上 下
834 / 1,253

【833 優しさに溢れた笑顔】401 総大将 からの続きです。

しおりを挟む
12月初旬。
俺達は帝国へ向けて出立した。

この日は穏やかな天気だった。粉雪がチラチラと舞っているが、雲一つない青空から射し込む陽の光は、冷たい空気の中でも温かさを感じられた。

帝国との最終決戦に挑むため、カエストゥス国は10万の兵を動員した。
先の戦いで帝国は7人の師団長を全て失っている。兵士の数こそまだカエストゥスより多いかもしれないが、指揮をとるべき頭がいないのだ。
副団長、もしくはその下の立場の者はいるだろうが、セシリア・シールズやジャキル・ミラー、あのレベルの使い手に比べれば、見劣りする事は免れないだろう。

この機に決着をつけるべきと見た大臣のロペスさんは、出し惜しみせず、最低限の戦力だけを城に残して総攻撃を決断した。

余力はカエストゥスの方があるはずだ。
帝国が体制を立て直すまで、時間を稼がせる必要はないというのは、俺も同じ見解だ。

しかし城で総大将に任命された時は、皇帝は俺が倒すと宣言したが、やはりあの光源爆裂弾が強烈に頭に残っている。あれは凄まじい威力だった。

あれほどの魔力は、王子と同じく産まれ持った資質、そしてたゆまぬ研鑽を積んだからこそだろう。

俺も今日まで努力と修練を重ねてきたつもりだ。
しかし、それでもあの光源爆裂弾を抑え込めるか・・・正直自信は無い。

いくら帝国の師団長を全滅させたといっても、皇帝一人の力で戦局が変えられる可能性は十分にある。
全ては俺が皇帝を倒せるかにかかっている。そう考えると落ち着かない気持ちになり、額から一筋の汗が流れ落ちた。


「ウィッカー、今日は天気が良いのう。ほれ、空を見てみい?」

「え?あ、はい・・・そうですね」

隣で馬にまたがる師匠に声をかけられ、言われるままに空を見上げてみる。
正午を過ぎた頃だ。陽も高く、射し込む光に思わず目を細める。

「この辺りは休憩にちょうどよかろう?もう昼じゃ、そろそろ一息入れたらどうじゃ?」

「え、ですが・・・」

まだ城を出立して二時間も経っていない、早すぎるのではないだろか?
そんな事を考えて口ごもると、師匠は笑って顔の横で手を振った。

「周りをよく見てみろ。なにせ戦争に向かうんじゃ、緊張して固くなっとる者が多いと思わんか?疲労もいつもの倍は感じ取るじゃろう。早いうちに取ってやる事じゃ。それにな、お前も同じ顔しとるぞ」


師匠に言われて、反射的に自分の頬に触れてしまう。
触ったからと言って、自分の表情が硬いかどうかなんて分からない。
けれど心に余裕が無くなっていた事は分かった。

「師匠・・・はい、師匠の言う通りですね。少し休みましょうか」

俺はすぐ後ろの兵に声をかけ、休憩の支持を出した。





馬から降りて両手を頭の上で伸ばすと、思っていたよりずっと筋肉が硬くなっていた事に気が付く。

「ウィッカー、緊張してるみたいだな」

体を解していると、声をかけて来たのは、青魔法兵団団長のパトリックさんだ。
目鼻立ちがハッキリとした彫りの深い顔が特徴で、肩まで伸びた長いシルバーグレーの髪を、後ろで一本に結んでいる。

この戦争で、父ロビンさん、そして最愛の妻ヤヨイさんを亡くしているが、それでも心折れずに立ち上がった強い人だ。
子供が二人いて、長男のテリー君と妹のアンナちゃんは、母のモニカさんに預けて参戦している。

「あ、分かりますか?・・・思ったより緊張してるみたいで、さっき師匠にも表情が固いって言われました」

頬をかいてそう話すと、パトリックさんは俺の肩を軽く叩いた。

「無理もないさ。お前の歳で総大将なんて、プレッシャーもすごいだろ?でも、ここにいる全員が、お前ならやれるって信じてる。自信を持てよ。それに、お前一人に背負わせるつもりもないぞ。しんどい時は遠慮なく頼れ。みんな助けてくれるさ、もちろん俺もな」

「パトリックさん・・・はい、ありがとうございます」

「おう、じゃあ俺はあっちで自分の隊の様子を見て来るから。あ、忘れずしっかり食っておけよ」

師匠だけじゃなく、パトリックさんも俺を気にかけてくれていたようだ。
自分の指揮する隊に戻るパトリックさんの背中を見て、俺は今パトリックさんに言われた事を思い返した。

自分一人で背負いこむ事はない。
辛い時には頼ってもいい。

そうだ、俺一人で全てやろうとしなくてもいいんだ・・・ロビンさんだって、あの時そう言ってくれたじゃないか。

俺は俺だ。頼りないリーダーかもしれないけど、弱くてもいいんだ。
みんなで力を合わせて帝国を倒すんだ。

そう思うと気持ちが少し楽になった。



「ウィッカー、まだご飯食べてないの?」

パトリックさんがいなくなると、今度は明るい栗色の髪の幼馴染が声をかけてきた。
白いローブの上には、モコモコとして暖かそうな茶色のケープを羽織っている。

今日は陽があると言っても、冬は冬だ。重装備の体力型はともかく、魔法使いはほとんどみんなローブの上に一枚羽織っている。かくいう俺も、深い緑色のパイピングがあしらわれている黒いローブと、黒と白の二色を交互に使ったストライプ柄のマフラーを巻いている。
このマフラーは6年前に孤児院でクリスマスパーティーをした時、メアリーからもらったクリスマスプレゼントで、俺の宝物だ。とても温かくて、冬の寒さも気にならない。

「ジャニス、いや、これからだよ。ちょっとパトリックさんと話しててさ」

「そう?あ、そこで一緒に食べない?」

ジャニスが指した場所は太い樹の下で、雪があまり積もってなく、茶色い土が見えていた。
他の兵士達もその辺りに集まって、パンを食べながら水筒の水を飲んで休息している。

「・・・いいけど、あ、ジョルジュはいいの?」

「うん、ジョルジュは師匠と食べるってさ。たまには二人でゆっくり話しでもしてこいって。まったく・・・普通はさ、妻に他の男とご飯食べて来いなんて言わないよね?」

呆れたように肩をすくめて、軽く息をつく。気持ちは理解できる。

「まぁ・・・普通はそうだな。ジョルジュらしいって言うか、あれだよ。俺とジャニスだからだよ。俺達って兄妹みたいなもんだろ?他の男だったら、ジョルジュもさすがに言わないって」

「ふふ、そうだよね。うん、分かってる。あ、あと私がお姉ちゃんだからね?孤児院にいた時のウィッカーは頼りなかったんだから」

鼻先に指を突きつけられる。ひどい言われようだ。
ジャニスは俺にはまったく遠慮がなくて、なんでもかんでもズバズバ言って来る。
たまに頭に来る事もあるが、子供の頃からの付き合いのせいか、結局最後には許してしまう。
俺とジャニスの関係は、結婚しても変わらないようだ。

「え~、そここだわる?俺のが年上だし、普通に考えればジャニスが妹だからな?」

どっちが上だ下だと言いながら、俺とジャニスは地面の雪を払い、シートを敷いて並んで腰を下ろした。
雪をかぶっていた地面は、シート越しでも冷気が伝わって来て、少し身震いしそうになる。

「はい、これ。温まるよ」

「ん、ありがと・・・あれ?」

ジャニスから受け取ったカップは温かく、少し湯気が立っていた。

「ジャニス、これって・・・」

馴染み深い香りに気が付いて、ジャニスに顔を向けると、ジャニスはニコリと笑って、正解と言うように顔の前に指を一本立てた。

「うん!メアリーちゃんがいつも出してくれるハーブティーだよ。ハーブを分けてもらって、うちでも作るようにしてたの。ウィッカー好きでしょ?」

「・・・うん、ありがとう。これ、好きなんだ・・・」

一口飲むと、その温かさに心が落ち着いていくようだった。
ほっと息をつくと、思わず口元がほころぶ。そんな俺の顔を見て、ジャニスが得意気に笑った。

「あはは、やっぱり私の方がお姉ちゃんだね!ウィッカー君?」

「うっ!・・・くそ~、なんかすげぇ負けた気分・・・」

しぶしぶ負けを認めると、ジャニスは俺にパンを渡して来て、空になったカップにハーブティーのお替りを注いでくれた。

「はい、ちゃんと食べて、ちゃんと飲む。栄養取らないとね・・・ウィッカー、あんたさ、自分のお弁当もったいなくてあとで食べようとか思ってるでしょ?」

「え!?な、なんで・・・?」

全部知ってるんだよ?と言うように、ジャニスは俺に顔を近づけて、睨んでくる。

「何年の付き合いだと思ってんの?メアリーちゃんがあんたにお弁当作らないはずないでしょ?それなのに、今手ぶらって事は、もったいなくて食べられないんでしょ?なに?夜まで食べないでとっておく気?まったく・・・これが最後ってわけじゃないんだし、せっかく作ってくれたんだから、ちゃんと食べなきゃ駄目だよ?」

全部ジャニスの言う通りだった。
今朝、俺はメアリーから弁当とハーブティーの入った水筒をもらっている。
だけど、食べてしまえばそれで終わってしまう。
次はいつ食べられるか分からない。いや、考えたくはないが、もしかしたらこれが最後かもと思うと、メアリーとのつながりが無くなってしまいそうで、手を付けられなかった。

「・・・ごめん。ジャニスの言う通りだ・・・最後かもって思ったら、なんか・・・」

「・・・馬鹿ね、最後なんかじゃないよ。早く戦争を終わらせて、今度は家で沢山料理を作ってもらいなよ?ほら、お昼は私のパンを半分あげるから、夜はちゃんとメアリーちゃんのお弁当食べるんだよ?冬だから大丈夫だろうけど、明日まで残したら悪くなっちゃうよ?」

「ジャニス・・・うん、ごめん・・・面倒ばっかりかけるな」


ジャニスからもらったパンを持って頭を下げると、ジャニスは首を横に振った。


「ウィッカー、こういう時はね、ごめんって謝るんじゃなくて、ありがとうって言うんだよ」


そう言ってジャニスは笑ってくれた

それは幼い頃からなにも変わらない、優しさに溢れた笑顔だった
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!

七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

処理中です...