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817 ルナの話し ⑥

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ラーウンドの町から馬車で次の町、コーポストに着いた私達は、そこで老夫婦と別れた。
土地勘の無い私達を宿まで案内してくれて、とても親切な方達だった。

「あのお婆さん達、今頃息子さん達とご飯でも食べてるのかな?」

言葉にどことなく寂しさが含まれているように聞こえる。
イリーナは私より打ち解けていたから、別れ際も寂しそうに見えた。
数時間の旅だったけれど、人の温かさに飢えていた私達に、あの老夫婦の優しさはとても心を癒された。

「とっても楽しみにしてたもんね」

私達は宿の一室で、ベットに腰をかけて向かい合っていた。
時刻は18時30分、夕焼けが町を赤く染めている。あと一時間もすればこの町も夜の闇の闇に包まれるだろう。窓から外を眺めると、家路を急ぐ人達が多く見える。
夜の闇が降りて外を歩くと、トバリに食べられてしまうからだ。
夏は日が長いと言っても、あまり遅くなっては危険だから、みんな自然と早く帰る事が習慣になっているんだ。


「ここの夕食、美味しかったね。お腹ぺこぺこだって言ったら、すっごい大盛りで出してくるんだもん。私あんなに沢山料理だされたの初めて」

「あはは、ルナ目を丸くしてたもんね。でもあの量は私も驚いたよ。こんなに幸せな気持ちでお腹いっぱいになったの、久しぶりだなぁ・・・・・」

それから私とルナはベットに寝ころんで、夕食に食べた料理の話しで盛り上がった。

あの施設を出て、まだ二日しか経っていないけれど、こんなに楽しくて、お腹いっぱいで、幸せな気持ちになれるなんて思わなかった。

「イリーナ、私ね、今とっても楽しい!」

「ルナ、私もよ、今すっごく楽しい!」


ベットに寝ころんで、二人で顔を見合わせて笑いあった。
イリーナの蒼い瞳が喜びの色を浮かべている。

この一瞬一瞬が私の何よりの宝物だった。





「・・・イリーナ、何か聞こえない?」

「ん?・・・そう言えば、外がちょっと騒がしいような・・・・・!?」

体を起こして窓から外を見たイリーナは、すぐに顔を下げて、隠れるようにベットと壁の間にしゃがみこんだ。
両手で口を押さえ、物音一つ出さないように、気配を消そうと必死になっている。

「イ、イリー・・・!」

突然どうしたのかとイリーナに近づこうとする私に、イリーナは怯えた目を私に向けて、激しく首を横に振った。見るな!そう言っているのだ。

まさか・・・そう思ったけれど、イリーナの顔を見て私は察しがついた。

そんなにあまいはずが無かったのだ。私達は闇の巫女だ、このまま逃がしてくれるはずがない。

「・・・イリーナ、帝国の追っ手が来たのね?」

イリーナの隣に腰を下ろした私は、確信を持って問いかけた。


「・・・スカーレット・・・黒魔法兵団団長の、スカーレット・シャリフ・・・」

「スカーレット・・・・・」

イリーナが口にした名前に、私は全身から血の気が引く思いだった。
追手が来るだろうとは思っていた。けれど、まさか師団長が動くとは思わなかった。

第四師団長にして黒魔法兵団団長、緋色の髪のスカーレット・シャリフ。
自分が敵とみなした相手には、一切の情け容赦がない冷酷非情な女だ。

スカーレットは情にほだされる事もなく、どんな任務でも着実に遂行する。皇帝の信頼も厚い。
帝国が闇の巫女を絶対に逃がさないという、確固たる意思を感じる。


「・・・ルナ、逃げましょう。ここにいてもすぐに見つかるわ・・・」

青ざめた顔で呟いたイリーナは、私の手を握ると窓から離れて立ち上がった。

「で、でも・・・すぐに陽が落ちるわ」

陽が落ちるまであと一時間も無い。ここでじっとしていれば、やり過ごせるのではないか。
ここを出ても陽が落ちればトバリに食べられる。逃げ場などどこにもないのだ。
それならここに隠れていた方が、助かる可能性があるのではないか?そう考える私にイリーナは首を横に振った。

「・・・スカーレットと一緒に、何人か魔法使いっぽいのがいたわ。多分青魔法使いよ。サーチを使われたら、一瞬で見つかちゃうのよ?ここにいたらすぐに・・・!?」

イリーナが最後まで話し切る前に、轟音と共に外から窓ガラスが吹き飛ばされた。

あまりにも突然だった。外から石を投げられたとか、そんな小さなものではない。
窓枠ごと吹き飛ばされ、へし折れた木や、砕け散った透明なガラス片が部屋中に巻き散らかされる。

私達は悲鳴を上げて、その場に頭をかかえてうずくまった。
戦いとは無縁の人生だった私達には、それしかできなかった。


「ルナ、イリーナ、見つけたよ」


ガラスを踏んで砕く小さな音が耳に届いた。

淡々として声に恐る恐る振り返ると、そこには深紅のローブに身を纏った緋色の髪の女が、感情のこもらない金茶色の瞳で私とイリーナを見つめていた。


スカーレット・シャリフ


目が合っただけで息が詰まりそうになる。
戦闘員ではなくても分かる。同じ魔法使いだからこそ感じ取れる圧倒的な魔力。

戦おうなんて考えては駄目だ。スカーレットに逆らえば一瞬で殺されるだろう。



「帰るよ」


夕日を背に私達に手を差し出したスカーレット。
その表情には、逃げ出した私達に対しての怒りは見えない。淡々としていたけれど、まるで暗くなっても遊んでいる子供を迎えに来たような、そんな何気ない口調だった。


今帰れば、許してもらえるかもしれない・・・・・

この時の私は、逃げる事は考えられなくなっていた。
目の前に立つ絶対の強者スカーレット、この女から逃げる事は不可能なのだから。

どうすればスカーレットの機嫌を損ねずに、穏便に済ませられるだろうか?
スカーレットへの恐怖から、頭の中はそれでいっぱいになっていた。

その中で差し出されたスカーレットの手は、抗いがたい誘惑だった。



今この手を掴めば許してやる



喉元に剣を突きつけられながら、それでも尚抵抗できる者なんてどれほどいるのだろうか?

私がスカーレットの手を掴みかけたその時・・・・・


「ルナ!駄目ぇー----ッツ!」


イリーナの放った黒い炎がスカーレットを吞み込んだ
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