818 / 1,370
817 ルナの話し ⑥
しおりを挟む
ラーウンドの町から馬車で次の町、コーポストに着いた私達は、そこで老夫婦と別れた。
土地勘の無い私達を宿まで案内してくれて、とても親切な方達だった。
「あのお婆さん達、今頃息子さん達とご飯でも食べてるのかな?」
言葉にどことなく寂しさが含まれているように聞こえる。
イリーナは私より打ち解けていたから、別れ際も寂しそうに見えた。
数時間の旅だったけれど、人の温かさに飢えていた私達に、あの老夫婦の優しさはとても心を癒された。
「とっても楽しみにしてたもんね」
私達は宿の一室で、ベットに腰をかけて向かい合っていた。
時刻は18時30分、夕焼けが町を赤く染めている。あと一時間もすればこの町も夜の闇の闇に包まれるだろう。窓から外を眺めると、家路を急ぐ人達が多く見える。
夜の闇が降りて外を歩くと、トバリに食べられてしまうからだ。
夏は日が長いと言っても、あまり遅くなっては危険だから、みんな自然と早く帰る事が習慣になっているんだ。
「ここの夕食、美味しかったね。お腹ぺこぺこだって言ったら、すっごい大盛りで出してくるんだもん。私あんなに沢山料理だされたの初めて」
「あはは、ルナ目を丸くしてたもんね。でもあの量は私も驚いたよ。こんなに幸せな気持ちでお腹いっぱいになったの、久しぶりだなぁ・・・・・」
それから私とルナはベットに寝ころんで、夕食に食べた料理の話しで盛り上がった。
あの施設を出て、まだ二日しか経っていないけれど、こんなに楽しくて、お腹いっぱいで、幸せな気持ちになれるなんて思わなかった。
「イリーナ、私ね、今とっても楽しい!」
「ルナ、私もよ、今すっごく楽しい!」
ベットに寝ころんで、二人で顔を見合わせて笑いあった。
イリーナの蒼い瞳が喜びの色を浮かべている。
この一瞬一瞬が私の何よりの宝物だった。
「・・・イリーナ、何か聞こえない?」
「ん?・・・そう言えば、外がちょっと騒がしいような・・・・・!?」
体を起こして窓から外を見たイリーナは、すぐに顔を下げて、隠れるようにベットと壁の間にしゃがみこんだ。
両手で口を押さえ、物音一つ出さないように、気配を消そうと必死になっている。
「イ、イリー・・・!」
突然どうしたのかとイリーナに近づこうとする私に、イリーナは怯えた目を私に向けて、激しく首を横に振った。見るな!そう言っているのだ。
まさか・・・そう思ったけれど、イリーナの顔を見て私は察しがついた。
そんなにあまいはずが無かったのだ。私達は闇の巫女だ、このまま逃がしてくれるはずがない。
「・・・イリーナ、帝国の追っ手が来たのね?」
イリーナの隣に腰を下ろした私は、確信を持って問いかけた。
「・・・スカーレット・・・黒魔法兵団団長の、スカーレット・シャリフ・・・」
「スカーレット・・・・・」
イリーナが口にした名前に、私は全身から血の気が引く思いだった。
追手が来るだろうとは思っていた。けれど、まさか師団長が動くとは思わなかった。
第四師団長にして黒魔法兵団団長、緋色の髪のスカーレット・シャリフ。
自分が敵とみなした相手には、一切の情け容赦がない冷酷非情な女だ。
スカーレットは情にほだされる事もなく、どんな任務でも着実に遂行する。皇帝の信頼も厚い。
帝国が闇の巫女を絶対に逃がさないという、確固たる意思を感じる。
「・・・ルナ、逃げましょう。ここにいてもすぐに見つかるわ・・・」
青ざめた顔で呟いたイリーナは、私の手を握ると窓から離れて立ち上がった。
「で、でも・・・すぐに陽が落ちるわ」
陽が落ちるまであと一時間も無い。ここでじっとしていれば、やり過ごせるのではないか。
ここを出ても陽が落ちればトバリに食べられる。逃げ場などどこにもないのだ。
それならここに隠れていた方が、助かる可能性があるのではないか?そう考える私にイリーナは首を横に振った。
「・・・スカーレットと一緒に、何人か魔法使いっぽいのがいたわ。多分青魔法使いよ。サーチを使われたら、一瞬で見つかちゃうのよ?ここにいたらすぐに・・・!?」
イリーナが最後まで話し切る前に、轟音と共に外から窓ガラスが吹き飛ばされた。
あまりにも突然だった。外から石を投げられたとか、そんな小さなものではない。
窓枠ごと吹き飛ばされ、へし折れた木や、砕け散った透明なガラス片が部屋中に巻き散らかされる。
私達は悲鳴を上げて、その場に頭をかかえてうずくまった。
戦いとは無縁の人生だった私達には、それしかできなかった。
「ルナ、イリーナ、見つけたよ」
ガラスを踏んで砕く小さな音が耳に届いた。
淡々として声に恐る恐る振り返ると、そこには深紅のローブに身を纏った緋色の髪の女が、感情のこもらない金茶色の瞳で私とイリーナを見つめていた。
スカーレット・シャリフ
目が合っただけで息が詰まりそうになる。
戦闘員ではなくても分かる。同じ魔法使いだからこそ感じ取れる圧倒的な魔力。
戦おうなんて考えては駄目だ。スカーレットに逆らえば一瞬で殺されるだろう。
「帰るよ」
夕日を背に私達に手を差し出したスカーレット。
その表情には、逃げ出した私達に対しての怒りは見えない。淡々としていたけれど、まるで暗くなっても遊んでいる子供を迎えに来たような、そんな何気ない口調だった。
今帰れば、許してもらえるかもしれない・・・・・
この時の私は、逃げる事は考えられなくなっていた。
目の前に立つ絶対の強者スカーレット、この女から逃げる事は不可能なのだから。
どうすればスカーレットの機嫌を損ねずに、穏便に済ませられるだろうか?
スカーレットへの恐怖から、頭の中はそれでいっぱいになっていた。
その中で差し出されたスカーレットの手は、抗いがたい誘惑だった。
今この手を掴めば許してやる
喉元に剣を突きつけられながら、それでも尚抵抗できる者なんてどれほどいるのだろうか?
私がスカーレットの手を掴みかけたその時・・・・・
「ルナ!駄目ぇー----ッツ!」
イリーナの放った黒い炎がスカーレットを吞み込んだ
土地勘の無い私達を宿まで案内してくれて、とても親切な方達だった。
「あのお婆さん達、今頃息子さん達とご飯でも食べてるのかな?」
言葉にどことなく寂しさが含まれているように聞こえる。
イリーナは私より打ち解けていたから、別れ際も寂しそうに見えた。
数時間の旅だったけれど、人の温かさに飢えていた私達に、あの老夫婦の優しさはとても心を癒された。
「とっても楽しみにしてたもんね」
私達は宿の一室で、ベットに腰をかけて向かい合っていた。
時刻は18時30分、夕焼けが町を赤く染めている。あと一時間もすればこの町も夜の闇の闇に包まれるだろう。窓から外を眺めると、家路を急ぐ人達が多く見える。
夜の闇が降りて外を歩くと、トバリに食べられてしまうからだ。
夏は日が長いと言っても、あまり遅くなっては危険だから、みんな自然と早く帰る事が習慣になっているんだ。
「ここの夕食、美味しかったね。お腹ぺこぺこだって言ったら、すっごい大盛りで出してくるんだもん。私あんなに沢山料理だされたの初めて」
「あはは、ルナ目を丸くしてたもんね。でもあの量は私も驚いたよ。こんなに幸せな気持ちでお腹いっぱいになったの、久しぶりだなぁ・・・・・」
それから私とルナはベットに寝ころんで、夕食に食べた料理の話しで盛り上がった。
あの施設を出て、まだ二日しか経っていないけれど、こんなに楽しくて、お腹いっぱいで、幸せな気持ちになれるなんて思わなかった。
「イリーナ、私ね、今とっても楽しい!」
「ルナ、私もよ、今すっごく楽しい!」
ベットに寝ころんで、二人で顔を見合わせて笑いあった。
イリーナの蒼い瞳が喜びの色を浮かべている。
この一瞬一瞬が私の何よりの宝物だった。
「・・・イリーナ、何か聞こえない?」
「ん?・・・そう言えば、外がちょっと騒がしいような・・・・・!?」
体を起こして窓から外を見たイリーナは、すぐに顔を下げて、隠れるようにベットと壁の間にしゃがみこんだ。
両手で口を押さえ、物音一つ出さないように、気配を消そうと必死になっている。
「イ、イリー・・・!」
突然どうしたのかとイリーナに近づこうとする私に、イリーナは怯えた目を私に向けて、激しく首を横に振った。見るな!そう言っているのだ。
まさか・・・そう思ったけれど、イリーナの顔を見て私は察しがついた。
そんなにあまいはずが無かったのだ。私達は闇の巫女だ、このまま逃がしてくれるはずがない。
「・・・イリーナ、帝国の追っ手が来たのね?」
イリーナの隣に腰を下ろした私は、確信を持って問いかけた。
「・・・スカーレット・・・黒魔法兵団団長の、スカーレット・シャリフ・・・」
「スカーレット・・・・・」
イリーナが口にした名前に、私は全身から血の気が引く思いだった。
追手が来るだろうとは思っていた。けれど、まさか師団長が動くとは思わなかった。
第四師団長にして黒魔法兵団団長、緋色の髪のスカーレット・シャリフ。
自分が敵とみなした相手には、一切の情け容赦がない冷酷非情な女だ。
スカーレットは情にほだされる事もなく、どんな任務でも着実に遂行する。皇帝の信頼も厚い。
帝国が闇の巫女を絶対に逃がさないという、確固たる意思を感じる。
「・・・ルナ、逃げましょう。ここにいてもすぐに見つかるわ・・・」
青ざめた顔で呟いたイリーナは、私の手を握ると窓から離れて立ち上がった。
「で、でも・・・すぐに陽が落ちるわ」
陽が落ちるまであと一時間も無い。ここでじっとしていれば、やり過ごせるのではないか。
ここを出ても陽が落ちればトバリに食べられる。逃げ場などどこにもないのだ。
それならここに隠れていた方が、助かる可能性があるのではないか?そう考える私にイリーナは首を横に振った。
「・・・スカーレットと一緒に、何人か魔法使いっぽいのがいたわ。多分青魔法使いよ。サーチを使われたら、一瞬で見つかちゃうのよ?ここにいたらすぐに・・・!?」
イリーナが最後まで話し切る前に、轟音と共に外から窓ガラスが吹き飛ばされた。
あまりにも突然だった。外から石を投げられたとか、そんな小さなものではない。
窓枠ごと吹き飛ばされ、へし折れた木や、砕け散った透明なガラス片が部屋中に巻き散らかされる。
私達は悲鳴を上げて、その場に頭をかかえてうずくまった。
戦いとは無縁の人生だった私達には、それしかできなかった。
「ルナ、イリーナ、見つけたよ」
ガラスを踏んで砕く小さな音が耳に届いた。
淡々として声に恐る恐る振り返ると、そこには深紅のローブに身を纏った緋色の髪の女が、感情のこもらない金茶色の瞳で私とイリーナを見つめていた。
スカーレット・シャリフ
目が合っただけで息が詰まりそうになる。
戦闘員ではなくても分かる。同じ魔法使いだからこそ感じ取れる圧倒的な魔力。
戦おうなんて考えては駄目だ。スカーレットに逆らえば一瞬で殺されるだろう。
「帰るよ」
夕日を背に私達に手を差し出したスカーレット。
その表情には、逃げ出した私達に対しての怒りは見えない。淡々としていたけれど、まるで暗くなっても遊んでいる子供を迎えに来たような、そんな何気ない口調だった。
今帰れば、許してもらえるかもしれない・・・・・
この時の私は、逃げる事は考えられなくなっていた。
目の前に立つ絶対の強者スカーレット、この女から逃げる事は不可能なのだから。
どうすればスカーレットの機嫌を損ねずに、穏便に済ませられるだろうか?
スカーレットへの恐怖から、頭の中はそれでいっぱいになっていた。
その中で差し出されたスカーレットの手は、抗いがたい誘惑だった。
今この手を掴めば許してやる
喉元に剣を突きつけられながら、それでも尚抵抗できる者なんてどれほどいるのだろうか?
私がスカーレットの手を掴みかけたその時・・・・・
「ルナ!駄目ぇー----ッツ!」
イリーナの放った黒い炎がスカーレットを吞み込んだ
0
お気に入りに追加
220
あなたにおすすめの小説

ペット(老猫)と異世界転生
童貞騎士
ファンタジー
老いた飼猫と暮らす独りの会社員が神の手違いで…なんて事はなく災害に巻き込まれてこの世を去る。そして天界で神様と会い、世知辛い神様事情を聞かされて、なんとなく飼猫と共に異世界転生。使命もなく、ノルマの無い異世界転生に平凡を望む彼はほのぼののんびりと異世界を飼猫と共に楽しんでいく。なお、ペットの猫が龍とタメ張れる程のバケモノになっていることは知らない模様。

転生した体のスペックがチート
モカ・ナト
ファンタジー
とある高校生が不注意でトラックに轢かれ死んでしまう。
目覚めたら自称神様がいてどうやら異世界に転生させてくれるらしい
このサイトでは10話まで投稿しています。
続きは小説投稿サイト「小説家になろう」で連載していますので、是非見に来てください!
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

異世界に転生したので幸せに暮らします、多分
かのこkanoko
ファンタジー
物心ついたら、異世界に転生していた事を思い出した。
前世の分も幸せに暮らします!
平成30年3月26日完結しました。
番外編、書くかもです。
5月9日、番外編追加しました。
小説家になろう様でも公開してます。
エブリスタ様でも公開してます。
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです
ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。
転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。
前世の記憶を頼りに善悪等を判断。
貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。
2人の兄と、私と、弟と母。
母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。
ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。
前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。

異世界に転生したのでとりあえず好き勝手生きる事にしました
おすし
ファンタジー
買い物の帰り道、神の争いに巻き込まれ命を落とした高校生・桐生 蓮。お詫びとして、神の加護を受け異世界の貴族の次男として転生するが、転生した身はとんでもない加護を受けていて?!転生前のアニメの知識を使い、2度目の人生を好きに生きる少年の王道物語。
※バトル・ほのぼの・街づくり・アホ・ハッピー・シリアス等色々ありです。頭空っぽにして読めるかもです。
※作者は初心者で初投稿なので、優しい目で見てやってください(´・ω・)
更新はめっちゃ不定期です。
※他の作品出すのいや!というかたは、回れ右の方がいいかもです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる