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【833 優しさに溢れた笑顔】401 総大将 からの続きです。

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12月初旬。
俺達は帝国へ向けて出立した。

この日は穏やかな天気だった。粉雪がチラチラと舞っているが、雲一つない青空から射し込む陽の光は、冷たい空気の中でも温かさを感じられた。

帝国との最終決戦に挑むため、カエストゥス国は10万の兵を動員した。
先の戦いで帝国は7人の師団長を全て失っている。兵士の数こそまだカエストゥスより多いかもしれないが、指揮をとるべき頭がいないのだ。
副団長、もしくはその下の立場の者はいるだろうが、セシリア・シールズやジャキル・ミラー、あのレベルの使い手に比べれば、見劣りする事は免れないだろう。

この機に決着をつけるべきと見た大臣のロペスさんは、出し惜しみせず、最低限の戦力だけを城に残して総攻撃を決断した。

余力はカエストゥスの方があるはずだ。
帝国が体制を立て直すまで、時間を稼がせる必要はないというのは、俺も同じ見解だ。

しかし城で総大将に任命された時は、皇帝は俺が倒すと宣言したが、やはりあの光源爆裂弾が強烈に頭に残っている。あれは凄まじい威力だった。

あれほどの魔力は、王子と同じく産まれ持った資質、そしてたゆまぬ研鑽を積んだからこそだろう。

俺も今日まで努力と修練を重ねてきたつもりだ。
しかし、それでもあの光源爆裂弾を抑え込めるか・・・正直自信は無い。

いくら帝国の師団長を全滅させたといっても、皇帝一人の力で戦局が変えられる可能性は十分にある。
全ては俺が皇帝を倒せるかにかかっている。そう考えると落ち着かない気持ちになり、額から一筋の汗が流れ落ちた。


「ウィッカー、今日は天気が良いのう。ほれ、空を見てみい?」

「え?あ、はい・・・そうですね」

隣で馬にまたがる師匠に声をかけられ、言われるままに空を見上げてみる。
正午を過ぎた頃だ。陽も高く、射し込む光に思わず目を細める。

「この辺りは休憩にちょうどよかろう?もう昼じゃ、そろそろ一息入れたらどうじゃ?」

「え、ですが・・・」

まだ城を出立して二時間も経っていない、早すぎるのではないだろか?
そんな事を考えて口ごもると、師匠は笑って顔の横で手を振った。

「周りをよく見てみろ。なにせ戦争に向かうんじゃ、緊張して固くなっとる者が多いと思わんか?疲労もいつもの倍は感じ取るじゃろう。早いうちに取ってやる事じゃ。それにな、お前も同じ顔しとるぞ」


師匠に言われて、反射的に自分の頬に触れてしまう。
触ったからと言って、自分の表情が硬いかどうかなんて分からない。
けれど心に余裕が無くなっていた事は分かった。

「師匠・・・はい、師匠の言う通りですね。少し休みましょうか」

俺はすぐ後ろの兵に声をかけ、休憩の支持を出した。





馬から降りて両手を頭の上で伸ばすと、思っていたよりずっと筋肉が硬くなっていた事に気が付く。

「ウィッカー、緊張してるみたいだな」

体を解していると、声をかけて来たのは、青魔法兵団団長のパトリックさんだ。
目鼻立ちがハッキリとした彫りの深い顔が特徴で、肩まで伸びた長いシルバーグレーの髪を、後ろで一本に結んでいる。

この戦争で、父ロビンさん、そして最愛の妻ヤヨイさんを亡くしているが、それでも心折れずに立ち上がった強い人だ。
子供が二人いて、長男のテリー君と妹のアンナちゃんは、母のモニカさんに預けて参戦している。

「あ、分かりますか?・・・思ったより緊張してるみたいで、さっき師匠にも表情が固いって言われました」

頬をかいてそう話すと、パトリックさんは俺の肩を軽く叩いた。

「無理もないさ。お前の歳で総大将なんて、プレッシャーもすごいだろ?でも、ここにいる全員が、お前ならやれるって信じてる。自信を持てよ。それに、お前一人に背負わせるつもりもないぞ。しんどい時は遠慮なく頼れ。みんな助けてくれるさ、もちろん俺もな」

「パトリックさん・・・はい、ありがとうございます」

「おう、じゃあ俺はあっちで自分の隊の様子を見て来るから。あ、忘れずしっかり食っておけよ」

師匠だけじゃなく、パトリックさんも俺を気にかけてくれていたようだ。
自分の指揮する隊に戻るパトリックさんの背中を見て、俺は今パトリックさんに言われた事を思い返した。

自分一人で背負いこむ事はない。
辛い時には頼ってもいい。

そうだ、俺一人で全てやろうとしなくてもいいんだ・・・ロビンさんだって、あの時そう言ってくれたじゃないか。

俺は俺だ。頼りないリーダーかもしれないけど、弱くてもいいんだ。
みんなで力を合わせて帝国を倒すんだ。

そう思うと気持ちが少し楽になった。



「ウィッカー、まだご飯食べてないの?」

パトリックさんがいなくなると、今度は明るい栗色の髪の幼馴染が声をかけてきた。
白いローブの上には、モコモコとして暖かそうな茶色のケープを羽織っている。

今日は陽があると言っても、冬は冬だ。重装備の体力型はともかく、魔法使いはほとんどみんなローブの上に一枚羽織っている。かくいう俺も、深い緑色のパイピングがあしらわれている黒いローブと、黒と白の二色を交互に使ったストライプ柄のマフラーを巻いている。
このマフラーは6年前に孤児院でクリスマスパーティーをした時、メアリーからもらったクリスマスプレゼントで、俺の宝物だ。とても温かくて、冬の寒さも気にならない。

「ジャニス、いや、これからだよ。ちょっとパトリックさんと話しててさ」

「そう?あ、そこで一緒に食べない?」

ジャニスが指した場所は太い樹の下で、雪があまり積もってなく、茶色い土が見えていた。
他の兵士達もその辺りに集まって、パンを食べながら水筒の水を飲んで休息している。

「・・・いいけど、あ、ジョルジュはいいの?」

「うん、ジョルジュは師匠と食べるってさ。たまには二人でゆっくり話しでもしてこいって。まったく・・・普通はさ、妻に他の男とご飯食べて来いなんて言わないよね?」

呆れたように肩をすくめて、軽く息をつく。気持ちは理解できる。

「まぁ・・・普通はそうだな。ジョルジュらしいって言うか、あれだよ。俺とジャニスだからだよ。俺達って兄妹みたいなもんだろ?他の男だったら、ジョルジュもさすがに言わないって」

「ふふ、そうだよね。うん、分かってる。あ、あと私がお姉ちゃんだからね?孤児院にいた時のウィッカーは頼りなかったんだから」

鼻先に指を突きつけられる。ひどい言われようだ。
ジャニスは俺にはまったく遠慮がなくて、なんでもかんでもズバズバ言って来る。
たまに頭に来る事もあるが、子供の頃からの付き合いのせいか、結局最後には許してしまう。
俺とジャニスの関係は、結婚しても変わらないようだ。

「え~、そここだわる?俺のが年上だし、普通に考えればジャニスが妹だからな?」

どっちが上だ下だと言いながら、俺とジャニスは地面の雪を払い、シートを敷いて並んで腰を下ろした。
雪をかぶっていた地面は、シート越しでも冷気が伝わって来て、少し身震いしそうになる。

「はい、これ。温まるよ」

「ん、ありがと・・・あれ?」

ジャニスから受け取ったカップは温かく、少し湯気が立っていた。

「ジャニス、これって・・・」

馴染み深い香りに気が付いて、ジャニスに顔を向けると、ジャニスはニコリと笑って、正解と言うように顔の前に指を一本立てた。

「うん!メアリーちゃんがいつも出してくれるハーブティーだよ。ハーブを分けてもらって、うちでも作るようにしてたの。ウィッカー好きでしょ?」

「・・・うん、ありがとう。これ、好きなんだ・・・」

一口飲むと、その温かさに心が落ち着いていくようだった。
ほっと息をつくと、思わず口元がほころぶ。そんな俺の顔を見て、ジャニスが得意気に笑った。

「あはは、やっぱり私の方がお姉ちゃんだね!ウィッカー君?」

「うっ!・・・くそ~、なんかすげぇ負けた気分・・・」

しぶしぶ負けを認めると、ジャニスは俺にパンを渡して来て、空になったカップにハーブティーのお替りを注いでくれた。

「はい、ちゃんと食べて、ちゃんと飲む。栄養取らないとね・・・ウィッカー、あんたさ、自分のお弁当もったいなくてあとで食べようとか思ってるでしょ?」

「え!?な、なんで・・・?」

全部知ってるんだよ?と言うように、ジャニスは俺に顔を近づけて、睨んでくる。

「何年の付き合いだと思ってんの?メアリーちゃんがあんたにお弁当作らないはずないでしょ?それなのに、今手ぶらって事は、もったいなくて食べられないんでしょ?なに?夜まで食べないでとっておく気?まったく・・・これが最後ってわけじゃないんだし、せっかく作ってくれたんだから、ちゃんと食べなきゃ駄目だよ?」

全部ジャニスの言う通りだった。
今朝、俺はメアリーから弁当とハーブティーの入った水筒をもらっている。
だけど、食べてしまえばそれで終わってしまう。
次はいつ食べられるか分からない。いや、考えたくはないが、もしかしたらこれが最後かもと思うと、メアリーとのつながりが無くなってしまいそうで、手を付けられなかった。

「・・・ごめん。ジャニスの言う通りだ・・・最後かもって思ったら、なんか・・・」

「・・・馬鹿ね、最後なんかじゃないよ。早く戦争を終わらせて、今度は家で沢山料理を作ってもらいなよ?ほら、お昼は私のパンを半分あげるから、夜はちゃんとメアリーちゃんのお弁当食べるんだよ?冬だから大丈夫だろうけど、明日まで残したら悪くなっちゃうよ?」

「ジャニス・・・うん、ごめん・・・面倒ばっかりかけるな」


ジャニスからもらったパンを持って頭を下げると、ジャニスは首を横に振った。


「ウィッカー、こういう時はね、ごめんって謝るんじゃなくて、ありがとうって言うんだよ」


そう言ってジャニスは笑ってくれた

それは幼い頃からなにも変わらない、優しさに溢れた笑顔だった
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