覚悟を決めた者の目をしていたが、現実に戦いが迫り必死に恐怖を隠そうとしている者も見える。
無理もない・・・誰もが強いわけじゃない。
やむにやまれず参加している人だっているんだ。それを国のために戦ってこいなんて俺には言えない。
戦場で指揮をする者として、俺は完全に失格だと思う。
国が負ければ全てを失う事になる。だから指揮官とは本来非情になってしかるべきなのだろう。
一人一人の事情まで考えていてはキリがないし、務まるはずがない。
けど、俺にはどうしてもできない。
国のために死んで来いなんて絶対に言えない。
六年前のバッタの時、俺と師匠とジャニスと王子、そしてあの場立った百人程の魔法使い達は、まさに国から死んで来いと言われたようなものだ。捨て石にされる辛さは身をもって知っている。
その俺が同じ事を言えるわけがない。
だから俺は、俺の言葉で話しをしよう。
ここにいる十万人は、一人一人が生きた人間なんだ。
兵という数で数えるのではなく、彼らにも名前があり家族がいて、守るべき大切なものがある。
俺も一人で人間であり、彼らも同じ一人の人間なんだ。
「みんな!聞いてくれ!いよいよ帝国まで来た!戦う理由はそれぞれ違うと思う、国のため、家族のため、自分の力を証明するため・・・そしてしかたなく戦場に立った人もいると思う。ここに集まった十万人には十万の理由があると思う。俺はカエストゥスで産まれてカエストゥスで育った。俺はカエストゥスが大好きだ、そして愛する妻と子供もできた、俺の戦う理由は大切な家族と生まれ故郷を護るためだ!
立派な事を言うつもりはない!戦う理由なんて自分勝手でいいんだ!けどその理由を、俺達が命をかける理由を、大切なものを奪おうとしているヤツらがいる!それが帝国だ!みんな、勝って帰ろう!俺は早く帰って妻と子供の顔が見たい!みんなも家族や友人、恋人の顔が見たいだろ!行きつけの酒場にまた行きたいだろ!だから絶対に帝国を倒して一緒に帰ろう!俺達みんなのカエストゥスに!」
俺は正直な気持ちを言葉にして伝えた。
しかし、すぐには反応が無く、十万人もいるのに沈黙が漂っている。
失敗してしまったか?そりゃ、ロビンさんやビボルさんなら、もっと男らしくてかっこいい激を飛ばしたと思うけど、俺はそんなガラじゃない。
それでも俺は真剣にみんなの事を考えて、全力で言葉をかけた。
なにかしら反応があるとは思ったけど、まさか沈黙だとは・・・・・
こんなに士気を下げるとは思わず、苦笑いが出てしまったその時、どこからか、プッ、と笑い声が漏れた。するとそれに釣られるように、あちこちから少しづつ笑い声が起こり、ついに十万人の大笑いが辺り一面に響いた。
「な・・・なんだ?」
状況が理解できずに呆然と、ただ兵士達を見ていると、弓を背負った男が近づいて来た。
束感のあるアイスブルーの髪、髪と同じ色の切れ長の瞳は、親し気に俺を見ている。
「やれやれ・・・ウィッカー、お前は素直で正直だな」
「ジョルジュ、俺、なんか笑われるような事言ったか?」
困惑する俺に、ジョルジュは首を横に振った。
「いや、そんな事はない。兵達の顔を見てみろ。これは嘲笑ではない、気負いが抜けたんだな。いい演説だったぞ。お前らしい、素直で純粋な人間味のある言葉だった。だから心に響いたんだろう」
ジョルジュが見てみろと手を向ける。
十万人の兵士達が並び立つその姿に、俺はもう一度顔を向けてみる。
「・・・あ」
「見えたか?まさかこの場で話す事が、行きつけの酒場に行きたいだろ?なんて誰も思わんぞ。一兵士にとって雲の上の存在のお前が、自分の事情や生活感のある言葉で激高してくるんだ。笑いが出てもしかたないだろ?それで緊張していたものがとれたという事だ。この笑いは親しみの現れだ」
ジョルジュの言う通りだった。兵士達は固くなっていた表情も柔らかくなり、戦いを前に気負っていたものがとれたようにリラックスしている。
笑っている理由が分かり、士気を落としたわけではないんだなと安心できた。
「ウィッカー、お前はそれでいい。誰かの真似をする必要はない、ウィッカー・バリオスとして指揮を執れ。俺も兵達も全員お前に付いて行く」
「ジョルジュ・・・ありがとう。お前は最高の友達で相棒だ」
思えばジョルジュは、俺が困った時には助言をくれたり、俺のために怒ってくれたり、皇帝にだって勝てると俺を勇気づけてくれる。いつだって俺を支えてくれていた。
あの日闘技場で出会った弓使いは、今では一番の友として俺に力を貸してくれる。
「フッ、なにを今更・・・さぁ、行くぞ。緊張が解けたら今度は士気を上げてやれ。号令だ」
ジョルジュに促され、俺はもう一度十万人に向かって声を張り上げ、天高く拳を突き上げた。
「みんな!これが帝国との最終決戦だ!いくぞー--------ッツ!」
俺の号令に応えたものは、ビリビリと体を撃つ十万人の掛け声。
そして一斉に踏み鳴らした地面は、地震を思わせる程に激しい揺れと衝撃を伝えて来る。
かつてないほどに高い士気の元、カエストゥス軍は帝国領内に進軍した。
12月中旬、進軍して10日余り、俺達は帝国領内まであと十数キロ、というところまで足を踏み入れた。
ここから先はいつ戦いが始まってもおかしくない。
師匠の呼びかけで足を止めると、俺は自分の背中に続く10万の兵士達に向き直った。
目に映る兵士達の表情は様々だった。多くは覚悟を決めた者の目をしていたが、現実に戦いが迫り必死に恐怖を隠そうとしている者も見える。
無理もない・・・誰もが強いわけじゃない。
やむにやまれず参加している人だっているんだ。それを国のために戦ってこいなんて俺には言えない。
戦場で指揮をする者として、俺は完全に失格だと思う。
国が負ければ全てを失う事になる。だから指揮官とは本来非情になってしかるべきなのだろう。
一人一人の事情まで考えていてはキリがないし、務まるはずがない。
けど、俺にはどうしてもできない。
国のために死んで来いなんて絶対に言えない。
六年前のバッタの時、俺と師匠とジャニスと王子、そしてあの場立った百人程の魔法使い達は、まさに国から死んで来いと言われたようなものだ。捨て石にされる辛さは身をもって知っている。
その俺が同じ事を言えるわけがない。
だから俺は、俺の言葉で話しをしよう。
ここにいる十万人は、一人一人が生きた人間なんだ。
兵という数で数えるのではなく、彼らにも名前があり家族がいて、守るべき大切なものがある。
俺も一人で人間であり、彼らも同じ一人の人間なんだ。
「みんな!聞いてくれ!いよいよ帝国まで来た!戦う理由はそれぞれ違うと思う、国のため、家族のため、自分の力を証明するため・・・そしてしかたなく戦場に立った人もいると思う。ここに集まった十万人には十万の理由があると思う。俺はカエストゥスで産まれてカエストゥスで育った。俺はカエストゥスが大好きだ、そして愛する妻と子供もできた、俺の戦う理由は大切な家族と生まれ故郷を護るためだ!
立派な事を言うつもりはない!戦う理由なんて自分勝手でいいんだ!けどその理由を、俺達が命をかける理由を、大切なものを奪おうとしているヤツらがいる!それが帝国だ!みんな、勝って帰ろう!俺は早く帰って妻と子供の顔が見たい!みんなも家族や友人、恋人の顔が見たいだろ!行きつけの酒場にまた行きたいだろ!だから絶対に帝国を倒して一緒に帰ろう!俺達みんなのカエストゥスに!」
俺は正直な気持ちを言葉にして伝えた。
しかし、すぐには反応が無く、十万人もいるのに沈黙が漂っている。
失敗してしまったか?そりゃ、ロビンさんやビボルさんなら、もっと男らしくてかっこいい激を飛ばしたと思うけど、俺はそんなガラじゃない。
それでも俺は真剣にみんなの事を考えて、全力で言葉をかけた。
なにかしら反応があるとは思ったけど、まさか沈黙だとは・・・・・
こんなに士気を下げるとは思わず、苦笑いが出てしまったその時、どこからか、プッ、と笑い声が漏れた。するとそれに釣られるように、あちこちから少しづつ笑い声が起こり、ついに十万人の大笑いが辺り一面に響いた。
「な・・・なんだ?」
状況が理解できずに呆然と、ただ兵士達を見ていると、弓を背負った男が近づいて来た。
束感のあるアイスブルーの髪、髪と同じ色の切れ長の瞳は、親し気に俺を見ている。
「やれやれ・・・ウィッカー、お前は素直で正直だな」
「ジョルジュ、俺、なんか笑われるような事言ったか?」
困惑する俺に、ジョルジュは首を横に振った。
「いや、そんな事はない。兵達の顔を見てみろ。これは嘲笑ではない、気負いが抜けたんだな。いい演説だったぞ。お前らしい、素直で純粋な人間味のある言葉だった。だから心に響いたんだろう」
ジョルジュが見てみろと手を向ける。
十万人の兵士達が並び立つその姿に、俺はもう一度顔を向けてみる。
「・・・あ」
「見えたか?まさかこの場で話す事が、行きつけの酒場に行きたいだろ?なんて誰も思わんぞ。一兵士にとって雲の上の存在のお前が、自分の事情や生活感のある言葉で激高してくるんだ。笑いが出てもしかたないだろ?それで緊張していたものがとれたという事だ。この笑いは親しみの現れだ」
ジョルジュの言う通りだった。兵士達は固くなっていた表情も柔らかくなり、戦いを前に気負っていたものがとれたようにリラックスしている。
笑っている理由が分かり、士気を落としたわけではないんだなと安心できた。
「ウィッカー、お前はそれでいい。誰かの真似をする必要はない、ウィッカー・バリオスとして指揮を執れ。俺も兵達も全員お前に付いて行く」
「ジョルジュ・・・ありがとう。お前は最高の友達で相棒だ」
思えばジョルジュは、俺が困った時には助言をくれたり、俺のために怒ってくれたり、皇帝にだって勝てると俺を勇気づけてくれる。いつだって俺を支えてくれていた。
あの日闘技場で出会った弓使いは、今では一番の友として俺に力を貸してくれる。
「フッ、なにを今更・・・さぁ、行くぞ。緊張が解けたら今度は士気を上げてやれ。号令だ」
ジョルジュに促され、俺はもう一度十万人に向かって声を張り上げ、天高く拳を突き上げた。
「みんな!これが帝国との最終決戦だ!いくぞー--------ッツ!」
俺の号令に応えたものは、ビリビリと体を撃つ十万人の掛け声。
そして一斉に踏み鳴らした地面は、地震を思わせる程に激しい揺れと衝撃を伝えて来る。
かつてないほどに高い士気の元、カエストゥス軍は帝国領内に進軍した。
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