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819 ルナの話し ⑧
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「はぁっ!・・・はぁっ!・・・イ、イリーナ・・・す、少し、休ませて・・・」
右と左、両脇を生い茂る樹々に挟まれた街道を、私達は走り続けた。
とにかく必死だった。一歩でも遠くへ逃げなければと足を動かし続けたけれど、目を開ける事も辛いくらいに息が上がり、とうとう足が止まってしまった。
先に止まったのは私だったけれど、イリーナも体力の限界だったようだ。
両膝に手を付いて腰を曲げて、苦しそうに浅い呼吸をしている。
「はぁ、はぁ・・・ふぅ・・・ルナ・・・そこで・・・少し、休みましょう」
背中をあずけられそうな樹を指して、イリーナはふらつく足をゆっくりと歩かせた。
とっくに限界だった私もイリーナの後ろを歩き、倒れ込むようにして両手を付いた。
「はぁ・・・はぁ・・・イ、イリーナ・・・わ、私達、逃げられたのかな?」
呼吸を落ち着かせながら、私は言葉を絞り出した。
もう本当に動けない。嫌でもしばらくここにいるしかない。
「はぁ・・・はぁ・・・わ、分からないけど・・・日が昇るまでは、大丈夫・・・だと思う」
イリーナは大きな樹に背中をあずけると、両手両足を投げ出して空を見上げている。
すでに空は闇に染まり、辺りは静寂に包まれていた。聞こえて来るのは私とイリーナの息遣いだけ。
僅かな月明りが樹々の葉の隙間から差し込んで来て、私はイリーナの、イリーナは私の顔を見た。
「・・・イリーナ・・・もう、夜ね」
私もすごく疲れているけど、イリーナの顔にも疲労が色濃く出ている。
「ええ・・・すっかり、夜ね・・・・・初めてだわ・・・夜、外に出てるなんて・・・」
「うん・・・私も初めて・・・・・夜の外って、こんなに静かなんだね・・・」
見上げた夜空は、私の20年の人生で初めての景色だった。
吸い込まれそうなという表現は、こういう時に使うのかもしれない。
昔、まだ私が父と母と暮らしていた時、カーテンの隙間からこっそり見た月が、今はこんなにも近くてはっきり見える。
「・・・月って、こんなに優しいんだね・・・なんだか、私達を見守ってくれてるみたい」
淡く薄い光だけど、この暗闇の中で私達を照らしてくれる光は、イリーナの言う通り見守ってくれているように感じられた。
スカーレットは追って来なかった。
私達はただがむしゃらだったから、スカーレットに捕まりたくない一心で、夜の闇に飛び込んだ。
スカーレットに限らず、他の誰であっても追って来ない事は当然だと思う。
私達の行為は自殺と言っていいのだから。
「昨日みたいに、空き家でも見つかればって思ったけど・・・今回は駄目みたいね」
イリーナが諦めたように呟いた。
見渡す限り深い闇に包まれた樹々ばかり、小屋の一つでもあればと目を凝らしても、身を隠せる場所はどこにも無かった。
「・・・うん、そうだね・・・何も無い」
私もあえてイリーナの顔は見ないで返事をした。
日没から三十分は経っただろう。どこにも逃げ場はない・・・もう、時間の問題のだろう。
「・・・イリーナ、今までありがとう」
不思議と気持ちは落ち着いていた。
少なくとも、いまこの時は私達二人だけなのだ。スカーレットも帝国兵にも、誰にも邪魔はできない。
それが心に余裕を生んでいるのかもしれない。
「・・・うん、私こそありがとうね。ルナと一緒で良かった・・・」
イリーナも穏やかな顔をしていた。
私達は受け入れたのだ。
夜、外に出ている者は、蜘蛛の糸にかかった餌でしかないのだ。どこにいても逃げ場は無い。
闇の支配者による捕食は、もうすぐそこまで来ている
別れを告げた私達は、手を繋いでそっと目を閉じた・・・・・
背中に感じる空気がうねり、そこだけ急速に冷えたように肌が寒くなる。
そして感じる異質なものの存在・・・スカーレットに睨まれた時とは全く違う恐怖・・・私は指の一本も動かす事ができず、文字通り固まってしまった。
今、私の背後で蠢いている存在は、私をどうするのだろうか?
トバリに襲われた者は、呑まれる、食べられると表現される。
言葉通りに捉えるならば、私はこの闇に体を・・・・・想像して血の気が引く。
私の手を握るイリーナの手にも力が入る。
イリーナもこのとてつもない恐怖に必死に耐えているのだ。
闇そのものという存在から、逃げるすべなどない。
私達にできる事は、必死に恐怖心を抑えて、じっと最後の瞬間を待つだけなのだ。
背後の闇が渦巻いた事を感じる。
闇が私とイリーナを取り込もうと広がっていく事が肌で感じられ、いよいよその時がきたのだと強く目を瞑って身を固くした。
「・・・・・・・・え?」
今のは・・・・・なに?
まさか・・・・・・・・・・・
目を閉じたまま、どのくらいそうしていたのか分からない。
金縛りとはこういう事を言うのだろう。
私もイリーナも、お互いの手が白くなるくらい強く握り合っていた。
永遠とも思える恐怖に縛られた時間の末に、やっと息を吐き出す事ができて、それをきっかけに体が動くようになった。
「はぁッ!はぁッ!・・・ぜぇッ!ぜぇッ!・・・・・うッ・・・」
極限の緊張で体中びっしょりと汗をかいていた。
両手を両ひざを地面について、大きく乱れた呼吸をなんとか正そうと口を開くと、喉の奥から吐き気まで上がって来た。
「ハァッ!ハァッ!・・・ル、ルナ・・・・・い、今の・・・・は・・・・・」
隣でイリーナが息も絶え絶えに口にした言葉・・・・・
そうか・・・私だけじゃない・・・イリーナも聞いてたんだ・・・・・
「はぁ・・はぁ・・・イ、イリーナ、も・・・聞いた、んだね・・・・・あれは・・・・・」
オマエタチハマダダ
「あれは・・・・・闇の声だった・・・・・」
なぜ私達が助かったのか
どうして私達は生かされたのか
それは分からない
けれど闇は待っているんだ・・・・・・・それだけは分かった
右と左、両脇を生い茂る樹々に挟まれた街道を、私達は走り続けた。
とにかく必死だった。一歩でも遠くへ逃げなければと足を動かし続けたけれど、目を開ける事も辛いくらいに息が上がり、とうとう足が止まってしまった。
先に止まったのは私だったけれど、イリーナも体力の限界だったようだ。
両膝に手を付いて腰を曲げて、苦しそうに浅い呼吸をしている。
「はぁ、はぁ・・・ふぅ・・・ルナ・・・そこで・・・少し、休みましょう」
背中をあずけられそうな樹を指して、イリーナはふらつく足をゆっくりと歩かせた。
とっくに限界だった私もイリーナの後ろを歩き、倒れ込むようにして両手を付いた。
「はぁ・・・はぁ・・・イ、イリーナ・・・わ、私達、逃げられたのかな?」
呼吸を落ち着かせながら、私は言葉を絞り出した。
もう本当に動けない。嫌でもしばらくここにいるしかない。
「はぁ・・・はぁ・・・わ、分からないけど・・・日が昇るまでは、大丈夫・・・だと思う」
イリーナは大きな樹に背中をあずけると、両手両足を投げ出して空を見上げている。
すでに空は闇に染まり、辺りは静寂に包まれていた。聞こえて来るのは私とイリーナの息遣いだけ。
僅かな月明りが樹々の葉の隙間から差し込んで来て、私はイリーナの、イリーナは私の顔を見た。
「・・・イリーナ・・・もう、夜ね」
私もすごく疲れているけど、イリーナの顔にも疲労が色濃く出ている。
「ええ・・・すっかり、夜ね・・・・・初めてだわ・・・夜、外に出てるなんて・・・」
「うん・・・私も初めて・・・・・夜の外って、こんなに静かなんだね・・・」
見上げた夜空は、私の20年の人生で初めての景色だった。
吸い込まれそうなという表現は、こういう時に使うのかもしれない。
昔、まだ私が父と母と暮らしていた時、カーテンの隙間からこっそり見た月が、今はこんなにも近くてはっきり見える。
「・・・月って、こんなに優しいんだね・・・なんだか、私達を見守ってくれてるみたい」
淡く薄い光だけど、この暗闇の中で私達を照らしてくれる光は、イリーナの言う通り見守ってくれているように感じられた。
スカーレットは追って来なかった。
私達はただがむしゃらだったから、スカーレットに捕まりたくない一心で、夜の闇に飛び込んだ。
スカーレットに限らず、他の誰であっても追って来ない事は当然だと思う。
私達の行為は自殺と言っていいのだから。
「昨日みたいに、空き家でも見つかればって思ったけど・・・今回は駄目みたいね」
イリーナが諦めたように呟いた。
見渡す限り深い闇に包まれた樹々ばかり、小屋の一つでもあればと目を凝らしても、身を隠せる場所はどこにも無かった。
「・・・うん、そうだね・・・何も無い」
私もあえてイリーナの顔は見ないで返事をした。
日没から三十分は経っただろう。どこにも逃げ場はない・・・もう、時間の問題のだろう。
「・・・イリーナ、今までありがとう」
不思議と気持ちは落ち着いていた。
少なくとも、いまこの時は私達二人だけなのだ。スカーレットも帝国兵にも、誰にも邪魔はできない。
それが心に余裕を生んでいるのかもしれない。
「・・・うん、私こそありがとうね。ルナと一緒で良かった・・・」
イリーナも穏やかな顔をしていた。
私達は受け入れたのだ。
夜、外に出ている者は、蜘蛛の糸にかかった餌でしかないのだ。どこにいても逃げ場は無い。
闇の支配者による捕食は、もうすぐそこまで来ている
別れを告げた私達は、手を繋いでそっと目を閉じた・・・・・
背中に感じる空気がうねり、そこだけ急速に冷えたように肌が寒くなる。
そして感じる異質なものの存在・・・スカーレットに睨まれた時とは全く違う恐怖・・・私は指の一本も動かす事ができず、文字通り固まってしまった。
今、私の背後で蠢いている存在は、私をどうするのだろうか?
トバリに襲われた者は、呑まれる、食べられると表現される。
言葉通りに捉えるならば、私はこの闇に体を・・・・・想像して血の気が引く。
私の手を握るイリーナの手にも力が入る。
イリーナもこのとてつもない恐怖に必死に耐えているのだ。
闇そのものという存在から、逃げるすべなどない。
私達にできる事は、必死に恐怖心を抑えて、じっと最後の瞬間を待つだけなのだ。
背後の闇が渦巻いた事を感じる。
闇が私とイリーナを取り込もうと広がっていく事が肌で感じられ、いよいよその時がきたのだと強く目を瞑って身を固くした。
「・・・・・・・・え?」
今のは・・・・・なに?
まさか・・・・・・・・・・・
目を閉じたまま、どのくらいそうしていたのか分からない。
金縛りとはこういう事を言うのだろう。
私もイリーナも、お互いの手が白くなるくらい強く握り合っていた。
永遠とも思える恐怖に縛られた時間の末に、やっと息を吐き出す事ができて、それをきっかけに体が動くようになった。
「はぁッ!はぁッ!・・・ぜぇッ!ぜぇッ!・・・・・うッ・・・」
極限の緊張で体中びっしょりと汗をかいていた。
両手を両ひざを地面について、大きく乱れた呼吸をなんとか正そうと口を開くと、喉の奥から吐き気まで上がって来た。
「ハァッ!ハァッ!・・・ル、ルナ・・・・・い、今の・・・・は・・・・・」
隣でイリーナが息も絶え絶えに口にした言葉・・・・・
そうか・・・私だけじゃない・・・イリーナも聞いてたんだ・・・・・
「はぁ・・はぁ・・・イ、イリーナ、も・・・聞いた、んだね・・・・・あれは・・・・・」
オマエタチハマダダ
「あれは・・・・・闇の声だった・・・・・」
なぜ私達が助かったのか
どうして私達は生かされたのか
それは分からない
けれど闇は待っているんだ・・・・・・・それだけは分かった
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