上 下
834 / 1,277

【833 優しさに溢れた笑顔】401 総大将 からの続きです。

しおりを挟む
12月初旬。
俺達は帝国へ向けて出立した。

この日は穏やかな天気だった。粉雪がチラチラと舞っているが、雲一つない青空から射し込む陽の光は、冷たい空気の中でも温かさを感じられた。

帝国との最終決戦に挑むため、カエストゥス国は10万の兵を動員した。
先の戦いで帝国は7人の師団長を全て失っている。兵士の数こそまだカエストゥスより多いかもしれないが、指揮をとるべき頭がいないのだ。
副団長、もしくはその下の立場の者はいるだろうが、セシリア・シールズやジャキル・ミラー、あのレベルの使い手に比べれば、見劣りする事は免れないだろう。

この機に決着をつけるべきと見た大臣のロペスさんは、出し惜しみせず、最低限の戦力だけを城に残して総攻撃を決断した。

余力はカエストゥスの方があるはずだ。
帝国が体制を立て直すまで、時間を稼がせる必要はないというのは、俺も同じ見解だ。

しかし城で総大将に任命された時は、皇帝は俺が倒すと宣言したが、やはりあの光源爆裂弾が強烈に頭に残っている。あれは凄まじい威力だった。

あれほどの魔力は、王子と同じく産まれ持った資質、そしてたゆまぬ研鑽を積んだからこそだろう。

俺も今日まで努力と修練を重ねてきたつもりだ。
しかし、それでもあの光源爆裂弾を抑え込めるか・・・正直自信は無い。

いくら帝国の師団長を全滅させたといっても、皇帝一人の力で戦局が変えられる可能性は十分にある。
全ては俺が皇帝を倒せるかにかかっている。そう考えると落ち着かない気持ちになり、額から一筋の汗が流れ落ちた。


「ウィッカー、今日は天気が良いのう。ほれ、空を見てみい?」

「え?あ、はい・・・そうですね」

隣で馬にまたがる師匠に声をかけられ、言われるままに空を見上げてみる。
正午を過ぎた頃だ。陽も高く、射し込む光に思わず目を細める。

「この辺りは休憩にちょうどよかろう?もう昼じゃ、そろそろ一息入れたらどうじゃ?」

「え、ですが・・・」

まだ城を出立して二時間も経っていない、早すぎるのではないだろか?
そんな事を考えて口ごもると、師匠は笑って顔の横で手を振った。

「周りをよく見てみろ。なにせ戦争に向かうんじゃ、緊張して固くなっとる者が多いと思わんか?疲労もいつもの倍は感じ取るじゃろう。早いうちに取ってやる事じゃ。それにな、お前も同じ顔しとるぞ」


師匠に言われて、反射的に自分の頬に触れてしまう。
触ったからと言って、自分の表情が硬いかどうかなんて分からない。
けれど心に余裕が無くなっていた事は分かった。

「師匠・・・はい、師匠の言う通りですね。少し休みましょうか」

俺はすぐ後ろの兵に声をかけ、休憩の支持を出した。





馬から降りて両手を頭の上で伸ばすと、思っていたよりずっと筋肉が硬くなっていた事に気が付く。

「ウィッカー、緊張してるみたいだな」

体を解していると、声をかけて来たのは、青魔法兵団団長のパトリックさんだ。
目鼻立ちがハッキリとした彫りの深い顔が特徴で、肩まで伸びた長いシルバーグレーの髪を、後ろで一本に結んでいる。

この戦争で、父ロビンさん、そして最愛の妻ヤヨイさんを亡くしているが、それでも心折れずに立ち上がった強い人だ。
子供が二人いて、長男のテリー君と妹のアンナちゃんは、母のモニカさんに預けて参戦している。

「あ、分かりますか?・・・思ったより緊張してるみたいで、さっき師匠にも表情が固いって言われました」

頬をかいてそう話すと、パトリックさんは俺の肩を軽く叩いた。

「無理もないさ。お前の歳で総大将なんて、プレッシャーもすごいだろ?でも、ここにいる全員が、お前ならやれるって信じてる。自信を持てよ。それに、お前一人に背負わせるつもりもないぞ。しんどい時は遠慮なく頼れ。みんな助けてくれるさ、もちろん俺もな」

「パトリックさん・・・はい、ありがとうございます」

「おう、じゃあ俺はあっちで自分の隊の様子を見て来るから。あ、忘れずしっかり食っておけよ」

師匠だけじゃなく、パトリックさんも俺を気にかけてくれていたようだ。
自分の指揮する隊に戻るパトリックさんの背中を見て、俺は今パトリックさんに言われた事を思い返した。

自分一人で背負いこむ事はない。
辛い時には頼ってもいい。

そうだ、俺一人で全てやろうとしなくてもいいんだ・・・ロビンさんだって、あの時そう言ってくれたじゃないか。

俺は俺だ。頼りないリーダーかもしれないけど、弱くてもいいんだ。
みんなで力を合わせて帝国を倒すんだ。

そう思うと気持ちが少し楽になった。



「ウィッカー、まだご飯食べてないの?」

パトリックさんがいなくなると、今度は明るい栗色の髪の幼馴染が声をかけてきた。
白いローブの上には、モコモコとして暖かそうな茶色のケープを羽織っている。

今日は陽があると言っても、冬は冬だ。重装備の体力型はともかく、魔法使いはほとんどみんなローブの上に一枚羽織っている。かくいう俺も、深い緑色のパイピングがあしらわれている黒いローブと、黒と白の二色を交互に使ったストライプ柄のマフラーを巻いている。
このマフラーは6年前に孤児院でクリスマスパーティーをした時、メアリーからもらったクリスマスプレゼントで、俺の宝物だ。とても温かくて、冬の寒さも気にならない。

「ジャニス、いや、これからだよ。ちょっとパトリックさんと話しててさ」

「そう?あ、そこで一緒に食べない?」

ジャニスが指した場所は太い樹の下で、雪があまり積もってなく、茶色い土が見えていた。
他の兵士達もその辺りに集まって、パンを食べながら水筒の水を飲んで休息している。

「・・・いいけど、あ、ジョルジュはいいの?」

「うん、ジョルジュは師匠と食べるってさ。たまには二人でゆっくり話しでもしてこいって。まったく・・・普通はさ、妻に他の男とご飯食べて来いなんて言わないよね?」

呆れたように肩をすくめて、軽く息をつく。気持ちは理解できる。

「まぁ・・・普通はそうだな。ジョルジュらしいって言うか、あれだよ。俺とジャニスだからだよ。俺達って兄妹みたいなもんだろ?他の男だったら、ジョルジュもさすがに言わないって」

「ふふ、そうだよね。うん、分かってる。あ、あと私がお姉ちゃんだからね?孤児院にいた時のウィッカーは頼りなかったんだから」

鼻先に指を突きつけられる。ひどい言われようだ。
ジャニスは俺にはまったく遠慮がなくて、なんでもかんでもズバズバ言って来る。
たまに頭に来る事もあるが、子供の頃からの付き合いのせいか、結局最後には許してしまう。
俺とジャニスの関係は、結婚しても変わらないようだ。

「え~、そここだわる?俺のが年上だし、普通に考えればジャニスが妹だからな?」

どっちが上だ下だと言いながら、俺とジャニスは地面の雪を払い、シートを敷いて並んで腰を下ろした。
雪をかぶっていた地面は、シート越しでも冷気が伝わって来て、少し身震いしそうになる。

「はい、これ。温まるよ」

「ん、ありがと・・・あれ?」

ジャニスから受け取ったカップは温かく、少し湯気が立っていた。

「ジャニス、これって・・・」

馴染み深い香りに気が付いて、ジャニスに顔を向けると、ジャニスはニコリと笑って、正解と言うように顔の前に指を一本立てた。

「うん!メアリーちゃんがいつも出してくれるハーブティーだよ。ハーブを分けてもらって、うちでも作るようにしてたの。ウィッカー好きでしょ?」

「・・・うん、ありがとう。これ、好きなんだ・・・」

一口飲むと、その温かさに心が落ち着いていくようだった。
ほっと息をつくと、思わず口元がほころぶ。そんな俺の顔を見て、ジャニスが得意気に笑った。

「あはは、やっぱり私の方がお姉ちゃんだね!ウィッカー君?」

「うっ!・・・くそ~、なんかすげぇ負けた気分・・・」

しぶしぶ負けを認めると、ジャニスは俺にパンを渡して来て、空になったカップにハーブティーのお替りを注いでくれた。

「はい、ちゃんと食べて、ちゃんと飲む。栄養取らないとね・・・ウィッカー、あんたさ、自分のお弁当もったいなくてあとで食べようとか思ってるでしょ?」

「え!?な、なんで・・・?」

全部知ってるんだよ?と言うように、ジャニスは俺に顔を近づけて、睨んでくる。

「何年の付き合いだと思ってんの?メアリーちゃんがあんたにお弁当作らないはずないでしょ?それなのに、今手ぶらって事は、もったいなくて食べられないんでしょ?なに?夜まで食べないでとっておく気?まったく・・・これが最後ってわけじゃないんだし、せっかく作ってくれたんだから、ちゃんと食べなきゃ駄目だよ?」

全部ジャニスの言う通りだった。
今朝、俺はメアリーから弁当とハーブティーの入った水筒をもらっている。
だけど、食べてしまえばそれで終わってしまう。
次はいつ食べられるか分からない。いや、考えたくはないが、もしかしたらこれが最後かもと思うと、メアリーとのつながりが無くなってしまいそうで、手を付けられなかった。

「・・・ごめん。ジャニスの言う通りだ・・・最後かもって思ったら、なんか・・・」

「・・・馬鹿ね、最後なんかじゃないよ。早く戦争を終わらせて、今度は家で沢山料理を作ってもらいなよ?ほら、お昼は私のパンを半分あげるから、夜はちゃんとメアリーちゃんのお弁当食べるんだよ?冬だから大丈夫だろうけど、明日まで残したら悪くなっちゃうよ?」

「ジャニス・・・うん、ごめん・・・面倒ばっかりかけるな」


ジャニスからもらったパンを持って頭を下げると、ジャニスは首を横に振った。


「ウィッカー、こういう時はね、ごめんって謝るんじゃなくて、ありがとうって言うんだよ」


そう言ってジャニスは笑ってくれた

それは幼い頃からなにも変わらない、優しさに溢れた笑顔だった
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

幼少期に溜め込んだ魔力で、一生のんびり暮らしたいと思います。~こう見えて、迷宮育ちの村人です~

月並 瑠花
ファンタジー
※ファンタジー大賞に微力ながら参加させていただいております。応援のほど、よろしくお願いします。 「出て行けっ! この家にお前の居場所はない!」――父にそう告げられ、家を追い出された澪は、一人途方に暮れていた。 そんな時、幻聴が頭の中に聞こえてくる。 『秋篠澪。お前は人生をリセットしたいか?』。澪は迷いを一切見せることなく、答えてしまった――「やり直したい」と。 その瞬間、トラックに引かれた澪は異世界へと飛ばされることになった。 スキル『倉庫(アイテムボックス)』を与えられた澪は、一人でのんびり二度目の人生を過ごすことにした。だが転生直後、レイは騎士によって迷宮へ落とされる。 ※2018.10.31 hotランキング一位をいただきました。(11/1と11/2、続けて一位でした。ありがとうございます。) ※2018.11.12 ブクマ3800達成。ありがとうございます。

家ごと異世界ライフ

ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません

青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。 だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。 女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。 途方に暮れる主人公たち。 だが、たった一つの救いがあった。 三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。 右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。 圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。 双方の利害が一致した。 ※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております

全能で楽しく公爵家!!

山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。 未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう! 転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。 スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。 ※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。 ※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

処理中です...