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818 ルナの話し ⑦
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「走って!」
イリーナが私の手を掴むと、すごい力で体を引かれて危うく転びそうになった。
痛いと感じたけれど、イリーナの切羽詰まった顔を見て息を飲んだ。
走らなきゃ!まだ頭が整理できていないけれど、今はとにかく走るんだと、体に言い聞かせて足を踏み出した。
イリーナが体当たりするように部屋のドアを開けて飛び出すと、私もそれに続いて外へ出た。
部屋を出る直前に、視界の端に映り込んだものは、黒い炎に包まれたスカーレットだった。
一瞬・・・ほんの一瞬だったが、確かに目があった。
ゾっとした・・・・・イリーナの黒い炎は確かにスカーレットを焼いていた。
だがスカーレットはまったく身じろぎもせず、ただ冷たい眼差しで私達をじっと見つめていた。
効いていない・・・・・イリーナの黒い炎でさえ、まったく効いていない・・・・・
「イリーナ!ど、どうするの!?」
廊下を走り抜け、転びそうになりながら階段を駆け降りる。
すれ違う人達は、誰もが私達のいた部屋へと目を向けていた。さっきの轟音を聞いたからだろう。
今は様子を伺っているのだろうけど、すぐに騒ぎは大きくなるはずだ。
「外よ!とにかく外へ出て逃げるの!」
私はきっと不安でたまらないという顔をしていたと思う。
それは声にもはっきり出ていたはずだ。けれどイリーナは諦めていなかった。
とても強く言葉を返してくれる。
作戦も何もない。走って逃げるしかないんだ。
力の限り走って走って走り抜く。それしかないんだ。
イリーナの黒い炎はまったく効いていなかった。
きっとスカーレットはすぐに追いかけて来る。あの手を掴まなかった私達を、次は容赦なく捉えるだろう。
そうなったら・・・・・
「・・・ルナ、心配しないで・・・」
握った手から私の気持ちが伝わったのだろうか。
振り返ったイリーナは、こんな状況でも私に笑顔を向けてくれた。
「・・・イリーナ・・・」
自分だって怖いはずなのに、イリーナはいつだって自分の事より私を考えてくれる。
イリーナ・・・私、あなたにもらってばかりだね。
思わず目頭が熱くなったけど、唇を噛みしめて私は足を動かした。
息を切らせて宿から飛び出した私とイリーナを、周囲の人達は何事かという目で見て来た。
ついさっき二階の窓が破壊されたからだろう、夕暮れだというのに宿の前には人だかりができていた。
「はぁっ、はぁっ・・・ルナ、チャンス!これだけ人が集まってるなら、スカーレットだって無茶はできないはずよ!」
二階の部屋から宿の外まで、大した距離を走ったわけではないけれど、極度の緊張からか、私もイリーナも息が切れて胸が苦しい。
イリーナの言葉に、私は黙ってうなずいた。
そう、このコーポストの町は帝国の領内だ。いくらスカーレットだって国民に手は出せない。
宿の窓を破壊して侵入してきた事は驚いたけど、これはお金を出して何か適当な理由をつければ言いくるめる事はできるだろう。けれど直接人に危害を加えればそれは一線を越えた事になる。
帝国は国民に寛大で、手厚い保障で支持を固めている。これ以上の行為は皇帝の顔に泥をぬる事になる。
「ルナ!こっち、行くよ!」
「う、うん!」
イリーナに手を引かれて、私達はまた走り出した。
ふと空を見上げてみる
夕日も沈みかけて大分暗くなってきた
もうすぐ陽が落ちて夜の闇が支配する時間が訪れる
私の胸は不安で押しつぶされそうだった
逃げ切れるだろうか?仮にこの場は逃げられたとしても夜の闇は等しく訪れる
どこかの建物に入っていなければ、私達はトバリに食べられてお終いだろう
私とイリーナはお互いの手を強く握って走った
お互いの温もりだけが、この世界と自分達をつなぐ唯一確かなものだった
私達は走った
東に行くんだ
とにかくクインズベリーに向かって走るしかない
人だかりを抜けて町の出口が見えた時、ふいに背中に視線を感じ、私は思わず振り返りそうになった
けれど、本能が強く警告を発していた
振り返ってはならない
黒い炎に焼かれながらも、眉一つ動かさず平然としていた女の姿が脳裏に浮かんだ
今あの女と目を合わせたら、きっと動けなくなる
「ルナ・・・・・」
緊張した硬い声だった。イリーナも感じているんだ
「・・・大丈夫」
それだけ言葉を返す事がやっとだった
私達は走った
東へ・・・とにかく東へ・・・・・・・
東へ行けば助かるの?どこに隠れればいい?・・・助けて・・・誰か私達を助けて・・・・・・・
涙を噛み締めて走った
そして夜の帳が下りた
イリーナが私の手を掴むと、すごい力で体を引かれて危うく転びそうになった。
痛いと感じたけれど、イリーナの切羽詰まった顔を見て息を飲んだ。
走らなきゃ!まだ頭が整理できていないけれど、今はとにかく走るんだと、体に言い聞かせて足を踏み出した。
イリーナが体当たりするように部屋のドアを開けて飛び出すと、私もそれに続いて外へ出た。
部屋を出る直前に、視界の端に映り込んだものは、黒い炎に包まれたスカーレットだった。
一瞬・・・ほんの一瞬だったが、確かに目があった。
ゾっとした・・・・・イリーナの黒い炎は確かにスカーレットを焼いていた。
だがスカーレットはまったく身じろぎもせず、ただ冷たい眼差しで私達をじっと見つめていた。
効いていない・・・・・イリーナの黒い炎でさえ、まったく効いていない・・・・・
「イリーナ!ど、どうするの!?」
廊下を走り抜け、転びそうになりながら階段を駆け降りる。
すれ違う人達は、誰もが私達のいた部屋へと目を向けていた。さっきの轟音を聞いたからだろう。
今は様子を伺っているのだろうけど、すぐに騒ぎは大きくなるはずだ。
「外よ!とにかく外へ出て逃げるの!」
私はきっと不安でたまらないという顔をしていたと思う。
それは声にもはっきり出ていたはずだ。けれどイリーナは諦めていなかった。
とても強く言葉を返してくれる。
作戦も何もない。走って逃げるしかないんだ。
力の限り走って走って走り抜く。それしかないんだ。
イリーナの黒い炎はまったく効いていなかった。
きっとスカーレットはすぐに追いかけて来る。あの手を掴まなかった私達を、次は容赦なく捉えるだろう。
そうなったら・・・・・
「・・・ルナ、心配しないで・・・」
握った手から私の気持ちが伝わったのだろうか。
振り返ったイリーナは、こんな状況でも私に笑顔を向けてくれた。
「・・・イリーナ・・・」
自分だって怖いはずなのに、イリーナはいつだって自分の事より私を考えてくれる。
イリーナ・・・私、あなたにもらってばかりだね。
思わず目頭が熱くなったけど、唇を噛みしめて私は足を動かした。
息を切らせて宿から飛び出した私とイリーナを、周囲の人達は何事かという目で見て来た。
ついさっき二階の窓が破壊されたからだろう、夕暮れだというのに宿の前には人だかりができていた。
「はぁっ、はぁっ・・・ルナ、チャンス!これだけ人が集まってるなら、スカーレットだって無茶はできないはずよ!」
二階の部屋から宿の外まで、大した距離を走ったわけではないけれど、極度の緊張からか、私もイリーナも息が切れて胸が苦しい。
イリーナの言葉に、私は黙ってうなずいた。
そう、このコーポストの町は帝国の領内だ。いくらスカーレットだって国民に手は出せない。
宿の窓を破壊して侵入してきた事は驚いたけど、これはお金を出して何か適当な理由をつければ言いくるめる事はできるだろう。けれど直接人に危害を加えればそれは一線を越えた事になる。
帝国は国民に寛大で、手厚い保障で支持を固めている。これ以上の行為は皇帝の顔に泥をぬる事になる。
「ルナ!こっち、行くよ!」
「う、うん!」
イリーナに手を引かれて、私達はまた走り出した。
ふと空を見上げてみる
夕日も沈みかけて大分暗くなってきた
もうすぐ陽が落ちて夜の闇が支配する時間が訪れる
私の胸は不安で押しつぶされそうだった
逃げ切れるだろうか?仮にこの場は逃げられたとしても夜の闇は等しく訪れる
どこかの建物に入っていなければ、私達はトバリに食べられてお終いだろう
私とイリーナはお互いの手を強く握って走った
お互いの温もりだけが、この世界と自分達をつなぐ唯一確かなものだった
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けれど、本能が強く警告を発していた
振り返ってはならない
黒い炎に焼かれながらも、眉一つ動かさず平然としていた女の姿が脳裏に浮かんだ
今あの女と目を合わせたら、きっと動けなくなる
「ルナ・・・・・」
緊張した硬い声だった。イリーナも感じているんだ
「・・・大丈夫」
それだけ言葉を返す事がやっとだった
私達は走った
東へ・・・とにかく東へ・・・・・・・
東へ行けば助かるの?どこに隠れればいい?・・・助けて・・・誰か私達を助けて・・・・・・・
涙を噛み締めて走った
そして夜の帳が下りた
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