上 下
816 / 1,277

815 ルナの話し ④

しおりを挟む
「この通路は研究者はあまり使わないんだ。外へ通じているけれど、施設の裏に出るだけだから、ゴミ捨てくらいでしか使われないからね。さぁ、行こう」

部屋を出た私とイリーナは、ロット様の後に付いて歩いた。
いつも実験室へ行くだけで、決まった通路を行き来する事しかしなかったから、ゆっくり回りを見る事なんてなかった。もっとも、見る程の物は何もないのだけれど。
それでもずっと同じ部屋、同じ通路だけを見て来た私には、道が一本違うだけでもとても大きな事なのだ。


「・・・ずいぶん殺風景よね」

私が辺りをきょろきょろ見ていると、隣を歩くイリーナが前を向いたまま話し出した。

「照明は明るいけれど、それだけよね。ずっと石壁ばかり。部屋があっても外からは中が覗けない。本当に研究のためだけの施設って感じだわ」

「うん、私も同じ事思ってた。ここは本当に冷たくて寂しい場所だよね・・・」

小さな声で話しているつもりでも、やけに大きく聞こえるのは、それだけ辺りが静まり返っているからだろう。通路を歩く自分達の靴の音でさえ、大丈夫だろうか?もし誰かに聞かれたらと心配になる。

そんな私の不安を察してか、ロット様は私に顔を向けて小さく笑った。

「今はほとんどの研究者と、軍の幹部が会議室に集まっているから、少しの物音くらいは大丈夫だろう。安心していいよ」

「あ、はい・・・すみません。怖がりで・・・」

「いや、怖くて当然さ・・・こんな場所・・・」

笑顔を作って見せたけど、弱弱しい感じだったのだろう。
ロット様は首を横に振って、私の肩に優しく手を置いた。こんな場所、そう呟いたロット様の表情は、本当にこの場所を忌み嫌っているように厳しいものだった。



外へはすぐに出る事ができた。
もし見つかったら・・・そう怖がっていた事がバカみたいにあっさりとだった。

「午後の三時か、日が暮れるまでにはまだ大分時間があるな・・・」

ロット様は空を見上げた。
この日も大雨が降りそうな曇り空だった。私がここに来た日と同じ暗い空・・・・・

この研究施設は城から少し外れた場所にあり、辺りは樹々に囲まれた静かで落ち着いた場所だった。
身を隠すには都合がいいけれど、見方を変えれば何か起きても誰にも気づかれない。
そんな隔離された場所だった。


「ロット様、私達はどこに行くのがいいでしょうか?」

逃げると言ってもあてがあるわけではない。
イリーナの言う通り、私達は身を寄せる場所がないのだ。

「・・・私も他国にあまり知り合いがいなくてね。唯一付き合いのある、アロル・ヘイモンという男がロンズデールにいたのだけれど、昨年亡くなってしまってね・・・・・クインズベリーに行きなさい。あそこは代替わりをして、今は女王が国を治めている。評判も良いから、帝国から来たというだけで無碍に扱われる事もないだろう。話しくらいは聞いてもらえるさ」


「クインズベリー・・・」

名前は知っている。けれど帝国から出た事の無い私達には、とても遠くて想像もできない国だった。


「ここから東に行きなさい。二日も歩けば、ラーウンドという大きな町に着くだろう。そこでクインズベリー行きの乗合馬車に乗るんだ。後は馬車を乗り継いで行けばクインズベリー国の首都、エバーラストに着くだろう。首都に着いたらすぐに城に行って保護してもらうんだ。大丈夫、キミ達には闇の巫女としての力がある。自分の存在価値を知らしめれば、きっと護ってくれるだろう」

そう言ってロット様は、イリーナに革の袋を握らせた。

「道中の費用が入っている。これだけあれば十分に足りるはずだ」

袋の中を覗いて、イリーナは目を丸くした。
その表情を見ると、相当な金額が入っているようだ。
一瞬返そうとしたように見えたけど、お金が無ければ逃げる事はできない。イリーナは目を伏せてそのまま皮袋を胸に抱いた。

「・・・ロット様、本当に何から何までありがとうございます」

今まで優しくしてくれた事、あの部屋から連れ出してくれた事、そして私達が困らないようにとお金まで出してくれた事、精一杯の感謝を込めて、私達は深く頭を下げた。


「・・・さっき、なんで自分達に親切にしてくれるのかって、聞いたね?」

私達はロット様の言葉に顔を上げた。それは外に出る前に、イリーナが聞いた話しだった。
ちゃんとした答えは聞けていなかったけれど、なぜ今この話しが出るのだろう?

ロット様は悲しみに染まった顔で私達を見つめていた。

「・・・私はね、これでも結婚した事があるんだ。娘も二人授かってね・・・双子でとても可愛かった」

初めて聞く話しだった
歴史の研究に人生を捧げた人という印象が強くて、勝手に独身だと思い込んでいた。

私達の驚きをよそに、ロット様は話しを続けた。

「娘達が10歳の時、馬車の事故にあってね・・・・・私は研究で家を空ける事が多くてね・・・報せを受けてから急いで帰ったんだが・・・死に目には会えなかった」

目を瞑って話すロット様の声は、少し震えて聞こえた。
本当なら思い出す事も辛い記憶のはずだ。けれどロット様がどんな想いでこの話しをしてくれるのか、私達は最後まで受け止めなければいけないと思い、言葉を挟まずに最後まで耳を傾けた。


「・・・妻には愛想を尽かされたよ。娘の最期にも駆けつけられないくらい、研究で忙しかったのかって・・・仕事を言い訳にするつもりはなかった。娘の最期を一人で看取った彼女には、感情をぶつける相手が必要だったんだ・・・・・それから私はずっと一人で研究に生きてきた・・・・・」

ロット様は少し膝を曲げて、私とイリーナに目を合わせると、とても悲しそうに、けれどとても優しく微笑んだ。


「もし娘達が生きていれば、今年で二十歳だった。キミ達を見ていると、娘達を思い出すんだ・・・あの時は間に合わなかった。だから今度は助けたい・・・キミ達を助けるのは、私の勝手な自己満足に過ぎない。だから、私の事は気にしないで行きなさい。いいかい、二度と帝国に戻って来てはいけないよ」


そう言って私達を送り出してくれた。

ロット様の目には、少しだけ涙が浮かんでいたように見えた。

自己満足と言っていたけれど、それだけでここまでできるなんて思えない。
娘さんと私達を重ねていたとしても、私達を救ってくれた事に変わりはない。

私達はこんなに大切に想われていたんだ・・・・・


「さぁ、行きましょうルナ」

「・・・うん!」

私達は何度も振り返った。少しづつロット様の姿が小さくなって離れていくけれど、ロット様は私達の姿が見えなくなるまで手を振っていた。

辛くて悲しい思いでばかりの五年間だったけれど、ロット様に出会えた事は、私の心に温かい光となって残っている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

幼少期に溜め込んだ魔力で、一生のんびり暮らしたいと思います。~こう見えて、迷宮育ちの村人です~

月並 瑠花
ファンタジー
※ファンタジー大賞に微力ながら参加させていただいております。応援のほど、よろしくお願いします。 「出て行けっ! この家にお前の居場所はない!」――父にそう告げられ、家を追い出された澪は、一人途方に暮れていた。 そんな時、幻聴が頭の中に聞こえてくる。 『秋篠澪。お前は人生をリセットしたいか?』。澪は迷いを一切見せることなく、答えてしまった――「やり直したい」と。 その瞬間、トラックに引かれた澪は異世界へと飛ばされることになった。 スキル『倉庫(アイテムボックス)』を与えられた澪は、一人でのんびり二度目の人生を過ごすことにした。だが転生直後、レイは騎士によって迷宮へ落とされる。 ※2018.10.31 hotランキング一位をいただきました。(11/1と11/2、続けて一位でした。ありがとうございます。) ※2018.11.12 ブクマ3800達成。ありがとうございます。

家ごと異世界ライフ

ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません

青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。 だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。 女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。 途方に暮れる主人公たち。 だが、たった一つの救いがあった。 三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。 右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。 圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。 双方の利害が一致した。 ※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております

全能で楽しく公爵家!!

山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。 未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう! 転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。 スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。 ※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。 ※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

処理中です...